第十五話
「なんだテメェ…」
「初めまして、私はメリンダ。ここの親方さんに注文をしたく参りました。」
「帰れ。ここは乳くせぇガキが来るとこじゃねぇよ。」
(はい!予想していましたよこの反応!!)
こういう面倒なタイプは自分が認めた相手としか話をしない、頭がガッチガチに固い。
しかも、変に迫力があるせいでとっつきにくいったらありゃしない。
レイやシアさえもたじろいでいるぐらいだ。
本当に…この人が親方じゃなくてよかった。
「おい、聞こえねぇのか。俺ぁ帰れと言ったんだ。最近のガキは言葉もろくに分からねぇのか。」
「そのままお返ししますわ。私はここの親方さんに注文をしに来たと言ったでしょう?お分かりになりませんの?」
「ああ゛!?」
「凄むしか能がないなら黙っていてください。」
「お、お嬢様?」
鋭さが増した視線にたまらずレイが心配そうにこちらを伺うが、問題はない。
だって、無関係な人間に構っている暇はないのだ。
「あ、居ました。貴方がここの親方さんですね。」
「え?!」
キョロキョロと工房内を見渡すと、奥の方で鉱石が詰まった箱を運んでいた一人の青年を見つけた。
無骨な男とは対照的に細身の青年はどこか気弱そうな雰囲気で、職人と言うよりも良くて見習い、悪くて雑用係の様な出立だった。
恐らく、何も知らない人が見たら逆立ちしたって親方には見えないと口をそろえて言うだろうが、私には分かる。
この人は、物を作る人だと。
「何狂ったことぬかしやがる、言葉だけじゃなく目まで悪いならここじゃなく医者行け。」
「黙っていてくださいと言ったのが分からない可哀想な方はどこかへ行っていてくださいな。」
「テメェ!!こっちが優しくしてりゃぁいい気になりやがって!!!」
顔を赤くした無骨な男が拳を振り上げるが、それよりも先に隠し持っていた針の様な暗器を目の横すれすれに投げる。
暗器が通り過ぎた目元には切り傷が赤い血を流し、投げられた暗器はそのまま工房の壁に突き刺さる。
そして、その場には静寂が満ちた。
「それで、注文についてなのですが…」
「ちょっとお待ちを、どうして私が親方だと思うのでしょう?御覧の通り、私は職人とは程遠い貧相な見た目ですし…」
「?見た目と職人の腕は関係ないでしょう?」
「え?」
「ああ、筋力のお話をされているのですね。確かに筋肉が多い方がより効率よく力を振るうことができますが、貴方だってかなりの筋肉をお持ちではありませんか。他の方よりも表に出にくいから少し見ただけでは分かりにくいですけれど、よく見ればすぐに分かりますよ。」
前世の友人にもいたからよく分かるが、一見すれば貧相で少し力を籠めれば折れてしまいそうな見た目なのに1ℓの水が24本入った段ボールを二段重ねで軽々持ち上げる人種がいるのだ。
細マッチョと言う言葉では片付けられない程のギャップ詐欺な友人曰く、自分のような人を筋肉が表面に付きにくいタイプと言うらしい。
表面につきにくいだけなのでよくよく見れば筋肉が発達しているのが分かるだろ、と熱弁された記憶が一瞬過った。
「凄いですね…初対面でそれに気づいたのは貴女が初めてですよ。」
「まぁ、そうなんですの?筋肉もそうですが、そんなにも物作りする方特有の匂いがしますのに?」
「!!」
「お嬢様、物作り特有の匂いってなんだ?」
「物を作る方には独特の雰囲気がありますの。具体的に言葉にしろと言われると少し困ってしまうのだけれど、近い例を挙げるとするなら魔法使いと騎士じゃ魔力の質が違うでしょう?」
「ああ、なるほど。」
納得したレイと裏腹に、細身の青年は驚愕に目を見開いている。
余りの驚き様にそんなに変なことを言ったつもりはないのだが…と逆にこちらが困惑してしまう。
