第四十六話
「コホンッ……話を戻します。ルガシオン王子の貢献によって開戦が延期された結果、殿下の奴隷商摘発に加え鉱石の横領についても露見することとなりました。奴隷商と鉱石はメーバル宰相にとってポロス国の貴族への賄賂でしたのでそこを潰されかけた形になります。」
「なるほど。メーバル宰相にとってはさぞかし不愉快な思いをしたのだろうな。」
「分かってて言っているでしょう?」
「さぁね。」
惚けた態度を取っているが、アンシュルは間違いなく分かっている。
自分の策を崩されかけて黙っていられる程、メーバルは大人じゃない。
おそらく、ルナを捕えようとして最初に放たれた賊にルナは殺してはならないがアンシュルは殺しても構わないぐらい平気で言いそうだ。
メーバルにとってポロス国は属国、いや、植民地に等しい立ち位置にカテゴライズされているみたいだったし、そんな国の王子が死のうとも計画に何の問題もない。
(やめよう、胸糞が悪くなる…)
「…しかし、メーバル宰相は殿下を害することにも、ルナさんを捕えることにも失敗しました。それにより焦ったのでしょう、自国の王子を利用しようとした。」
「ルガシオンに命じてポロス国に圧をかけようとしたのか?」
「いいえ。わざと隙を作ったのです、ルガシオン王子が動き出すように。」
いくら賢く貴族相手にうまく立ち回れているとはいえルガシオンは子供だ、そんな子供が闇ギルドと繋がりを持つだなんてことは普通なら不可能だ。
しかし、一つだけ方法がある。
誰かが仲介をすればいい。
メーバルは自分がそうしたと分からないように偽装しながらルガシオンに闇ギルドの工作員を斡旋した。
尤も、ルガシオンはそのことを見抜いていたけれど。
「闇ギルドと関わることは最大のタブー、そこを弱みとして握りルガシオン王子を操ろうとしたのです。」
「だがそれも失敗に終わった。闇ギルドのギルドマスターがルガシオンを気に入るだなんて、さすがの宰相も予想外だったことだろう。」
「ええ。お蔭でメーバル宰相に先手を打ってルナさんに扮した私を攫うことに成功したわけですが、良好な関係を築こうが築かなかろうが闇ギルドと関わりを持った事には変わりありません。だからこそ、接触した時にまずルガシオン王子を揺すろうとしたのです。」
「最初はうまく行っていた計画が悉く破綻していく光景は、さぞかし愉快だっただろうな。」
「同意見です。」
魔力凝固剤を打った際に激高したのは、これまでの鬱憤が爆発した結果なのだろう。
メンシス国との密談の場を整える所までは完璧だったのに、予想よりも早い奴隷商と鉱石の摘発に加え、ルガシオンの抵抗やルナ捕獲の失敗と予想外の出来事が多すぎた。
イレギュラー対応が苦手そうなメーバルにはさぞかしストレスの連発だった事だろう。
同情はしないが心中お察しする、同情はしないが。
「そうしてメリンダとルガシオンに倒され現在に至る、か…だがもしルナを捕えたとしてもどうするつもりだったんだ?それに、ルナがこのような形でポロス国に来たわけも…」
「ルナさんを捕えることに成功した場合の顛末は説明できるのですが、ポロス国に来た経緯については推察するしかできません。それに、これは私が説明するよりもご本人に直接お話しいただいた方が確実かと存じます。最も、ルナさんが話してもいいと思っていただければの話ですが。」
推察でしかないとは言ったが、おそらくこの推察は間違ってはいない確信があった。
それでも、ルガシオンと話した時のように知っている情報が歪んでいる可能性も、嘘の証言が混ざっている可能性もあるのだ。
だからこそ、可能であれば聞かせてもらいたいとは考えるがその情報がメンシス国の中枢、王族に関連する情報であることを知っている身としては無理強いするつもりは皆無だ。
しかし、予想に反してルナは静かに頷いた。
「メリンダ様、心遣いに感謝いたします。元より我が身に起きた顛末をお話しすべくここに参りました。」
「…Release」
「「!」」
「長い話になりそうだしな、元の姿のほうが何かと落ち着けんだろ。」
「ええ。」
「はい。」
