第三十五話
そう決めたはいいが、どうすべきか。
並大抵の事ではアンシュルは権力やらなんやらを駆使して、乗り越えてしまうだろう。
それに私だって使える手が多い訳ではない。
公爵令嬢と言えど五歳であり現在進行形で軟禁中なのだ、情報を集めるにしても限界がある。
(アンシュルはおそらく自分を囮にしようと考えるはず。なら、そうできないように騎士団を可能な限りアンシュルから引き離すのはどうかな。副騎士団長クラスが出動するレベルの事……あ!インヴァイトの効果上げて引き寄せる魔物の数を倍以上に増やしてみるのいいかも!もしもの時に備えてここから遠隔で操作出来るようしておいてよかった!)
暇を持て余していた時に作りまくった魔道具の中に効力倍増に特化したものがあったことを思い出し、それを注ぎ込んでみようと画策する。
不自然な動きをする魔物が多ければ多いほど騎士団も動かざる負えなくなるし、そうなれば婚約話を遅らせることにも繋がる。
出動する騎士団の中に本物のオルセン副騎士団長がいれば尚良い。
(でも、これだけだとまだ弱いわね…多少の危険を覚悟して強行する可能性がまだ高い…何かもう一声、アンシュルが許可を出さざる負えないような状況に持っていく何かが欲しい。あ~あ、せめて領地内だけでも外出が許可されればまだ動きようがあるけど…昨日の様子からまだそれは叶いそうにわよね。)
吐きそうになるため息を食事を飲み込むことでごまかし、手を動かす。
今は朝食の真っ最中なので、ここで下手な動きでもすれば過保護な家族はまた騒ぎ出してしまう。
「そういえばメリンダ、今日はレノールの授業の日だったな。」
「はい。」
「実は、明日からまた国外に出向くことになったらしい。」
「!今回は早いのですね。」
「ああ。だから、今日の授業は帰国してからにしてほしいと連絡が来たよ。明日の準備に手間取っているからと。」
(ちょっと残念。レノール先生の授業なら何かいいヒント貰えるかもって思ってたのに…にしても、今回はやけに早いわね。)
レノールは帰国すると一定期間ポロス国で羽を休めた後にまた国外へ向かうのだが、今回は羽休めの期間がやけに短い。
これまでは一度帰国したら最低でも三年はポロス国に居たのに、今回はたったの数か月だ。
「分かりました、そういう事なら仕方ありませんが…今回は一体どちらに向かわれるのですか?」
「ガルツと言っていたな。」
「ガルツ…」
ガルツ国、ポロス国のもう一つの隣国。
南側に勢力を拡大するメンシス国と違って、ガルツ国は北側に発展していった。
メンシス国と違って気候が厳しい国だがそれ故に工業が盛んで、この世界で流通している魔道具の約五割がガルツ国産のものだ。
そんな国とポロス国はメンシス国よりも少し早く友好条約を結んでおり、交流も盛んに行われている。
一見すれば情勢も安定している関係だが、メンシス国と緊迫した状況になっている今の時期にレノールが態々ガルツ国に行ったことが引っかかった。
(レノール先生は各国に赴いて仕事をしていると聞く、なら今回も仕事だとみていいでしょうね。だけど、この時期にガルツに行ってなにを…?)
レノールの仕事内容を聞いた事があったが、レノールは決して口にしなかった。
そこから大よその予想として外交に関係する何かを調査しているのではないかと考えていたが確証も証拠もない為、想像の域を出ない仮説であったが少しだけ現実味を帯びてきた気がした。
「…ガルツならば良い魔道具がたくさんあるのでしょうね。」
「そうだな。授業を潰してしまった詫びに何かを用意すると言っていたから、お土産を用意してくれるかもしれないな。」
「それは楽しみですわ。」
レノールの伝言を伝えてくれるお父様に笑いかけながら、朝食を食べるペースを少しだけ速めた。
*
(地図、地図……あった!)