ちらりと助けを求める様にシアへ視線を向ければ、我関せずと言わんばかりに微笑みを浮かべながら佇んでいた。
(助ける気は0ってことね…)
「あの…そろそろお話を進めたいので戻ってきていただけるかしら?」
「…!も、申し訳ありません!!その、貴女のような方は初めてだったもので驚いてしまって…」
「そんなに変なことを言いましたでしょうか?」
「少なくとも、貴族のご令嬢はまず口にはしないでしょうな。」
「ほらやっぱり、お嬢様は貴族の令嬢じゃないんだよ。」
「だまらっしゃい!」
ニマニマと笑みを浮かべるレイに噛みつく私を微笑ましそうに見ながら、細身の青年は後ろで固まっている無骨な男の肩に手を置きまるで宥める様にポンポンと叩く。
それでようやく緊張が解けたのか、拳を振り上げたままだった体勢からヘナヘナと地面に崩れ落ちる。
よく見れば、不機嫌そうに歪んだ表情は今にも泣きだしそうな情けない物へと変貌していて逆に申し訳なくなった。
「すみません、改めてご挨拶しますね。俺はこのリターナー工房の棟梁、ラルド。こっちは友人で炭鉱夫のホルス。」
「ホルス、です…」
(ホルス!?)
その名を聞いた瞬間、気合で表情筋を硬直させた私を褒めてあげたい。
何を隠そうホルスとは第二章でアンシュル達と知り合い、第五章でルナに救われる炭鉱夫だったからだ。
そうなると、第五章でホルスが言っていた害された親友とはラルドの可能性が出てくる。
これは、思わぬ人物を知り合いになったかもしれない。
「炭鉱夫だったのですね、職人には見えなかったのでなんだか納得しましたわ。」
「お恥ずかしながらこの工房を訪れる人の中には見た目で判断する人が多くて、俺が棟梁だと分かると途端に舐めた態度や横暴な要求をしてきてうんざ…コホン、辟易していたんです。」
「だから見た目は厳ついホルスさんに壁の役割をお願いしたのですね。」
「はい。本当に俺の腕が必要な人だと判断したらこちらからネタばらしするつもりだったんですが、初見で見破られたのは初めてです。貴女の様な方を慧眼と呼ぶのでしょうね。」
「あ、あはは…」
それについては昔取った杵柄というものだ。
前世で精神を病む前は本当に物作りが好きで、自宅でできる裁縫から始まり体験できるものは片っ端から手を出していた。
あれもこれもと手を出す中で特に気に入ったモノは長く続けて、時折賞を受賞する時もあった。
嬉しくて、もっと上手に作れるようになりたくて、色々試行錯誤していたあの時間はとても楽しかった。
(でも、いつの間にかそんな純粋な気持ちはどこかに落してしまっていたけど…)
「それで、注文とおっしゃっていましたが。」
「ええ。先程お見せしましたが、暗器を作ってほしいの。できれば、衣服や扇に仕込めるものを。」
「え~っと、もしかして貴女がお使いになられる、とか?」
「その通りよ!」
「いやいやいや!先程、そちらの方が言ってましたが貴女貴族の令嬢なのでしょう?!なんで武器、しかも暗器なんてもの使ってるんですか!!?しかもあの腕前は護身とかのレベルを超えてますよ!?」
「いいぞ棟梁、もっと言ってやれ。」
一時は緩んだ場の空気がまた乱れる。
若干血の気が引いたような顔色のホルスと慌てるラルドに、レイは両腕を汲みながら仰々しく頷く。
確かに、レイにああは言ったものの私の行動が普通じゃない事は理解している。
生き残ってアンシュルの望みを叶えると決めた日から、淑女教育にもより力を入れていた。
淑女としてのマナーや社交的な教養の中に令嬢が武器を持って立ち回るだなんてことは勿論、書いていない。
それにいくら奴隷商の調査による影響や功績の為の荒事を警戒していると言っても、公爵令嬢を守る盾は私が予想しているよりも大きくそして固い。
