第二十一話
「…んっ…」
「気がつかれましたか、メリンダ様。」
意識が浮上する感覚がして、どうやら意識を失っていたことを知ると同時にとても近くから声が聞こえた。
声の方へ眼を向ければ、そこには上着を脱いだオルセン副騎士団長が居た。
「オルセン副騎士団長も飲まれていたのですね。」
「不覚を取りました。」
恥ずかしそうに頬をかくオルセン副騎士団長の様子を見ながら、記憶の最後を手繰り寄せる。
最後の記憶には魔力によってドラゴンに変貌した岩に飲み込まれた光景が焼き付いている。
飲み込まれた、つまり喰われたというのであれば普通は胃袋の中を想像する事だろう。
だが、喰われたと言っても相手はどう見ても魔法によって生成された無機物、そもそも胃袋と言う器官なんてものは存在しないだろう。
とするなら、ここは封印されていた空間と考えるのが妥当だろう。
「私が意識を取り戻すまでに、何か異変はありましたか?」
「これと言って何も。」
「なら魔物の封印の線は薄いか…」
一先ず、一番あって欲しくない展開は回避できたようで胸をなでおろす。
レイに護身術を習っているとはいえ、魔力を殆ど奪われた状態の私はハッキリ言ってお荷物だ。
衣服の感触から多少は暗器を持ってこられているから、戦闘になったら邪魔にならない場所に退避するぐらいはできるかもしれない。
残る問題は食料だ。
「オルセン副騎士団長、水の音などは聞こえませんか?」
「残念ながら。」
「そうですか…なら、急いでここを脱出すべきですね。」
水が通っていないというとはこの中で食料の調達は無理だと考えるべきだろう。
そうでなくても、ずっとこの中に居れば脱水症状で命の危険だってある。
早々に退散するのが吉だろうと立ち上がると、私にかけられていたオルセン副騎士団長の上着が地面に落ちた。
「!すみません、かけて下さっていたのですね。」
「ご令嬢をそのまま寝かせるわけにはいきませんから。」
「本来なら綺麗にしてからお返ししたい所ですが、どうやらこれは防具も兼ねているご様子。万が一に備えて着ていてください。」
「…そこは、私に貸して下さいじゃないんですか?」
「サイズが違いすぎるので動きが阻害され、逆に危ないので遠慮します。」
ただ歩くだけならいいが、いざという時に暗器を取り出すのに邪魔になってしまう。
それに、ただでさえお荷物状態に変わりないのにこれ以上は自分がより惨めに思えてしまってよりメンタルが削られるので丁重に辞退した。
けれど、上着を受け取るオルセン副騎士団長は心配そうにこちらを見るわけでも、説得しようと口を開くでもなく、唯々楽しそうに笑っている。
自分でいうのもなんだが、今の私の言い分は騎士にとってかなり困る事であることは分かっている。
例え自身が仕える相手でなくとも騎士には、騎士道精神の一つに弱きを守る誓いがある。
この状況で弱き代表ともいえる令嬢が自身より騎士を慮っての行動とはいえこんなことを言えば普通は困ったように笑う事だろう。
私もそれを覚悟して言ったつもりだったが、やはりこのオルセン副騎士団長は違うようだ。
「ところで、オルセン副騎士団長に一つ確認したいことがあります。」
「なんでしょう?」
「ここから先、私は貴方をオルセン副騎士団長として接した方が良いでしょうか?」
─だって貴方、アンシュル殿下の懐刀でしょう?
