第三十七話
「そ、れで。殿下はなんと?」
声がひっくり返るのを気合で我慢しつつ問えば、クーは怪訝そうな顔をしつつも答えてくれた。
アンシュルの計画はほぼ私の計画をそのまま採用した形だったが、一つだけ大きく違う点があった。
それが、クーが護衛につく事。
安全面を考えれば確かにそれが一番だが、いくつか疑問も生じる。
「何か質問がるって顔だな。」
「ええ。反対するわけではないのですが、クーが殿下の傍を離れることで危険はないのですか?」
「そこは問題ない。お嬢が件の魔道具の効果を下げたとしてもすぐに騎士連中が戻ってくるわけじゃねぇからな、暫く王子様は王様と王妃様と一緒に護衛に守られることになる。ついでに言うと、そういう非常事態だから護衛の質も最高に引き上げられてるぜ。」
「最高というと役職付きの騎士ですか?でも、確か副騎士団長クラスが出兵されたと聞きましたが。」
「護衛につくのは騎士団長本人と暗部だ。どうだ?豪華だろう。」
「!?」
騎士団長とはその名の通り騎士団の頂点に君臨する人であり、その強さはポロス国随一と言われている。
脳筋ではないのだが生真面目の気質があり少々扱いに苦労する面もあるが、決して愚かでも無能でもない。
そんな人と国家の闇を支える暗部が護衛につくのであれば下手な騎士を増員するよりもよっぽど防御力が高い。
アンシュルの安全が保障されたことに安堵する一方で、暗部の存在と言う国家機密をさらっと告げないで欲しいとも思った。
「それならば安心です。」
「もう質問はないか?」
「最後に一つだけ。私の護衛にクーがつくという事ですが、どうするつもりですか?私が転移跡付近で拉致される手筈ではクーが割り込む隙が無いように思うのですが。」
「安心しろ、ちゃんと考えてある。前に渡したネックレス持ってるか?」
「はい、勿論。」
「持ってきてくれ。」
クローゼットの中に隠してあったペンダントを急いで取ってくると、クーに差し出すと少しだけ驚かれた。
一先ず傷が付かないように間に合わせの保管箱に収めてあったのだが、おざなり過ぎて驚かれたのだろうか。
「すみません、今は気軽に商人を呼ぶこともできないのでこのような場所に保管するしかなくて…」
「いや、それは問題ない。こんなに丁寧に扱っているとは思っていなくてな。」
「丁寧に扱うに決まっているじゃないですか!!こんなに素晴らしい品ですし、何よりクーに頂いたものですから。」
「!そ、そうか…」
今度は気恥ずかしそうにするクーに首を傾げるが、その表情に負の色は見られないので深くは追及しない事にした。
なによりも、今は計画の擦り合わせの方が先決なのだから。
「コホン……これには俺の魔力が籠められている。こいつを介せば簡易的だが召喚の紋を刻むことができる。」
「召喚の紋って確か、特級魔法ですよね?」
「そうだ。上級より上、扱える人間は世界に数人しかいないとされるレア中のレア魔法だが、こいつを使えば召喚できるものは限定されるし効果も一回こっ切りだが使用することができる。」
召喚の紋、前世で言う所の召喚魔法のことでその名の通り遠くの場所のものを呼び出すことができる。
私がラルドから貰った暗器召喚の大規模版とも言える代物だが、その効果は暗器召喚よりも遥かに強力だ。
契約を結んだ獣を召喚する、と文字にすればあまり仰々しくは聞こえないかもしれないが物理法則は勿論、空間法則すらも超越して呼び出せるのだ。
しかも、召喚魔法を使える者しか足を踏み入れることができない領域もあると聞く。
つまり、規格外そのものなのだ。
「問題はどこに刻むかだ。手は既に別のが入ってるから上手く刻めない可能性がある。」
「そうですね…召喚の紋を使用するには何か特別な事がありますか?」
「いや、ただ魔力を籠めればそれでいい。」
「なら、ここはどうでしょう。」
「!?」
提案したのは、足だ。
就寝前と言う事で身軽な服装であったことも幸いして、スカートをたくし上げるのに苦労はなかった。
とはいえ、あんまり出すのもアレだろうから見せたのは右足のふくらはぎなのだがどういう訳かクーの動きが完全に止まった。
「クー?」
「……お嬢、淑女の教育本当に受けてんだよな?」
「失礼な、きちんと受けてますよ!」
「ならなんでんな無防備なんだ…いや、これは淑女の教育じゃないのか?管轄はどこだ?」
「どういうことです?」
頭を抱えて何やらブツブツ呟いているが、その頬がほんのり赤くなっている事に気づいた。
寒いのか?とも思ったが、寝間着でも問題ない気温にそれはないと思い直す。
では一体何が…と自分を見ればようやく合点がいった。
(あー……そういや、この世界って足は卑猥な場所って定義だったわ…つい、前世の感覚で…)
今の私の状態は、前世で言う所の胸をモロだししている状態なのだ。
いくら相手が私とは言えクーも慌てるわけだ。
「あー…クー。」
「なんだ…」
