第四十七話
帽子を購入した経緯を話せば、三人とも納得はしてくれた。
内一名は笑いを堪えて俯いていたが無視だ、無視。
事これに関して私に罪はないのだから、偶然なのだから!!
「何はともあれ、メンシス国の宝が流出しなかったことは喜ばしいことだ。メリンダの強運に感謝しないとな。」
「私としても安心しました。それに、ほかでもないメリンダ様のもとにあるのなら喜びすらあります。」
「恐れ入ります…」
喜オーラ全開の二人が眩しく見える。
役に立ったことはとても嬉しいし誇らしくもあるのだが、付随した情報がよろしくない。
だからと言ってその情報を追求するのもまた、よろしくない。
ならば、私がとる行動はただ一つ。
(忘れよう。)
切り替え大事、今は報告の場なのだからと言い聞かせて無理矢理話題を元に戻した。
「ルナさんのご事情を踏まえて、もう一つご報告させていただきたいことがあります。」
「それは、先ほど言っていたメーバルがルナを捕らえることに成功した場合の顛末か?」
「左様です。メーバル宰相はルナさんを脅す材料を用意していました。」
経緯はどうあれ、ルナに化けた私がガルツ国に攫われたことで利用できると判断したのだろう。
ルガシオンの弱みを握るのと同時に、ルナに精神攻撃を仕掛けてきた。
そこからメーバルがどのような行動を取ろうとしていたかはすぐに想像できた、だが、それをここで説明するのはいささか気が重い。
あの時の私はルナの事情を知らなかったというのもあるが、酷な言い方にはなるが会ったことのない他人の死をいきなり聞かされても何の感傷もわかなかった。
例えて言うなら、前世で自分は全く知らないけれど世間一般では有名な人の訃報を聞いている感覚だ。
悲しいとは思う、残念だとも思う、でもそれだけなのだ。
だから大したダメージは負わなかったが、実の妹であるルナは違う。
王族でありながら妹を守るために囮にまでなったのだ、兄妹仲は良かったのだろう。
そんな兄が殺されたという情報を口にするのは、やはり気が重い。
「脅す材料?」
「心を折る、とも言えるかもしれません。メーバル宰相は恐らく、ルナさんに憎しみや絶望といった感情を植え付け、その矛先をポロス国に向けようとしたのです。」
「どうやって?」
「…ルナさんのお兄様が、闇ギルドに殺されたという情報を使って、です。」
「!?」
ルナの顔が驚愕に染まる。
それはそうだろう、自分を守るために囮となり音信不通となった兄が殺されただなんて知らせを受けて動揺するのも無理はない。
伏せられるなら伏せていたかったが、遅かれ早かれ知ることとなる情報でもある。
(ならせめて、アンシュルが傍にいる時に伝えたほうがいいかもしれない。アンシュルなら傷ついたルナの心にも寄り添ってくれるはず…)
「ルナ…」
「…大丈夫です。」
(あれ…?)
一瞬驚き、動揺はしたみたいだがルナは予想外にもすぐに落ち着いた。
しかも、そのことにアンシュルは訝しむでもなく労わるように傍にいる。
まるで、全て知っているかのように。
(兄妹仲が予想していたより悪かった…?いや、ルナの性格上、たとえ仲が悪かったとしても死を喜ぶような子じゃない。じゃあなんでそんなすぐに冷静さを取り戻せた?…やっぱり…)
「もしかして、ご存じだったのですか?」
「…申し訳ありません。」
やはり知っていたのか。
なんて残酷なのだろうか、密偵がメンシス国に侵入したのは二年前、そこからどれだけの期間でメンシス国の貴族と繋がり闇ギルドを引き入れたのかは分からないが下手をすればルナは三歳かそこらの歳で、ポロス国で一人ぼっちになったことになる。
頼れる兄は自分を守るために囮となり、殺された。
かける言葉が見つからない。
「…」
「どうかお気になさらないでください。兄のことは大丈夫ですから。」
「…はい。」
思わず口をつぐんでしまった私をルナが気遣ってくれる。
これでは本末転倒だ、外見は五歳でも中身アラサーの私が正真正銘の五歳児に気を使わせてどうする。
重苦しい空気を一秒でも早く払拭するためには、さっさと報告会を終わらせるに限る。
そしてそれはアンシュルも同意見だったらしく、水を向けてくれた。
「メーバルの目論見は分かったが、その情報でどう懐柔するつもりだったんだ?メーバルがルナを攫ったのなら闇ギルドを差し向けたのはポロス国だと吹き込めるだろうが、あの時、現状的には闇ギルドと繋がっていたのはルガシオンだ。憎しみを向けるとしたらガルツ国に向いてしまうのではないか?」
