第三十二話
「お待たせしました。」
お風呂から上がると、何やらニマニマ笑うクーと呆れ顔のアンシュルがいた。
何か密談でもしていたのだろうが、様子から見てクーがしょうもない事でも言ったのだろう。
「何やら楽しそうですわね。」
「ああ、ちょっとな。」
「そうですか、まぁ殿方同士ですし弾むお話も…」
「おっと、それ以上は勘弁だ。健全な話だよ。」
「毒物のどこが健全だ。」
「あら激しい。」
「おい!!」
予想よりもしょうもなさそうだがアンシュルの援護があったので話に乗ってみることにする。
面と向かって話したのはまだ三回しかないが、クーはからかい甲斐がある。
本質的には能ある鷹は爪を隠すタイプだろうし、本気で狼狽えているわけではない事は分かっているのだがなんというか反応が可愛らしくてついちょっかいを出してしまう。
私に援護したアンシュルもおそらくはそうなのだろう、とても楽しそうにしている。
「何事も同意を得ることが肝心ですわよ。後々変な確執を持ちたくはないでしょう?」
「だから!!ちげぇっての!!なんで一々そっちに持ってくんだよ!!」
「あら、そっちとはどちらですの?」
「だから、それは…令嬢が関与しねぇ方だよ!」
「お友達との関係は令嬢も関与しますわよ?」
「!」
「毒だって時として薬となる事もあると書物で読んだのでてっきり…ふふっ、一体どんな想像をしたのかしら?」
「よせ、これ以上は墓穴を掘るぞ。」
「~っ!!」
「ふふっ…」
「「「!」」」
クーが悔しそうに顔を歪めると、後ろから小さな笑い声が聞こえる。
振り返れば、先程までどこか緊張していたルナがくすくすと笑っていた。
「ごめんなさい。とても楽しそうに会話していたものですから。」
「どこが楽しそうなんだよ…」
「あら、私はとても楽しいですわよ?」
「俺もだ。」
「お前らだけだ楽しいのは!!」
「あははっ!」
うがーっと吠えるクーにたまらず声を上げて笑うルナ。
その顔には緊張の色はなく、年相応の少女が無垢な笑顔を浮かべている。
初対面の言動からルナの知能指数の高さはすぐに分かった。
私やアンシュルと違って年齢が生きてきた時間と直結している五歳児が取ろうと思って取れる言動ではないからだ。
それに、度胸もある。
いくら同性と言えど、無防備になる風呂の世話を受けるのは恐怖したことだろう。
その証拠に、風呂の間ルナは小刻みに震えていた。
高すぎる知能指数故に理性では大丈夫と分かっていても、心がついていけていないのだ。
ある程度の年齢をした大人ならいざ知らず、可能な限り心に寄り添うに行動したつもりだが、五歳の子供が頼れる者がいない状況で追い詰められない筈がない。
だからこそ、クーには申し訳ないがグッジョブと言わざる負えない。
ルナの精神的健康の為にせめて、私達が無害な存在であると理解してもらわなくてはならないのだから。
「だーぁ!!この話は終わりだ!!おらお嬢!ガキはさっさと寝る時間だ!!」
「攫って人が何言ってるんですか。」
「それこそ同意の上だろうが!!」
「そういえばそうでしたわね。」
「女性があまり夜更かしをするものではないからな、ルナもいろいろあって疲れただろう。」
「はい。」
「ここは結界を何重にも張り巡らせているし、鍵がなければ入る事もできないようにしてあるからどうか安心して休んでくれ。ああ、そうだメリンダ。」
「はい?」
「これがここの鍵だ。明日からルナの護衛を頼むよ。」
「承知しましたわ。」
