第二十四話
「んっ…」
目に差し込む光に現実で目が覚めたのだと悟る。
きっと、夢でアンシュルが色々説明してくれなかったら馬車で眠りこけてそのまま運ばれてしまったと慌てたことだろう。
これからの事を考えるのに重要な情報を聞き逃してしまった―と青ざめながら。
でも、起き抜けに顔を青ざめさせる方が今は悪手だと分かる。
それでも少しだけ、顔色が悪い方がいいのではないかとも思ってしまう自分が居る。
心配をかけたいからではない、これから来るであろう大量の質疑に対応するのが憂鬱だからだ。
(でも顔色が悪いんだから安静に!とか言われて身動きが出来なくなる方が問題だしなぁ~…覚悟を決めるか。)
憂鬱な気分を何とか飲み込みながら起き上ると、まるでタイミングを計ったように扉が開いた。
扉を開いたのは、レンだった。
「!…お、じょう……さま…?」
「レン…」
驚いた表情で固まるレンだが、それは私も同じことだ。
てっきりシアかと思っていたし、シアでなくとも他のメイドか従僕、もしくは家族が様子を見に来たのだろうと考えていた。
ハッキリ言って予想外の登場だが、久しぶりに顔を見られたのは嬉しい。
「えっと、おはようでいいのかしら?」
「お嬢様…」
「なぁに?」
「……よかった…」
ふらふらと覚束ない足取りで入室するレンは、見るからに動揺している。
いつもならきちんと礼儀正しくノックをし、入室許可を得たうえで、平民らしからぬ綺麗な歩みで節度ある距離までしか近寄らない。
なのに、今のレンはおぼつかない足取りのまま私のベッドまで来ると、膝を折って俯いた。
本当に良かったと、声を震わせながら呟く姿は心なしか悲痛に震えている様に見えて困惑と罪悪感が同時に押し寄せる。
「本当に……よかった…」
「心配、かけちゃったみたいね…」
「本当ですよ…迷宮に取り込まれた挙句、魔力欠損で二日も眠り続けて…それに加えてあんなっ…あの方が連れ帰ってくれなければどうなっていたか分からないのですよ?!」
「ご、ごめんなさい…」
最初は小さかった声がだんだん大きくなり、最終的には少しだけ声を荒げながら詰められる。
あの夜からレンは私に対して不信感まで行かなくとも、一種の警戒を強めているのではないかと考えていた。
だからこんなに正直に心配されるとは思わず、反射的に身を縮ませながら謝罪の言葉を述べる。
それに、レンの言っている事は間違いではない。
魔力欠損は下手をすれば死に直結する、大人であれば輸血の様に外部から魔力を貰う事もできるがまだ体力も魔力も少ない子供では逆に命の危険を高める行為となってしまう。
だからこそ、猶の事危険な状態と言えた。
「…分かっています。俺がこんなことをお嬢様に言える立場ではない事は…でも……お嬢様は自ら望んでそんな状態になったのではありませんか?」
「流石にそれはないわ!」
レンの言葉は流石に驚いたので慌てて否定する。
生き残るために行動しているというのに、今回の事を望んで行ったとすればそれは自殺を望んでいる事と同義になってしまう。
だが、レンはどこか確信を持っているかのように続けた。
「ですが今回の行動も尊き方…協力者の為に、起こしたのではありませんか?」
「!?」
失敗したと、すぐに思った。
取り繕えなかった。
何の事?今回は関係ないわとなんてことないような態度で振舞わなければいけなかったのに、動揺を顔に出してしまった。
これではどんなに言い訳を並べたって無駄、いや、そもそも誤魔化すことは難しかったかもしれない。
「……確かにそうよ。」
「!」
「でもね、私の為に言うけれど別に今回は密命の様に強制されたわけではないわ。個人的な好奇心と利害が一致しそうだったから行動を起こした結果、事故にあっただけ。」
その結果、さらなる問題を作る事態になったのだから笑えない。
それに建前として密命は命じられた体で話しているが、あの件だってアンシュルではなく私が進言して承諾してもらったのだ。
本当にアンシュルが命じた形を上げるなら、それは目の前のレンを保護する時だけだろう。
そう考えると私って結構直情型なのか?と少しだけ凹んだ。
「…あの方も、こんな気持ちだったのでしょうか…」
「レイ?」
「ただ幸福になって欲しかった。本当に欲しいものに手を伸ばす事さえ他者の為に我慢してしまうあの方の為に何かしたかった。弱い俺が出来ることは高が知れている、そんなことは分かっている…けど、何もせずにはいられなかった…だから出来る限りの事をしてきたつもりだったけれど、いつもあの方は最後に困ったような寂しそうな顔ばかりされていた…」
俯いて表情こそ見えないが感情の暴発、いや、何かをきっかけとした吐露にも思えた。
私のこの状況がレイの何を刺激したのかは分からないけれど、レイの言葉から私にとってのアンシュルの様な人が居るのだろうと思った。
「そればかりか俺は…結局また失敗して、この体たらく…いや、違うな…俺とお嬢様を比べるなんて間違ってる。お嬢様は危機に瀕してもきちんと帰ってきたんだから…」
「…」
