第三十四話
「…はぁ?!」
私の提案にアンシュルが素っ頓狂な声を上げる。
提案しておいてなんだがまぁそれが普通の反応だよなとどこか冷静な自分を自覚しつつ、 先程立てた仮説を説明していく。
最初こそ動揺したアンシュルだが、私の仮説に思う所でもあったのか次第に冷静になっていき、最終的には眉間に皺をよせながら唸ってしまった。
「確かにその可能性はある………現に、虫の息だった賊の一人を治療し尋問しているが中々ロを割らない。」
「闇ギルドの刺客ならば尋問にかけられる前に自害しているはず、という事ですね。」
「ああ…」
尋問をする側も素人ではないので、仮に本物の闇ギルドメンバーだったとしてもそう簡単には死なさないが、勝率は三割程度だと聞いたことがある。
それでもこのまま尋問が続き、不自然ではないタイミングで告げられた自供内容にルナの保護、又はそれに類するものがあれば私の予想は多少の誤差はあれど的中となる。
「現時点で考えられる仮説は三つ。一つは先程私が説明した依頼主の私兵、二つ目は闇ギルドの更なる暗躍、三つ目は戦争屋のミス、といった所ですが三つ目の可能性はゼロに近いでしょう。」
「同意見だが、一つ目であろうと二つ目であろうと厄介この上ないな…」
はぁ…と大きなため息を吐き出すアンシュルに、内心で同意する。
一つ目であろうと二つ目であろうと、相手の目的が明確に見えないのだ。
仕事の杜撰さから見て闇ギルドの暗躍であったにしても、ルナは殺すのではなく捕らえる目的で動いていたとみるべきだろう。
ただ、ルナを捕らえて何がしたいのかが分からない。
ルナは賢く美しいが平民だ、奴隷商が商品にするために攫うならまだしもそれ以外に利用価値があるとは思えない。
「ないとは思いますが、奴隷商の関与の可能性は?」
「それはないな。父上にバレた時に数名暗部を借り受けてね、潜入してもらっている。」
「心強い事ですがさらっと国家機密喋らないでください…」
抜けそうになる力をなんとか堪えつつ、再び思考を回す。
奴隷商の関与がないとしたらやはりルナを狙ったのは依頼主の私兵か闇ギルド、その二つに共通する目的は戦争だ。
どこと戦わせようとしているのかは分からないが、状況的に戦争を起こすのにルナの存在が鍵になると両陣営が考えていると思われる。
(両陣営のどちらか、もしくは両方に私達の様な転生者が居ると考えたらどうだろう…… や、ダメだ。小説には内戦の描写はあったけど戦争はない。だからと言って起こさないとは言えないけど、ルナを引き金に戦争が起きる可能性は低い。)
ルナはヒロインだが、現状は平民の娘だ。
アンシュルと結ばれ、王妃となった彼女を害したならばまだ戦争のきっかけになっただろうが、その可能性はない。
─アンシュルと同じくルナ推しのガチ恋勢だったならどうだろうか?
かなり強引であり褒められた行動ではないがまだ捕縛する理由としては納得できるし、 小説で結ばれる事になるアンシュルを国ごと亡き者にしてしまおうとしているのではと推察する事もできる。
(でも現実的じゃないというか、回りくどいのよね。)
国を相手取って事を起こせるほどの力を持ち、尚且つ誘拐という強引な手段を取る事に躇いがないのならルナを撮った後でもっと簡単に事を処理できる。
その点から見ても転生者の介入の可能性はないとみていいだろう。
とするなら、やはり疑問は回帰する。
「…殿下、お答えできないのならば構いません。ルナが戦争の引き金になる可能性はありますか?」
「………」
(悩んでる…)
ここで悩むのはアンシュルの優しさなのだろう。
答えられないけれど私なら自分の様子を見れば分かってくれると思ってくれているからこその優しさであり、信頼だ。
「ありがとうございます。」
「なんのことかな。」
思わずお礼を言ってしまったけれど、これで一つピースがハマった。
ルナは、ただの平民ではなく戦争の引き金になり得る存在ということ。
一体どういった立場なのかは恐らく答えてくれないだろう、それは私を信頼していないとかの問題ではなく政治的な問題からだ。
役職付きの文官か一定の功績を得た武官ならまだしも今の私はただ肩書だけが仰々しいだけの子供だ。
むしろ、踏破者と言う立場故にそういった問題からは遠ざけられている可能性すらある。
だからアンシュルが言わない、答えないことに関して深く追求するつもりは初めからない。
