第四十五話
「お帰りなさいませ…お嬢様っ…」
「ただいま、シア。」
翌日、屋敷に帰ると涙目のシアが出迎えてくれた。
とはいえ堂々と玄関から帰る事は出来ないので、警備の隙をつくという形になったのであまり行儀のいい帰還とは言えなかったけれど。
それでも、無事に生還したことをとても喜んでくれるシアに帰ってきたんだという実感がようやく沸いた。
因みにクーは一足先に王城へと戻ってもらった。
伝言を届けるために。
「メリンダ様…!よくぞ、よくぞ、ご無事で…!」
「ルナさん…」
ルナの声をした自分、という不可思議な光景だがその表情に浮かぶ深い安堵と涙に今度は少しだけ苦い感情が湧きあがる。
シアかレイが、ルナに対して不義理を働いただなんて考えているわけではない。
なまじ頭脳と勘が鋭いが故に、大方の事情を悟ったのかもしれないと思ったからだ。
(それに、ルナが本当にメンシス国の王族ならある程度の情報で状況を理解してしまうでしょうからね。この点については、この後話し合った方が良さそうね。)
「ただいま、ルナさん。不安にさせてしまったみたいで、ごめんなさいね。」
「いいえ!!元はと言えば私が…いえ、私と言いますか、その…」
「ええ、分かっているわ。その事にも含めて一度情報を共有した方がいいでしょうし何より、この変装を解かなくてはね。シア、レイ、ちょっと行ってくるわね。」
「今度は、どちらに?」
「ルナの仮住まいによ。大丈夫、変装を解きに行くだけだしもう危険はないから。」
「かしこまりました。」
本当はここでも変装を解くことは出来るのだが、情報の擦り合わせとするにはここよりもルナの仮住まいの方が情報漏洩の危険性が低い。
なにより、ルナにとっても都合が良いだろうと懐から魔道具を取り出し早速向かおうとしたのだが、待ったがかかった。
「お待ちください!」
「レイ?どうしたの?」
私が帰ってからずっとどこか緊張したような面持ちで微動だにしていなかったので気にはなっていたのだが、なんとなく声をかけられなかった。
なんというか、下手に声をかけようものなら切腹でもしそうな程思い詰めているというか、緊張しているというか。
破裂寸前の風船の様な雰囲気で、思わずスルーの方向に舵を切っていた。
「その前に、お嬢様に申し上げることがあります。」
「何かしら。」
「…」
「レイ?!」
刺激しない様に努めて温和に対応しようとしたのだが、突然レイが私の前に跪いた。
一体どういうことだと目を白黒させていると、その隣にルナも続いた。
流石に跪くまではしなかったが、膝を折り低姿勢に礼をする姿は最高位の相手に対する礼儀作法に近い。
もしもルナが本当にメンシス国の王族なら、たかが公爵令嬢が王族に膝を折らせるという暴挙になる。
顔を青くさせながらあわあわと慌てる私に、レイが静かに口を開いた。
「お嬢様なら既にお気づきかと思いますが、俺はこの国の人間ではありません。」
「!レイ、この場でそのようなことは…」
「ご安心ください。今この部屋には防音結界を展開しております故、例え扉に耳があろうとも何も聞くことは叶いません。」
なんてことを言いだすんだと冷汗が出るが、そこはやはり考えていたらしく対策は万全だった。
レイは客人の立場にあるがオートクチュール公爵家に預けられた奴隷被害者だ。
そんな人間が他国に籍を置く者となれば、ポロス国は意図せず拉致監禁を犯した事になる。
下手をすれば戦争の口実に使われても可笑しくはないのだ。
「俺は、この場におわすルナフィール・セレス・メンシス姫に使える従僕。レイモンド・ウィルムと申します。」
「…」
(色々確定しちゃう情報を今出さないでよーーーーーーーー!!)