「そのために、ガルツ国の王妃を利用するのです。」
メーバルが王妃を手中に収めていたのは何もガルツ国を掌握する為だけではなかった。
ルガシオンは王妃を人質に取られ、ポロス国に操られているという状況を作り出すための駒にする意味もあったのだ。
元々そうするつもりだったのかは分からないが、ルガシオンが闇ギルドとの繋がりを得たきっかけを自らではなくポロス国に転換することでルナの同情を誘おうとしたのだ。
「病によって国王が臥せった状況に付け込んだポロス国の謀略により、王妃を拘束され解放してほしくばメンシス国の王族を害せと指示された。病によって国力が落ちている現状では無理だと抵抗すればならば闇ギルドの手を借りよ、出来ぬと申すなら王妃を含めた国民半数の命はないと思えと脅され従いほかなかった。脅されていたとはいえ、罪を犯したのは事実、どうか我が国に償いをさせてほしい。国王も王妃もすでに覚悟を決めた、貴女様がご決断くだされば償いの証として憎きポロスを献上しましょう。というのがメーバル宰相の筋書きです。」
芝居がかった口調で告げればまたしてもクーの笑いのツボを刺激したのか、プルプルと笑いを堪えている。
どうせなら一思いに爆笑してくれないだろうか、私としても少しは笑いを狙った部分があるから盛大に笑ってくれたほうが清々しいのに。
「…といっても、実行はしませんでしたが。」
「そうなのか?」
「ルガシオン王子と闇ギルドマスターの関係が予想以上に良好だった点からルナさんの意思で開戦をするのではなく、文字通り傀儡にする方向に転換したようです。」
ポロス国に無理矢理従わされているのなら闇ギルドのギルドマスターと良好な関係にはならない。
それに恐らく、私とルガシオンの会話も盗み聞ぎされていた可能性もあった。
でなければ、私達の前に現れた途端にあれだけ不遜な態度を取る理由がない。
(子供らしからぬ言動に掌の上で転がすよりも、本当の人形にしてしまった方が楽だと考えたからかあるいは……本当に、私を協力者にしようとでも思ったのか。真相は分からないし、分かりたくもないし、分からなくていい。)
メーバルが描いた筋書はあの後、キールによって解放された王妃が証言してくれている。
クーに証拠集めをお願いし、ルガシオンと取引を行っている最中に王妃が部屋に殴りこんできた時は流石に驚いた。
不遇な環境に居ながらも腐ることなく信念を持つ女性だとは思っていたが、予想よりも中々に豪快な女性だった。
(そうだ、後でアンシュルに取引の事言わないとね。)
「大体の事は分かった、中々に刺激的な夜だったみたいだな。」
「ええ、それはもう。」
「怪我がなくてなりよりだが、これに懲りたらもう無茶な策は強行しない事だな。」
「身に染みておりますが、それは殿下もですわよ?」
「何のことだ?」
「あら、誰かさんの為に護衛を振り切ってまで無茶をした男の話をしてもいいのでしょうか?」
「すまん、降参だ。やめてくれ。」
両手を上げて項垂れるアンシュルに、私も苦く笑う。
今回の事は結果としていい方向に締めくくれそうではあるが、反省点や改善点が多く見受けられた。
それはきっと、私やアンシュルが気づいていない部分もあるのだろう。
無茶をしても怪我をしていないのだから、生きているのだからいいじゃないか、とは言わない。
無茶をするという事自体に不安を感じ、心配して苦しむ人がいることを再確認、いや、実感したから。
「さて、随分と話し込んでしまいましたしそろそろお開きにいたしましょうか。」
一通り報告した時点で確認した時刻は正午に差しかかろうとしていた。
予想以上に時間が経過していたことに驚くと同時に、少しだけ焦りを感じる。
軟禁状態の私やルナと違ってアンシュルには公務があるし、クーだってアンシュルの懐刀としての仕事がある。
ずっとここで時間を費やすことはできない。
「もうそんな時間か。有意義な時間が過ぎるのは早すぎていけない。」
「ンなこと言って、王宮に帰りたくねぇだけだろ。」
「否定はしないよ。」
帰れば仕事が山積み、というのもあるのだろうがただ単純にルナの傍から離れたくないのだろうな。
賊相手にルナを守る大立ち回りをした後、まともにルナと会えなかったのだから。
「そういえば、ルナさんの護衛の任ですが継続いたしますか?」
「そうだな…うん、大元を潰すことはできたけど残党がまだかなりの数野放しになったままだし、安全が確認されるまではメリンダさえよければもう暫く続けてほしい。」