「クーの言わんとしていることは分かりました、でもだからこそやり難いでしょうが早急に刻んでください。お互いの為にも。」
「お、おお……その、触るぞ…」
「はい。」
背中に刻むという手もあったが、曝け出しにくいし何より私が恥ずかしいので却下だ。
この世界の住人に言わせれば足を出す方が恥ずかしいというのかもしれないが、前世の感覚が強い私にとっては足の方が何倍もマシなのでクーには申し訳ないが暫し耐えてもらうしかない。
恐る恐る足に触れ、魔力を籠めた結晶を押し当てていく。
少しだけ冷たい結晶は、感触で言うとガラス玉を押し当てられている感じに近く痛みはないが少しだけ擽ったい。
「少し違和感があるかもしれんが、刻み終わるまで耐えてくれ。」
「分かりました。」
そう言うや否や、つぅーっと結晶を走らせていく。
青い残像は少しだけ軌跡を残した後に消えていくが、結晶が通った場所には痺れる様に感じた。
「…っ…」
「もう少しだ…」
サラサラと描くクーの手には迷いはなく、早く終わらせようという気遣いが分かる。
だからこそ、その邪魔をしない様に口を固く閉じるが意識しないようにすればするほど足の痺れが強くなっている様に感じる。
(別の事を考えて気を紛らわせるのよ…計画の始動は明日でルナはこの屋敷で保護することになる、だからシアとレイへの根回しもしておかないと。シアはちゃんと説明すれば分かってくれるかもしれないけど…問題はレイよね。きっと、危ない事をするなんて~って意味合いの言葉をわざと生意気にしているというか、こちらを煽る様な感じで言う気がする。いやまぁ口調はどうでもいいか、うん。問題なのは心配して私について来るって言いだしかねないってこと。これに関してはシアも同じね、計画を全部教えれば十中八九言いそうだけどだからって連れていけないし、どうにかその部分をぼかして伝える?でもどうやって?ルナを招く時点で勘付かれそうだし…うあー!!)
「よし、終わったぞ……大丈夫か?」
「え、ええ…」
途中から痺れは全く感じなくなるほど思考に没頭していた、とはなんとなく言えずに少しだけ濁しながら頷くと申し訳なさそうな顔をされた。
ごめんなさい、貴方は何も悪くないのよと咄嗟に言いそうになったがそれはそれでクーを追い詰めるような気がして、大丈夫だというだけに留めた。
「これでクーが護衛についてくれるよね?」
「ああ。ただ召喚されるのはお嬢の傍だからな召喚する時はよく考えてくれよ。」
「ええ。」
「そんじゃ、明日迎えに来る。ああ、そうだ、王子様から伝言を預かってたんだ。」
「伝言?」
「確か、今日はよく休むようにだとよ。」
「分かりました。」
「じゃあな。」
そのままクーはテラスから立ち去ったが、その速度が若干早く感じたのはきっと気のせいではないだろう。
今更だが顔という手もあったなと思い立つが後の祭り、犬にでも噛まれたと思って早々に忘れてほしいと願うばかりだ。
(よく休むように、か…今日の会議は無しってことね。久しぶりね、唯の睡眠は。)
力が入って少しだけ固まった身体を軽く伸ばすと、そのままベッドへと潜り込んだ。
*
「シア、少しいいかしら。」
「どうかなさいましたか?」
朝食を済ませ、自室に戻った私は早速シアに事の次第を説明しようとした。
さんざん悩んだ結果、私が出した答えは危険だけれど頼もしい護衛が沢山いるから問題ないと押し通すことだ。
「この後、私に変装させたお嬢さんがここに来るわ。その子を守って欲しいの。」
「お嬢様に変装させたということは、お嬢様はその間どちらに行かれるのですか?」
「ある調査に向かう事になっているわ。」
「それって、絶対危険な奴ですよね。」
「だから、ノックせずに入るのを止めなさい。レイ。」
やっぱり来た。
むすりとした表情のレイは案の定、私の予想通りの言葉を並べる。
だが、言葉にしないだけでシアも同意見だったらしくいつもはポーカーフェイスが浮かぶ表情が苦々しく歪んでいる。
二人の言い分はよく分かる、昨夜クーに言われてようやく気付いた、というか思い出したが今の私は五歳の子供だ。
そんな子供がいくら高貴な身分から命令されたとて、危険を冒すなんて普通はあり得ない。
きっと、二人の中でさる高貴なるお方は血も涙もない冷血漢か、心を持たない非情な奴というイメージだろう。
(ごめん、アンシュル…)
「お嬢様?」
「二人の言い分は分かるわ。でもこれは、私があのお方に嘆願して命じて頂いたの。あの方は、最後まで私の嘆願を拒絶していたわ。」
「まさか、あの話は…」
「ええ、そうよ。」
思い当たる節があったシアが驚いた様な表情をする横で、レイは怪訝そうな顔を崩さない。
多分、さる高貴なるお方が私に嘆願しなければならない状況を作り出したのではと疑っているのだろう。
実際は逆なのだと言いたいが、恐らく信じてはくれないかもしれない。
「どうしてお嬢様がそんな願いを?」