何とか内心で叫びを飲み込むが、冷汗を止めることはできない。
ルナが王族であることが確定してしまった以上、このまま王族に膝を折らせるわけにはいかない。
というか、ルナさんだなんて気軽に会話をする事すら不敬に当たる。
今までは知らなかったから~で何とかなったが、姫に、王族に使える従僕直々に宣言されればそれも使えない。
「…色々言いたいことはあるけれど、その前にどうか顔を上げて頂戴。私はレイ、いえ、レイモンドに何も思う所はないのだから。」
宥める様に言ってはいるが、本音はさっさと立って隣に居る王族に立つよう促して欲しい。
二人の中で何がどうなって私に謝罪の様な格好で真実を告げるに至ったのかは分からないが、子供とはいえ王族に頭を下げられる居心地の悪さは計り知れない。
メーバルの狂気に満ちた笑い声を聞いてる方がよほど………いや、どっちも嫌だ。
しかし、期待に反してレイモンドは動かない。
「それでもお嬢様に、いえ、メリンダ様に対し秘匿していたことは事実。伏して謝罪いたします。」
「私も、事情があってのこととはいえ騙し討ちの様な形になってしまった事をお詫びします。」
「え、あ…ほ、本当に気にしていませんから!!驚きはしましたがその、納得した部分もありましたし!ですからどうか顔をお上げください!!」
(王族と王族に使える人間に謝罪されるこっちの身にもなってくれ―――――――――!!)
その後、何とか謝罪を受け取ったとして頭を上げさせることには成功したが一気に疲れた。
この二人は自分達がどういう立場にあるのかきちんと分かっているのだろうか?
もし分かった上でやっているのであれば二人は私を過大評価しすぎだ。
私子供ぞ?ただの五歳の子供ぞ??
「で、では。気を取り直して参りましょうか、ルナフィール姫様。」
「どうか変わらずルナと呼んでください。」
「ですが…」
「肩ひじを張らずにいられる場だけで構いませんから。それに、今その名やその名に対する対応を受けるのは少々困る事態になりますし。」
「!承知…いえ、分かりましたわ。では、改めて参りましょうか、ルナさん。」
「はい!」
*
「おー、お嬢。やっと来たな…というか、なんか疲れてねぇか?」
「ははは…ちょっと色々ありましてね…」
ルナの仮住まいに到着すると、先に来ていたクーとアンシュルが出迎えた。
少しだけ草臥れた様子の私に首を傾げるものの、怪我も何もない事を分かっているからかクーはとりあえずスルーしてくれた。
正直、とてもありがたい。
「まずは無事の帰還を嬉しく思うよ、メリンダ。」
「ありがとう存じます、殿下。メリンダ・オートクチュール、只今帰還いたしました。」
「あらましは聞いてはいるが詳細はまだでね、早速で悪いが報告を頼めるか?」
「はい。まずは結論からご報告させていただきます。全ての元凶はガルツ国宰相、メーバル・ローリング。かの者が三国を踏み台とした大量殺戮を計画したことが発端でした。」
「大量殺戮か、常人ならば考える事すらしない事だな。」
「彼はまず、ガルツ国にある病原菌をばら撒き頃合いを見てメンシス国に密偵を潜入させました。病原菌の目的はガルツ国にメンシス国と密談をするように仕向ける為。密偵はそのための布石であり、同時にメンシス国の王族を害する手引きをする為です。」
「王族と言うとまさか彼女を?」
「!ご存じだったのですか?」
「申し訳ない、調べるつもりはなかったのだが結果としてそうなってしまった。」
「お気になさらないでください。」
素直に謝罪するアンシュルにルナの方も気にしていないと頷く。
言われてみれば当たり前だ、例えルナが王族ではないとしても戦争の引き金になり得る存在とはどういう人物なのかと当然調査が行われる。
私とアンシュルは小説知識でルナがどういう性格なのかを知ってはいるが他の人にしてみれば、縁も所縁もないただの少女でしかないのだから。