朝食後、私は書庫に居た。
目当ては、世界地図。
(ここがポロス国でこっちがメンシス国…んで、北側にガルツ国。領土はメンシス国よりも大きいけれど、殆どが不毛の大地で実質的な領土はポロス国より少しだけ狭い、か…)
ガルツ国は小説にも少ししか登場しない、というより名前しか出てこない国だ。
アンシュルとルナが駆け落ちした方角が北西だったことで地理状況の説明に出てきた程度で、正直私もよく知らない国だった。
(他には…工業が盛んな事から魔道具を始め、様々な物質を製造している。しかし、厳しい土地故に資源の採掘は困難、主に貿易にて生計を立てている…)
だが学ぼうにも肝心の講師がその国に行ってしまっているので、調べられるのは書物に載っている表層の部分のみ。
しかし、これが中々侮れなかったりする。
物資の製造に精通しているという事は、武器も作っているという事だ。
しかも、厳しい魔境を生き抜くためにその性能は他の国で作られている物よりも優れているかもしれない。
もし、そんな国に戦争屋が潜んでいるなどと言う噂が立てば、警戒指数は一気に跳ね上がる事だろう。
(ガルツ国とポロス国の国境付近の拡大地図は……あった、これね。えっと…お!近くはないけど遠くもない場所に王族直轄領があるじゃない!インヴァイトの効果を上げれば噂の信憑性が上がるだけじゃなく、不自然な魔物の移動も戦争屋の仕業だと思われるかもしれない。)
上手くいくかは五分五分だが、やってみる価値はある。
そそくさと地図を書棚に戻し、急いで自室に戻るとシアに便集の用意を頼む。
すぐに出てきた便箋にお決まりの書き出しから始まった手紙の内容は、私がティリーナの街で襲われた件に少し手を加えたものを書いた。
“拝啓、レノール先生
突然のお手紙、どうかお許しください。
レノール先生がガルツ国へ向かったと聞き、筆を執った次第です。
以前、私はティリーナの街に向かいそこで賊に襲われましたが、オルセン副騎士団長のお陰で事なきを得ました。
しかしその際、私を襲った賊が北西方面の話をしていたことを思い出したのです。
もし、賊の根城が北西方面にあるとしたら今度はガルツ国を狙うやもしれません。
杞憂であることを願うばかりですが、どうか道中お気をつけて。
敬具“
「よし!シア、これを出しておいてくれる?できれば速達で。」
「畏まりました。」
手紙を出すために退室するシアを見送りつつ、クローゼットの中に隠してあった遠隔操作機に効果倍増の魔道具をくっつける。
手紙を含めもしかしたらなんの影響もないかもしれないけれど、播けるタネは播いておくべきだろうとこの時の私は気楽に考えていた。
*
「これがリンゴで、こっちがトマトよ。」
「りんご…と、とまと…」
「そうそう!上手よ!」
手紙を出した後、私はルナの元へ来ていた。
昨日の今日で既に用意されていた菜箸やら他の物資を有難く使い用意した昼食はミートソースパスタ。
口元を赤くしながら美味しく食べたら、屋敷から持ってきた書物を広げて文字の練習だ。
やはり地頭が良いと違うのか、難無く文字を覚えていき読むだけならば完璧なほどにまで成長していた。
読むだけで数日かかると踏んでいたこちらとしては驚愕以外の何物でもないが、教えた傍から即座に吸収していく様子は、教える側からしたら楽しくもありとても面白いので気づけば書く練習を始めていた。
「すごいわ!!たった一日でここまで成長するなんて!教えているのが私で申し訳ないぐらい優秀よ!」
「そんな、メリンダ様の教え方が上手いからですよ。」
私としては素直な感想を述べたのだが、ルナは恥ずかしそうに顔を赤くしながら照れている。
何度も思うが本当にカメラがない事が悔やまれる、もういっそのこと作ってしまおうか?
(このテレ顔の写真があればワンチャン、アンシュルを黙らせることが出来たりして…?)