加えて、アンシュルはあれ以来私にかなり気を使ってくれている。
本当に私に累が及びそうになったとしても、どうにかこうにか守ってくれるだろうと思う程。
だから本当は、こんなことしなくても問題はない。
でも、私は気づいてしまったのだ。
「仰ることはご尤もです。」
「なら、俺の手は必要ないではありませんか。」
「いいえ、是非とも貴方に作っていただきたいのです。だからこそ、正直に申しますわ。私が暗器を望む理由、それは……」
「それは?」
「憧れだからですわ!!」
「……は?」
「華やかな服装、優雅な所作、傍目には美しい花にしか見えないと安易に手を伸ばせば隠れたトゲが突き刺さる。想像してみてください、穏やかな笑みを浮かべ人畜無害そうな令嬢が花と戯れている所を無遠慮に踏み荒らす悪漢共。周りには令嬢を守る騎士はおらず奴らはか弱い令嬢を嬲り己の欲求を満たす事しか考えていない、いえ、それが叶うと信じて疑わない。手を伸ばし令嬢に触れようとした瞬間、可愛らしい衣服の下から飛び出すは鋭利な刃物。しかも、悪漢共を意図もたやすく蹴散らすほどの力量まである。何が起こっているのか分からず呆然とする中で一人、また一人と制圧されていく悪漢共。それまでおっとりと穏やかな風貌だった令嬢が一変して凛々しく咲き誇るその美しさたるや!!」
脳裏に描くのは理想の自分。
前世から私はただ守られるだけではなく守れるヒロインのが好きだった。
守られたい!と思う人のことを否定するつもりはないが、どうせなら大切なものは自分の手で守りたいしそれが叶わないならせめて守る手助けがしたい。
そのためには、武としての力も必要だ。
いつか来る、私とアンシュルの目的が遂行されるその日の為に。
「私はそんな令嬢になりたい。そのためにはラルドさん、貴方の力が必要なのです。」
「…」
「どうかお願いします!私に力を貸してください!」
「………分かりました。」
「!!」
「そこまで熱く語られたとあっては俺の職人魂にも火が着くというもの。しかも、その原動力が憧れとくれば尚の事。」
「ラルドさん!」
「憧れは厄介な感情です。理性でどうにかしようとして止まれるものじゃない、だって手を伸ばさずにはいられないんですから。」
「ええ!その通りです!」
「不詳このラルド、メリンダ様のご依頼をお受けしましょう!!」
しっかりと握手を交わす互いに目には炎が宿っていた。
「お嬢様…」
「こうなったお嬢様はもう止められません。潔く諦めてご協力しましょう、レイ。」
「シアさんは最初から諦めてたじゃないですか…」
「あら、お気づきになりませんでした?私、諦めてたのではなく賛成していたのですよ。可愛らしいお嬢様に凛々しさが加わるなんて喜ばしいじゃありませんか。」
「ああ、そういやシアさんってこういう人だったわ…」
*
「では、完成しましたらご連絡しますね。」
「ええ、よろしくお願いします!」
希望する設計図を渡し様々な話し合いの末、具体的な形にまで漕ぎつけたところで私は工房を後にした。
ラルドに熱く語れたことでスッキリした気持ちだが、残念なことにこのまま帰宅とはいかない。
ティリーナの街に来たのはあくまで炭鉱事件を解決に導くためなのだから。
「ホルスさん、ちょっとよろしくて?」
「な、なんでしょう?」
私より一足先に工房を後にしていたホルスに追いつき声をかけると、やけに怯えられた。
初対面での威勢のよさは何だったのかと思いたいが、もしかしたら厳つい見た目とは逆に気が小さいのかもしれない。
「実は、炭鉱の見学をしたいのですが案内をお願いできませんか?」
