第三十三話
昼食を食べ終えたら、後片付けと並行して夕食と小鉢の準備に取り掛かる。
豊富に運び込まれた材料の中から鶏肉を取り出し、一口大に切ると塩水につける。
本当は醤油やにんにくに浸けてから揚げと行きたいところだが、生憎と醤油はなかった。
(流石にメンシス国特有の調味料までは手に入らなかったか。)
レノールが教えてくれたメンシス国ま文化こそ多少の違いはあったが、概ね日本と同じ食文化だった。
なので、慣れ親しんだ醤油や味噌と言った発酵調味料もあの国には潤沢にある。
いつかそれを取り寄せて思う存分和食を堪能するのが現在の夢だったりする。
「メリンダ様、お肉を水に浸けて何をしているのですか?」
「これは塩水に浸けているんですよ。こうするとお肉が美味しくなるんです。」
「塩水に?塩辛くならないのですか?」
「浸け過ぎれば塩辛くなってしまうでしょうが、少しの間ならむしろ美味しくなるんですよ。まぁ、個人的には醤油の方が好きなんですけど…」
「!メリンダ様は醤油をご存じなのですか?」
「ええ。あの芳醇な味わいが何とも………さて次はっと…」
今の私はまだ醤油を食べたことがないことを思い出し、何とか言葉を飲み込む。
平民であるルナがもしも醤油からメンシス国に興味を示し、いろいろ質問されようものなら今の私に答える術はない。
そうなれば知ったかか、嘘をついた等と思われてしまうかもしれない。
(少しづつ距離が縮まって来ているっていうのに、そんなことで振出しに戻ったらたまったもんじゃないわね。)
思考を切り替えるように各種野菜を切り、本当に何故かある鶏ガラと一緒に鍋に放り込む。
食材が被るほどまで水を入れ、火にかければ後は待つだけ。
常備菜モドキの小鉢用の副菜も次々に出来上がり、残るは鳥を焼くだけ。
「後はこの鶏肉を焼くだけですし、ルナさんやってみますか?」
「い、いいんですか?」
「ええ。ただし、火を扱うので十分注意してくださいね?あと、油が跳ねることがあるので驚かないように。」
「はい!」
油を敷いたフライパンの上に塩水に浸けていた鶏肉を置き、火をつける。
徐々に熱せられていくフライパンと比例して、ジュージューという肉の焼ける匂いが漂ってくる。
「最初は焦げ目をつける目的で強火で焼きます。」
「はい。」
「美味しそうな焼き目がついたらひっくり返して、弱火寄りの中火でじっくり焼きます。」
「はい!」
じぃーっとフライパンを見つめるルナは、私の指示にとてもいい返事をくれる。
もし私に妹がいたならばこんな感じなのだろうかと、心底微笑ましかった。
「このぐらいでしょうか?」
「ん、いい感じですね。ではひっくり返して…」
「んしょ…あれ?…よっ……あ!できた!」
「上手ですよ、そのまま全部ひっくり返して。」
「はい………………できました!」
「そうしたら火を弱めて、蓋をします。」
「お鍋じゃないのに蓋をするんですか?」
「蓋をすると火が中に通りやすくなるんです。生焼けだと美味しくないし何よりお腹を壊してしまいますから。」
「へぇ~」
(反応が一々可愛いなこのヒロイン。)
「できた…メリンダ様!できました!!」
「ええ、美味しそうにできましたね。」
数分後、そこには綺麗に焼き上がった鶏肉が堂々と鎮座していた。
ただ焼くだけと思うなかれ、味付け肉は少し火加減を間違えるだけですぐに焦げてしまうのだ。
初めてでここまで美味しそうに焼けるならば上出来だろう。
「夕食用ですか、折角ですし作った者の特権を発動しましょうか。」
「特権?」
「はい。味見です。」
小さ目の鶏肉にフォークを刺し、数回息を吹きかけて口元に差し出す。
数秒きょとんとしたルナだが、私の意図を理解した途端パァァっと表情を明るくさせパクリと食べる。
冷ましたつもりだがやはり熱かったのか、はふはふと熱を逃がしつつ咀嚼すればルナの周りに花が咲いた。
「~っ!!美味しいです!!すごい!塩水に浸けて焼いただけなのに!!」
「ふふっ、お気に召してよかった。」
「メリンダ様も!メリンダ様も召し上がってください!!」
「そうですか?ではお言葉に甘えて…」
「はい!」
「!」
食べようとした私の手からフォークを取ると、中くらいの大きさの鶏肉を差し出される。
まさかお返しに食べさせてくれるとは思わず一瞬固まるが、すぐに気を取り直して少し冷ましたのちに口に入れる。
鶏肉はやはりとても熱かったが、溢れ出る肉汁と絶妙な塩梅で浸み込んだ塩味がとても美味だった。
「うん、美味しいですね。」
「はい!」
「ですが、残りは夕食に取っておきましょう?」
「う゛っ…はい…」
もう一口食べようとしていたルナをそれとなく制すれば、見るからに残念そうにする。
オムライスを食べてお腹は満たされているし、食べようとしていた肉も小さ目の物を選んでいたから食い意地を張っての行動ではないだろう。
