第二十話
(気まずい……)
古代の迷宮を探し当てようと導きの雫を作ったわいいものの、指し示す場所は何故かオートクチュール公爵領。
しかも、馬車でいける距離。
いや、正直ありがたいよ?でもなんで図ったように近所に在るんだと突っ込みたい。
あれか、現実は小説より奇なりというやつか。
じゃあやっぱりここって小説の中って事なのか?
頭こんがらがってきた……
「お嬢様、馬車に酔われましたか?」
「え?ああ違うわ。どちらかと言うと現状に酔いそうといか…」
「?」
「とにかく大丈夫よ。ちょっと驚いているだけだから。」
訝しげなシアを何とか誤魔化しつつ、馬車から外の風景を見る。
穏やかな風景に幾分か気分が落ち着いてきたものの、私の気は晴れない。
いつもの私なら、ご都合よろしい展開であろうとなるようになれで目の前に広がる光景を見て気分を持ち直したことだろう。
それなのに未だに私が気落ちしているのは、この馬車に乗るある人物に起因する。
「……」
私の外出をどこかから聞きつけたお兄様が護衛としてミシェルを付けたのだ。
本人としては親切心5・心配5の純粋な兄心だったのかもしれないが、私的にはたまったものではない。
だって、いまだに謝れていないのだ。
謝罪したくないというわけではない、ただどこまで言うべきか私の中でまだ言葉が出来上がっていない。
レイの保護はアンシュルも関わっている為、下手なことを言ってお兄様に情報が行ってしまえば元も子もない。
しかも、シアの暴走で浮上した私がアンシュルに恋慕しているが故の淑女修行という見解を家族が本当に持っているかどうかもまだ確かめられていない。
もしもミシェルへの謝罪で私とアンシュルの関係が露呈し、家族が恋慕するが故の淑女修行だと誤解していたらすぐにでも婚約の話を整えられてしまうかもしれない。
それだけは阻止しなければならない。
せめて、奴隷商の検挙が終わるまでは。
(どうにかしてアンシュルとの関係を匂わせずにミシェルに謝る言葉を見つけないと…横暴な物言いをしてしまったことだけを謝るなら簡単だけど、きっとミシェルはレイの処遇についても言及してくる気がする…それをどう誤魔化すか…)
つきそうになる溜息を何とか我慢しながら、ぐるぐると情報が飛び交う脳内を抱えながら目的地へと馬車は恙なく進んでいった。
*
「お嬢様、このような場所にどのようなご用があるのですか?」
「ここにというか、探し物が近くにある気がするの。」
「特徴をお教えいただければ私が探しに向かいますが、いかがなさいますか?」
「えっと、じ、自分で探してみたくて。ありがとう、ミシェル。」
「いえ、差し出がましいことを申しました。申し訳ございません。」
(き、気まずい――――!!)
ミシェルにしてみれば可能な限り私を刺激しないようにことさら丁寧な対応を心がけているのだろう。
申し訳なさ過ぎていたたまれない、とても。
さっきは奴隷商を片付けるまで言えないと考えていたが、古代の迷宮を見つけたらさっさと謝る方向に転換する。
昨夜のアンシュルの言葉では軍部系に人脈は作れたと言っていたし、古代の迷宮を見つけて踏破すればかなりの功績になる。
それなら婚約を保留してほしいぐらいの意見は通るかもしれない。
(それに、功績に目がくらんだ卑しい令嬢って見てもらえ…いや、それは私のダメージがすごいわね…)
軽く頭を振って何とか思考を切り替え、持ってきた導きの雫に魔力を込める。
小説のルナも地図で大まかな場所を定め、そこから地道に探知をして迷宮を発見したのでそのやり方をなぞらせてもらったがどうやらうまく行ったようで導きの雫が前方を指し示す。
これで古代の迷宮が見つかるという展開が好ましいが、そうでないならせめて別の迷宮が見つかってほしい。
迷宮さえ見つけられるという事が分かれば、後はルーン文字の様な彫りを改良すれば目的の迷宮を見つけ出せる可能性が見えてくる。
(本当は集落を訪れられれば一番いいんだけどあの集落、すでに滅んでるんだよなぁ…)
小説の第四章で登場する集落は、数百年前に自然災害で滅んでいた。
だが技術の継承をすることなく亡くなった無念と心残りでその場に縛られていた地縛霊が幻影の集落を作り、行きかう人々を取り込んでいた。
そこに悪意はなかったが、長い年月漂っていた影響で地縛霊は悪霊一歩手前まで魂が歪んでしまっていて近々冒険者ギルドが排除に乗り出そうとしていた所にルナとアンシュルが訪れる。
幻影の集落とは知らずに身を寄せるルナとアンシュルを地縛霊は幻影と取り込んだ人間達を利用して持て成し、歓迎した。
そして告げた、どうかこの知恵を継承して欲しいと。
アンシュルは難色を示した、継承したくないという事ではなく継承する技量がなかったのだ。
作ってみて分かったが、導きの雫は繊細な魔力コントロールを要するのでとても難しい。
膨大な魔力を持つアンシュルにしてみれば、ピンセットで折り紙を折れと言われているのと同義だった事だろうし、取り込まれた人々も似たような感じで継承を断ったか失敗したのだろう。
だがルナは無事に継承することができた。
アンシュルに勝るとも劣らない程の魔力を持ちながらも、完璧な魔力コントロールを持って導きの雫を完成させたのだ。
無事に継承したことで地縛霊は満足し、取り込まれていた人々を解放すると同時に成仏した。
(今の私の魔力は少なくはないけど多くもない感じだから制御に関しては問題ない。でも、もし継承できなかった時のリスクが大きすぎるし…何より、五歳児にそんな遠出が許されるわけがない。)