決意を固めたルナに、クーが解除の呪文を口にする。
そういえば先に報告を始めてしまったせいで変装魔法を解除し忘れていたことを、今やっと思い出した。
ルナは私の姿から元の姿に、私はルナの姿から元の姿に戻る。
視認情報だけが変わっていただけなので、身体的に変化はないはずなのにやはり元の姿というのに落ち着くのか知らずに息が漏れる。
「なら、ルナの話は座って聞こうか。俺も先張りしすぎたみたいで女性をずっと立たせままだったからね。」
「では僭越ながら私がお茶を。ここまで喋り通しで少しのどが渇きましたから。」
「お嬢がお茶なんて淹れられるのか?」
「貴方にはとびきりのを淹れて差し上げましょうか?」
「エンリョシマス。」
「…ふふっ。」
アンシュルと私とクーの茶番。
半分は本気だからこそ、余計に軽快なやり取りが笑いを誘うのだろう。
そして、その笑いはルナの必要以上に入った力を程よく抜いてくれる。
「…メリンダ様のお茶は、とっても美味しんですよ。香りが豊かで優しい味がするんです。」
「それは楽しみだ。」
決意と緊張は違う、ほんの少しだけ甘いお茶を淹れながら柔らかく笑うルナに微笑みかけるアンシュルを横目に見ながら大丈夫そうだと胸をなでおろした。
「おお…まともだ…」
「どういう意味かしら、クー?」
「あ、すまん。揶揄ったわけじゃなくなんというか、その…うまく言えんが兎に角貶す意図はねぇ。美味いよ。」
「そ、そう…ならいいわ。」
淑女修行の賜物である紅茶の一口飲んだクーから聞き捨てならない言葉が聞こえて、いつものように食って掛かろうとすると慌てたように訂正される。
それがなんだか意外で、思わず私もどもってしまうものの悪い気はしないので追撃はしないでおくと何故かアンシュルとルナに生暖かい目で見られた。何故だ。
「それじゃあ、聞かせてもらってもいいかな?ルナ。」
「はい。改めまして、私の名はルナフィール・セレス・メンシス。メンシス国の第一王女であり、第二位王位継承者でもあります。私がポロス国に来ることになったのは、メンシス国に侵入した密偵が手引きした闇ギルドが発端です。」
「ではやはり、闇ギルドは貴女を狙って?」
「いいえ、奴らが狙っていたのが我が兄。メンシス国の第一位王位継承者です。彼を亡き者にすればメンシス国は間違いなく揺らぐ。そこを狙ったのです。」
「しかし、メンシス国は軍事力がとても高い国。いかに手引きがあったとしても他国の密偵ではたかが知れているしそんなお粗末な抜け穴では王族を害することなどできないのでは?」
「通常ならその通りです。ですが…あろうことかメンシス国の貴族とその密偵は繋がっていたのです。」
「!!」
「なるほど。だからメンシス国に侵入できたのですね。」
高い軍事力を持つということは同時に国防力も高いということだ。
レノールからの証言もあったので密偵の侵入を疑ってはいなかったが、どうやって侵入したのかはずっと謎だった。
メンシス国に侵入できるほどの優秀な密偵ならば、捕縛されるだなんて失態も起こさないだろうが、中からの手引きがあったのなら話は別。
どうやら、メーバルはこちらが思っていたよりも用意周到な男だったようだ。
「どのような手腕で懐柔したのかはわかっていませんが、その者達のせいで兄は闇ギルドに襲撃されました。兄には護衛もついていたし兄自身も武術の心得があったので本当なら難なく撃退できたはずでした…私さえいなければ。」
「…ルナさんがいる時を、わざと狙ったのですね。」
誰かを守りながら戦う難しさはガルツ国で痛感しているが、多少なりともルガシオンに戦闘スキルがあったおかげで何とか凌げたのだ。
だからこそ戦闘スキルも、戦闘訓練も受けていないルナを守りながら戦うことの難しさがどれほどのものか想像することができる。
「私のせいで護衛を倒され、窮地に陥った兄は私を連れて逃げてくださいました。自らが囮となったとしても私を置いていけば間違いなく殺されると分かってのことでしょう。」
「その時には、密偵とメンシス国の癒着に気づいていたのですね。」