とすれば、きっと温かい料理が冷めてしまうのを惜しんでいるのかもしれない。
肉は焼き立ては美味いが、冷めると固くなってしまうのでその気持ちは分かる。
「大丈夫です、簡単に温めることができる魔道具をお渡ししますから、夕食の時でも温かいものを食べられますよ。」
「!!」
暇を持て余していた時に作った魔道具の中に、疑似電子レンジの様な効果を持つ魔道具があった。
ただあくまで疑似なので本当に中の物を少し温めることしかできないがないよりはマシだろう。
(今日の所はこれでいいか。でも菜箸を含めた追加物資は後で紙面に起こすとしても、何か暇つぶしを考えておいた方がいいわね…ルナは好奇心も旺盛みたいだし…料理の延長線でお菓子作りとか、派生形で調合とか?あ、文字を教えるのもいいわね。どうせ学開に入るとしても知っているのと知らないとでは格段に違うもの。)
「ルナ……」
「………」
脳内でまとめた考えをルナに提案しようと振り返ると、椅子に凭れかかりながら寝息を立てていた。
お腹がいっぱいになって眠くなったのだろう。
その微笑ましさに笑みを浮かべながら、そっとルナを抱き上げる。
同じ五歳児だが、気持ちルナの方が小柄なのと護身術で鍛えたおかげで何とかルナをペッドまで運ぶことに成功する。
あどけない寝顔を少し堪能し、スープの仕上げと後片付けの為に立ち上がった。
*
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「お帰りなさいませ。」
「ただいま、シア、レイ。」
屋敷の自室へ戻ると、シアとレイが出迎えてくれた。
問題はなかったかと聞けば、特に問題なし寧ろ喜ばれたとの返答に胸をなでおろすものの釈然としない。
なんだ喜ばれるって、そこまでお転婆だと思われてるのか私は。
確かに魔力欠損で死にかけるという令嬢にあるまじき事態に陥ったが、それはあくまで事故だ。
それなのにその反応とはと、家族の中で私のイメージはどうなっているのだと叫びたい気分になった。
「何を考えているのか分かりませんが、ある意味自業自得かと思いますよ。」
「分かっている人の言葉でしょそれ絶対。」
「さて、何の事やら。」
「このっ…」
本当にかっら〜いお茶淹れて、無理矢理にでも飲ませてやろうか。
いや、それよりも皮膚から吸収する刺激性の強い粉を振りかけた方が、ダメージがあるか。
確か、書庫にそれの作り方が載ってる本があったはずだし、ルナの教本を探しがてら見に行こうと思い直す。
「まぁいいわ…それよりも夕食の前に書庫に寄りたいの。」
「提まりました。」
「お嬢様が引いた…」
「ナ・ニ・カ?」
「い、いえ…」
*
「やぁメリング、ルナとの生活はどうだ?」
「ごきげんよう、殿下。まずまずの滑り出しですわ。」
夢の庵での会議もこれで何回目だろうか。
気やすい感じで始まった会議の最初は近状報告が主なので、予め作っておいた紙面を差し出す。
夢の中に物を持ち込めるのはとても有難い。
「追加でお願いしたい物質の一覧です。無理な物があれば結構ですが、それでも出来れば菜箸は欲しいです。!
「分かった、手配してみるよ。他に不自由していることはないか?」
「現状はありませんね。強いて言うなら時間をどう消費するかですが、その点についてはいくつか考えがあるので問題ないかと。」
私の回答に満足したのか、アンシュルは笑顔で頷く。
これで近状報告は終わりかと脳内を振り返れば、ふと蘇った記憶に若干顔を青くさせる。
それが不思議だったのだろう、笑顔だったアンジュルの顔が訝し気に歪んだ。
「どうした?」
「その、一点報告しそびれていたことがありまして…」
「なんだ?」
「殿下とルナが賊に襲われていた時の事です。クーが殲滅した後に森で怪しい影を見ました。」
「!本当か!?」
「はい。追おうとしたのですが、転移魔法を使用されてしまい追跡は出来ませんでした。 ですが、転移魔法を使用した地点に私の暗器を突き刺してあります。昨日の事ですからまだ残滓は残っていると思われます。」
「分かった、すぐに魔導士を派遣しよう。よくやってくれた!」
「なにか、あったのですか?」
報告しそびれていたことに冷や汗を流したが、殊の外報告を喜ぶアンシュルに今度は私が訝し気に首を傾げる。
確かに相手に繋がる大切な手がかりだし、何よりルナを救うための一手に他ならない。
早くルナを安堵させたいアンシュルにとってはまさに朗報なのだろう、だが、何故かそれだけでは納得できなかった。
確証はない、強いて言うならば直感だ。
「ああ。例の戦争屋の件が難航しててな。」
「難航?確か、お渡しした手紙からおおよその特定はできたと聞きましたが。」
私があの時クーに渡した手紙に使用されていたインクは相手の魔力を映す特殊なインクなのだ。
そのインクは魔力残滓とほぼ同じ効果があり、鑑定すればそのインクを使用したのがどこの誰で、どんな魔力を持った人物なのかを特定する事が出来る。
