第十六話
「着きました、ここがティリーナの炭鉱です。」
辿り着いたそこは、まさにイメージ通りの炭鉱だった。
奥から鉱石を運ぶためのトロッコ用にレールが敷かれ、あちらこちらで鉞の音が聞こえる。
(ふぉおお!!物語でしか見たことがない現場が目の前に!!)
「メリンダ様、今から顧問に確認を取ってくるのでここでお待ちください。」
「!ええ、分かりましたわ。」
いけないいけない、ここはある意味敵のテリトリーの中なんだから油断しては禁物だ。
気を取り直して辺りを観察すれば、ガタイのいい炭鉱夫達がせっせと鉱石を運び出していく。
中には絵にかいたような格好の炭鉱夫も居て、少しだけ和んでしまった。
「!」
「レイ?どうかした?」
「お嬢様、少しお耳を…」
私と同様に辺りを観察していたレイが何かに気づいて、身を固くした。
何かあったのかと耳を寄せれば炭鉱夫の中に見知った顔が居るというではないか。
まさか同郷の人間かとも思ったが、次の言葉を聞いて改めてここが敵のテリトリーであることを理解した。
「あそこにいる青い髪の男性…あいつ、奴隷です。」
「!?」
「俺が収容されていた奴隷待機所で見ました。俺より少し前にどこかへ連れていかれたのでてっきり買われたのかと思っていましたが、まさかここにいるとは…」
レイが見たと言う事はあの青い髪の男性が奴隷であることは間違いない。
だがそうなると、フェロー伯爵は奴隷を買ったことになる。
(小説では横領の罪を犯したフェロー伯爵は、こっちでは奴隷売買の罪を犯していたと言う事…?いや待て、そう決めつけるのは早い。)
「レイ、他に見知った顔はいる?」
「いえ。」
(もしフェロー伯爵が奴隷を買ってここで働かせているのだとしたら目的は労働力の確保。なら、一人じゃなく大勢買うのが普通。仮にレイが居た場所以外の所から買われたとしてもあの男性と他の炭鉱夫の雰囲気はまるで違う。)
青い髪の男性は体つきこそしっかりしているが全体的に覇気がない、その点、他の炭鉱夫は悪く言えば粗暴、良く言えば豪胆に見えるし何より表情が違う。
他の炭鉱夫は笑っているのだ、それはもう豪快に。
「…」
「お待たせしました!こちら、顧問のルドガーです。」
「お初にお目にかかります。ルドガーと申します。」
「メリンダよ。今日はいきなり来てしまってごめんなさいね。」
「いいえ、事情はホルスから大体聞きました。ですが、私では判断がつきかねますので領主にご意向を伺わせに行かせておりますので、申し訳ありませんが少々お待ちいただければと。」
「わかったわ。ならその間にいくつか質問をしても構わないかしら。勿論、答えられる範囲で構わないから。」
「私で良ければ。」
礼儀正しく対応してくれるルドガーの様子に、今の所不自然な様子はない。
同様に、戻ってきたホルスには異変は見られない。
念のため、レイに視線を向けるが小さく首を振った。
「ではまず、この炭鉱はかなりの歴史があると聞いておりますが実際はどれぐらいの広さなのでしょう?」
「正確な広さは把握しておりませんが、ティリーナの街がすっぽり入る程の広さではないかと言われています。」
「測量をしたことがないのですか?」
「ええ。先々代の伯爵様が測定をしようとしたこともあったそうなのですが、いつの間にか立ち消えになったと聞いています。」
炭鉱について前世も含めて詳しいわけではないが、採石量とかの関係でどれぐらいの広さを掘っているとかは調べる物ではなかったのだろうか。
そうしないと鉱脈を掘りつくしてしまったり、穴だらけになって地盤が弱ってしまったりとか…いや、ここら辺は素人では予測すら困難か。
「では、大まかにで結構ですのでどちらの方角に掘り進めているのですか?」
「北西です。」
「なるほど…では、最後にあそこの男性についてですが。」
「ん?ああ、リュックですか。彼がどうかしました?」
「いえ、とても丁寧な仕事ぶりでうちの採掘師にも彼の様な方がいればと思いましたの。彼はこの街の住人ですか?」
