第四十八話
無事に生還できた事の祝いもかねて、昼食はハンバーグにした。
アンシュルは懐かしそうに目を細めてくれたのに対し、クーは何故かハンバーグを凝視していた。
そんなに珍しい食べ物だろうかと首を傾げるが、一口食べた後が物凄かった。
カッと目を見開くという言葉を目の当たりにしたと思ったら、料理が消えた。
「美味いな、これ…」
「…」
「!あ、すまんその…ちゃ、ちゃんと味わったぞ?!肉汁たっぷりなのに固くなくてソースとの相性も良かったし何より食い応えも満足感もあってすげぇ美味かった!!」
「ふふっ、そこまで喜んで貰えたなら作った甲斐があるという物です。少しならおかわりもありますが、どうしますか?」
「!!くれ!」
「はい。」
何だろう、耳としっぽが見える。
いつもはつっけんどんな態度や隙あらばこちらをからかおうとするのに、美味しいものを前にした時のギャップがすごい。
何と言うか、もっと美味しいものを食べさせたいと思わせるのだ。
(多分、いや絶対私より年上の男性に対して思う事じゃないかもだけど…こういうのを母性を擽られるっていうのかしらね。)
「どうぞ。」
「!!」
これまで緊張の連続だった事も合わさり、私は大層癒された。
「美味かった…」
「お粗末様でした。」
満足げに呟くクーが可愛らしくて思わず笑顔になる。
立場上、早々こういった機会は来ないかもしれないがそれでも今度は別の料理を振る舞いたいと素直に思った。
「さて、名残惜しいがそろそろ戻らないと本当にまずいことになるな。」
「…バックれていいか?」
「ダーメ。それに、本物のオルセンが待ってると思うぞ?」
「うっ…」
「それじゃあメリンダ、ルナ。俺達はお暇させてもらうよ。」
「はい。お気をつけて、殿下。」
「お気をつけて。」
「ああ。」
「…」
爽やかに去るアンシュルとは反対にクーはどこか居心地悪そうに立ち去る。
本物のオルセン副騎士団長が待っていると言っていたが、もしかして姿を長く借りていたことに対する苦言でも貰うのだろうか?
まぁ、私の前にはオルセン副騎士団長の姿でしか現れないし…そういえば、お父様と相対した時もオルセン副騎士団長の姿だったな。
(…オルセン騎士団長、お疲れ様です。)
内心で、静かに両手を合わせた。
*
それからルナが習いたいレシピについて暫く話した後、私もルナの仮住まいから屋敷に戻った。
ルナを伴わずに戻ったことでレイモンドが少しだけ気落ちしていたが、こればかりは仕方がない。
これからの身の振り方を決めるまでは、ここよりもルナの仮住まいの方がセキュリティーが高いのだ。
レイモンドにしてみればルナが一人でいることにも思う所があるのだろうが、子供とはいえ男女が一つ屋根の下に居ると言うのは外聞が悪い。
王族なら猶更だしそれが分からないレイモンドでもない、それでも頭が理解していても心が拒絶しているのだろう。
申し訳ないが、耐えてもらうしかない。
「シア、この前買った帽子を持ってきてくれないかしら。青い結晶があしらわれた奴。」
「かしこまりました。」
「レイモ…ごめんなさい、この屋敷に居る間はレイと呼ばせてもらっていいかしら?ないとは思うけど、その名を聞いていらぬ誤解を呼ばない為にも。」
「勿論です、お嬢様のお好きなようにお呼びください。」
「ありがとう。それと、これから持って来る帽子を見てもどうか騒がないでね。」
「?はい。」
念を押したが帽子が到着した瞬間、顔色が変わった。
それはそうだろう、メンシス国の王族しか持っていない宝石があしらわれているのだ、見る者が見れば仰天してひっくり返ってもおかしくない。
私の言葉を守ってどうにか叫び声を上げない様に口を押えたレイモンドに拍手を送りつつも、事情を説明する。
しかし、どうやらこちらの方がレイモンドにとっては衝撃だったようで卒倒した。
「レイ!?」
「…」
「気を失っていますね。」
「そこまでの事、だったのね…」
多分、この宝石にはメンシス国の民にしか分からない何か重要な意味でもあるのだろう。
偶然とはいえ私が購入しておいて本当に良かった。
「…」
「お嬢様?」
「いいえ、なんでもないわ。」
一瞬脳裏に過ったものから無理矢理意識を逸らし、枕元に帽子を置いた。
「お見苦しい所をお見せしました…」
「気にしないで。」
数分後、意識を取り戻したレイモンドは綺麗に腰を折り謝罪した。
よほど恥ずかしかったのか耳が若干赤くなっていたが、触れないでおいた。
知らぬふりをすることも時には優しさなのだ。
「ただ教えてほしいのだけれど、この宝石は何か特別な意味でもあるのかしら?高貴な方だけが持つとだけしか私は知らないのよ。」
自室とはいえどこで誰が聞いているのか分からないのが貴族。
隣国の王族に由来する品物であるということは伏せながらレイモンドに問いかければ、私の意図を汲み取ってくれたレイモンドも言葉を選びながら答えてくれた。
「その、ある国で特別な時に渡す風習があると聞いたことがあります。」
「特別な時?」
「あー……け、結婚の申し込みです。」
「!?」
(なんつーもの売り払ってるんだあの子は?!!!)