「現状、ルナフィール姫を狙っていたかどうかは分かりませんが王族を害し、メンシス国に疑念を植え付けることが目的かと思われます。」
「メンシス国の王族を害するように仕向けたのはポロス国だと吹き込んだのだな。」
この点についてはルガシオンからも証言を得ている。
メンシス国がポロス国を望んでいると思われたのは、ポロス国がメンシス国を狙っているからという情報を得たからだと。
ポロス国が何らかの方法を使い、メンシス国の王族を害する計画を立てたが失敗した。
だが確固たる証拠があるわけではない為、メンシス国は静観の構えを取りつつもポロス国を鬱陶しく思っている。
そこにガルツ国が介入し、メンシス国を助ける形でポロス国を献上すれば取引も上手く纏まるだろうというのがメーバルの主張だった。
「それでポロス国とガルツ国の戦争が起きれば戦争屋は潤う事になる。だが、ガルツ国が負ける可能性は考慮しなかったのか?ただでさえガルツの民は病を患っているのだろう?」
「そのための奴隷商です。遺憾なことですがガルツ国、いえ、メーバル宰相と繋がっているポロス国の貴族がいることが判明しました。」
「なるほど、内部崩壊を狙ったわけか。」
あの後、クーに探して貰って見つけた証拠の名簿にポロス国の貴族が居るわ居るわ。
中枢に食い込むような重鎮の名前が無かったことが幸いだが、この数の貴族を一気に粛清するとなるとかなりの規模になる。
最悪、動乱が起こる可能性も考慮に入れなくてはならないがこれはこれで利用価値があるので良しとしよう。
「奴隷商の詳細についてはクーが持ち帰った書類をご覧ください。」
「ああ…なんとも面倒な仕事になりそうだな。」
「心中お察しします。」
苦笑いを浮かべてはいるがアンシュルもこれはある意味でチャンスであることを理解しているのであろう、ほんのりと悪い笑みを浮かべている。
ルナが居る手前抑えているのだろうが、漏れてる漏れてる。
「そして、その情報に踊らされたのがガルツ国第一位王位継承者、ルガシオン・バル・ガルツ。メーバル宰相の横やりが入りながらもガルツ国とメンシス国がなるべく穏便に事を済ませられるように画策した人物です。彼のお陰でガルツ国とポロス国の開戦が先延ばしになりました。」
話を戻すと、すぐに王族の顔になるのだから流石だ。
そして、今話題に上がっているルガシオンも幼いながらも王族として立派に立ち回っていた。
メーバルの企みが全て順調に進行していれば今頃、ガルツ国とポロス国は戦争真っ只中だった。
しかし、メーバルの企みこそ見抜くことはできなかったが与えられる情報の中で小さな矛盾と危うさを見抜き、取引よりもまずは自国の回復が優先と唱えたのだ。
王が不在そして王妃が行動不能の中で幼い王子の言葉がどれほどの影響力を持つのかは想像に苦しくない、しかも彼には王宮内で絶対的な味方が存在しなかった。
蔑ろにされているわけではないが、損得勘定で動く貴族ばかりだったことから腹心を得られずにいたがそれを逆手に取ったのだ。
こうすれば貴方には利益があるのに戦争をするの?と問いかけれルガシオンの望む方向にもっていったのだ、逞しいというか、恐れ入る。
「ルガシオン王子といえば、俺と同い年だったはずだ。その若さで…感服に値する。」
「ええ、全くです。」
「おいおい、王子様も大概だからな?お嬢に至っては規格外だからな?」
「「どういう意味!!」」
「ハモるなや。」
「ふふふっ!」
思わずというクーの横やりにアンシュル共々ツッコめば、呆れ顔で返される。
些か不服だったが、楽しそうなルナの笑顔にまぁいいかと矛先を納める私とアンシュルであった。
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