「はい。闇ギルドを打ち負かしたとしてもメンシス国の貴族が敵と通じている以上、知りすぎた私を放っておくとは思えない…だから兄は私を国外まで逃がすと、今度こそ囮となり私を闇ギルドから引き離してくれたのです。」
これで繋がった。
王族でありながら平民としてポロス国にルナがいた理由も、ルナの兄が闇ギルドに殺されたとメーバルが言った理由も。
そして、小説に出てきたポロス国の貴族が交わそうとした取引が頓挫した理由も。
「もしかして、その時にレイ…レイモンドも一緒にいたのではありませんか?」
「ええ。王城から逃れた後、私達を心配して追いかけてきてくれたのです。国境付近で合流できたのですが、共に行くのは危険であることに加えこのまま敵と通じた貴族を好き勝手させておくわけにもいかない、なのでレイにはお父様とお母様に事の次第を報告し、国内を見張っていてほしいと頼んだのです。だからとても驚きました、メリンダ様の元に彼がいたことに。」
「恐らく、レイモンドは敵と通じた貴族によって奴隷にさせられたのでしょう。メンシス国から排除できれば障害がなくなりますし、ルナさんやルナさんのお兄様に対する人質にもなる。」
「レイも、そう言っていました…」
とても悲しそうに呟く所から見て、私がガルツ国に行っている間にレイがルナに全てを話したのだろう。
ルナの変装は外見だけは完璧だが声は正真正銘ルナ本人の元だ、彼女の従僕ならばすぐにわかる。
ルナを連れてきた当初、レイモンドが挙動不審に陥っていたのにも頷ける話だ。
「役目を全うできなかったことをレイは謝罪してくれましたが、正直に言いますとあそこにレイがいてくれてとても安心したのです。彼に、詫びに死ぬとまで言わせてしまったのに…」
「いきなり他国に来ただけでなく、守るためとはいえ兄君と別行動になったんだ。見知った人物がいることの安心感は計り知れない。」
「アンシュル様…」
「それに、死ぬことは詫びにも償いにもならない。本当に償いたいと思うのであれば、今度こそ守ればいい。そのチャンスを、彼は掴み取ったんだから。」
「はい…」
自分の感情を恥じるルナにアンシュルが優しく諭す。
後半は私の耳に少々痛い部分もあったが、アンシュルの言っていることは間違いではないしきっと私も同じことを言ったことだろう。
(それはそれとして、五歳の子供に死んでお詫びをー!とか重すぎる!!って叱り飛ばす気もするな、私なら。)
レイモンドにとってみればいささか不穏なことを考えながら、お茶を飲む。
いい感じの二人を見ながら飲むお茶は格別だ。
「…それで?どう過ごしていたんだ。」
「ちょっと、クー!」
「なんだよ、大事なことだろ?」
「あ、そうですね…えっと…」
せっかくいい感じだったのに無粋なクーの横やりで強制終了してしまった。
眼福だったのに…と恨みがましい視線を向ければ拗ねたようにそっぽを向く。
まったく、拗ねたいのはこっちだ。
「当面の路銀は衣服などを売って工面しましたが、メンシス国とポロス国では公用語が少々違っていて、後でわかったことですがかなり値切られてしまっていてすぐに底をつきました。」
「あー…」
「おかげでポロス国の公用語を学べたのでそこは勉強代だと割り切ったのですが、このままでは餓死してしまう可能性もあると考え、その……」
「?どうしたのですか?」
悪質な質屋にカモられた憐れみと、悪質な質屋に対する怒りを抱きながら聞いていると、ルナが言いにくそうに口ごもり始めた。
一瞬、嫌な予想が脳裏をよぎるがそれだけは絶対にありえないと言い聞かせる。
というか、もしこの予想が当たっていたら相手を暗殺して塵も残さない。
公爵家の権力を最大限利用して、生きていることを後悔させてながら誰の目にも触れさせない所で永劫の苦痛を与えてやる。
「お嬢、なんか不穏なこと考えてるだろうが多分違うぜ。」
「なんでわかるんですか…」
「大方、売っちゃいけねぇものでも売ったんだろ?例えば、王族だけが持つ宝石とか。」
「!」
「「え?」」
クーの言葉にルナの方がビクリと震える。
私の予想していたことが現実になるよりは何十倍もマシだが、それはそれでことだ。
