第十七話
「お怪我はありませんでしたか?メリンダ嬢。」
「ええ、お陰様でね。」
ニーッコリと笑う顔にはありありと、不満ですと書いてやる。
だがフォレは慌てるどころかむしろ楽しそうに目を細めると、地に沈んでいるビリーを持ち上げる。
「時期に他の第一騎士団が到着します、巻き込まれたくないのであれば今のうちに退散することをお勧めしますよ。」
「…そう、ではお言葉に甘える事にしますわ。」
確かに、フォレの言う通りここに私がいるのは非常にまずい。
フェロー伯爵に許可もないまま他の貴族が領内の重要拠点にいるなんて、下手をすれば賠償問題にまで発展しかねない。
それに、武器の注文を依頼したことが両親にバレようものなら私に明日はない。
でも、その前に。
「副騎士団長。」
「なにか?」
「兄に、ご伝言はありませんか?」
「エリックに?いえ、ありませんよ。」
「……そうですか。ああ、そうだ。こちらを。」
「これは?」
「ビリーの筆跡です。特殊なインクで書かせたので魔力鑑定にかければ、何かわかるかもしれませんよ。」
「!ご協力、感謝いたします。」
銀鳩に括りつける予定だった手紙を手渡すとフォレは穏やかに微笑んだ。
その顔は、あの時見た表情とは全く違っていた。
*
「お嬢様、一体どういうことなのですか。」
馬車に乗り込み、ティリーナの街が見えなくなると我慢の限界とばかりにレイが問いかけてきた。
確かに、レイにしてみれば気のいい伝令役が急に騎士団に捕まりそうになるわ、炭鉱夫達が暴れ出すわ、私が伝令役を仕留めるわで相当混乱させたことだろう。
それのに今まで言葉を飲み込んでくれたのは私の事を少しは信頼してくれたから、と考えるのは都合が良すぎだろうか。
「え~っと、まずあのビリーという伝令役は恐らく偽者よ。」
「偽者?本当はフェロー伯爵お抱えの調教師と言っていましたけど。」
「それも嘘っぱちでしょうね。というか、フェロー伯爵と会った事すらないんじゃないかしら。」
「え?!どういうことですか?!」
「まず大前提としてティリーナの炭鉱はフェロー領にとって重要な産業の一つなの。そんな所に事前の伺いもなく他家の貴族が入るだなんて剣を向けられても文句は言えないわ。」
「それ、知っててやったんですか…」
「勿論よ。でなければ調べられないからね。」
「例の尊きお方の為、ですか。」
今回の件は、レイの時と違って私一人で調べるのは無理がある。
だから、アンシュルの名前だけ伏せてシアとレイにさる高貴な尊きお方から密命を受けたのでそれを調べる手伝いをして欲しいと頼んだのだ。
正確に言えばシアだけにだが、成り行きでレイにまでバレてしまったのは誤算だ。
「そうよ。その方の密命は炭鉱の鉱石を横領している犯人を突き止めよというもの。」
「まさか、あのビリーと言う伝令役が犯人だと?」
「ええ。」
「どうして彼が犯人だと?共に見ていましたが、そんな素振りは見受けられませんでした。」
「偽の伝令役というのがまず一つ。後は私の家名を知らない、秘密だと言った鉱石の話をした、うちの鉱石の売買に入り込もうとした、機密情報がある場所へ入室したがらない…細かく言えばまだあるけれどざっと言えばこれぐらいかな。」
「そ、そんなにあるんですか…というか、何を根拠に彼が偽の伝令役だと考えるんですか?」
「まず私、というか私の家相手に伝令役なんて普通は使わない。」
「確かにお嬢様は公爵家でありフェロー氏は伯爵、ですがお嬢様は家名を名乗らなかったではありませんか。」
「名乗らなくてもメリンダと言う名でフェロー伯爵には分かるのよ。直接ご挨拶をしたことはないけれど、顔を合わせたことがあるの。」
*
あれは私が淑女修行の一環で出席したガーデンパーティーの出来事だ。
デビュタントを迎えていない令嬢はこういった場には参加しない、またはできないというわけではない。
一般的に社交界と呼ばれる夜会には出席することはできないが、友人同士や家庭内での私的なお茶会や同年代の貴族の交流を目的とした非公式なもの、家庭教師が教育の一環で開催するものなど多岐に渡る。