渡されたのはここに来るときにアンシュルが使用した魔道具だ。
懐中時計の様になっているので、そういわれなければ誰もこれが鍵だなんて思わないだろう。
「それと、食事に関してなんだが調理されたものを提供することが出来なくてな…」
「材料さえ提供くだされば私が作りましょう。」
「え、お嬢食べられるもの作れんの?」
「その口縫い上げて差し上げましょうか?」
「エンリョシマス。」
「ふふっ…」
*
「ふわぁぁあっぁ~~~…」
「令嬢らしからぬ欠伸ですね。」
「ん~ちょっとね~…」
ルナの仮住まいから辞した後、クーによって送り届けられたのはあと数時間で空が白み始める時刻だった。
幼い体に貫徹は厳しいかと戻るなりすぐにベッドへと潜り込んだのだが、やはり睡眠時間は足りていなかったようだ。
「シア、お風呂の用意をお願いできる?ちょっと目を覚ましたくって。」
「かしこまりました。ところでお嬢様。」
「ん?」
「昨晩は、楽しまれましたか?」
「……」
お風呂に入らずとも目が覚めた心地だった。
朝食を終え、お風呂と授業を終えれば本日の予定は終了だ。
昨日まではこの軟禁生活を嘆いていたが、今は逆に都合がいい。
「シア。実は昨日さる高貴なる方から密命を受けてね、特別な場所に向かわなくちゃいけなくなったの。」
「特別な場所、という事は…私はお供出来ないという事でしょうか。」
「ええ、残念ながら。でも安心して、ティリーナの様な事ではないし危険もあまりないから。」
「あまりという事は、多少はあるという事ですよね。」
「レイ…音もなく入ってくるのやめなさい。私と言えど女性に対する行動じゃないわ。」
「以後気をつけます。」
「本当かしら…」
「それよりも、今はその密命の事です。」
突然上がった声にピクッと肩を跳ね上げ、後ろを見れば仁王立ちしているレイが居た。
誤魔化し半分率直な意見半分でレイの行動を批判してみたが、レイはどこ吹く風であり話題を逸らしてはくれない。
こういうことになりそうだからシアだけに事情を伝えて、ルナの元へ行こうと思っていたのだが読まれていたようだ。
「危険がある場所にお嬢様がお一人で向かうのは承服いたしかねます。」
「大丈夫よ!確かに絶対に危険がないとは言えないけれど、そういう場合になったら即座に脱出できる方法があるもの!」
「どこに脱出するので?」
「ここよ!」
アンシュルがくれた鍵は正確に言えばこの部屋とルナの仮住まいを繋ぐ回廊を精製する魔道具だ。
なので、こちらからルナの元へ一瞬で行けるし逆も可能なのだ。
もしもルナを狙う闇ギルドに囲まれ、対処が困難になった場合は即座に屋敷へ脱出という事もできる。
「そ、それに!いつも私一人と言うわけではないわ!時折、オルセン副騎士団長が様子を見に来る事になっているの!」
「あの方が?」
私が魔力欠損で運び込まれ時、レイはオルセン副騎士団長に化けたクーと会っていたらしい。
それだけではなく何故かクーの事をかなり尊敬していて、何なら私よりも信頼度が高かったりする。解せぬ。
「分かりました。そういう事でしたら、黙認いたします。」
「分かってくれてウレシイワ。」
「お嬢様、くれぐれもお気をつけて。」
「ええ、ありがとう。昼食は向こうで食べるからシア、ついでにレイも私が戻るまで私の不在を悟られないようにね。」
「はい。」
「ついでとはなんですか。」
不服そうなレイの言葉は綺麗に無視して、魔道具を発動させた。
*
「こんにちは、ルナさん。」
「メリンダ様、ごきげんよう。」
