第四十四話
まずは現状の整理をしよう。
ポロス国としては、戦争屋と闇ギルドの介入によりメンシス国との情勢が不安定化した。
これまで戦争屋と闇ギルドは繋がっていて、その大元に大きな力を持つ依頼人が居ると仮定してきたがここにきて戦争屋と闇ギルドは繋がっていない事が判明した。
対してガルツ国は厄介な病が流行し、その魔の手は国王陛下にすら及んでいる。
王妃が公務を代行し国の運営は成り立っているものの、男尊女卑の思想が激しい生家からの横やりに合い現在消息不明。
(メンシス国側についてはアンシュルか、ポロス国上層部しか詳細を把握してはいないから分からないけど、多分ポロス国と似たような見解を持っていると思うから、とりあえず置いておくとして…問題はガルツ国ね。)
「ルガシオン王子。予期せぬ事態により中断しておりましたが、先程のお話の続きをさせてくださいませ。」
「勿論です。正直、私が持つ情報は殆ど歪んでしまっていると予想されますので、こちらとしても情報の共有をさせていただけるとありがたい。」
「ではまず、ガルツ国がメンシス国と取引をしようと思い立ったところからお願いします。」
「はい。先程も述べた様に我が国では現在、厄介な病が流行しております。身体薬師達の尽力によって薬の開発は成功したのですが、それには大量の塩が必要なのです。国の備蓄を全て投入したとしても、民の半数にも満たない数しか精製できないのです。すぐに死に至る様な病ではありませんが、特効薬を投与しなければ日に日に衰弱する速度が速くなり気づいた時には既に…今はその場凌ぎとして衰弱する速度を抑える薬で誤魔化しています。」
すぐに死ぬわけではないけれど、特効薬を飲まなければ確実に死ぬ病。
しかも、まるでじわじわと焙られているかのようにゆっくりと身体機能を失っていくだなんてなんて質の悪い病だろうか。
だがそこよりももっと気になる部分があった。
前世ではそう言った知識はあまりなかったので分からないが、この世界では風邪薬は勿論のこと、他の薬においても多かれ少なかれ塩が使われているが国の備蓄を放流しても民の半分以下の数しか作れない薬など聞いたことがない。
「その病が流行しだしたのはいつ頃ですか?」
「二年ほど前からです。最初は唯の風邪かと思われていたのですが、最初の発症者が亡くなると同時に爆発的に流行したのです。」
「爆発的に…?」
病の感染は特別なケースを別にすれば大きく分けて四つに分類される。
感染者と直接接触、または病原体が付着したものに触れることで感染する接触感染。
感染者の咳やくしゃみにより飛び散ったしぶきを吸い込むことで感染する飛沫感染。
飛沫が乾燥した状態で空気中に浮遊し、それを吸い込むことで感染する空気感染。
極小サイズの生物、前世で言う所の蚊やダニなどを介して感染する媒介物感染。
初期段階では風邪と誤解されていた所から見て、症状自体は風邪に酷似していると思われるので考えられる感染経路は接触・飛沫・空気になる。
だが、そうなると最初の発症者が亡くなると同時に爆発的速度で流行した事実の説明がつかない。
接触も飛沫も空気も、発症者と関わる事が条件、最初の発症者の後に続いて流行していったなら分かるが、亡くなると同時に爆発的な流行には繋がらない。
だとすれば、残る可能性は媒介物感染。
あまり考えたくないが、もしも最初の発症者が苗床の様な状態になっていたとしたら?
感染者の体内で病原菌を増やしていき、身体機能が停止すると同時に体外へ放出され新たに感染者を作るのであれば説明もつくのだが、そんな病は聞いたことがない。
まるで、人工的に作られた病のようだ。
「…と言う事は、二年前からメンシス国との密談を検討していたと?」
「いえ、最初から密談を検討していたわけではないのです。当初は、我が国の状況を踏まえた値引き交渉を行おうと考えておりました、ですが、二年前にメンシス国に密偵が侵入したとの情報が上がったことがきっかけで、方針変更が行われました。」
「!」
そう言えば、レノールが急遽帰国する原因に密偵が居たことを思い出した。
当時はメンシス国とポロス国を戦争させるための布石かと思っていたが、ガルツ国に病が流行した時期とほぼ同じとなると偶然とは思えない。
もし密偵の目的が戦争ではないとしたら?
(密偵の目的が戦争以外だとすると定番は、機密情報の入手、何かの偽装工作、あとは……重要人物の抹殺補助。)
もしも、密偵の目的が最後に上げた重要人物の抹殺補助だとしたら、密偵を放ったのはメーバルの可能性が高くなる。
「どう、変わったのです。」
「密偵の侵入によってメンシス国の警戒度は跳ね上がっています。そこへ値引き交渉など持ち掛ければ我が国が密偵を放ったのではないかと言われない指摘を受ける可能性がある。その為、表立っての交渉を避け、内密な取引にすることになったのです。」
「……それを提唱したのは、ここにいるメーバル宰相ではありませんでしたか?」
「…仰る通りです。」
決定打だった。
話している内にルガシオンもこの可能性に行きついたのだろう、答えた表情はとても険しかった。
確固たる証拠がない為、推測の域を出ないが恐らく、今回の一件はガルツ国の病も含め全てメーバルの仕業だったのだろう。
宰相が国を謀り、陥れようとするだなんて言語道断だ。
もしこの事が世間に露見すれば、ガルツ国が受けるダメージは計り知れない。
(ガルツ国の工業はポロス国にとってなくてはならないもの、もし国が崩壊するような事になればポロス国だって無傷ではいられない。でも、内密に処分するには罪が重すぎる…)
そうでなくとも宰相という地位に居る者を断罪するのだ、万人に向けた大義名分が無ければ国が揺れる。
何かいい手立てはないものかと唸っていると、僅かに緑色に染まっていた部屋が元に戻った。
「!ルナフィール姫、光が…」
「ええ。魔道具の発動を維持できなくなったのでしょう。」
蹲っているメーバルに視線を向ければ激痛に耐えられなくなったのだろう、失神していた。
最後まで足掻くその根性には敬服するが、使いどころが間違っているだろうと言いたくて仕方がない。
(ここまでの事を成せるんだから決して無能ってわけじゃ無かったろうに…もう少し精神年齢が育っていれば良き隣人として関係を気づけていた未来もあったかもね……ん?隣人??……………………そうだ!!これなら!!)
