第二十三話
「ゼー……はー……」
「…落ち着きましたか?」
「ああ、なんとか…」
酸欠で嘔吐きながら笑い転げたアンシュルがようやく正気に戻って来た。
涙目で大きく息をしているが様子はまだ少し苦しげだが、微塵も同情心が湧かない。
それどころか、とっとと本題に入らせろという感想しか出てこない。
「では、本題と行きましょうか。」
「主従の契約については黙秘で頼む…というか言えないんだ。」
「制約ですか?」
「ああ。」
上級魔法や上級魔法道具の中には制約をかけることでより強固な魔法にするものが存在する。
制約の種類は様々で、特定の色しか身に纏っていけないだとか制約の内容自体を言ってはいけないだとか本当に様々だ。
ただ一貫して同じなのは制約が既定の条件以外で破られれば術者と被術者に制裁が下るところだ。
魔法の効果が無くなるというのなら私ももう少し踏み込むことができるが、こんな事の為にアンシュルやクーに負担をかけるわけにはいかない。
腑に落ちないのは確かだけれど、ここは引くべきだ。
「わかりました。」
「悪いな。その代り、他の事は出来る限りこたえよう。何が聞きたい?」
「では、私が眠っていた間の出来事について。」
「起きてから聞くことになると思うが…ああ、裏事情の方を聞きたいのか?」
「はい。」
幼い公爵令嬢が不慮の事故で国境まで飛ばされ、幸運にも無事に帰ることができたが二日も眠り続ける程の負担がかったと聞いて素直に同情してくれる貴族はそこまで多くはないだろう。
不慮の事故とは建前ではないのかと勘繰る者や、そのまま亡き者になってくれればと願う者、同情するフリをしてすり寄ろうとする者などぱっと思い浮かべただけでかなりの人種が予想できる。
ここで幸運と思うべきは我がオートクチュール公爵家が中立派であることぐらいだろうか。
(いや、王族との婚姻を噂されているのなら計略の外側にはいられないな。)
まったくもって面倒くさいが、何も知らずに現状に流されればそれこそ取り返しのつかないことになる。
面倒くさいことを放置するのが最も面倒くさいというのは、前世の教訓だ。
「表向きは不慮の事故で迷宮に取り込まれ、副騎士団長の尽力で無事帰還したという事になっているし、表の事情については起きてから公爵にでも詳しく聞いてくれ。」
「はい。」
「裏の事情としては少々厄介になっていてな。王家が動く事態になる可能性が出てきた。」
「王家!?」
悪くて騎士団といざこざがあると予想していたのにその上を行かれて素っ頓狂な声を出してしまう。
どうしてそこまでことが大きくなったと驚く私に、アンシュルは私が眠っていた間の詳細を教えてくれた。
*
「以上になります。」
「まさか、メリンダが迷宮に取り込まれるだなんて…」
「申し訳ございません。私が付いていながら、メリンダ・オートクチュール公爵令嬢を危険な目に会わせてしまいました。」
「頭を上げてくれオルセン副騎士団長。貴方が居なければメリンダは迷宮に囚われるより前に魔力欠損で死んでいたことだろう。我が娘を救ってくれたことを感謝こそすれ貴殿を責めるつもりは毛頭ない。」
「そうですわ、私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。」
オルセン副騎士団長改め、クーに頭を下げるオートクチュール夫妻に今度はクーが慌てる。
階級で言えばオートクチュール夫妻の方が上に当たるからというのもあるが、こんな素直に感謝の言葉を述べられるとは思っていなかったのだ。
クーの予想では糾弾はせずとも一言、二言ぐらいは苦言というか小言があると考えていた。
(あいつ然り、メリンダ嬢然り、オートクチュール夫妻然り…なんというか、貴族らしくない温度だな…)
「しかし、問題もあるな。」
「!はい。まだ詳しく鑑定はしておりませんが、まず間違いないと思われます。」
「メリンダが、踏破者か…」
穏やかな空気から一変、物々しいものへと変化するのを感じてクーも背筋を伸ばす。
そう、貴族としてはここからが本題だ。
ただ戻ってきてくれただけならよかったが、メリンダは踏破者の称号を得てしまった。
踏破者の称号は得た人物がどんなに望もうともなかったことにはできない。
