第三十六話
「さて、これは糾弾しているわけではないが今回の仕出かしの原因は昨夜の囮か?」
「はい…その、殿下が私を案じてくれているのは分かっているのですが、それは私も同じこと。しかし、そうすれば話は平行線のままとなり手遅れになる可能性もある。その為、私の侍女の助言を受け行動した次第です。」
「助言?」
「選ばざるを得ない状況にしてしまえばいい、と…」
「合理的だが何とも強引だな…」
それは私も同意だ。
今回は私のミスで過剰な状況を招いてしまったが、それでも私が望む状況にはなった。
翌朝にインヴァイトの効果を弱めたとしても騎士団の増員がすぐに解除されることはないだろうし、警戒指数はそのまま維持される。
まぁ、数日後ぐらいには王族の護衛は元に戻るかもしれないが、王宮の空気が緩むことはないだろう。
何故なら、ガルツ国の嫌疑という無視できない要素が浮上してしまったからだ。
緊迫した王宮の警備は普段よりも強化される事だろう、そうなれば拘留している刺客も自然と身動きが取れなくなる。
つまり、仲間を手引きできなくなる可能性が出てきたのだ。
それだけでも私としては御の字だが、状況はさらに私の望む方向に悪化している。
「手紙は君の誤算だとしても、結果として状況は君の望む通りになっている。このままでは我が国はメンシス国だけでなくガルツ国とまで睨み合いをしなくてはならなくなる。」
「そうなれば戦争屋は勿論、闇ギルドも動きやすくなる。」
「そうだ。ルナを奪われるのを阻止したとて、メンシス国かガルツ国に我が国が戦争を望んでいるかのように偽装されれば終わりだ。」
これまでメンシス国とポロス国が睨み合い程度で済んでいたのは互いに戦争を起こす利益がない事と、一定の信頼関係があったからだ。
しかし、ガルツ国とまで睨み合いを始めればその信頼も揺らいでしまう。
元より友好条約が締結してまだ日が浅いのだ、一度揺らいだ信頼を崩す何てこと戦争屋には造作もないだろう。
この状況を打破するには、戦争屋か闇ギルド、どちらかを抑える必要があった。
「一刻も早くこの状況を打破する必要がある、その為にはどうしても情報が必要だ…」
「…殿下、確かにこの状況は私が望む状況に近いものですが、不本意な結果であることも事実です。私は血が流れ欲しいわけでないのに、今回の事で多くの方々にご迷惑をかけたと痛感しておりますが、謝罪する立場を今の私は持ちません…ですからどうか、せめて贖罪だけでもさせてください。」
「そのために、囮になると?」
「囮になれるのであれば喜んでなりましょう、ですが殿下が否と言うのであればそれに従います。」
「……」
私の望む状況に近くはあるが、今の私の手には余るほど事態が大きくなってしまっている。
ここで我を通すが如く計画を推し進めた所で、どこかで破綻するだろう。
なら今私ができることは、自らの行いを反省し現時点で最大限に貢献できる場所へ向かう事。
そしてそれを知るのは、目の前の人だけだ。
「……そこで囮に喜んでなるって言い切るのが君らしいところだな。」
「…それは、どういう意味ですか?」
「いずれ身に染みて分かる時が来るだろうから黙秘する、せめてもの意趣返しだ。」
「はぁ…」
「そして、これはせめてもの抵抗……今から告げるのは俺としてではなく、王族に名を連ねる者の言葉だ。」
「!」
一度、ゆっくりと瞳を閉じるとアンシュルは重々しく口を開いた。
それは、先程までの気安さや気軽な感じが一切ない支配者が持つ覇気がそのまま言葉になったかのようで、私は姿勢を正す。
傅き、王族に対する礼を取る私をアンシュルは静かに見やる視線にまで覇気が籠っているに感じた。
「此度の贖罪及び打開として、メリンダ・オートクチュール公爵令嬢に潜入調査を命ずる。尚、私の手の者を一人つける故、しくじることは許さん。」
「御意。」
「詳細はその者を介する故、受け取り次第立て。」
「承知いたしました。」
私の言葉と同時に、夢が醒めはじめる。
白く染まり始める視界の隅で、アンシュルの表情が苦しげに揺らいでいるように見えた。
*
「…」
目が覚めると同時に、私は飛び起きクローゼットへ向かった。
扉を開き、すぐさま効果を上げる魔道具を取り外して大きく息を吐いた。
これで一先ず、インヴァイトの効果は通常に戻るが招いてしまった事態がなくなるわけではない。
不幸中の幸いなのは、私が招いた事態で負傷した者がいない事。
インヴァイトの効果は撒き餌なので、こちらから攻撃しない限り魔物が襲ってくることはないのだ。
それに、メンシス国ともガルツ国とも傍から見れば平時の関係を保てている。