「Summon」
「え?!」
「…よぉ、お嬢。やっと呼んだな。」
「すみません、ちょっと緊急事態だったもので。」
「そう言う時こそ呼べよ。」
「呼びたくても呼べない状況だったんです。」
脚に魔力を籠め、召喚の紋を発動する。
すると、魔力の風と共にオルセン副騎士団長の姿をしたクーが現れた。
とりあえず無事な私の姿にほっと息をつきながら発せられる言葉に、ここまで安堵している自分が居る事に驚きながらもこれまでの経緯を話す。
すると、やはりクーの表情も険しいものになった。
「厄介だな…」
「ええ。そこで、クーにお願いがあるのです。」
「お願い?」
「恐らく、メーバルはポロス国の貴族と繋がりがあります。その証拠を掴んでほしいのです。」
「へぇ、ガルツ国の王族の前で大胆な発言をすんだな。」
「勿論。だって、これはガルツ国にとってもいい話…いえ、いい取引になるからです。ルガシオン王子。」
「は、はい。」
クーを召喚した時から困惑気味のルガシオンだが、もう少しだけ付き合って貰わなくてはならない。
上手くすればガルツ国だけでなく、アンシュルの功績にも繋がるのだから。
「”私”と、取引をしませんか?」
*
「ポロス国が見えてきたぞ、お嬢。」
「やっと、帰って来たわね…」
空が白み始めた頃、取引が成立しガルツ国から出国した私とクーはようやくポロス国の国境付近まで辿り着いていた。
拉致された場所が国境まで近かったのが幸いだった、そうでなければ一日か二日、野宿する必要がある。
気持ちとしては野宿を体験してみたいというのもあったが、怒涛の出来事の連発で疲弊しきった今は一秒でも早くベッドに潜り込みたくてたまらない。
「それにしても、お嬢も思い切ったことをやるな。」
「アレが最善だと思ったんですよ。ガルツ国に潰れられては困りますし、何より欲しかった最後の功績としてこれは申し分ないですし。」
「それもだがよ、闇ギルドを見逃すって普通はしねぇだろ。」
「普通じゃない状況だったというのもありますが…そうでないと、ルガシオン王子が断罪されますからね。」
どんな理由・事情があろうとも闇ギルドと関わる事はご法度だ。
メーバル同様、今回の事が明るみ出ればルガシオンは間違いなく廃嫡される。
そうなれば唯一の直系後継者を失う事になるガルツ国は、やはり揺れる。
ポロス国の安寧の為には、ガルツ国が不安定になってもらっては困るのだ。
(と、言うのは建前。)
安寧の為にガルツ国が不安定になるのは困る、と言う所は事実だが決してポロス国の為だけではない、アンシュルの為だ。
この先、ポロス国は揺れる。
それが大きいか小さいかは私達の頑張り次第だが、ポロス国が揺らいでも今回の事で恩があるガルツ国が外敵から守ってくれる。
「…」
「お嬢、疲れたなら寝てていいぞ。」
「でも…」
「見えてきたとはいえ、この速度で行けばオートクチュール公爵家に到着するのは日が完全に登る頃だ。休める時に休むのも大事だぜ。」
「は、い…」
私を抱えながら馬にまたがるクーが、器用に私の背をポンポンと叩く。
正に子ども扱いだが、その手がどうにもむず痒く感じてしまう。
(それにしもて、今回もオルセン副騎士団長の姿だったな…)
クーの事だ、闇ギルドが絡んでいるから念のため姿を偽った方が何かと都合がいいとでも考えているのだろう。
けれど、ほんの少しだけ本当のクーを見られるのではないかと期待があった。
これまで共に過ごしてきて、私はクーの事を何も知らない。
どうして闇ギルドに居るのか、どのようにアンシュルの懐刀になったのか、何が好きで何が嫌いで、何が得意で何が苦手で、そんな些細な事すら知らない。
それでいいと思っていた、いや、今でも思っている。
クーが私を信頼してくれている事が分かっているから、アンシュルに対してとは違う信頼だけれど彼が私と言う存在を認めてくれている事が分かっているから。
クーが言いたくなければ言わなくていい、でももし、オルセン副騎士団長じゃない本当のクーの姿を見たいと言ったら困らせてしまうだろうか。
困らせるのは本意ではない、でも、いつか…そう、全てが終わった時なら。
「ねぇ、クー。」
「なんだ?」
「いつか、私と殿下の本懐が遂げられた時、貴方の素顔を見たいと言ったら、見せてくれる?」
心地いい温度と優しい振動に半分夢の世界に旅立っていた私は、思わず本心を口にしていた。
でも、それを訂正することも誤魔化すこともできなかった。
落ちてくる瞼に、抗う事が出来なかったからだ。
「……それで、あんたが後悔しないのなら…」
ポツリと呟くと、クーは恭しく手の甲に口づける。
そっと離された唇が再度言葉を紡ぐが、蹄音にかき消され誰の耳にも届かないまま空へと溶けた。
「その時は、我が名と共に貴女の前に姿を露わそう。」
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