王族だけが持つ宝石とはいわば国宝だ、そんなものが市井に流れれば市場が狂うし下手をすれば政治にまで影響が出る。
「ほ、本当なのですか?!」
「は、はい…もう、それ以外売るものがなくて…」
「いつ、どこで売ったのか覚えているかい?もしかしたら、買い戻せるかもしれない!!」
「売ったのは随分前なんで、場所は覚えているのですがなんという名の街なのかは分かりません…」
「では、どんな人に売りましたか?例えば、露天商の商人だとか。」
「露天商の方ではありませんでした。売った相手は男性で、個人で店を経営していました。」
「個人店か…その店主は何を売っていたか覚えているかい?」
「確か…帽子です。帽子の装飾にちょうどいいとかなり奮発してくださいました。」
「宝石を、帽子の装飾に?」
なんて豪快な発想だろうか。
前世では帽子に宝石をあしらうのは珍しくはないが、一般的でもない。
いわゆるセレブといわれる人種が身に着ける帽子なので、貴族お抱えの帽子職人とかなら分からなくもない発想だが市井の帽子屋はまずそんな発想はしない。
というか、帽子屋に宝石を売るルナの発想もすごい。
「宝石といっても一般的に知られる宝石ではないんです。大きさはこれぐらいでそうと言われなければ珍しい青い結晶にしか見えないんです。」
「そんな宝石があるのか。」
「青い、結晶…?」
なんかそれどこかで見たことある気がする。
いやそんなまさかね?白だって二百種類あるって前世で誰かが言っていたし、青だって一口に言っても数万種類もあるんだ、きっと想像しているのとは違う青だ、うん。
「だがそれだけでは情報が少ないな…その宝石の特徴はほかにはないか?」
「形状は丸で、水面を閉じ込めたような青です。少し魔力を帯びてはいるのですが私のは原石なのでとても微弱で、直接触れたとしても普通の方にはわからないほどなのです。」
「…」
「それほどまでに特徴的なら単体で目立たせるほうが美しさを引き出せるだろう。だが、あまり大きくはないと言っていたな。」
「はい…」
「となると、使える帽子にも制限が付く。小さな宝石を目立たせるのであれば大人用の帽子ではなく子供の帽子のほうが、都合がいいだろう。市井の帽子屋で宝石をあしらった子供用の帽子を作った人物を探せば買い戻せるかもしれない。」
「そんなに特徴的なら探しやすいだろうが、もし買われてたらどうすんだ?」
「う~ん…交渉して穏便に渡してもらえるようにするしかないな。事が事だし、俺のポケットマネーから出そう。」
「申し訳ありません、アンシュル様…」
「気にしないでくれ。確かに国宝を売ってしまったことはマズイが、そうでもしなければ君が死んでいたかもしれないんだ。俺は、君が生きていてくれてとてもうれしいよ。」
「アンシュル様…」
ああ、いい感じだ。うん、とてもいい感じだ。
なにも知らない私なら、その帽子屋をなんとしてでも見つけ出して二人に献上してやろうと意気込んでいたことだろうし実際そうしたかった。
こんな複雑な感情を持て余しながら、眼福な光景をしょっぱく見たくはなかった。
(いやね、グッチョブだとは思うよ?実際、あそこで食い止められなかったら闇ギルドやら戦争屋やらに見つかって、販売経路をたどられてどうなっていたかわからないし。それに国宝の流出も防ぐことができた。うん、万々歳だ。でも、素直に喜べないんだよなぁ~なんでかなぁ~)
「メリンダ。すまないが、帽子屋の捜索に君も協力してくれないか?宝石をあしらった帽子なら女性用である確率が高いし、俺達よりも怪しまれずに済むだろうから。」
「……」
「メリンダ?」
「……殿下に、ご報告しなければならないことがございます。」
「ん?」
「……おそらく、その帽子。私が持っています。」
「「えぇぇえ?!」」
「くっ…」
アンシュルとルナがあげる驚愕の声が綺麗にハモった横で、何故か笑いを堪えるクー。
いつもならそんな光景を目にすれば何かしら感想を浮かべる脳内も、今回ばかりは綺麗に行動を停止していた。
読んでいただきありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。