前世風に説明するならば、デビュタントとは成人式の様なもので夜会は婚活の場なのでそんな所に未成年であるデビュタント前の子供が来るわけにはいかないから、その前に練習がてら昼間に開かれるのがデビュタント前の子供が参加できるお茶会という具合だ。
なので参加する意思さえあれば結構簡単に参加することができる、最も家格やマナー会得度と言った諸々の事情を鑑みてという前提はあるが。
「まずはヴェトヴィール公爵夫人にご挨拶しよう、失礼のないようにね。」
「はい、お兄様。」
エリックと共に参加したガーデンパーティーはヴェトヴィール公爵夫人が開催した同年代の貴族の交流を目的とした私的なお茶会だった
まだ派閥については学んでいる最中だが、確かヴェトヴィール公爵は国王派だったはずだ。
ならば非公式だし他派閥を態々招くなんてことはしないだろう、つまりここに集まった貴族は殆どが国王派であると考えらえる。
(そんな中でオートクチュール公爵家という中立派を招いた目的は……う~ん、この予想外れていてほしんだよなぁ…)
正直言ってこのガーデンパーティーには参加したくなかった。
しかし、ここには未来の大商会であるレイティア子爵家が参加していると知ってしまえばそういう訳にもいかない。
あの家は娘が一人だけ、しかも幼少期は気が弱く内向的な性格であるが故に憂さ晴らしの捌け口にされていた。
だが、ある時を境に彼女は立ち上がり商魂逞しい立派な女性へと成長するのだ。
ん?何故知ってるかって?小説知識さ★
ただ、メインキャラと関わりを持つのは彼女が立派な女性へと成長した後の為、詳しい幼少期は描写されていない。
だからこそ、気弱な少女である今の内に彼女を通じてレイティア子爵家とのパイプを繋ぎたかった。
せめてヴェトヴィール公爵夫人が主催者でなければ偶然を装い避ける事も出来たかもしれないが、流石に主催者には挨拶をしないだなんて無礼は淑女としても公爵家としてもできない。
「お久しぶりです、ヴェトヴィール公爵夫人。」
「あらエリック。暫く顔を見ませんでしたが、息災のようですね。」
「ええ、お陰様で。」
「それは何よりです。ところで、お隣の可愛らしいお嬢さんは?」
「妹のメリンダです。」
「お初にお目にかかります。オートクチュール公爵が娘、メリンダ・オートクチュールと申します。この度は、素敵なガーデンパーティーにご招待いただき感謝申し上げます。ヴェトヴィール公爵夫人。」
「まぁ!素敵なお嬢さんですこと!初めまして、ヴェトヴィール公爵の妻、キャスリタ・ヴェトヴィールよ。」
ゆっくりと顔を上げれば、喜色に染まった美人がこちらを見つめていた。
金の髪を美しく結い上げたナイスバディな女性こそキャスリタ・ヴェトヴィール公爵夫人。
普通ならこんな美人に歓迎されれば嬉しいはずだが、今の私にとってはあまり歓迎できない。
「アンシュル殿下が気に入るのも分かる可愛らしさね。」
(やっぱりーーーーーーーーーー!!!)
ヴェトヴィール公爵家は国王派筆頭、王妃の企てで強制的に行われたお見合いについても耳にしていたのだろう。
王妃の思惑は別にあれど国王派にしてみれば中立派筆頭であるオートクチュール公爵家を引き込む絶好の機会だ。
今の所、貴族派に不穏な動きは見られないが、だからと言ってもし貴族派にオートクチュール公爵家を奪われれば国王派の損害は計り知れない。
だからこそ、この機会に私を小突いてアンシュルとくっつけてしまおうとしているのだろう。
外れて欲しかった予想が当たっていたことに肩を落としかけるが、こんなところでそれをするわけにはいかないと気合で笑顔を保つ。
しかし、家族であるエリックには見抜かれていたようで少しだけ苦い笑みを浮かべていた。
「アンシュル殿下とは少しお話をさせていただいただけです。それだけで気に入られたなんて…恐れ多い事です。」
「メリンダ嬢は奥ゆかしいのね。アンシュル殿下は王族としての自覚と責任感をもつ素晴らしい王族ですが、些か責任感が強い傾向に見受けられます。そんな殿下が時間を割いてまで貴女の元へ来た、それだけで殿下の御心がいかに貴女へ向けられているかが分かるというものよ。」
(いや強引すぎでしょ?!そもそも、アンシュル来たの王妃様からの命令だからね?!)