それに、知らないからこそ取れる行動もある。
「でも、これでハッキリしましたね。」
「?」
「私を囮として使う事の有用性が。」
「ちょっと待て!!それについては反論させてもらうぞ!」
「あら。だって考えても見てくださないな。刺客の大元が依頼主であれ闇ギルドであれ目的はルナの捕縛、背丈・年齢・性別という共通した要素を持つ私がルナに扮してわざと捕まれば相手の根城に堂々と潜入できるのですよ?潜入先が依頼主の元ならば御の字、闇ギルドであっても闇ギルドの検挙という大義名分が立ちやすい。いいこと尽くめではありませんか。ああ、もしかして私が不在の間のルナの心配ですか?それならご安心を、逆にルナには私に扮してもらって公爵家にいてもらいますから。私の侍女は優秀なので守る様に命じておきますから大丈夫ですわ。」
「君の言いたいことは分かる。確かにうまく行けばかなりの利益が見込める計画であることも認めよう、だが危険すぎる。潜入すると言うのならアイツが適任だ。」
「それは、クーの事ですか?」
「ああ。アイツの変装術は一流だ、演技にさえ気を付ければ早々バレることはない。」
「確かにクーの変装は一流かもしれませんが、反対させていただきます。」
「何故だ?」
「クーは殿下の懐刀。王城に拘留されているとはいえ刺客が近くにいる状況でクーを殿下から遠ざけるのは危険すぎます。」
「自ら危険な場所へ飛び込もうとしている奴の言う事じゃないだろう。」
「同じことをしようとしてると申し上げただけですわ。」
むむむっ…と睨み合いが続くが、今回は引くわけにはいかない。
賊に襲われた際、アンシュルは相手に顔を見られているしいち早くルナの元へ向かったことから何らかの事情を知っていると思われている筈だ。
もし私が刺客なら、拘留されている場所から仲間を引き入れその情報を渡すだろう。
そうなれば手がかりのない中、闇雲にルナを探すよりも事情を知ってそうなアンシュルを捕えて吐かせる方が効率がいい。
クーがアンシュルの傍に居ればそこを捕えて逆に尋問することだって可能だろう。
「俺だって少しは鍛えてるんだ、早々遅れは取らない。」
「それはあの場で拝見しましたが、殿下の武器は剣。狭い室内では不利です。」
「君だって武器は暗器だろう?正面切って戦うには不向きだ。」
「ご安心を、近距離戦闘用の装備を新調しましたの。長さは短剣程ですので室内向きですわ。」
「…」
「…」
こいつどうあっても折れる気がないなとお互いに察してはいるものの、だからと言って頷くわけにはいかない。
ここは現実だ、魔法が存在しているとはいえ死者を蘇らせる秘術はないし回復魔法も万能ではない。
多少戦える様になったとはいえ、子供の力なんてたかが知れているし今の私達が持っているアドバンテージである小説知識だっていつまで使えるか分からない。
そんな現状で相棒を危険にさらすことを容認できる程、非情になれない。
(だからこそ、貴方との取引に応じたのだけど…難儀ね。)
「…!…そろそろ朝か…」
「会議は持越しですわね。」
「…」
「殿下、目覚める前に一つご報告があります。」
「ん?まだ報告し忘れがあったか?」
「もし殿下の独断で依頼主や闇ギルドに特攻などしようものなら今後、私は殿下の許可なく事を起しましょう。勿論、その責任を取れとは言いませんが何をしても口出し却下としますからそのおつもりで。」
「……ソウカ。」
*
「ふう……」
目が覚めると同時にため息が出た。
最後に差して置いた釘で、何処までアンシュルの行動を抑制できるかは分からない以上、更に思考を回す必要がある。
私の計画こそ否定したが、仮説自体にはアンシュルも同意を示していた。
もしアンシュルが私を囮に使う事を拒絶し独断での行動に踏み切ったとしたなら、潜入はクーに任せるだろう。
そして、自分の傍には本物のオルセン副騎士団長を置く。
本当なら騎士団長を置いた方が安全なのだろうが、オルセン副騎士団長に化けたクーの顔を見られているので分断するよりも一緒にした方が敵の目を引き付けることができる。
つまり、自らを囮にするのだ。
(副騎士団長に上り詰めたぐらいだからオルセン副騎士団長も決して弱くはない。でも、 騎士の武器は剣だ、狭い室内での護衛には適さない…)
そうでなくともオルセン副騎士団長も怪我をするかもしれない。
騎士とはそういうものと言われればそれまでだが、クーが化けた事によって強制的に巻き込まれているオルセン副騎士団長を思うと不憫でならない。