「メリンダ様?」
「ハッ!いえ、何でもないわ。次はそうね…もう少しだけ長い文章を書いてみましょう。」
「はい!」
そうして夢中で時間は過ぎていき、私が帰る頃には難無く文字を書けるまでに成長していた。ヒロインすげぇ。
だが、喜んでばかりもいられない。
ここまで仕上がってしまっては文字の練習で暇を潰すこともできなくなる。
折角文字を覚えたのだから読書を楽しむという事もアリだが、改めて思い返してダメだと首を振る。
何故なら、屋敷の書庫には五歳児向けの本がないのだ。
見た目五歳で中身アラサーの私だから読めているだけで、普通の五歳児にはどれもこれも難しすぎる。
物語であったとしても難解な表現や、イメージしづらい描写と言った読解力を試される物が多い。
さてどうするかと悩んで、まず本人の希望を聞いてみることにした。
「読み書きも完璧になりましたし、他にやりたい事はありませんか?」
「やりたい、事?」
「ええ。なんでも、とは残念ながら言えませんが出来るだけご希望に添えるようにしましよう。何かありませんか?例えば…本を読むだとか、刺繍をするだとか。」
「えっと、なら……一つだけ、その、お願いが、あります…」
「!なんでしょう?」
「その……………………お、お菓子、が食べたいです…」
(本当になんでカメラがないのだろうか。今の激写したら絶対アンシュル黙らせられ…………… いや、勿体ないなそれは。)
上目遣いで恥ずかしそうに言うルナの破壊力に一瞬、意識を飛ばしながらも鍛えた表情筋で平静を装う。
淑女修行をしておいてよかったと、講師が聞けば複雑な表情を浮かべるであろうことを考えながら私は笑顔を浮かべながも傾いた。
「分かりましたわ。今日はもう無理ですが、明日私のオススメを持って来ましょう。1
「本当ですか!?あ、あの……それもとっても食べたいのですが…も、もしよければお菓子の作り方を教えて、頂けるとう、嬉しいです…」
「!!ええ、勿論。ただ、私が教えられるのは簡単なものになりますが、それでもいいかしら?」
「!勿論です!!」
パァァアという効果音が出そうなほど顔を輝かせるルナの頭を反射的に撫でる。
恐らく、前世でも今世でも可愛いは正義と言う言葉は通用するだろうと悟る私だった。
*
「やぁ、メリンダ…」
「ごきげんよう、殿下。なんかやつれてません?」
「君が言うかい…?」
夢の庵でいつものように顔を合わせたアンシュルの顔は見るからに疲れていた。
擬音を付けるとするなら間違いなくゲッソリだろう。
それだけ見れば王宮での仕事関係でなにかトラブルでも起きたのかと思うが、最後の言葉に首を傾げた。
「どういうことです?」
「君だろう?インヴァイトの効果を上げたのは。」
「あら、なんのことだか。」
「そのせいで騎士団の増員が予定よりも早まって、しかも副騎士団長クラスまでもが出動する事態になったんだ…王宮では今てんやわんやだ…」
思ったよりも大事になったらしく、恨みがましい視線を向けられる。
しかし、アンシュルには悪いが私にとっては好都合だ。
副騎士団長クラスが出動する事態になったという事は、騎士団長も詰め所を離れることが出来ない。
つまり、アンシュルの護衛は通常の人員しかいない。
そこで更にクーを動かせば自分の身がどれだけ危険か、分からないアンシュルじゃない。
そう考えてほくそ笑む私だったが、事態は私の予想を遥かに上回っていた。
「しかも、今は件の刺客を拘留中で騎士の数が足りない状況だ。お陰で俺の護衛の数も一時的に減り、そのせいで一人になれる時間が極端に減った。」
「護衛を併用、ですか。」
「そうだ、通常ではそんなことありえないのに、そうせざる負えない状況になった。」
「ま、魔物の変異でそこまでなるものなのですか?」
「なると思うか?」
「い、いえ…」
俯いていた顔をゆらりっと上げると、心なしか瞳のハイライトが消えている様に見えて思わず後ずさる。
王族の護衛はとても重要な事で、戦争でも起きない限り人員の削減だなんて本来はあり得ないにも拘らず実際、今王宮ではそれが起こっている。
アンシュルの言い方からその原因は私にあるようだが、魔物の変異を強めただけでこうなるとは考えにくい。
では一体なぜと考えた所で、アンシュルが口を開いた。
「ガルツ国に向かった人間に手紙を送っただろう。」
「え、ええ…私の家庭教師の先生がガルツ国に向かったと聞きましたので、その…道中お気をつけてというお手紙を…」
「その手紙のせいで、ガルツ国が戦争屋に乗っ取られているのではないかという嫌疑がかかった。」
「え…えぇ!?」
何でそんな大事になってんの!?
