第十八話
「戦争屋ぁ!?」
「末端でしょうけどね。」
素っ頓狂な声を上げるレイの気持ちも分かる。
正直、私だって半信半疑だ。
でも、ビリーから香った匂いがその可能性を否定してくれない。
「ちょ、ちょっと待ってください!じゃあお嬢様はビリーがこの国とどこかの国を戦争させようとしてるって思ってるんですか!?」
「そこまでは分からないわ。この国と他国かもしれないし、他国と他国かもしれない、鉱石の横領だけではここまでが限界ね。」
「…お嬢様。」
「なに?シア。」
「あの者が、オートクチュール公爵領の鉱石を狙ったからですか?」
「…半分は、そうね。」
例の鉱石の事をチラつかせたのは、戦いに必要な物資の一つだからだ。
元々、今回の犯人は戦争屋か他国の密偵だと予想してはいたが後者の方が濃厚だとも思っていた。
それは一重にポロス国が他国と戦争することで利益を得る国がないからだ。
でも、他国の密偵ならあんな匂いはしない。
「もう半分は?」
「ビリーから、火薬の匂いがした。」
「「!?」」
剣と魔法の世界において火薬は科学的に生成されたものではない。
”フレイムリザード”という魔物から作られるアイテムで、主な使用用途は魔法の増強。
ただしそれが使われていたのは数百年前であり、現在は使用禁止品に指定されている。
理由は至極単純、強力過ぎるからだ。
そんな危険物、好んで所持しているのは余程の狂人か武器屋ぐらいだし、何より匂いと言う足がつきやすいミスを密偵がするとは考えにくい。
(他国の密偵の方が背後関係を探りやすくて楽だったんだけどなぁ…戦争屋じゃ、それなりに上の奴じゃないと切られて終わりになりそうだし…やっぱりあの人に声かけとくべきだったかなぁ…)
「…お嬢様。」
「ん?」
「何でお嬢様が火薬の匂いを知っているんですか?」
「………!?」
(やらかしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!)
言われて気づいた。
いくら公爵令嬢とは言え、いや、公爵令嬢だからこそ火薬の匂いなんて知るわけがないのだ。
私がその匂いをそうだと判断できたのは、小説にそう描写されていた事と前世の記憶のお陰だ。
だが、そんなことをこの二人に言えるわけがない。
言った所で信じてはくれないだろうし、誤魔化すなと激怒されるかもしれない。
どうする、どう誤魔化す?!と滝の汗を流しているとシアが物凄い勢いで私の手を握り締めてきた。
「お嬢様…!」
「し、シア…?」
「お嬢様、私は分かっております…お嬢様は殿下とのご婚約が嫌なのでございますね?」
「はい…?」
いや確かにそうなんだが、何故今ここでその話題が出る?
ほらシアさん後ろ見て、レイが固まってるから!
ぽかーんって擬音がつきそうな顔して固まってるから!!
「お生まれになった頃より愛らしいお嬢様が淑女としての美しさと凛々しさをより一層磨き始めたのは殿下とお会いしてから。節穴の者どもは殿下に恋慕するからだと宣いますがシアは分かっております。お嬢様は殿下との婚約を回避する為に、さる高貴なる方のご依頼を受諾為さっておいでだと!功績を上げ、叙爵すればオートクチュール公爵家から独立することができる…そう考えたお嬢様は危険と分かっていながら高貴なる方の依頼を受け、剰え火薬に触れさせられた…っ!!お嬢様!!」
「はい!!」
「このシア、お嬢様の為ならばオートクチュール公爵家からお嬢様を攫うことなど怖くはありません!!オートクチュール公爵家だいけでなくポロス国から追われようともお嬢様の幸せの為ならば喜んで火の海であろうと、魔法の雨の中であろうと、剣の山であろうと飛び込んで御覧に入れます!!」
「大丈夫!!大丈夫だから落ち着いてシア!!!」
いつもは涼しいシアの瞳がギラギラ輝いていて若干怖いが、口にした言葉の方がもっと怖い。
密室である馬車の中だからまだいいが、これが国王派の人に聞かれたら反逆罪だーとか不敬だーとか言われそうなことを口走っている。
いや、誰に聞かれてもマズい事には変わりない。
「お嬢様!!」
「私は大丈夫よ!!ほら!こんなに元気だし!!ね?!ね!?!」
何とか屋敷に帰る前に暴走状態のシアを宥めなければと、先程とは違う意味の汗を滝のように流した。
*
「はぁ…疲れた…」
何とか屋敷に帰るまでにシアを落ち着かせることが出来たが、シアの中にある認識自体は変えられなかったようでいつもより若干目つきが鋭かった。
そのせいでお兄様にも不思議そうな顔をされたが、それだけで特に追及はしてこなかった。何故だ。
(と言うか、淑女修行がまさか私がアンシュルに恋をしているからだと思われていたなんて心外だ…まさか、家族が何も言ってこないのは家族もそう思っているからとかないわよね…?)