つまり、この結晶はメンシス国の王族にとって結婚指輪のようなものということだ。
王族の結婚は貴族よりも遥かに重い意味を持つ。
メンシス国がどのような結婚概念を持っているのかは分からないが、相手に渡すという行為を取るという点からみて前世で聞いたことのある何とかを拾うと結婚を強要されるとかいうアレに近いのかもしれない。
(ん?となるとあの帽子屋の店主、とんでもない事態になるんじゃ…)
「まさかとは思うけれど、アレが帽子にあしらわれるきっかけとなった経緯も適用されたりしないわよね…?」
ルナにとっても、帽子屋の店主にとっても、あの宝石の受け渡しはあくまで売り買いの範疇だ。
しかし、渡す・受け取るという行為のみに着目するのであればルナと店主はその条件を満たしていることになる。
少ししか話したことはないが、あの店主は決して悪人ではなかった。
なかったけれど、ルナの相手になられては困るのだ。
「それは大丈夫です!!確かに婚姻の時に渡す風習ですが、それにはある特別な彫りを刻まなくてはならないのです。」
「そう、よかったわ…というか、特別な彫り?」
「はい。こう、言葉で説明するのは難しいのですがとても特徴的な彫り模様なんですが、未完成の状態で相手に渡すのです。」
「もしかして、模様を完成させることで承諾になるのかしら?」
「その通りです。宝石に彫りを刻むのはとても難しい行為なので、それだけの能力があるという証明にもなります。」
なるほど、承諾と有能性の立証にもなっているのか。
確かに、王族の伴侶となるなら愛情だけではダメだ。
国を統治する者にも、統治者を支える者にも、ある程度の能力がなければ国は簡単に傾くし、腐りもする。
そしてそれは、欲に溺れた愚か者が付け入る隙にもなるのだ。
「なら、この宝石は大丈夫なようね。安心したわ…」
「俺もです…」
はぁ~…と大きなため息が二つ、吐き出されるとシアが苦笑いを浮かべる。
本当は今晩、夢の庵でこの帽子をアンシュルに渡そうかと思っていたがそういう意味合いならばアンシュルには報告だけして、帽子はルナに直接渡したほうがいいだろう。
レイモンドが言っていた特別な彫りというのも気になるし。
「シア、この帽子を包装しておいてくれないかしら?丁重に。」
「かしこまりました。」
*
「と、いうわけですのでルナ本人に直接渡すことにしました。」
「うん、その方がいいな。」
夢の庵にてレイモンドから聞いたことをそのまま伝えると、アンシュルも思わず天を仰いだ。
そこまで切羽詰まった状況だったことに同情すべきか、思い切りの良さに感嘆すべきか、迷っているのだろう。
その気持ちはとてもわかる、数時間前の私がまさにそうだったから。
「心中お察ししますが、そろそろ戻ってきてください。」
「ああ…」
声をかければ天を仰いでいた視線がこちらに戻ってくる。
複雑な感情を持て余しているところ悪いが、本日の議題はそれよりもさらに複雑だ。
場合によっては、法に触れる可能性すらあるのだから。
「それで、ガルツ国でなんの取引をしてきたんだ?」
「それをお話しする前に、一つ謝罪させてください。」
「謝罪?」
「ルガシオン王子に、私の正体をバラしました。」
「!?」
「ご安心を、口止めはしてありますしあちらも事情を理解したうえで取引に応じてくださいましたから。」
「それならいいが、どうしてそんな事態になったんだ?」
「ルガシオン王子との取引に、我が公爵家の領地で発見された鉱石を使用する為です。」
*
「取引?」
「はい。このままいけばガルツ国はメンシス国だけでなくポロス国との関係にも亀裂が入ってしまう。メンシス国はもちろんですが、ポロス国にも実害が出てしまっています。」
「実害?」
「ポロス国の有力炭鉱から鉱石を横領していたのです。」
「な!?」
ティリーナの鉱石はその質の良さから近隣諸国にも受けがいい。
そんな鉱石を横領していたとなれば、いかに利益が宰相の懐にしか入らないとしても心象は最悪だろう。
むしろ宰相の暴走を御せなかった王族として批判を集める要因になる可能性すらある。
「鉱石の横領は早期に阻止したおかげでそこまでの被害ではありませんが、おそらく盗み出された鉱石はガルツ国とポロス国の戦争のために使われてしまっています。」
「確かに由々しき事態だ…賠償で済めばいいが…」
「こちら関しては賠償だけで済むように持ち込める策があります。」
「本当か?!」
「はい。ですがその代わり、ルガシオン王子に一つ約束していただきたいことがあるのです。」
「その約束が対価でしょうか?」
「ポロス国については。」
「わかりました。それで、どんな約束なのでしょう?」
