第十九話
「…貴女にとって、その人は何ですか。」
改めて聞かれると、分からなくなる。
あの人は、私にとって同郷の人で
あの人は、私にとって仕えるべき王族で
あの人は、私にとって欲しい言葉をくれた人で
それをひっくるめて、私にとってあの人は何なのだろうか。
知りあい?その程度で取引なんてしない
友人?まぁ違わないが正しくもない
恋人?絶対違う
じゃあなんだ、私が持つ言語の中で何が一番この関係に適しているだろうか。
「う゛~ん…大切な人じゃダメ?」
「ダメです。」
「う゛~…」
「それで、なんて答えたんだい?」
「なに楽しそうに聞いてるんですが殿下…」
夢の会議でアンシュルはどこかウキウキと話の続きを催促してきた。
こちとら一瞬冷汗をかいた場面だというのに、なんともお気楽である。
「”協力者”と答えておきましたよ。」
「え~…」
「何で不満そうなんですか…」
目的の達成という共通意識で動くのだから協力者で十分だろう。
何よりアンシュルがそう言ったのだ、協力者に欲しいと。
だが、アンシュルはその答えば不満らしく分かりやすく不貞腐れている。
「では、殿下ならどう答えたんですか。」
「それは勿論、”相棒”でしょ。」
「相棒…」
「え、嫌?」
「嫌、というか…相棒と言えるほど、私は殿下に貢献してないと言いますか…釣り合っていないといいますか…というか、殿下が私を協力者にと言ったのではないですか。」
「確かに言ったけどさ、貢献云々については本気で言ってるソレ?」
慄く私とは反対にアンシュルは驚愕と愕然の中間の様な表情で固まっている。
もっと分かりやすく言うのならマジかコイツという表情だ。
そんな表情を向けられると反射的に反論したくなるが、そもそも反論する言葉が見つからない。
「ああそうか、言ってなかったな。メリンダ、俺に奴隷商の調査をするように進言したのは君だったよね。」
「は、はい。」
「その結果、俺にかなりの恩恵があってな。なんと、軍部への人脈がかなりできました。」
「なんで?!いや、喜ばしいけども!」
「当初、俺は生真面目な騎士団長との衝突を恐れて介入を断念しようしたと言ったが、君はトカゲの尾切りを懸念して俺自身に調査をするように進言した。そして、その懸念は当たっていたんだ。」
「!やはり、伯爵は唯の捨て駒でしたか。」
「ああ。むしろ、バレる事を想定して設置していた。お陰で騎士団長を説得する良い交渉材料になってくれたんだが、その下に伸びる根がまぁ根深い事でな。闇ギルドからアイツを引き抜いていなければどうなっていたか。」
「ティリーナの炭鉱にも出張させるぐらいですからね、人員はかなり多いのでしょう。」
「そう、君が丁寧にと念押ししたお陰でこうして鉱石の横領にまで気づけた。これを貢献と言わずになんという。」
「私は取っ掛かりを作ったにすぎませんし、その後の人脈やらは殿下の力じゃありませんか。」
「俺だって言われなきゃ何もできない木偶の坊にはなりたかないんでな、そりゃあ努力するさ。それに、甲斐性のない男なんてルナの伴侶として認められない!」
「ふふっ、殿下は一途ですね。」
えっへんと胸を張るアンシュルが微笑ましくて、思わず頬を緩める。
ハッキリ言ってアンシュルは少々私の事を過大評価している気がするが、この人にそう言って貰えるのは悪い気はしない。
評価されて、認められて、息がしやすいからと言うだけでなく純粋に嬉しかった。
「それにさ、俺の事を大切に思ってくれるだけじゃなく、一つの言葉を聞いていくつもの策を考えられるほどに有能な協力者を、相棒にレベルアップさせたいっていう気持ちもある。」
「それは光栄ですね。」
改めて聞くとちょっと照れるが、この人が幸福になればいいなと思うのは私の本心だ。
なら、相手の申し出を有難く受け取るとしよう。
「僭越ながら、相棒と言う地位を拝命いたしましょう。」
「うん。だから、相棒らしい振舞を頼む。勿論、夢の場限定でな。」
「ええ、勿論…と、いうことで。」
「ん?」
「私に言いそびれていることぜーんぶ言って貰いましょうか?で・ん・か?」
「ん、んん?!」
「しらばっくれてもダメよ。奴隷商の進捗もそうだけど、今ので互いに近情の把握ができない事がよく分かったわ。関係ない事だとしても言えない事じゃないなら一から十まで言って貰います!!どうせ、凄腕さんを使って身辺調べまくってるんでしょう?」
「な、なんで?」
「アレを私に見せて気づかないとでも?」
「あ、あははは……」
「今日は長い夜になりそうですわね?で・ん・か?」
*
「ん~!!」
朝の陽ざしに目を覚ます、清々しい朝だ。
夢の会議がとても有意義だったからか、それとも協力者から相棒に昇格したからか、今の私はとても清々しい気分だ。
(でもま結局、今までの近情をより正確に把握する為に紙面に起こして読む形に落ち着いたのよね。あれはかなり私に隠してることがあると見た。)
いくら相棒と呼んでくれる気安い相手といえど、彼は王族だ。