何故なら、体の一部に踏破者の証が刻まれるからだ。
そして、貴族にとって踏破者の称号は政治的にとても重要な意味を持つ。
「今回探索した迷宮は魔物の気配が皆無でした。おそらく”隠し通路”にそのまま侵入できたのでしょう。」
「冒険者にすれば幸運極まりない話だが、今回は不運と言うほかないな。」
「ええ。しかも、オートクチュール公爵家のメイドの話ではあの迷宮はメリンダ・オートクチュール公爵令嬢自身が見つけた可能性があるとか。」
「な!?」
クーの発言に公爵のみならず夫人も驚愕に目を見開く。
迷宮を意図的に見つける?そんなことが可能だとすればこれは由々しき事態だ。
今までの常識がひっくり返る可能性だってある。
「……」
「あなた…」
「公爵。こうなってはもう、陛下にご報告するのが一番かと存じます。」
「確かに陛下にご報告するのがいいのだろうが…」
クーの意見はもっともだと頷く公爵だが、宮廷に渦巻く闇にその先の言葉を紡ぐことができない。
メリンダはまだ五歳、淑女教育に励んでいるが娘の心はまだ幼く柔らかい。
そんな娘が欲望に染まった汚い人間の視界に入ることが恐ろしくもあり、腹立たしかった。
叶うなら、兄であるエリックが一人で身を守れるぐらいになるまで手元で守っていたかった。
何より、娘が心のままに恋をするのを見守りたかった。
踏破者はそれだけで大きな戦力と目される。
冒険者ギルドはそれを利用して理不尽な国家の干渉や介入を防いでいる。
言い換えれば、防ぐことができるほどに踏破者の存在は重要な意味を持つのだ。
だからといって、踏破者の称号はなにも冒険者だけのものではない。
腕に自信のある貴族やそんな貴族の私兵が腕試しで潜った迷宮で踏破者になるケースも確認されている。
そうした場合、かなりの好待遇を受けることができるのだ。
かなりざっくりとだが、例えば踏破者の称号を得たのが男爵家に仕える平民の騎士だったとしよう。
普通なら特に出世らしい出世もできないまま一介の騎士で終わるが、踏破者の称号を得たことで一気に侯爵に昇進することができる。
但し、どんなに昇進したとしても一代限りという制約がつくし、踏破者すべてが大きな栄誉を受けられるわけではない。
国の潤いもそうだが、踏破した迷宮の大きさによって栄誉が変動するのだ。
今回、メリンダが踏破した迷宮の規模は分からないが例え小さな迷宮だったとしても侯爵家の人間と言う元々地位が高い人間が称号を得たことでその影響力は王家に匹敵してしまう可能性が出てきたのだ。
それだけではない、迷宮の場所と情勢が更に問題をややこしくさせる。
迷宮の場所はポロス国とメンシス国の国境付近。
綺麗に国境の真ん中に迷宮があったならばいいが、もし少しでもメンシス国側に寄っていた場合、踏破者の所在地を主張されてしまうかもしれない。
友好国であるし、普段の情勢ならいくつかの交渉を経て円満に進むかもしれない。
だが緘口令を敷いて情報統制をしているが現在、両国の関係は険悪ではないにしろ緊迫している。
温和な話し合いを前提で考えるのは難しいだろう。
(踏破者としてメリンダの所有を隣国が求めれば、恐らくそれは通ってしまうだろう。それだけ国力に差がある…せっかく殿下に釣り合うように令嬢修行に明け暮れているというのに、このままでは国の生贄とされるだろう。わかっている、メリンダは賢い子だ、公爵家に生まれた人間として国に貢献するのは義務だという事も理解している。だが、慕う殿下の口から他所の男に嫁げと告げられる娘を想うと…くっ…)
熱くなる目頭を、眉間を押さえる仕草で誤魔化す公爵の脳内では、少し成長したメリンダが恋する乙女の顔でアンシュルを見つめ、アンシュルもまたメリンダを見つめている。
だが、二人の背後に立つ陛下の命により悲痛ともいえる表情でアンシュルがメリンダへ隣国行きを命じている。
その光景をメリンダが見たならば盛大に、それはそれは盛大にツッコミまくったことだろう。
もしくはアンシュルがまた酸欠で嘔吐くほど笑い転げることだろう。
とはいえ、これは何も無自覚に暴走しているわけではない。
貴族の責務を思い出すために感情を己の中で精算しようとしているのだ。