「ははっ、確かにリュックの仕事はとても丁寧で評判もいいですよ。領主様の紹介でうちに来たんですが、誰もがやりたがらないキツイ仕事も文句を言わずやってくれるし、炭鉱夫特有の喧嘩っ早さもないから揉め事も起こさない。正直、彼の様な者ばかりなら私の気苦労も少しはなくなるのですがね。」
「中間管理職の辛い所ですわね。」
苦笑いを浮かべるルドガーの様子から、そうとう揉め事が多いのだろう。
こういったタイプの人種が集まるとそう言う事が起こりやすいのは世の常で、大抵は同じタイプで尚且つ話が分かる者が上に立つことで安定する。
しかし、ルドガーは話は分かるが荒事はあまり得意ではないのだろう。
(前世でも中間管理職は気苦労やブラックが多いって聞くし、どうか健やかに生きてほしいと願ってしまうわね。)
「ルドガー殿ー!」
「あ、返答が来たみたいです。」
「領主様からの伝言です。ご興味を持っていただき嬉しく思います。ですが、あまり大っぴらにご案内するわけにはいかず、浅い箇所でよろしければ是非とも見学していってくださいとのことです。」
「!そうですか。それでは、お言葉に甘えましょう。」
「では、誰か案内を付けましょう。」
「その役目は私めにお任せを。」
「お前が?しかし、この後も用があると言っていただろう。」
「はい。ですがその件は領主様も関係することでして合わせてご報告いたしましたら、こちらを優先するようにとのことです。」
「そうか。メリンダ様、こちらは伝令役のビリーです。」
「ビリーと申します、お見知りおきを。」
「メリンダよ、よろしくね。」
穏やかに微笑むと、ビリーも爽やかな笑みを浮かべる。
私達二人の和やかな雰囲気に安心したのか、ルドガーとホルスは自分の持ち場へと戻って行く。
炭鉱への入り口に私を促してくれるビリーは、少しだけ変わった匂いがした。
「こちらが炭鉱の中腹付近になります。最奥から採掘された鉱石が一旦集まる場所でして、ここから更に仕分けが行われ各トロッコに積み込まれます。」
「基準は何なのかしら?」
「品質、としかお答えできず…すみません。」
「いいえ。これからも答えられるもののみで結構ですので気にしないでください。」
「そう言っていただけると、こちらとしても気が楽になります。」
和やかに始まった炭鉱見学は順調だった。
機密には触れず、簡単にだが丁寧に解説してくれるので予想よりも多くの情報を持ちかえる事が出来るだろう。
と言っても、鉱石や炭鉱の事について私はド素人なのだけれど。
「ところで、メリンダ様はメンシス国に赴いたことがあるのですか?」
「いいえ、残念ながら。いつかは行きたいと思っているのだけれど。」
「おや、そうなのですか。私はてっきり…」
(てっきり?)
少し引っかかるが、追及するのはここではないと無難に微笑んでおく。
こういう時、幼いというのは便利だとつくづく思う。
ただ笑っているだけで無害感を醸し出せるのだから。
「そう言えば領主様がお気にされていたのですが、メリンダ様の所で世にも珍しい塩の成分を含んだ鉱石が発見されたとか。」
「情報伝達は早いようですわね。」
「それが私めの誇りですから。それで、その鉱石は国内に流通されるのですかな?」
「それを知って、どうするのです?」
「勿論、領主様にご報告するのですよ。塩は貴重品、もし国内で流通するのであれば是非とも契約をしたいと乗り気でした。」
「あらそうなの。それは有難いご提案ですわね。」
「もしよろしければ、私めが先走りとなりメリンダ様の元へ馳せ参じる所存です。ここだけの話ですが、私は領主様お抱えの調教師でして腕によりをかけて育てた優秀な鳥達がおります。彼らを使えばメリンダ様と領主様の取引を円滑にお手伝いすることができるでしょう。」
「へぇ、調教師ですか。」
─確定した、こいつが犯人だ。
(さて、星を見つけたことだしさっさとここから退散したいところだけど、なにか引っかかるのよねこの男。)
物的証拠などは後から来る援軍の方々に丸投げするとしても、何か違和感があった。
脂の乗った舌といいあの匂いといい、恐らくこの男自体は奴隷商とは直接的な関係はない。
本音を言えばもう少し情報を引き出したいが、切り札がないこの状態で深入りすれば取り返しのつかない状況に持ち込まれてしまいかねない。
(そうだ!)