「俺は、あの方の心労を、無駄に増やしただけ…」
─いや、違う。
レイの言う人は私にとってのアンシュルとは違う。
「ねぇ、レイ。」
「…?」
「私は、貴方の思う方がどんな方でどんな願いを込めているのか、知らないわ。でもね、私とレイを比べるのが間違っていると言う事には同意するわ。」
「…」
「あの時、私は貴方に協力者だと言った。その事を言ったらあの方、不貞腐れながらこういったのよ。”相棒じゃないのか”って。ふふっ、協力者よりもより近い位置を望んでくれるのは嬉しいけれど、厄介事は更に多くなりそうだと思ったわ。」
「…」
「それでも、まぁいいかと思ったの。だって、私はあの方に守ってもらいたいわけじゃないから。」
「!」
私とアンシュルは互いの目的を達成すべく手を取った言わば運命共同体。
アンシュルの目的が達成しなければ私の目的は達成しない、逆に、私の目的が達成しなければアンシュルの目的も達成しない。
そんな利害の一致から始まった関係には最初、レイが抱く優しさなんてない。
今はそんな事もないだろうが、それでも、お互いがお互いを認めているからこそ前に立つのではなく隣に立ってほしい、立ちたいと願う私達とレイの願いは違う。
「レイは、その方を守りたいのよね。」
「…はい。あの方の幸福を、笑顔を、守りたい…感謝されずともいい、ただ悲しい顔をしていないなら、それだけでいい…」
レイの想いは本当に純粋なものなのだろう。
敬愛、親愛、友愛…どんな形かは分からないけれど真心と形容するに値する感情。
それは誰もかれもが抱けるほど簡単な感情ではない。
「そこまで想ってくれる人が傍からいなくなるのは、身を切られるほどの悲しみでしょうね。」
「!!」
「レイ。貴方にとって、その方は何なの。」
「俺に、とって…」
あの夜、レイが私に投げかけた問いをそのまま返す。
その問いの答えこそが、今レイの胸の内でのた打ち回る問いの答えだと知っているから。
ただ、静かに彼の答えを待つ。
「…姉の様でもあり、妹の様でもあり、友人の様でもある…大切な方です…」
「そう…なら尚の事、その方の元へ帰らなくてはね。」
「え…」
「だって貴方は生きているのよ?というかさっき貴方が言ったじゃない、”お嬢様は危機に瀕してもきちんと帰ってきた~”って。それってつまり、帰ってきてくれることがどんなに嬉しい事か分かってるってことでしょ?」
「!!」
「確かに貴方は今、奴隷の紋を受けて自由に身動きが取れない。でもそれは命ある限りレイを縛るものじゃないわ、面倒でも大変でも解除する方法が存在するの。そうしたら、貴方は本当に自由になれる。」
「自由…」
奴隷の紋はかなり強制力があるが、一つだけ解除する方法があった。
それは、奴隷の紋を施した術者自身が解除すること。
奴隷商の調査が難航しているのはこれが原因だった。
どんなに多くの奴隷を保護したとしても術者を押さえない限り奴隷は増え続け、連鎖的に奴隷を売る奴隷商も存在し続ける。
現に、奴隷と同等数の奴隷商関係者を検挙しているが大元まで辿り着けないが為に根絶に至っていない。
しかし、絶対に捕まえる。
アンシュルの功績の為に、そして、レイの解放のために。
だがその前に、どうやら正すべきことがあるようだ。
「ああやっぱりその顔。レイ、私が貴方を自由にしないんじゃないかと疑っていたわね?」
「う、疑っていた、というより…その…」
「な・あ・に?」
「…協力者、いえ、相棒と称する秘めた方の存在を知ってしまったので、てっきり…」
「……」
(ああ―――――――――――――――――――――!!!言われてみればそうだね?!さる高貴な尊きお方なんて言ったら厄介な匂いプンプンだもんね!?機密知ったんだから分かってるよなぁ?って思うよね?!)
「……ごめんなさい、レイ。私の配慮が足りなかったわ…私は貴方を、というかこの事に関してレイが不利益を被ることは絶ッッ対にないわ…本当にないから、奴隷の紋が消えれば貴方は自由よ、本当よ、絶対よ…いえ、信じられないわよね…そうだわ、誓いとしてこの髪を切るなんてどうかしら?いいわねそうしましょう…」
「落ち着いてくださいお嬢様!!わかりました!信じます、信じますから髪を切ろうとしないでください!!」
いややらせて、本当にやらせて。
確かに合ってはいるんだ、アンシュルはポロス国の王子だから公爵令嬢にとっても、レイにとっても、さる高貴な尊きお方という表現は適切なんだ。
でもこれは知ったかと言って証拠隠滅をしなきゃならない秘密じゃない、というより、最終的には開示する予定の情報だ。
だけどレイはそれを知らない。
そりゃ決死の思いであんなこと聞きに来るわけだよ、協力者って言う答えに納得しきらないわけだよ。
「本当に、ごめんなさい…」
「あ、頭を上げてくださいお嬢様!!」
不甲斐なさに重い頭をそのまま下げながら、ケジメとして髪を切ろうとする私を阻止しようとレイは必死に宥めていた。
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