「そう異まらないでください。」
ルナの仮住まいに到着すると、ルナは礼儀正しく私を迎えてくれた。
平民なのに美しいカーテシーには気品があり、そこらへんの令嬢よりもよほど優雅だ。
やはりヒロインは違うんだなぁと思いながら、なるだけ砕けた態度を心掛ける。
「ご飯はもう食べましたか?」
「はい、朝食にパンとチーズを。アンシュル様が新鮮な食材をご用意して頂いたおかげです。」
ルナの顔に嘘はないが、台所は使われた形跡が全くなかった。
恐らく、切ったパンにチーズをただ乗っけて食べたのだろう。
それも悪くはないのだが、あまりにも味気なさすぎる。
「では、昼食といくつか作り置きを用意しましょう。」
「作り置き?」
「温めればすぐに食べられるように用意しておくのです。と言ってもここには氷室が無いのでそこまで手の込んだものは出来ませんが。」
護衛という事もあり夜も可能であればここに来るつもりだが公爵令嬢と言う立場上、食事を共にすることは難しい。
外部からの敵が簡単には侵入できない場所なので、毒を盛られると言った方面の心配はないが味気ない食事は心を乏しくさせる。
だからと言って、いくら知能指数が高くとも五歳の子供が料理なんて出来ないだろうし何より火の扱いが怖すぎる。
唯でさえ監禁に近い状態なのだ、少しでも居心地がいい環境に整えてあげたい。
「メリンダ様は、料理ができるんですか?」
「ええ、多少は。」
「すごいです…私、何もできなくて…」
「子供ならそれが普通です。私はその…ある人曰く規格外だそうですから…」
自分で言っててちょっとグサリとくる言葉だが、ルナは笑うどころか凄いと褒めてくれる。
ヒロインの癒しパワーってすごい、そりゃあ小説のアンシュルも依存するわけだと痛感した。
「では、一緒に作ってみますか?」
「え!い、いいんですか?」
「勿論です、何事も経験で……よ!」
好奇心に瞳を輝かせるルナはお世辞抜きに可愛い。
こんな可愛さを浸み込んでいるとはいえ、お嬢様口調で曇らせるのは勿体なさすぎるので根性で飲み込む。
(ああ本当に、この世界にカメラがあれば今の表情を激写してアンシュルに売りつけてやるのに…)
「それで、何を作るんですか?」
「そうですね…材料はっと…おお、かなり潤沢にあるわね。なら朝が軽めでしたし昼食用にオムライスとサラダ、夕食用にお肉とスープにしましょうか。」
「おむ、らいす?」
(おっと、今世にはまだなかったのか?!)
「トマト味のご飯を卵で包んだ料理です。食べ応えもありますし、きっとお口に合うかと思います。ああ後その他にも小鉢系のを数種類か作りますか。」
「そ、そんなに作れるんですか!?」
思わず口が滑った事にひやりとしたが、それよりも驚くルナに、そういえば今は自分も五歳児だった事を思い出した。
前世も今世も、普通の五歳児が作れる料理と言えば精々おにぎりレベルだろうからルナの反応が普通なのだ。
もしここにレイが居たなら「やはりお嬢様は規格外ですね。」と綺認な笑顔を浮かべながら宜った事だろう。
(…なんか腹立ってきたわね。)
帰ったらかっらーいお茶でも流れてやろうかな。
台所には材料以外にも調理器具が充実していた。
流石に子供用とはいかなかったらしく、どれも今の私にとっては大きいが護身術と魔法を学んでいたおかげで何とか満足に使う事ができた。
(というか、前世で慣れ親しんだ調理器具があるのは何故なのだろうか…まさか、ルナの為にアンシュルが作らせた、とか?)