これはこの後、殿下と話さなければとベッドに入ろうとした瞬間、どこかから音が聞こえた。
何だろうと振り返れば、バルコニーの扉が少し開いている。
さっきまで確かに閉まっていたはずなのにと、若干の警戒を持ちながら近寄ればすぐ傍で耳慣れた声がした。
「お嬢様。」
「!レイ…脅かさないでよ…」
「すみません、どうしてもお嬢様に聞きたいことがあったんです。」
「聞きたい事?」
バルコニーの外には、影に隠れるようにレイが佇んでいた。
賊でないことに安堵したが、レイの様子が昼間とはまるで違う事に胸騒ぎがする。
「改まってどうしたの?」
「馬車ではシアさんの暴走で有耶無耶になってしまいましたが、俺は納得していません。」
「それはどれのこと?犯人のこと?戦争屋のこと?それとも火薬のこと?」
「お嬢様の真意です。」
正直に言おう、予想外だ。
レイがここまで行動を見せる事もそうだがこんなにも直接的な手段で来るとは思わなかった。
他国の人間だと思われるレイの目の間で不穏な会話をしたのだから、今日か明日にでも脱走してしまうのではないかと考えていた。
レイが何を探しているのかは分からないが、国が絡む面倒且つ不穏な状況を知ればさっさと目的のものを見つけ出して逃げ出したいと思うだろう。
それをせず、私の意思確認をしに来たということを果たして好意的に受け取るべきか否か。
「私の?」
「正直、俺はシアさんが言っていたようにお嬢様が婚約を回避する為に危険な橋を渡ろうとしているとは思えません。そんなことをしなくても、お嬢様の腕なら国を脱出してしまった方が楽です。」
「あら、私の腕を買ってくれて嬉しいわ。でも、私こう見てまだ五歳よ?逃げてもすぐ野垂れ死ぬわ。」
「そこはシアさんが居ればと言っておきましょう。いなくても、貴女なら何とかしてしまいそうだけどね。」
「買い被り過ぎよ。」
そこは本当に買い被りだ。
前世で私は完全なインドアでキャンプすらまともにしたことはない、そんな甘ちゃんがサバイバルだなんて出来るわけがない。
この世界、魔法はあるが便利なスキルはないのだから。
「しかし貴女は逃げることなどせずにここに居て危険な密命を請け負っている。物的証拠を押さえるというより危険な部分は除外されているとしても、五歳の子供に課せるには危険すぎる密命を。」
「……」
「何故ですか、何が貴女をそこまでさせるのですか。」
「レイ…」
「貴女にとって、ポロス国とは何なのですか。」
静かに、だけど誤魔化しは許さないと強い瞳が語りかけてくる。
レイはただ知りたいわけではない、見定めたいのだろう。
第三者から見た私の現状は確かにただ事ではないというか、なんて重い物を背負っているんだと思わせるほど過酷だ。
これで私が男で平民とかなら、生活の為に危ない橋を渡っているのだとか何とか言い訳が出来たかもしれないがそれは通用しないだろう。
かといって素直に、五歳だけど中身はアラサーで生き残るために殿下と取引したんですだなんて言えるわけがない。
(それに、下手に誤魔化せばレイはきっとポロス国に見切りをつける気がする。)
根拠はない、ただの勘だ。
それでも、私はその勘に従った。
「私にとってポロス国は大切な故郷よ。」
「故郷を守るために密命を受けていると?」
「少し違うわね。確かに故郷は大切だし守りたいと思うわ、でも私がこの任を受けているのは私の為なの。」
「お嬢様の為?」
「私にはね、幸せになって欲しい人がいるの。」
秘密よ?と口元に指をあてながらゆっくりと言葉を選んでいく。
本当のことは言えない、でも嘘も言えない。
嘘ではないでも本当の事でもない、そんなギリギリをせめて誠実に伝えられるように。
「ああまず勘違いして欲しくはないんだけど決して、決して恋愛感情とかそういうのではないわ。」
「はい。」
「いい?ここは重要よ、最重要よ?ここを理解して納得して貰えないらな話は終わりよ?」
「分かりましたから。」
本当ねと念押しするかの如くジト目で睨めば、引き攣った笑みで頷かれる。
ここまでくると逆に疑いたくなるかもしれないが、ここは譲れない線引きなのだ。
私にとっても、アンシュルにとっても。
「恋愛感情ではないけど幸福になって欲しい人がお嬢様にはいるのですね。」
「そうよ、あの人があの人の望む相手と共に笑っていてほしいの。その場所が優しいなら尚の事嬉しいわね。」
小説の中ではアンシュルの葛藤やらが大きく描写されていて忘れがちだが、ポロス国も決して平穏ではない。
火蓋を切ったのはアンシュルの駆け落ちだとしても、元々ポロス国は一枚岩とは言えないからだ。
現在は王家の尽力で絶妙なバランスを保ってはいるが、それが長く続くことはないだろう。
そして、崩れかけた柱を綺麗に修復する事なんて私にはできない。
ならせめて、柱を支える楔の一つになりたい。
「貴女が、その場所を作りたいと?」
「そこまで大それたことは考えていないわ。公爵家の人間だとしても私個人で出来る事なんて高が知れているし、むしろできない事の方が多いでしょうね。でも、何もしないのも嫌なのよ。」
これが小説の通りのアンシュルだったなら、ここまで思わなかっただろう。
ああやっぱりそう言う存在なのねってどこかで見切りをつけて、シアが言っていたようにこの国から逃げて物語の果てで静かに暮らしていたかもしれない。
何もかもを見て見ぬふりして、それこそ永遠の眠りにつくまで小説のアンシュルの様に自分の世界に閉じこもって。
でも─
「君が君を認められないというなら、俺が君を認めよう。君は十分に立派だ。この俺が、協力者として望むほどの人物だと。」
あのアンシュルだから、多少の面倒事は引き受けて上げようと思えた。
幸福になって欲しいと願えた。
私の目的の延長線上だとしても、あのアンシュル個人の幸福を。
「これでは、答えにならないかしら?」
「……」
詳細は語れない、でも確かな本心だ。
もしこれ以上詮索されれば、私は誤魔化すしかなくなる。
どうか頷いてくれと思いながら、思案するレイを見守る。
「最後に、一つだけ答えてください。」
「なに?」
「…貴女にとって、その人は何ですか。」
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