更に、探知魔法を使えばその人物の足取りまでも特定する事が可能だ。
尤も、かなり魔法に秀でていなければ出来ない芸当だが王宮となればそんな人物も抱えているので、時間はかかったがどこの戦争屋なのかの特定は叶ったと聞かされていた。
「特定はできたんだが、危察知能力が恐ろしく高くてな。早々に国境を越えられてしまったんだ。」
「なるほど。捕縛したくとも現状での罪状は鉱石の横領、それも早期発見という事もあり被害額としてみれば少ない。それだけでは他国に協力を仰いでまで捕縛するには少し弱いですね。」
「ああ、むしろそれを大義名分に領土を侵略するつもりかと難癖をつけられかねない。だが、戦争屋が俺を襲ったとなれば状況は一変する。」
「王位継承者を害そうとしたのですから、当然でしょう。しかし、戦争屋がそんな危険を侵すでしょうか?」
「だよなぁ…」
いくら特定したとしても、相手も相当のやり手なので早々に捕縛とはいかない。
鉱石の横領ではなく戦争屋なのだと他国に訴えたとしても、快く応じてくれるかは五分五分だ。
だが、王族を害したとなれば話は別で、他国だって協力に応じざる負えない。
応じなければその国はポロス国を軽んじていると見做され、周辺諸国から白い目を向けられる。
しかし、それが分からない戦争屋ではない。
「考えられるとしたら戦争屋が闇ギルドに依頼した、もしくは全ての元凶が闇ギルドに指示したかのどちらかでしょう。闇ギルドにしてみれば依頼を成功させるだけけで、ボロス国の王位継承者を抹殺する事が出来る。上手くすればボロス国で活動がしやすくなるかもしれないというお得もつきます。」
「それは俺も考えた。前者であれ役者であれ、今回の襲撃をきっかけに闇ギルドに斬り込むことが出来れば相手に大きなダメージを与えられるし、闇ギルドの検挙は王族を害したという大義名分には劣るものの、かなりの効力がある。」
「それはそうですが、そう上手くいくでしょうか?」
仮にあの残滓から闇ギルドへたどり着けたとしても国家を煙に巻くような集団だ、辿られたと分かった瞬間、逃走する可能性だってある。
アンシュルが望む展開にするには、確実に闇ギルドの尾を掴む必要がある。
金さえ積めばなんでもやるというのが闇ギルドのイメージだが、小説では彼らの本領は暗殺だ。
闇に紛れて音も無く対象を殺す、だから闇ギルドと呼ばれている彼らを捕まえるのは至難の業だ。
(依頼したい人間でも早々接触できない程って描写されてたなぁ…ん?待てよ…なら何でルナは無事だったんだ?)
「殿下、つかぬ事お聞きしますが。どうやってルナを助けたんですか?」
「ん?とある筋からルナの情報を得てな、住いにしている場所を特定したんだ。そして、そこに急行したら口を押えられ羽交い絞めされたルナが居たんだ。」
「!」
羽交い絞めされていた、と言う事は後ろを取られていたと言う事。
武術の心得がある人間相手でもそこまで踏み込まれれば致命傷を負ってしまうだろう、非戦闘員なら即死だ。
それなのにルナは生きていた、しかもアンシュルが間に合うという余裕まであった。
闇ギルドの仕事としては杜撰過ぎる。
(そもそも、可能性が最も高いというだけであの刺客を向かわせたのが闇ギルドという確証はない。闇ギルドじゃないなら戦争屋の私兵?…いや、商人としての面が強い彼らは自衛の兵はつけても他に向かわせる武力は持たない。なら残るは元凶、国を相手取ろうとする依頼主なら私兵を抱えていたって不思議じゃない…でも失敗した場合のリスクを考えればやはり可能性は低いか……いや、それすらも計算に入れていたとしたら?)
もしも、賊の目的がルナの暗殺ではなく捕縛だったとしたら?
賊が返り討ちになってこちらに拘束されたら、第一に首謀者を聞き出すための尋問が始まる。
そこで簡単には口を割らず、ある程度耐え忍んだあと満を持して真実を明らかにする。
自分達はとある方の命である娘を保護するために動いていた、と。
そして、アンシュルが介入したのは想定外であり、和解を望んだが武力に訴えられた為にやむなく抵抗したと言えば多少は酌量の余地が生まれる。
それでも王族を害したという事は事実だと拘束されるだろうが、扱いはかなり良くなるだろう。
その間に、別動隊を呼び込むなりして潜入を成功させればルナを捕らえることは容易いだろう。
尤もこれは仮説の一つだ、もしかしたら本当に戦争屋の策略による闇ギルドの刺客が投入されただけかもしれない。
けれども可能性があるのならば、そうなる前に潰せばいい。
「…殿下。」
「またなにか思いついたのか?」
「ええ。一つ、試したい策があります。」
「内容は?」
「私を、固に使うのです。」
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