「た、炭鉱を…?き、貴族の方が見るようなものはない、というか…汚れますよ?」
「構いませんわ。もとより汚れても平気な服装で来ましたし、これでも我が領で鉱石に多少は携わっているのです。」
「!」
鉱石、という言葉にホルスの目が輝いた。
それはまさに、子供が好物を目の前に出された時と同じでなんだが微笑ましくなる。
「少々珍しい鉱石で、今はまだ研究の段階なのですがティリーナの炭鉱は品質が良い事で有名ですし、炭鉱夫の方々の仕事を見学させていただければ私の学びにもなるかと思いまして。」
尤もらしいことを言っているが、実際はアウトなことを言っている自覚はある。
まず大前提としてティリーナの炭鉱は領主の所有物であり、そこで働く炭鉱夫は雇われの身だ。
しかも私は貴族ではあるが他家の人間、いわば社長に無断でアルバイトに会社の中に入れてと交渉しているようなものだ。
更に悪質なのは自分が貴族と言う事しか告げていないこと。
平民にとって貴族の括りだの派閥だのなんて知っている人の方が少ないし何より、平民が貴族に意見なんてできる物ではない。
意見するとなれば死ぬ覚悟を決めねばならない。
「そ、その…炭鉱に案内は出来るが中を見せられるかどうかは俺じゃ判断、というか権限がなくてだな…顧問に確認してからでいいか?」
「ええ、勿論。」
うん、上々の結果ね。オートクチュール公爵領での鉱石の話を出しておいた甲斐はあった。
ホルスに頼まなくても炭鉱に行くだけならどうにでもなるが、まず間違いなく門前払いされる。
私の目的は炭鉱の中に入る事ではなく、炭鉱の責任者に接触する事だからだ。
今回の犯人が誰なのかはまだ分からないが、鉱石の横領をしている目的はなんとなく予想することができる。
鉱石は日用品にも使用されているがただでさえ品質のいいティリーナの鉱石を態々横領するのだから使い道を恐らく、武器か薬のどちらかだろう。
私の予想としては武器で、近々大きな戦いを企ている国に売り払っているのではないかと見ている。
(そうなると犯人は戦争屋か戦いを企てている国の密偵。そこに戦いに必要な物資の一つをチラつかせれば興味を持つはず。)
「あの、メリンダ様…」
「なに?」
「珍しい鉱石というのは、その…どんな?」
「ん~まだ研究中で伏せているのだけれど…顧問と交渉してくれるというし、特別にお教えするわ。」
「!!」
「お耳を貸して下さる?…我が領で見つかったのは塩の成分を持つ鉱石ですわ。」
「な!?それは本当ですか!?」
「ええ、本当よ。ただまだ表層の一部しか発掘できていなくて、採取した小さなカケラから成分分析にかけている所なの。」
「それで安全が保障されればいずれ流通される可能性も…!」
目をキラキラさせるホルスにニッコリと微笑めば、更に興奮した様に頬を染める。
ホルスの言う通り、安全性が確認されればすぐに陛下に報告して国内に流通させるつもりだ。
まぁ、その功績はお兄様に丸投げするつもりだけれど。
(私が見つけたのだから私の功績だーとか言いそうだけど、いずれオートクチュール公爵家当主になるのはお兄様なのだから、その方が都合がいいからね。)
「だから是非、ティリーナの炭鉱の様子を見てみたいのよ。」
「分かりました!可能な限り、頑張ってみます!!」
先程までの怯えはどこへやら、やる気に満ちたホルスが足取りも軽く炭鉱への道を案内する。
ホルスの背を追いながら、私はそっとブレスレットを撫でた。
道を歩く私の後ろでレイがぼそりと何かを言ったような気がするけれど、きっと聞き間違いよね★
読んでいただきありがとうございました!
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