確かに賊が北西方面の話をしたとは書いたけれど、戦争屋の事は書かなかったし何より北西方面にはガルツ国以外の国だってある。
それに何より、手紙の送り主は五歳の子供だ。
先生一こんなことがあったんだ~程度の、所謂子供の戯言と思われても仕方ない、というかそう思うのが普通だろう。
それなのに、何処をどうすればそんな大事になるのか。
「君の手紙を受け取った人物は君を高く評価していてね。しかも、普段しない行動を取っている事から気になって調べたらしい。そうしたらどうだ、本当に妙な武器の流れがあるではないか。まだ妙だな程度の段階で、どこかの貴族が自身の騎士団の装備を一新したとでもいえば納得できる範疇ではあるが俺達は戦争屋の存在を知っている……鋭い君の事だ。 俺の言いたい事が分かるな?」
「さ、さぁ…?」
「おや、分からないのか?なら教えてやろう。君の手紙を発端に判明した武器の流れと魔物の不自然な行動に関連性があると見做され、ガルツ国を隠れ蓑にした戦争屋がポロス国の内部崩壊を企んでいるのではと推察されたんだ。」
(予想以上に大事になっている――――――――――――――――――!?)
いや確かに魔物の行動が戦争屋のせいになるかもとは考えたが、それでポロス国の内部崩壊を狙っていると考えるのは流石にぶっ飛びすぎていないだろうか?
まだ戦争屋が魔物を使ってポロス国がガルツ国に喧嘩を売ろうとしてる程度なら分かる。 と言うかそもそも魔物を意のままに操る術なんてものは本来この世界には存在していないのだ。
インヴァイトだって小説に登場するルナオリジナル魔道具であり、小説知識と言うアドバンテージを持つ私達だからこそ知っている物なのだから。
それなのにどうやって魔物を操って内部崩壊まで導くというのか。
「よって現在王宮は厳戒態勢だ。魔物の動向が落ち着くか、ガルツ国の嫌疑が晴れるまでは身動きが取れない。」
「さ、左様で…」
「どうした?君の狙い通りなのだろう?喜んだらどうだ?」
「いえ、その…申し訳ありません。魔物については意図的でしたが手紙に関してはそこまでの思感はなく…ただちょっと不穏な噂が立てばいいなぁぐらいの軽い気持ちで…」
笑顔が怖いとはこういう事なのだろう、ん?と凄むアンシュルにたまらず私は土下座した。
だって本当にそこまでなるとは思わなかったのだ。
というか、ただの五歳児の言葉をそこまで真に受けないでくれレノールと内心で叫びながら冷や汗を流し続ける私に、アンシュルは大きくため息を吐いた。
「はぁー~…………………もう、いい。わかったから頭を上げろ。」
「はい…」
「君が言う家庭教師はレノールの事だろう?あいつのことだ、仕事について何も言ってなかったんだろう。」
「はい…各国で仕事をしているとだけで…」
「今回の事で分かったかもしれないが、あいつは王族の命で動いている。だから、アイツの行動は君が予想しているよりもはるかに影響力が強い。しかも、何故か君を高く評価もしている。」
「はい、身に沁みました…」
「知らなかった、というより知る事すら難しい事でこれ以上君を糾弾する気はないよ。でも、インヴァイトの効果は引き下げてくれ。」
「承知しました…」
起きたら速攻、魔道具を外そうと心に決める私であった。
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