「……いつから?」
「確信を正確に持ったのはティリーナから。」
「くくくっ…じゃあ随分前から疑われていたのか。と言うかいいのか?もしかしたらそんなんじゃなく敵かもしれないのにそんなこと言って。」
「状況証拠だけで貴方が誰かなんて想像つきますし、何よりあの方に確認取りましたから。」
「おいおい、種明かしが早いだろ。もう少し楽しませろや。」
「駆け引きを楽しみたいならもう少し演技したらどうですか。本気で騙す気なかったでしょう。」
指摘すれば途端に砕けた口調に代わり、さも大変でしたと言わんばかりに肩を回す。
確かに、アンシュルの懐刀として方々へ偵察だのなんだのと駆り出されるのは大変だろう、だがそれは私に対して零す不満に対応してやることにはならない。
「へぇ、随分と買ってくれてるみたいだな。」
「あの方からの情報を聞けば判断するのが妥当というものです。」
揶揄うような口調からつい素っ気ない物言いになってしまったが、彼は気にした風もなくむしろ嬉しそうに笑っている。
どういう感覚なのか不思議に思うが、気分を害していないのであればいい。
「それで?」
「ん?ああ、副騎士団長としてではなく俺として接せしてくれて構わねぇよ。ここを出たらすぐに切り替えられるし。」
「わかりました。呼び名はありますか?」
「好きに呼んでくれ、タマでもポチでも。」
「それ教えたの絶対あの方でしょう…」
私達と同郷の人間なら一度は耳にする名前に少し肩の力が抜ける。
この人にしてみれば自分の立場を伝えるつもりで言っているのかもしれないが、生憎とそういう事には無知で通しているのでスルーしてやることにした。
(この場限りの呼び名だとしても、またこういう状況がないとも限らない。だからと言って私は彼の主じゃないんだから複雑な名前にするのも違う気がするからなるべく短いのがいいわね。)
さて何にするか…この小説のタイトルはクレッセント・ドロップ、直訳すると三日月の雫だ。
そこから連想して月と名付けるか?いやいくら短いのいいとはいえ安直すぎる気がするし月、月…と暫く逡巡した後、ピコーンと頭の上に電球が灯った。
「では貴方の事はクーと呼びましょう。」
「はいはい、ご自由にどうぞ。」
興味なさげに頷く彼は知らないけれど、この名はポチやタマと言ったペットにつける代表格みたいな名前ではない。
前世で読んだ本の中に様々な言葉を多国語に置き換えている本があった。
その中には月の項目もあり、この小説のヒロインの名前のモデルとなった言葉もあって興味を惹かれたことを覚えている。
そしてその中に、この言葉があった。
【Kuu】
フィンランド語で、月を示す言葉。
我ながらいい名前を付けられたと満足し、これからの事に意識を向ける。
「呼び名も決まったところでさっさとここを脱出したいところですね。」
「同感だな。魔物の気配はないが食い物も飲み物もないこの状況じゃ長居する分、干からびるだけだ。」
「クーはここの事について何か知っていますか?」
「いんや、何も。王子様からはアンタが無茶しないように見張ってろって言われてただけだからな。」
「心当たりのない心配をしてる場合ですかあの人は…」
嬉しいような不服なような複雑な思いが一瞬、頭をもたげるがすぐに萎ませる。
今はとにかく手元にある情報の中からどうにかしてここを脱出する糸口を見つける方が先決だ。
(クーが魔物の気配がないと言うのなら襲われる心配はしなくてよさそうね。なら一本ぐらいダメにしても問題はないか。)
ワンピースの裾から針状の暗器を取り出すと、そこら辺にあった石で思い切りたたく。
持っているなかでも特に薄いものを選んだお蔭で、たった数回で暗器は真ん中から綺麗にポッキリ割れた。
先程まで私の行動を楽しそうに見ていたクーも流石に驚いたのか目を丸くしている。
「おいおい…自暴自棄にでもなったか?」
「そんなことして何になるんですか。」
でもまぁクーの意見も分からないでもない、私だって目の前でいきなりそんな事されたら驚くか引くかのどちらかだろう。
気を取り直して折れた暗器の内、一本を持ち上げる。
そこでクーには私が何をしたかったか察したようだった。
「暗器に仕込みか。」
「練習中ですけどね。」
レイの授業では暗器に仕込むのは毒が定番だが、筋が良いとはいえまだ私は初心者の域を脱しないので無害なものから始めることとなった。
なので、この針状の暗器に仕込まれているのは毒ではなく魔力に反応して固まる凝固剤だ。
手の上に出した凝固剤はまだ固まっておらずとろりとしていて、前世で子供が遊んでいたスライムの感触に似ていて少し楽しい。
「何してるんだ?」
「微弱な私の魔力を練り込んで即席のメノウを作ってるんです。」
「!随分年季の入ったものを持ってるんだな。」
「私ではなくお父様です。」
メノウとは魔道具の一種で正式名称はリゾナンス・メノウ。
予め親となるメノウ鉱石に魔力を登録し、離れた場所から魔力を送る事で現在地等の地理情報を得ることができる道具だ。