小説の内容を思い出しながら、脳内でたらればを漏らすという何とも奇妙な状態で進むというある意味器用な事をしながら導きの雫に従って進むと目の前に岩肌が見えた。
どうやらどこかの崖下に出たらしいと迂回しようとすれば、導きの雫は岩肌を強く示す。
まるで、ここだと言わんばかりに。
「まさか…」
頭を過ぎった予感のまま、導きの雫が示す場所に触れた途端、膨大な魔力を奪われた。
「!?」
「お嬢様!?」
岩肌に何かが浮かび上がった様に見えたが、そんなことに意識を向ける余裕なんてない。
無理矢理魔力が奪われる弊害で意識が朦朧とする中、立っているのがやっとだった。
「お嬢様!手をお放しください!!お嬢様!!」
「…ぁ……」
誰かが何かを言っているのは分かるのに、何を言っているのかが分からない。
次第に視界まで霞み始め、次に温度を感じ取れなくなる。
ああ、このままだと間違いなく死ぬと分かるのにどこか他人事の様で恐怖はなかった。
本当に死ぬのならせめて恐怖はない方がいいと、これまた他人事のような言葉が脳裏を過った瞬間、強い力に引き戻された。
「!?」
「お嬢様!!」
「み、しぇ……し…ぁ…」
「ああ、お嬢様…よかった…」
少しだけ戻った視界には心配そうなミシェルと泣き出しそうなシアノ顔が映る。
どうして二人がそんな顔をしているのかと思えば、すぐに記憶は蘇った。
「私、どうやって…」
「無茶が過ぎますよ、メリンダ様。」
「貴方は…オルセン副騎士団長。」
無理矢理魔力を奪われている状態は拘束されているのと同じなのに、どうやって助かったのかと考えた瞬間に聞こえた声。
振り返れば、恐らく私が居たであろう場所に予想外の人物が居た。
だが予想外の人物の登場以上に、かなりの無茶をしたことに驚く。
仄かに身体を包む魔力を見るに、私の身代わりになってくれたのだと分かったからだ。
この世界に生きるものにとって魔力とは生命力そのものだ、奪われ続ければいずれ死に至る。
なんて無茶をするんだと思う反面、どうしてこの人がここにいるのかが気になった。
「どうして、ここに…?」
「非番で通すには少々苦しいでしょうか。」
「…その方がオルセン副騎士団長に都合が良いのであれば構いません。助けて下さり、ありがとうございます。」
私の言葉が意外だったのか、それとも好都合だったのか、オルセン副騎士団長は意味深な笑みを浮かべたまま小さく頷く。
その姿に無性に落ち込みたくなるが、今はそんな暇はない。
次第に戻ってきた体の感覚を確かめながら立ち上がると、再び問いかける。
「オルセン副騎士団長、今はどのような感覚でしょうか。」
「魔力を奪われ続けていますね。俺の魔力はまだ持つので問題ないですが、これは拘束と言うより補給に近い感覚です。」
オルセン副騎士団長の見解と私が見た岩肌に浮かんだ何か。
その何かは魔力を奪われたと同時に浮かび上がったので無関係と言う事はないだろう。
そして、この二つを合わせて考えると恐らくここに何かが封印されていると見るべきだろう。
それが迷宮なら御の字だが、もし全く違うものだった場合が危険だ。
この場でそれが確かめられればいいのだが、生憎とそんな都合が良いものは持ち合わせてはいない。
(一旦引き返す?確かにそうすればここが何なのかを確かめてから行動を起こせるけど、私はまず隔離されるわね。幼いから~とか、令嬢が~とか色んなことを並べ立てて…ここが迷宮だと分かっているのなら今日にでもアンシュルに報告して終わる話だけど…う~ん…)
ここの事はどのみち、古代の迷宮の件も含めて今日の夢でアンシュルに告げるつもりでいた。
王家なら公爵家すらも知らない秘密を知っている可能性もあるし、もしかしたら既に古代の迷宮について何か掴んでいて何もできない状態にあるという可能性も否定はできない。
だが、本音を言えばここで引き返したくはない。
純粋に気になるのだ、この奥に何があるのか。
でも、下手に動いてアンシュルに不利益を被らせるのもいただけない。
少し葛藤があったが、結局私の中で軍配が上がったのは引き返す選択だった。
「オルセン副騎士団長、恐らくそこには何かが封印されている可能性があります。」
「へぇ、そりゃあ物騒だな。」
「魔力の搾取から逃れられませんか?」
「少し強引になるが問題はないだろう。だが、離れていいのか?」
「ええ勿論。人命には代えられませんから。」
ニッコリと努めて綺麗に微笑んで見せる。
それだけで相手には伝わったのか心底愉快そうに笑われた。
解せぬ。
「なら少し離れていてください。」
「はい。」
言われた通り少し離れると、宣言通り魔力の搾取からの脱出が始まる。
魔力を逆流させ相殺させるという力技で抵抗しているせいで魔力の反発が起き、パチパチと火花の様な光がオルセン副騎士団長から放たれる。
痛みはあまりないのか涼しい顔で少しずつ岩肌から離れていき、あと一歩で完全に離れるという距離に着た瞬間、岩肌が巨大なドラゴンの顔へと変貌した。
「!?」
「え!?」
「「お嬢様!!」」
ドラゴンの顔は一瞬でオルセン副騎士団長と私の眼前に現れたかと思えば、口を大きく開いた。
鋭利な牙が並ぶ口は、残虐に獲物を喰らうに相応しい造形で私は動けなくなる。
「メリンダ!!」
ゆっくりと迫る牙に目を奪われる私の耳に、誰かの焦ったような声が聞こえた。
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気づけば二十話…早い…