「あの方に、とても迷惑をかけてしまってね。私のせいで今、あのお方は動けない状態なの。」
「「!」」
「あの方は責任を問わなかった、でも私が自分が許せない。だから嘆願したの、どうかやらせて欲しいって。」
「…責任を問われないのであればお嬢様が危険を冒す必要はないではありませんか。」
「嫌よ。子供と言えど矜持はあるのよ、一応ね。それに、あのお方に不利益を齎しただけだなんて不名誉、真っ平ごめんよ。」
あくまで庇護されるべき子供に対して言葉を並べるレイには申し訳ないが、今言ったことは紛れもない私の本心。
それに今回に関して、アンシュルに不利益を齎したと言う事は、連動してルナにも影響が出る可能性がある。
ヒロインと言うだけではなく、私を純粋に慕ってくれる彼女に危険が及ぶことは素直に許しがたかった。
「それにね、それだけじゃないの。」
「他にも何か?」
「私に変装させてここに連れてくるお嬢さんにも、私のせいで危険が迫る可能性があるの。」
「「!!」」
「もし、もし本当にそんなことになったら…私は多分、私を殺すわ。」
大げさに言っている自覚はある、けれど心情的にはそれほどまでに嫌悪する事態だ。
もし、私のせいで動けなくなったばかりにルナを危険にさらし、あまつさえ失う様なことなれば正気を保てる自信がない。
この世界に死者蘇生の秘術はないけれど、例え何を犠牲にしてでも、残りの人生全て注ぎ込んででもそんな術を作り出そうとする自分の姿が簡単に想像できてしまうのだ。
そんな事には、したくない。
「お願いよ、シア、レイ。私の代わりに、彼女を守って。その代わり、私は絶対に生きて帰ってくるわ。」
「お嬢様…」
「大丈夫よ、私一人ってわけじゃないわ。名前は言えないけれどとても強い護衛が沢山つく事になっているの、信頼できる方々よ。だから、お願い。」
「…」
悲痛な表情を浮かべる二人を第三者が見れば、まさに今生の別れかと思う程だ。
だがそれも無理からぬこと、たった五歳の子供がまるで死地に向かう戦士の様な事を告げているのだ。
しかもそれは冗談でもお芝居でもないと来ている、加えてシアとレイにはどんな危険を冒すのかという詳細を伝えていないのだ。
それが余計に無残で危険な光景を二人の脳裏に描いているのだろう。
メリンダという少女を大切に想う二人は尚の事だが良心を持つ人間であっても、何かしら思って然るべき場面だ。
「……畏まりました。この命に変えましても、その方をお嬢様がお戻りになるその時まで、お守りいたしましょう。」
「シアさん…」
「ありがとう、シア。」
「ただ、恐れながらこのシア。お嬢様にお願いがございます。」
「何かしら?」
「ご無事のご帰還が叶いました際には、どうか、お嬢様の暇を暫しこのシアにお与えいただけないでしょうか。」
「それだけでいいの?もっと欲張ってもいいのに…」
「いえ、私にはこれこそが至上にございます。」
「そう、分かったわ。帰ったら私の時間をシアにあげる。」
「ありがとう存じます。」
恭しく礼をするシアを見ても、レイは未だ逡巡していた。
私にしてみればシアが了承してくれたのだから、レイまで受け入れなくてもいいかと思い始めていた。
そもそも、レイはオートクチュール公爵家預かりの奴隷被害者でありこの屋敷での立場は客人だ。
レイ本人の希望で従僕の様な事をしているが、本来ならそんな義務も必要もない。
「レイ…無理にとは…」
「いえ、シアさんが頷いたのであれば俺も頷きましょう。貴女は一度決めたら頑固なところがおありの様ですから。」
「うっ…」
「精一杯、その女性をお守りしましょう。そして、シアさん同様お嬢様がご帰還成された折には、俺にも褒美を下さいね?」
「勿論よ、希望は何?」
「それは、お嬢様がご帰還された時に、お伝えしましょう。」
「…分かったわ。」
多分、二人とももっと言いたいことがあるのだろう。
でも、私の我が儘を叶えてくれた。
とてもありがたいと思う、だから、必ず生きてここに戻ってくる。
シアに私の時間をあげて、レイの望みを聞くために。
「彼女には二人以上に詳細を伝えることができない。ここに連れてくるのもレシピの選別という建前で通すからそのつもりでお願い。」
「「承知しました。」」
「レイ、書庫からありったけのレシピをこの部屋に運んでおいてもらえるかしら?多ければ多いほどいいわ、特にお菓子のレシピがいいけれど料理と名のつくレシピなら何でもいいからとにかく全部。」
「分かりました。」
「シア、すぐに戻ってくるからお茶の準備をお願い。茶葉はアールグレイでお菓子は私のお気に入りを。」
「かしこまりました。」
もしかしたらこれが最後の会話になるかも、だなんて思わない。
絶対に生きて帰るんだと、改めて覚悟を決めたから。
「それじゃあ、行ってきます。」
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