だが、現在ではあまり使用されていない。
リゾナンス・メノウよりも手軽で持ち運びしやすい物が開発されたからだ。
だが、お父様は個人的な趣味でリゾナンス・メノウを所有しており家族全員分の魔力を登録していたのだ。
かなり古い物であると事前に知っているので出来るかは賭けだが、現状使えそうな手はこれしかない。
「こんなものですかね。」
凝固剤を捏ねて固めた魔力の塊を導きの雫に小さくぶつけると、大した力を入れていないにも拘らずキィィインという澄んだ高音が響いた。
「なるほど。殆どの魔力を奪われた今、残りの魔力で親メノウが反応する程の魔力を使うのに自殺行為。」
「はい。なので魔力凝固剤を利用して影響の出ない範囲から魔力結晶を作り、元々魔力を籠めていたこの結晶とぶつけることで疑似的に高魔力を発生させました。」
「良く思いついたもんだ。お前、本当に五歳児か?」
「当たり前じゃないですが、五歳児以外の何に見えるんですか。」
「ん~…デビュタントを終えたレディ?」
「…どう反応していいのか素直に迷います。」
私の言葉をそのまま受け取ったクーはケラケラ笑っているが、ある意味正解を言い当てられたこちらは全く笑えない。
だがそれを表に出すわけにもいかないので、何とか気持ちを切り替えることに専念する。
大事なのはここからなのだから。
「Road Map,Resonance to Venus・Haute couture」
リゾナンス・メノウの機動呪文を唱え親メノウと同期させ、魔力波を通じてマップを転送してもらう。
魔力の質量や魔力波が弱いと同期は勿論、転送も上手くいかないのだがどうやら急ごしらえの高魔力発生装置は合格点を貰えたらしく親メノウから詳しいマップが送られてきた。
だが、それよりも後ろで事の成り行きを見守っていたクーがげんなりと呟いた。
「ヴィーナスって…親メノウになんて名前つけてんだよ…」
「……」
リゾナンス・メノウを使用するには対象者の魔力の他に、親メノウに固有名詞を付けなくてはならない。
要するに親メノウの名前だ。
名前は何でもいいし、何よりお父様の物なのだからどんな名前を付けようがお父様の自由だ。
そう、自由なのだが…
(同意ですわ、クー…)
お母様の学生時代のあだ名だそうですとは言えなかった。
「えーっと…兎に角、現在位置を確認しましょうか。」
「そうだな。」
無理矢理話を戻す私にクーは追撃をしなかった。
藪蛇だとでも思ったのか、感じたのか、どちらであろうと私にも都合が良いのでそのまま流す。
そうして改めて見たマップに、固まった。
「…迷宮内?」
「あーやっぱここ迷宮か。」
「やっぱりって…さっき魔物はいないと…」
「確かに魔物の気配はしないが、一度だけ見たことのある迷宮の雰囲気に似てたからもしかしたらとは思ってたよ。」
「~っ!!」
なら早くそう言わんかい!!という叫びを寸での所で飲み込む。
ここが迷宮ならリゾナンス・メノウを使った所で意味はないし、叫んだ分だけ水分が消費されるのだから我慢だ。
その分、外に出た時に発散すればいい。
「……”マッピング”」
「お、地形魔法も使えるのか。」
「まだ習い始めたばかりなので常時展開はできません。その分、都度都度展開して後は予測を立てて進みます。」
「了解。」
「というか、ここが迷宮なら一度迷宮を見たことのある貴方が先導すべきなのではないですか?」
「無理だって。王子様からあんたの護衛任された時点で俺に意見できないようになってんの。」
「…主従の契約ってそんな横暴なものでしたっけ?」
契約魔法は上級に分類されるため、やっと中級魔法を習い始めた私は触れる事すらできない領域の為、効果について少し疎い。
だが、クーから聞く主従契約はまるで奴隷契約の様に思えてならない。
「ほらほら、そんな事よりさっさと進もうぜ。そろそろ腹が減る時間だ。」
「まぁ、そういうことなら…でももし何か発見したり指摘することがあれば言ってくださいね。」
「意見を許すってのか?」
「当たり前です。私は五歳のか弱い子供なんですよ、そんな子供が迷宮なんて未知の場を無暗に進んで生き残れるはずがないじゃないですか。」
「当然のことを言っているはずなんだが、何故か釈然としないんだよな…」
「さぁ、行きますよ。」
怪訝そうに言ったって知らん、この世界で私は五歳児なんだから。
*
「”マッピング”」
マッピング、中級の地形魔法。
数メートル範囲の地形を把握することが出来る魔法で、迷宮探索では必須の魔法。
熟練の使い手なら一度唱えるだけで常時展開が可能だが、まだ私はその域まで達していないし何より今は魔力が少ない。
だから無理のない範囲で小まめに展開し、地形の把握に努めているのだが歩き始めてからずっと一本道しか把握することができない。
(マッピングが失敗してる…?でも現に道は一つだけだし、不自然な個所もない。ループしてるのかと目印を付けたけどそれもなし。)
一応進んではいるみたいだが、これが本当に迷宮なのか?