そんなある意味器用な行為を行うのは一重にオートクチュール公爵が、自身が子煩悩の質であることを理解しているに他ならない。
まぁ、だとしてもメリンダは盛大に顔を顰めただろうが。
「……陛下には、折を見てご報告に上がる。」
「わかりました。」
感情の清算をなんとか終えた公爵が、苦々し気に口を開く光景を果たしてクーはどのように受け止めたのだろうか。
*
「と、言う感じだ。」
「おおぉ…」
公爵の脳内感情精算を省いた情報を聞いた私は文字通り頭を抱えて蹲った。
知らない情報が多すぎる。
まず踏破者ってそんなに影響力あるの!?なら猶の事、アンシュルが得るべきだったしそうでなくともクーが…ああ駄目だ、オルセン副騎士団長を騙っている時点でアウトだ。本物が可哀想過ぎる。
別に国の生贄として隣国に行くのはいい、というか喜ばしい。
メンシス国は日本に酷似した食文化だし、気候も聞く限りでは四季に近いから肌には合うだろう。
だが、情勢次第では冷遇からの病床ENDもあり得るし両手を上げて歓迎はできない。
「王家は、どうするおつもりですか…」
「それが…」
「まだ問題が…?」
「父上に俺が鉱石の横領を検挙したことがバレた。しかも、奴隷商の調査をしている事も含めて知られていた。」
「えぇ!?」
別に悪いことをしているわけではないが、アンシュルの目的を思えばもう少し隠しておきたかったというのが本音だ。
だが、何故よりにもよってこのタイミングでバレる。
「まさか…王家が私と殿下を何とか婚約させたいがために動いただなんていいませんよね?」
「流石だな、当たりだ。」
「クーですね?…というかクーしかいませんよね!?」
アイツ、よりにもよって陛下にチクッたな!?
ポロス国は小国ではないが大国ともいえない中規模の国だ。
そんな国にとって先程聞いた踏破者の影響力は是非とも手元に置いておきたい事だろう。
しかし、メンシス国との国力を思えば無茶はできない。
だからメンシス国が踏破者の所有を主張する前に自国の王子と婚約させてしまえば牽制できると考えたのだろう。
そこには恐らく、私がアンシュルに恋慕しているという噂も利用しようという思惑があるのだろう。
恋い慕う王子の婚約者となり、健気に研鑽を積んだ令嬢と王子を国の都合で引き裂くなどといういかにも世論が好みそうな形にするために。
腹立たしい、腹立たしすぎてクーの眉間に暗器を投げたい気分だ。
「残念ながらアイツではない…母上だ…」
王妃だった―――――――――――――――――――――――――――――!?
「……まだお母様のこと諦めてなかった、とか?」
「ああ…」
「oh……」
顔を覆いながら私は地に沈んだ。
疑ってごめんよ、クー byメリンダ
「……事情は、わかりました…ええ、分かりたくないですがわかりましたとも。問題はこれからどうするか、ですね。」
「そうだ。このままではすぐに俺と君の婚約を整えようと動き出すだろう。そしてそれを止める手は現在ない。」
「このまま私が夢に留まる事は出来ないのでしょうか?」
「おそらく無理だ。ここで意識が覚醒してしまっている以上、朝が来れば夢は覚めてしまう。」
「となると、婚約話を保留するしかないような事態を引き起こすしかない。」
自分で言っておいてなんだが、そんな都合のいい話があるのか?
例えあったとしても情勢について詳細な情報を迅速に入手できない今の立場では利用する手立てはない。
小説の知識を利用したくとも、本筋とかなりズレてきてしまっているためか使えそうなものがない。
どうする…どうする!?
“――是非ともお取引させていただきたいです!”
「…!!」
脳裏に過ったある令嬢の声に、一つの可能性が照らし出される。
しかし、これは根本的な解決とは言えない。
あくまで時間稼ぎの意味合いが強いだろう。
だが、何も手がない現状ではこれが最善手。
「どうかしたか?」
「殿下、妙案が浮かんだかもしれません。」
薄っすらと青く染まった顔色で、私は挑むように微笑んだ。
読んでいただきありがとうございました!
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