「七年後、ポロス国のアンシュル王子をガルツ国に招待し数日間滞在させてください。どんな手を使ってでも。」
「それは構いませんが、なぜとお聞きしても?」
「あるパーティーに参加させないため、としかお答えできません。」
「そうですか…」
訝しむのもわかる、けれど私とアンシュルの目的のためにはこの布石はどうしても打たねばならない。
招待する目的なんかはそちらの自由で構わないと続ければ、訝しながらも頷いてくれた。
これで、一つ目はクリア。
「次に、メンシス国についてですがこちらに関してはポロス国よりも事態が深刻です。おそらく証拠らしい証拠は出てこないでしょうが、捕えている密偵が自白すれば誤魔化すことは困難です。」
「…」
ルガシオンも思わず黙り込む。
金銭で解決できそうなポロス国と違ってメンシス国は王族の一人が実際に殺されている。
平民だろうと他国の人間が意図的に命を奪う行為は自国の人間を殺害することよりも重罪に該当するというのに、王族ともなれば実行犯はどんなに減刑したとしても極刑は免れない。
そして、そう仕向けた国に対しても重い制裁が加えられる。
例えば、塩の取引を打ち切られるだとか。
「我が国は、見捨てられるだろうな。」
「…そこが戦争以外で終わらせるぎりぎりの落としどころでしょう。」
武力によって地図からガルツ国が消えるか、病よって自滅するか、メンシス国が制裁としてどちらかを選ぶとしたら間違いなく後者だろう。
それは何もメンシス国の王族が温和な性格だからではない、一思いに殺すよりも苦痛が長引く方がより残酷だからだ。
しかし、だからこそ取り付く島もある。
「私としてもそれを回避する術はありません。ですから、ガルツ国には塩の取引停止を受け入れた上で生き残る道を提案します。」
「どういうことです?現在、我が国の病に塩を材料とした薬以外の特効薬を見つけるとでもいうのですか?不可能ではないかもしれなませんが、その薬を模索する間に多くの民が死んでしまう危険があります。悠長なことは言っていられないのです。」
「もちろん、わかっています。別の薬を探そうというのではありません、要は塩が手に入れば特効薬は作れるのでしょう?」
「それはそうですが、メンシス国以外から塩を輸入できる国なんて近隣にはありません。」
「それが、あるのです。」
「!?どこに!?」
「それをお話しする前に、ルガシオン王子。」
「なんでしょう。」
「これからお見せすることは、他言無用でお願いします。」
しっかりと頷くルガシオンを見届けると、小さく解除の文言を口にする。
すると、ルナの姿が解け瞬く間に私本来の姿が現れた。
流石に驚いたようで目を真ん丸にしているが、冷静さは辛うじて死守したようでごくりと生唾を飲み込みながら住まいを正した。
「貴女は…」
「私はメリンダ・オートクチュール。ポロス国、オートクチュール公爵家の者ですわ。」
「ポロス国…なぜ、ルナフィール姫の姿を?」
「ルナフィール姫は現在、ポロスが保護しております。姫を狙う勢力を炙り出すために、囮となりました。」
「なんてことだ…」
事態を飲み込んだのか、それともキャパーオーバーになったのかルガシオンが項垂れる。
本当なら落ち着くまで待ってあげたい所だが、もし今キールが戻ってきたら厄介なので申し訳ないが進ませてもらう。
「混乱しておいででしょうがどうか飲み込んでください。」
「あ、ああ…それで、別の国から塩の輸入するのと今姿を現した事は無関係ではないんだろう?」
「はい。新たな塩の取引先として、我が国を提案しますわ。」
「我が国って、ポロス国か?!だがあの国だってメンシス国から塩を輸入しているのだろう?それを横流しするとでもいうのか?」
「いいえ。正真正銘ポロス国産の塩です。」
都合がよかったというのもあるが、ただで屋敷に軟禁されていたわけではない。
ルナの護衛を傍ら、いろいろあって手が回らなかった品質鑑定の進捗にもよく顔を出していたのだ。
私が見つけたのだから利権は私にと言ってくれる家族に、行く行くはお兄様に利権を渡そうと考えていたけれどそれは少しだけ待ってもらうことにしよう。
(待たせてしまう代わりに、とても大きな顧客を付けて返すから許してね。お兄様。)
「ちょっと特殊ですが、立地的にメンシス国よりも安く提供できると思いますわ。もちろん、品質は保証いたします。」
「特殊?いやしかし、本当に塩なのか?」
「ええ。名は岩塩、塩の成分を持つ鉱石ですわ。」
読んでいただきありがとうございました!
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