言いたくても言えない事や言ってはならない事だって沢山あるだろうし、聞いたら最後なことだってあるだろう。
だから根掘り葉掘り聞きたいとは思っていない、ただ後出しのようにむず痒い報告を受けたくないだけなのだ。
(隙間時間を見て私も色々まとめないとね。報告書を書くなんて何年ぶりかしら。)
小さく笑いながら、気持ちを切り替える様に息を吐くと扉へと視線を向けた。
「おはようございます、お嬢様。」
「おはよう、シア。」
身支度をして、朝食を取り、自室へと引き上げるという朝のルーティンも一通り終わる。
最近は、この辺りでレイが特訓に付き合ってくれる。
「今日は来ませんね、レイ。」
「そうね。」
(まぁ、来ないでしょうね。)
あの夜、レイは私の答えにどこか不服そうだった。
納得していないという風ではなかったけれど、なんというか望んだ答えではないみたいだった。
恋愛感情は欠片もないとあれだけ念押ししたのだから、健気な乙女の献身みたいな考えは初手で潰せたと思う。
実際そうだし。
(じゃあレイはどんな答えを望んでいたのか?いや、そもそもレイは私の真意を知って何を判断したかったんだ?)
全ての仮説が見当違いでただここが安全かどうか判断したくて昨夜の問答が発生した可能性だって0じゃない。
物的根拠がなく、状況証拠のみで構成した現状の道筋ではこれ以上の予測は不可能だ。
ただ、現状レイはまだこの屋敷にいることは確認されている。
脱走を警戒してこの屋敷に保護した時から、必ず私付きのメイド一人に朝の世話をさせているのだ。
異常があろうとなかろうと必ず朝の世話をした際の報告を義務付けており、今朝もそのメイドはキチンと報告をしてきたのでレイが屋敷に居る事は確実だ。
「お嬢様、いかが為されますか?」
「…先に今日の予習をしておくわ。今日は確か、ノルディック先生だったわね。」
「はい。」
「本日はよろしくお願いします、ノルディック先生。」
「では、本日の講義を始めましょう。」
翌日、私は家庭教師の先生の講義を受けている。
メルバ・ノルディック、ポロス国を始めとした各国の歴史について深い見識を持つ学者だ。
「メリンダ様は先日、ティリーナの街に向かわれたとか。」
「はい。工業が盛んな活気あふれる街でした。」
「では、今日の講義はティリーナの街に因んで、炭鉱の歴史から始めましょう。」
穏やかなノルディック先生が教本を開くと、空中に魔法陣が展開する。
この世界でも座学は黒板にノートと言った形式が定番だが、子供向けに工夫しているのかノルディック先生の授業はいつも魔法による空中投影で行われているので特に楽しい。
「ティリーナの一大産業である炭鉱の歴史はポロス国建国期まで遡ります。ですが、当時の人々は炭鉱を唯の通路として利用していたのです。」
「通路、ですか?それはもしかして、他国への?」
「いいえ。メリンダ様は突発発生型迷宮というのをご存じですか?」
「確か、突然現れてはいつの間にか消える迷宮の事ですよね?」
「素晴らしい、正解です。実はその昔、ティリーナの炭鉱奥には突発発生型迷宮があったのです。」
「え?!」
突発発生型迷宮、その名の通り突然出現する迷宮だ。
意志を持たない魔物の一種だと唱える学者もいるが、その実態は未だ謎に包まれている。
ただ、その中には膨大な財宝や貴重なアイテムが眠っている事から一獲千金を狙って多くの人間が挑んでいる。
小説でも旅の路銀を得るためにアンシュルが挑み、貴重な古代の遺物を入手する場面があった。
「その迷宮の規模はかなり大きいものの大半が地中に埋まっている状態で、侵入しやすくするために掘られたのが炭鉱の始まりだと言われています。」
「まさか、炭鉱が副産物だったとは知りませんでした。でも、突発発生型迷宮は踏破者が現れると消滅するのでしたよね?一体誰が踏破したのですか?」
「それが、踏破者を出さずに消滅したと伝わっています。」
「え?!」
突発発生型迷宮は出現を予測することはできないが、いつ消失するかは予測することができる。
それが、踏破者の有無だ。
踏破者と言ってもただ迷宮をクリアすればいいというわけではない、迷宮の奥に隠された秘密の宝箱を入手して初めて踏破者の名を得ることができる。
冒険者の中でその名はこの上ない名誉の様で、迷宮の難易度によってはその迷宮に因んだ異名を付けられるほどである為、侵入の為だけにティリーナの炭鉱が掘られるほど大規模な迷宮を踏破したのならまず間違いなく歴史に刻まれる。
因みに、小説の中のアンシュルもこの手の異名持ちだったりする。
「そんなことありえるのですか?」
「通常はあり得ませんし、この疑問は現代にいたるまでずっと学者たちによって調べられ続けていますが解明には至っていない様です。」
ポロス国建国期に出現し、突如として消えた迷宮。
もしそんな迷宮を発見し、剰え踏破なんてことが出来たらそれはこの上ない名誉になるだろう。
そして名誉とは、時として功績と同じ意味を持つ。
(ピッタリじゃない!!)