(それに、アンシュルを囮にして捕まえられるのは刺客が手引きした仲間ぐらい。そいつらを尋問にかけたとしても有益な情報は見込めないだろうし、悪ければ拘留していた連中含め自害されてしまうかもしれない。それなら、私が囮になった方が得られるものは多いのに…)
効率や利益を考えればきっと、誰もが私の計画を推奨してくれるだろうしそれが分からないアンシュルじゃない。
それなのに真っ先に否と言ったアンシュルの優しさが分からない程、私も愚かでない。
どうしたものかと起き抜けには似合わないため息を吐いていると、朝の支度をしに来たシアが入室の許可を求めてきた。
「どうぞ。」
「失礼いたします。おはようございます、お嬢様。」
「おはよう、シア。」
「…」
「シア?」
「…どうかなさいましたか?顔色が優れないようですが。」
いつもならすぐに朝の支度にとりかかるシアが少しの途巡の末、徐に問いかけてくる。
赤子の頃から私を見ていてくれているからなのか、シアは時折お母様ですら見落としてしまいそうな私の変化を見抜いてしまう。
それが有難いような気恥ずかしいような、複雑な気持ちになるが今回は甘えさせてもらう事にした。
「ちょっと、夢見が悪くて。」
「どんな夢だったのですか?」
「誰かと、言い合いになる夢。私がね、一番効率的で有用な方法があるって提案したんだけど、相手がそれを却下したの。その理由は、それだと私が危ない目に合うからって。でも、私はその方法を取りたかった。」
「何故、お嬢様はその方法を取りたかったのです?危険なのでしょう?」
「確かに危険だった、でもそれをしないと相手が危険な目に合う。私は、それが嫌だった。」
話しているうちに少し俯く私に、シアは何も言わずに寄り添ってくれる。
その優しさはお母様ともお兄様とも、勿論お父様とも違うけれど私となる前のメリンダが大好きだったものの一つだ。
「お嬢様はその誰かをとても大切に想っておいでなのですね。」
「 うん…だから、私は相手に私の方法をやらせてと頼んだわ。でも、話し合いは平行線のままで…ねぇ、シア。シアだったどうやって説得する?」
「そうですね……お様が大切に想うようなお方なのですからきっとお優しい人なのでしょう。ならば、追い込むほかありませんね。」
「お、追い込むの?」
まさかの回答に顔を見上げればシアはいつもの微笑みを浮かべている。
これがレイならふざけて言っているのかと怒れたが、シアがこの表情を浮かべている時は本気の時だ。
「はい。理性的な理由を並べても天秤の反対側にお譲様の命が乗った瞬間、そのお方の中で結果は決まってしまいます。お娘様の命の重さは不動、どんな言集や要素を降り積もらせたとて覆る事はありません。」
「…絶対防御の盾を持ってきたーとか、死者蘇生の秘術があったー、とかでも?」
「無理ですね。その相手が大切であればあるほど、無痛であったとしても危険が発生する状況を容認する事は出来ません。傷と恐怖は別なのです。」
「!」
シアの言葉にハッとした。
例え、私がクーや騎士団長、いや、ポロス国随一の力を持っていたとしてもアンシュルは私が危険を侵す事を容認しないしそれは私にも言える事。
どんなに強くとも、私が私である限りアンシュルは拒絶し続けるのだ。
「けれど、状況と言うものは無常です。いくら拒もうともそれを選ばざる負えなくなる… そういった方向へ追い込めば、相手も頷くほかなくなりますよ。」
「…ふふっ、シアにしては強引な意見だけど、確かに言う通りだわ。」
シアの言葉に胸が軽くなる。
そうだ、私に向けてくれる優しさは優しさのままに進めばいい。
傍から見ればそれはただの我が儘に映る事だろうが、今更だ。
だって、物語にしてみれば私が生き残りたいと願いこと自体我が儘なのだから。
「ありがとう、シア。お陰で気分が軽くなったわ。」
「お役に立てたならシアも嬉しゅうございます。さ、朝食の準備が整う頃ですので、お召替えいたしましょう。」
「ええ。」
どんな方法を使ったとしても心配という不安を払拭することはできないから、せめて無事の帰還を目標に据えて、どうやってアンシュルを追い込もうか思考を巡らせた。
読んでいただきありがとうございました!
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