湧いた疑問はとりあえず横に置いておいて、調理を始める。
すり鉢に茹でたトマト、玉ねぎ、にんにくを入れてすり潰してペースト状になったら鍋に入れて煮込み、同時に別の鍋に玉ねぎ、にんにく、唐辛子を入れて煮込む。
それぞれいい塩梅に煮えたら一緒に合わせて更にとろみがつくまで煮込む。
とろみがつくまで煮たら、塩を胡椒で味を調えれば簡易版のケチャップの完成だ。
氷室があればもう少し量を作っても保存ができるが、今はないので二日程度で使い切れる量に抑えて置く。
「これは何という料理なのですか?」
「これはケチャップという調味料です。これがあるととても便利なんですよ。」
ケチャップを作っている間に食材の山の中から取り出し、鍋で炊いておいたお米を取り出す。
アンシュルが届けてくれた材料の中にお米を見つけた瞬間の感動と言ったら。
ポロス国とメンシス国は友好条約を結んでいるのでメンシス国の特産品であるお米も輸入する事が出来る。
だが、昨今の情勢故に輸入は難しくなっていたのだ。
そんな中でもこれほどの量を取り寄せできるルートを紹介してもらおう即座に決めた。
「フライパンにケチャップを入れて少し炒めたらキノコとチキンを入れて更に炒めた後にご飯を入れます。」
「いい匂い…」
「切るように混ぜながら炒めるとあまりべちゃっとならずに済むんですよ。」
「べちゃっと、というのになると美味しくないんですか?」
「いいえ、それもそれで味わいの一つ。むしろその方が好きだと言う人もいると聞いたことがありますね。」
「では、どうすればいいのですか?」
「プロの料理人なら万人受けしつつ、見た目が美しい物を選ぶべきでしょう。でも、私達は素人であり食べるのは自分達です。だから自分の好みでいいんです。」
極論を言えば美味しければいいんですと続ければ、何処か安心したように頷いた。
料理初心者にありがちだが、最初から完璧を目指さなくてもいいのだ。
完璧なんてそれこそプロの方々の領分、私達素人は食材に感謝し、食材を無駄にせず、自分や相手が美味しいと思うものを作ればいい。
「よし、これでチキンライスは完成ですね。次は、卵!」
新鮮な卵をボウルに割り入れ、ホイッパーで混ぜる。
今日の夢でアンシュルに会えたら菜箸をリクエストしよう、お菓子作り以外でホイッパーは使いにくい。
「よく混ぜたら投入。卵はふちから焼けていくから、この程度まで固まったら中央にチキンライスを入れて、ふちをかぶせていきます。」
「ふむふむ。」
「このぐらいまでかぶせたら…ルナさんお皿を取って。」
「あ、はい。」
「こうしてかぶせて…勢いよく…こう!」
「おお!」
「こうすると失敗が少ないんですよ、ちょっと重いんだけどね。」
大人だったら簡単にできていたのだが、やはり五歳児では無理があるようでオムライスは少し歪になってしまった。
それでも、狙いを外して木端微塵になるよりはいいだろうと思い直し、仕上げにケチャップをかける。
「さ、出来上がりました。冷めないうちにサラダも仕上げましょうか。ルナさん、お手伝いお願いします。」
「はい!」
「はい、オムライスとサラダ完成! ちょうどいい時間に仕上がりましたね。」
「わぁ…!!」
少し歪にちぎられたサラダと手直ししてどうにか軌道修正したオムライスを前に、ルナの瞳が輝く。
恐らく見た事がないのだろうが、オムライスから香る匂いに刺激された食欲の方が勝っている状況だろう。
「さ、冷めないうちに頂きましょう。」
「は、はい…では…………!! 」
スプーンですくい、恐る恐る口に入れた瞬間、ルナの周りに花が咲いた。
頬は淡く色好き、瞳は感動に見開かれ、次々にスプーンが移動する。
本日何度目になるか分からない可愛らしいという感想を抱きつつ、私もオムライスを口にする。
(やっぱり前世のと全く同じにはならないか。企業努力によるあの味は伊達じゃないってことね…でもま、これはこれでアリでしょう。)
「メリンダ様!とっても美味しいです!!」
「口にあったよかったわ。」
「こんな美味しい料理初めて…!」
「工程はそれほど難しくないから、慣れればルナさんも出来るようになるわ。」
「わ、私にも!?」
「ええ。」
今は幼いけれど、ルナの手先の器用さはぴか一だ。
きっと成長すれば私なんてすぐに追い抜く事だろう。
まぁ、王妃となったルナに料理をする暇があるかどうかは分からないけれど、もしそんな時間があるのならルナの手料理を食べるアンシュルの幸福満ちた顔を見てみたい。
(きっと、天にも昇る様な顔をしているんだろうな。)
「私にも…」
「…ルナさん、私で良ければ教えましょうか?」
「いいんですか?!」
「ええ、殿下が片を付けるまでまだ暫くかかりそうですし。その間、何もしないというのもつまらないでしょう?」
「是非お願いします!!」
満面の笑みで喜ぶルナは、大層可愛らしかった。
読んでいただきありがとうございました!
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