「かしこまりましたわ。これで、ルナさんとの約束も守れます。」
「約束?」
「あら、お忘れかしら?好きなレシピを選んでおいてくださいと伝えてありましたでしょう?」
「!!はい!」
アンシュルとルナが今、どれぐらいの親密度なのか分からないが護衛としてルナの傍にいれば後押しのチャンスはいくらでもある。
アンシュルの目的と私の望みのためにも、二人には是非ともくっついてもらわなければならないのだから。
まぁ、それ以外にも純粋に私がルナと仲良くなりたいという下心もあるのだが。
「お嬢、マジで料理するんだ。」
「嘘だとでも思っていたのですか?」
「いや、そうじゃねぇけど貴族のご令嬢が料理なんて普通はしねぇだろ?」
「まぁ、否定はしません。ですが、殊更珍しい部類というものでもないのですよ。お兄様のご友人にご自分の特産品を理解するために調理を習っている方がいると聞いたことがありますし。」
「…ポロス国の貴族は、変わってるのが多いのな。」
「?」
しみじみと呟くような言葉を零すクーに首をかしげる。
いつもの雰囲気を違うというのもそうだが、今私が口にしたことは特別変わっているわけではない。
領地持ちの貴族はいかにして領地運営をするかで評価を受ける。
素晴らしい発展をすれば勿論評価されるが、堅実で危なげのない運営もまた評価される。
何故なら領民が恙なく生活できる土壌を作る能力は王を支える臣下に必要な能力だからだ。
「変わっているというよりも、ポロス国の貴族は一部を除いて承認欲求が強いだけです。」
「承認欲求?」
「国は人、王と呼ばれる人間が平地に一人いたとてそれは国とは言えません。王という象徴を起点に貴族という民が生活できる環境を整えることに長けた者達が整地した土地に民が集い、貴族や王を支える。その循環の名を国と呼ぶのです。」
「…」
「その循環を妨げる者は無能、貢献するものは有能。この国の貴族は有能だという声を浴びたいだけなのです。」
勿論、すべての貴族がそうだとは言えない。
無能以下のゴミだっている、奴隷商と繋がったゲスだっている、それでも大半の貴族は違うことを私は知っている。
淑女修行で参加したお茶会は腹の探り合いやら地位の競い合いやらドロドロしたものが至る所にあった、でも領民を蔑ろにしている者はいなかった。
口では貶すようなことを言っても、陰では配慮を命じている光景だって見たことがあった。
某伯爵家のように弱者を貶す低能もいたけれど、すぐに誰かが鉄槌を下していた。
直接か間接かの違いはあったけれど、相手の足を引っ張りながら国の枠組みを整えようと動く支離滅裂な言動に変な感心を抱いたのを、よく覚えている。
「立派な方々が多いのですね、ポロス国は。」
「そんな大層なものではありませんよ。矛盾を体現している人間が多いだけです、ね?殿下。」
「矛盾を体現か、ははっ、言いえて妙だな。」
クスクスと笑う私とアンシュルをルナは微笑ましそうに、クーは複雑そうに見守っていてそれすらも笑みを誘う。
自分で言っておいてなんだが、支離滅裂なことを言っている自覚はある。
でもそう言うしかないのだ、事実だから。
善の様な悪、悪人の様な聖者、そんな貴族が多いのだから。
「クーは殿下の懐刀なのですから、きっといつの日かわかる時が来ますよ。」
「…そうかい。」
複雑そうな表情からどこか穏やかな顔になったクー。
何故クーがあんなことを言ったのか、何故私の言葉で表情が変わったのか、正直分からない。
分からないけれど、何であれクーの気持ちが軽くなったのなら嬉しいと思った。
「そうだ!メリンダ様、せっかくですし昼食をご一緒しませんか?」
「昼食を?でもご予定があ「それは名案だ!是非ともお邪魔させていただこう!な!」…さいですか。」
「ちょっ!俺もか?!」
「折角の誘い出し何より─ボソボソ…」
「!?」
「クー?」
「な、なんでもねぇ!!」
「そうですか?」
何やらアンシュルに耳打ちされてドギマギしているクーに首を傾げていると、ルナが台所へ向かう様に背を押す。
その表情がとても楽しそうで、まぁいいかと流された私は気づかなかった。
「!」
「!」
「…」
背後で、アンシュルとルナがサムズアップしクーが項垂れている事に。
読んでいただきありがとうございました!
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