(まだ踏みとどまれる場所にいる…落ち着いて、冷静に考えるのよ…)
深呼吸を繰り返し、心を静める。
招いてしまったことは、起きてしまったことは変えられない。
反省はすべきだが、今やる事ではない。
今、私がやるべきことは自分が仕出かしてしまった事の後始末。
自己嫌悪に押しつぶされるのは、その後だ。
「お嬢様、シアにございます。」
「入って。」
朝食を取り、講義を終え、ルナの元から帰った私は一人テラスに居た。
アンシュルが言っていた手の者を待つためだ。
それが誰なのかまでは言っていなかったけれど、状況から見て来るのは彼だろう。
「思ったよりも平然としてるんだな、お嬢。」
「愚かしさを痛感しているからこそ、せめて見苦しくない様に振舞っているだけよ。」
音もなく降り立ったのは、やはりクーだった。
いつものようにオルセン副騎士団長の姿をしているが、その表情はオルセン副騎士団長には似つかわしくない程に静かだった。
彼は、怒っているのだろうか。
「へぇ、自覚はあるのか。」
「何とかね。もう少し早く気づけたらよかったと思う程度には身に染みているわ。」
「…それで、償いの為に死地に向かうって?」
声のトーンが、一つ下がった。
彼にしてみれば私は不誠実極まりない存在に見えるのだろう。
そんなつもりじゃなかったとはいえ、国家規模になるほど事態を大きくし彼の主人たるアンシュルを危険にさらしたにも拘らず償いに死ぬ気だとなれば無責任だと憤る気持ちも分かる。
「償いという部分は否定しないわ、でも死ぬ気はない。」
「あんた程度の腕で戦争屋や闇ギルドの手を潜り抜けられるって?自惚れもいいとこだな。」
「そうね、自惚れていたのかもしれないわ。今が楽しすぎて、どうかしていたのよ。」
「…」
死ぬ運命のラスボスに転生して、絶望した。
でも、アンシュルと出会って一人じゃないって、自分は自分なんだって認められて、嬉しかった。
そんな彼に報いる為にも、生き残ろうって、生き残りたいって一層思うようになった。
その頃からだろう、私の目的である生き残りが脇へと置かれ始めたのは。
アンシュルとルナが幸せに結ばれてくれれば、生きてさえいれば私の目的は達成なのだからポロス国に居られなくなってもいいと。
「騎士は勿論、クーにも勝てるだなんて思っていない。あの模擬戦だってかなり手を抜いてくれていたのも分かっている。でも、少し戦えるようになって舞い上がっていたのよ。無力じゃないって。」
「…」
「自分の力量は分かっているのに、頑張ればもう少しどうにかできるかもしれない、もう少し、もう少しって欲張って、このザマ。それなのに、死ぬから許して何て虫のいい事言えないわ。」
「…訂正しろ。」
「え?」
「俺も、王子様も、あんたに死んでほしいなんて欠片も思っちゃいねぇ。例え今回の事が全部あんたの意思であったとしてもだ。」
私をまっすぐ見つめる瞳に浮かぶ色を、私は見たことがなかった。
怒りに似ているけれどそれとは違う不思議な視線は、厳しいのになぜか痛くない。
慣れない視線に胸を忙しくさせながらも、努めて平静を保ちながら答える。
「ええ、勿論。クーも殿下もそんな人じゃないって分かっているわ、だからこそ私が償いたいの。」
「…いいや、あんたは分かっちゃいねぇ。頭いいくせに、なんでこんなことが分からねぇんだよ。」
「だから死ぬ気はないって…」
「そこじゃねぇ。なんで俺達があんた一人に償いを求めているって思うんだよ。」
「なんでって…」
それは今回の事を招いたのが私だからだ。
私が囮だなんて言いださなければ、インヴァイトを強化しなければ、レノールに手紙を出さなければ、こんなことにはならなかった。
責任が誰にあるかなんて、誰が見ても明白だ。
「私が引き起こしたからです、責任を取るのは当然でしょう?」
「王子様の暴走を止める為に仕出かして事なのにか?」
「暴走って…確かにその可能性もあったけど、現実になったのは私の方で…」
「いいや、先は王子様だ。忘れたのか?王子様がルナの元へ独断で向かった事を。」
クーの言う通り、アンシュルはとある筋からの情報でルナの危機を知り向かったと言っていた。
その時は、推しのルナの為に無茶をしたなとしか思っていなかったがどうやらクーは違ったようだ。
「あの時、本当は騎士連中を向かわせるはずだったんだよ。ガキだろうと王族だ、自由に行動できるわけがねぇだろ。」
「た、確かに…」
「だがあの王子様ときたらルナが危険だって分かるや否や護衛を巻く勢いで駆け出しやがったんだ。俺やあんたが居たから良かったものの、これで殺されでもしていたらそれこそ連中の思う壺だ。」
「…」
(なっんて無茶な事を!?)