迷宮ってもっとこう、魔物が出てきたり罠が仕掛けられてたりしてドキドキハラハラの連続みたいな感じをイメージしていたのに実際は洞窟の中をただ進んでいるだけ。
釈然としないと思いながら更に進むこと数十分、ようやく部屋らしい場所にでた。
今までの道には似つかわしくない程に仰々しい扉には見事な装飾が施され、王宮にあっても違和感がしない程に厳かだ。
その分重そうだと手を伸ばした私の手を、クーが阻んだ。
「岩に触れて魔力ごっそり奪われたってのに懲りないな。」
「あ、そうでした…でも…」
「何のために俺が居ると思ってんだよ。」
「クーだって魔力を奪われたじゃないですか。私よりあるとは言ってましたが、その変装だって魔力を使っているのでしょう?」
「!…心配すんな。俺は元々の魔力量が多いから問題ねぇよ。」
そう言うと私が反論する前に扉に手をかけた。
案の定、魔力を吸い取られているみたいだがクーは問題なさげに扉を開いていく。
魔力が多いというのは本当のようだと安堵するが、いくら多くとも魔力を奪われて痛くないわけがない。
外に出られたら魔力回復ポーションを沢山あげようと決めた。
「中々の部屋だな。」
「おお…」
扉の先に広がる部屋もまた豪勢な作りをしていた。
部屋はそこまで広くないが、人が余裕で五人は入れる程の広さをしており扉と同じ様な装飾が施されている。
これでもっと広ければ王の私室と言われても通るレベルだ。
「ん?あれは…」
キョロキョロと辺りを見回していると、部屋の奥に大きな宝箱を見つけた。
迷宮に宝箱、まさにファンタジーの世界!と興奮気味に駆け寄る。
中に何があるのかと手をかけるが、ふとこの世界にミミックの様な魔物はいるのだろうかと考えが過る。
もしもの為に針状の暗器を構えながら宝箱を開けると、中には一枚の地図が入っていた。
「地図?」
「おいおい、さっき忠告したばっかだろう。」
「あ、すみません。つい好奇心に負けて…」
「やっぱり五歳児だな。」
納得されるとそれはそれで複雑だが、言い返すこともできないので黙る事にする。
それよりも地図だ。
宝箱から見つけた地図はどうやら大きな地図の切れ端の様で、描かれた地形が不自然な形で途切れている。
これではどこを示しているのか分からないが、迷宮から発見されたのだから価値のあるものなのだろう。
「これをあの方が見つけたことにすれば少しは箔が付きますかね。」
「あんたが見つけたんだから、あんたの手柄にすりゃあいいじゃねぇか。」
「私の功績にして誰が喜ぶんですか、むしろ厄介事の予感しかしませんよ。」
「あんた、変わってんな。」
「平穏主義者と言ってください。」
アンシュルの目的が無事に達成されれば、私の目的も連動的に達成される可能性が高い。
それに、オートクチュール公爵家は兄・エリックが継ぐことになっているから妹である私が功績を立てるのはあまり喜ばしい事ではない。
アンシュルとルナが無事に結婚した後、可もなく不可もない相手との結婚をして生き残るためにもあまり目立つことは避けるべきなのだ。
「ということでクー、上手くあの方に報告してくださいね?」
「あんたがすりゃあいいだろうが。」
「今のクーは一応オルセン副騎士団長なんですよ?あの方の指示で動いてました~っていう建前が通用するじゃないですか。」
アンシュルが迷宮の可能性があると思われる場所にオルセン副騎士団長を派遣した先で偶然、私達と遭遇し迷宮の罠に嵌った私を助けるオルセン副騎士団長。
無事に令嬢を助けられたのはいいが罠はそれだけではなく、オルセン副騎士団長と令嬢は迷宮に囚われてしまう。
心細さに震える令嬢を支え、守りながら進むオルセン副騎士団長は迷宮の中で一つの宝箱を見つけ、中に収められていた宝物を主であるアンシュルへと献上する。
「という筋書きです。」
「心細さに震えてなんていなかったじゃねぇかよ。」
「細かい事は良いんです。」
古代の迷宮でなかったことは残念だが、迷宮は迷宮だ。
そう自己完結した途端、部屋が光に包まれた。
「え!?」
「!トラップか!?」
驚く私をクーは咄嗟に抱きしめる。
余りの眩しさに目を開けていられず、クーの胸に顔を埋めながら耐えていると不自然に風が頬を撫でる。
一体何が起こっているのか確認したくとも、光は未だ晴れない。
せめて危険でありませんようにという願いが通じたのか、何事もなく光は静まって行った。
「一体何が…」
「……」
「クー?」
光が引いたにも拘らず私を離さないクーを不思議に思い、見上げればクーは大きく目の見開き固まっている。
何か危険なものでもあったのかと身を固くするが、そうであるなら固まるより先に動くはずだ。
では何が…と思考を回すより先に、鼻孔を懐かしい香りが擽った。
「潮の匂い…?」
「…っ」
「クー?本当にどうしたです?」
「……ここは、ディガーボ……ポロスとメンシスの国境にある街だ…」
「ディガーボ…」
ああ、なるほど。
メンシス国との国境だから潮の匂いがしていたのか。
ポロス国には海がないから納得だ。
そっかそっか、国境か~……
国境!?!?!?!?
読んでいただきありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。