「でしたらビリーさん、この炭鉱の中に執務室の様な場所はありますか?」
「ええ、採石量などの記録や採掘計画を立てる場所が該当するかと思いますが…そちらでなにか?」
「ビリーさんが調教した優秀な鳥が居るのでしたら、私の方から先触れを出そうかと思いまして。そこでしたら紙とペンもありますでしょう?」
「それはそうなのですが、何分機密情報なども保管されている場所ですので入室は困難かと…」
「そうなのですね…」
「お嬢様。紙とペンでしたら馬車の中に積んできております。」
「本当!?よかった!レイ、悪いけれど馬車に戻って荷物を取ってきてくださらないかしら。あのケースなら即席の机として役に立つと思うのよ。」
両手を合わせ無邪気に喜ぶ子供を演じつつ、後ろに控えているレイにじゃれつくように飛びつく。
一見すれば、いい話がまとまりそうで喜ぶ子供に見える事だろう。
だけど、それはただのカモフラージュ。
「わっ……畏まりました。」
「お待たせしました、お嬢様。」
「ありがとう。」
レイが持ってきたのは馬車に次いであったトランクケース。
その中から紙とペンを取り出すと、拙い字で鉱石の最初の取引相手が見つかったかもしれない事やティリーナの炭鉱を見学して新たな知見を得たこと、そして何よりメッセンジャーとしてフェロー伯爵お抱えの伝書鳩を貸してくれることを記していく。
「ああ、ビリーさん。申し訳ないのだけれどここにサインを貰えるかしら?」
「サインでございますか?」
「取引の仲介を引き受けてくれる方の名前を控えておきたいのよ。でも、お恥ずかしながら私はまだ綺麗な字を学んでいる最中で…」
「なるほど、かしこまりました。」
恥ずかしそうに差し出した紙に、ビリーは快く名前を書く。
拙い字とは真逆のきちんとした字に、私は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう。それで、ビリーさん自慢の鳥はどこにいるのかしら?」
「炭鉱の外で呼べばすぐに来ますよ、参りましょうか。」
「ええ!」
来たとき同様、促される形で炭鉱を後にする。
その際、ブレスレットに小さく魔力を籠めた。
*
「可愛い子ね。」
「ありがとうございます。この子は特に優秀な子でしてね、悪天候でも確実に手紙を運んでくれますよ。」
クルルッと愛らしく鳴く銀鳩は、警戒心なく私の肩に停まる。
それがまた可愛くて、状況を忘れて全てが落ち着いたら動物を飼うのもいいかもしれないと現実逃避しそうになるが必死にこらえる。
「ご歓談中失礼。」
「はい?突然なんです?」
「私はポロス国第一騎士団副騎士団長、フォレ・オルセン。鉱石の件で貴殿に出頭命令が出ております。」
「しゅ、出頭命令!?一体なぜ!?」
「ご同行願えますね?」
「っ!!」
副騎士団長・フォレの眼光が鋭くビリーに突き刺さると、顔色を悪くさせるビリー。
何が何だか分からないとおどおどする私を、シアがそっと背後に庇いシアごとレイが前に出た。
これで素直に従ってくれれば簡単なのだが、やはりそうはいかない様でビリーの指に付けられていた指輪が怪しく光った。
「ぐぁああああ!!」
「な、なに!?」
男性の呻き声と共に、炭鉱の入り口にはいつの間にか大勢の炭鉱夫が集まっていた。
その中にはホルスの姿もあったが、瞳の焦点が定まっていない。
まるで、酩酊状態の様だ。
「ああ!!また飲酒したのかお前達!!ここは仕事場だからあれ程、飲むなら酒場にしろとルドガー殿が言っていただろう!!」
「飲酒!?」
「ええ…はぁ、オルセン副騎士団長。出頭命令には従いますが、まずは事態の鎮圧が先決。私はここで大人しくしておきますので、どうぞご職務を遂行なさってください。」
(ああ…炭鉱夫達を陽動に逃げるつもりね。頭は回るようだけど、芝居のセンスは0点ね。)
「そうか。では、そうさせてもらおう。」
(え!?ちょっ!!)
いや、マジで放置するのか副騎士団長!!
アンシュルからどう聞いているのかまでは分からないけど、ここで容疑者の提案を受け入れて戦闘に入るって逃げてくださいって言っているようなもんでしょう?!
外見だけ見れば私はか弱い女の子で、更に子供ぞ?!
あれか、お兄様の影響なのか?!副騎士団長に何したお兄様!!!
「く、くくくっ切れ者と聞いていたが所詮は噂か…」
「お嬢様、いかが為さいますか。」
「う~…ああ、もう!!」
こうなれば仕方がない、要はバレなきゃいいんだバレなきゃ。
シアとレイが隠してくれているから身動きは取りやすいし、もしもの時はレイの功績にしてしまえばいいんだから。
そんな誰かへの言い訳を頭の中で並べながら、ドレスの裾に隠していたホルスに投げた物よりも太い針の様な暗器を取り出す。
動く的相手に練習したのは僅かだが、やることは同じだと集中する。
相手の動きをよく見て、次の行動を予測し照準を合わせて呼吸を整える。
(そこ!)
「ぐぁあ!?」
一瞬の狙い目を見逃さずに放たれた暗器は、見事ビリーの右膝を貫通させた。
人間、極限状態になると多少の痛みを無視して動けるものだが人体構造上の限界はある。
歩く、或いは走る為に必要な可動部を抑えられてしまえば痛みを我慢しようとも関係ない。
(でも、念のため…)
それでも、まだ人間には腕がある。
不格好ではあるものの、這いずれば移動することができるので万が一を防ぐために投げた暗器よりも細いものでビリーの衣服と地面を縫い付けて置く。
こうすればもう、動くことはできない。
後は副騎士団長が炭鉱夫達を制圧するのを待てばいい。
(多分、あの指輪で何かしたんでしょうけど私にこいつを押し付けたんだから、せめてそっちは自分で片付けてよね!)
でなければ、お兄様を差し向けてやるんだから!
読んでいただきありがとうございました!
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