とはいえ、そんなことを素直に言えるはずもなく曖昧に微笑むことしかできない。
それをキャスリタは謙遜と受け取ったのか、アンシュルがいかに私を気に入っているかの説明とその根拠について語ってきた。
これが私の事でなければ楽しく聞くことが出来たのだろうかと思う程の熱量に、私は顔面がチベットスナギツネにならない様にするだけで精一杯だった。
「ご歓談中失礼します。」
「あらリチャード、どうしたの?」
「フェロー伯爵より火急の知らせがあると。」
そんな中、リチャードと呼ばれた従僕が一人の男性を伴って現れた。
落ち着いた雰囲気を持つ男性はまさにイケオジと呼ぶに相応しい容姿を持っているが、その表情はどこか固い。
加えてフェロー伯爵という名前に、少しだけ聞き覚えがあった。
「ごきげんよう、フェロー伯爵。火急の知らせとのことでしたが、どうしました。」
「ご歓談中失礼いたします。隣国の事で少し…」
「!わかりました。エリック、メリンダ嬢、申し訳ありませんがこれにて失礼させていただくわね。」
「お気になさらず。」
そのまま二人は従僕を伴い屋敷の方へと歩いて行った。
その際、フェロー伯爵と呼ばれた男性はこちらに向かって会釈をしていた。
私達の顔を、しっかり見て。
*
「私も後に知ったことだけど、フェロー伯爵は外国に向けて主に取引をしている関係でなのか外務大臣直属の部下という立場にある。そして、外務大臣を務めるのはヴェトヴィール公爵。」
「そのガーデンパーティーを開いた方の旦那様、と言うわけですね。」
「ええ。あの時、きちんとした挨拶はしなかったけれどパーティー参加者のリストなんて簡単に手に入るわ。それこそ、調べる気がなくとも分かってしまうぐらい簡単に。」
「なるほど。」
私は子供だが、列記とした公爵家の人間だ。
そんな人間相手に伝令役で事を済ませようとするなんて、非常識であるし下手をすれば伝令役の首が飛ぶ。
あの場での正しい行動は伝令役によって知らされた情報を元に、従僕に馬車と騎士を引き連れて私を迎えに行かせ屋敷に招き真意を問いただす事。
そうなったらなったで対応策は持っているので問題はないが、少々面倒にはなったのである意味有難かった。
「それに、もしフェロー伯爵が私の事を公爵家の人間だと知らなかったとしてもヴェトヴィール公爵夫人がフェロー伯爵の前で私の名前を告げている。レイだったらどうする?公爵夫人が丁寧に接していた相手の名前をした少女が自分の大切な場所に無遠慮に入ろうとしていたら。」
「そりゃあ、止めますね。でも、公爵夫人が丁寧に接していたのならそれなりの地位、下手をすれば自分より上の相手ってことになりますからやっぱりきちんとした対応が出来る人を向かわせるでしょうね。」
「そうね。もし自分より下だったなら準備しすぎでしたで済む話ですもの、でももし誰の手も空いていなかったとしたら?」
「そんなことありえます?でもそうですね……もし誰も動けないのであればせめて自分の判断だと証明できるものを持たせて指示させるかもしれませんね。それこそ家紋の封蝋入りの紙面、とか。」
「満点よ、レイ。」
公爵家相手にはそれでも失礼に値するが、伝令役の命は助かる。
それに、この場合フェロー伯爵は私が公爵家の人間であると知らない事が前提なのでそこは一旦スルーだ。
問題なのは、動ける人間が誰も居ない事。
「もしそれを持ってビリーが現れたら、私はフェロー伯爵を犯人じゃないかと疑わなきゃいけなくなったわね。」
「え?」
「さっきレイが疑問に思ったように、伯爵家で誰も動けないだなんてことはありえないの。それこそ、通常の業務以外の何かがない限りね。」
「!」
今回、そこだけは安心できた。
小説と違ってここのフェロー伯爵が欲深い人物だった場合、ティリーナの街はこれから荒れる事になる。
活気づく街に影が差すのは喜ばしい事ではないし、何より奴隷商と鉱石の横領で大多数の人員が割かれているこの状況で領主の不正発覚はどう頑張っても歓迎できるものではない。
ハッキリ言って面倒極まりないのだ。
(どうせ汚職が発覚するならもっと後にしてほしい…いや、そう言う事でもないわね。)
セルフツッコミを入れながら、頭の中を再び整理する。
今日の夢会議でアンシュルに詳細は報告するにしても、物的証拠はあのメモ書き程度の筆跡しかない。
恐らく応援に駆け付けた騎士団が何かしら見つけてくれるだろうが、ビリーに沁みついたあの匂いがやけに気になった。
「ビリーが偽の伝令役であることは分かりましたが、どうして横領の犯人であると?」
「……」
「お嬢様?」
「…彼、恐らく戦争屋よ。」
読んでいただきありがとうございました!
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