奴隷商、功績の横領、そして古代の迷宮踏破、これだけあればアンシュルの目的を達成するための交渉を円滑に進めることができる。
上手くすれば、交渉なんてすっ飛ばす事も可能かもしれない。
「先生!ポロス国建国期についてご教授いただけませんか?」
「ふふっ、迷宮が気になるのですか?」
「少しだけ。」
「では、ティリーナの迷宮を起点とし、ポロス国の建国について学んでいきましょう。」
*
「ふんふんふ~ん♪」
「お嬢様、何をなさっているのですか?」
「これはね、ペンデュラムを作っているのよ。」
「ペン、デュ・ラム?」
「お酒っぽい響きになったけど、お酒じゃないからね?」
ノルディック先生の講義を終えた私は、意気揚々と物作りに精を出していた。
無理を言って取り寄せてもらった水晶の鉱石に私の魔力を籠めながら、ルーン文字に似た模様を掘っていく。
砕かないように慎重に彫り、鉱石の先端に穴をあけ革ひもを通す。
本当はチェーンの方が見栄えが良くていいしもう少し凝りたいのだが、気が済むまで手を加えてしまうと日が暮れてしまう。
というか、やめるにやめられず平気で数日費やす気がするので自戒の意味も込めて手軽な皮ひもにした。
「できた!」
「美しいですね。」
出来上がったのは一見すれば、小ぶりな水晶の鉱石に皮ひもを通した拙いペンダントの様なものだが、ルーン文字の様な彫りにより不思議な魅力があった。
けれど、子供のおもちゃと言われればきっと納得してしまうだろう。
だが、これは立派な魔道具だ。
「シア、ポロス国の地図をだしてくれる?」
「かしこまりました。」
シアが準備してくれたポロス国の地図の上にペンデュラムをかざし、魔力を籠める。
すると、ルーン文字の様な彫りが反応し、仄かに輝きだす。
このペンデュラムは小説に登場する導きの雫という迷宮探索用の魔道具なのだ。
小説では駆け落ちした先の集落でルナが精製法を知り、見事迷宮を探し当てた。
「……」
小説の描写通りに作ってはいるが、ルーン文字の様な彫りを完璧に再現できているかと言われると少し自信がない。
でも、魔力を籠めたペンデュラムは独りでにゆらゆらと動きだしているので多少は機能していると見て間違いないだろう。
「かの迷宮はいずこか。」
使えることを信じて脳裏に消失した迷宮を思い浮かべる。
その光景が強ければ強い程、ペンデュラムの探索は精度を増すのでノルディック先生により詳しく迷宮が出現したポロス国建国期について講義して貰ったのだ。
お陰でふり幅が大きくなり、縦揺れから円を描くようにぐるぐる回り始めるペンデュラムを固唾を飲んで見守っていると、ある一点を指してペンデュラムが止まった。
「ここね…!」
「ここに、何かあるのですか?」
「あると思うんだけ、ど……え?ここって……なんで?」
「お嬢様?」
成功したと喜び、ペンデュラムが指し示した場所をよく確認した瞬間、固まった。
シアはそんな私を不思議そうに見ているがそれどころではない。
だって、喜ぶべきか悲しむべきか…信じるべきか嘆くべきか、判断ができないのだ。
「どうして、オートクチュール公爵領なの…?」
私、本当に導きの雫を作れたのよね??
読んでいただきありがとうございました!
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