自分の事を棚に上げるわけではないが、与えられた情報が衝撃的過ぎて思わず叫んでしまう。
というか、あの時点で私も気づくべきだったのに自らの推しだと熱烈に聞かされていた事だっただけに思考が麻痺してしまっていたのだ。
「そんな王子様が、ルナを匿っているとはいえ狙われたままにしておくと思うか?」
「思いません。」
「その通り。王族という身分を使って連中を誘き出そうとしていやがった。まぁ、ここに関しちゃあんたとどっこいどっこいだがな。」
「否定はしませんが、私よりもその結果にたどり着くのが早いですよ…思い切りが良すぎるというかなんというか…」
「俺やオルセンが問い詰めてやぁ~っと吐いたからな。ありゃあ、あんたが今回の事態を起こさなければ遅かれ早かれ自分を囮にしていただろうよ。」
「そこは良かったと思うべきなのかもしれませんが、その前に相談ぐらいしましょうよ…」
私が賊の残党の情報を伝えるより前から囮を考えていた事にも驚きだが、もう少しやりようがあっただろうと思えてならない。
王族であるという前にアンシュルはまだ七歳の子供だ、まだまだ大人の庇護下に居ていい年齢であるし周りには腕が立つ騎士が沢山いる。
全てを話すことは出来ないだろうが、それでも手を貸してくれる人はいただろう。
軍部に人脈を作ったとも言っていたし、それこそ同じ状況下である私にぐらいは…
「!」
「…分かったか?俺も、王子様も、あんたに文句はあるが責任を取って欲しいとは思ってねぇ。その文句だって、なんで一人でやろうとするのかって事に対してだ。」
「…」
「確かにあんたにとっちゃ王子様は上司で、俺はその上司の懐刀。気軽に頼る事が出来ねぇっていうのも分かる。だがな、あんたはまだ五歳のガキなんだよ。」
「!」
「王族だ上司だ、懐刀だのなんだのを考えなきゃならんのは大人のする事だ。ガキはガキらしく図々しいぐらいに甘えときゃいんんだよ。」
「……甘えて、ませんでしか?私…」
「どんだけ自覚ねぇんだよあんた…」
今度こそ本当に呆れたと言わんばかりのクーに、力が抜けた。
どうにかしなければと思っていた、願う未来の為にどうにかしなければならないと。
それが出来るのは転生者である私だけで、険しい道のりを可能な限り平坦にして上げたかった。
最前列じゃなくてもいい、遠目から少しだけでもいい、ただアンシュルがルナと幸せを享受する未来を見る為に進んできた。
それはアンシュルの目的そのものだが、その道のりを自分が整えたいと願うのは私の我が儘だ。
この我が儘が独り善がりに近いことだって、分かっているけれど譲れなかった。
だから、それ以外は自分の力でどうにかしようとした。
まるで代償を支払うような心持で、そうすれば自分の我が儘が許されるような気がした。
けれど、もしそれが違うのだとしたら?
何が違うのか、正直分からない。
自分は当然のことをしているという認識が抜けきらないのだ。
でも、漠然的にクーが伝えたい事は伝わった気がする。
「…ごめんなさい。」
「それは、何に対してだ?」
「クーが言いたい事はなんとなく伝わったのですが、正直よく分かっていません。だから、ちゃんと分からない事に対する、謝罪です。」
「はぁー…筋金入りだな、お嬢は。」
「すみません…」
「まぁいいい。俺が言いたい事をなんとなくでもわかったんなら、今回の任務で何が最重要視されるのかもなんとなくわかっただろ?」
「ええ、なんとなくですが…」
本当にこの答えで合っているのか自信が持てず、おずおずとクーを見ればもう見たことのない色を浮かべた瞳ではなく、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたいつかのクーが居た。
「なら言ってみろ、答え合わせだ。」
「…生きて、帰る事。」
無傷で、とは言えなかった。
それは戦場に絶対はないからと言う事ではない、私自身の実力を踏まえてのことだ。
「及第点だが、正解だ。」
「これ以上、何があると?」
「何のために俺が居ると思っている、お前が無茶しなきゃ無傷で帰してやるよ……いつかの街みたいにな。」
そう言ったクーは、見たことのない顔をしていた。
読んでいただきありがとうございました!
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