第十四話
「お嬢様は規格外なのですね。」
「ちょっとそれはどういう事よ。」
暗器特訓から一週間、レイとの関係はかなり砕けた物になっていた。
飲み込みが早いらしく、あれもこれもと手を出す過程で感心されたのか呆れられたのか、それとも警戒するに値しないと判断されたのか余所余所しかった”メリンダ様”呼びから”お嬢様”へと格上げされた。
格上げだ、誰が言おうと格上げなんだから。
「普通のご令嬢はここまで暗器を扱えるものでありません。というか、扱おうという発想自体がないです。」
「身を守る手段が多いのは良い事でしょ!?」
「お嬢様の場合、身を守るという段階は既に超えているんですよ。諜報員にでもなるつもりですか。」
「なんかカッコいいわね。」
「好意的に考えないでください。やっぱりあんた、貴族の令嬢じゃないだろ。」
「し、失礼な!!」
格上げ、のはずだが扱いがぞんざいになっている気がするが、うん気のせいだ。
シアが微笑ましそうに見守ってるのも気のせいだ。
と言うかレイ、しれっと鋭いのやめて。
「それよりも、今日は街へ行くんでしょ?」
「あ、そうだったわね。お兄様から良い工房があると聞いたんだった!」
「では、支度いたしましょうか。お嬢様。」
「ええ、お願いね。シア。」
お兄様に教えてもらった工房は腕の立つ職人が居る、と言う事にしてある。
本当はアンシュルから紹介されたのだ。
武器を作るのに明るい職人が居ると。
レイも言っていた事だが貴族令嬢は普通、武器なんて手にしない。
だからもし本当に、武器を作れる場所を紹介してほしいだなんてお兄様に言えば一両日説教され、その流れで両親にも知られて大目玉となるだろう。
そんなのごめんなので、本当ならそんな場所には近づきたくはないがそうもいっていられない事情が出来たのだ。
*
「メリンダ、由々しき事態になった。」
「どうされたのですか?」
「奴隷商の調査を行っている過程で、別の事件が絡んでいる事が発覚したんだ。」
「別の事件?」
「小説の五章の事件って言えば分かるか?」
「確か、鉱石の盗難でしたよね?炭鉱の労働者の中に密偵が居て、そいつが裏で手を回して鉱石を密売しているっていう…って、まさか?」
「そう、そのまさかだ。ティリーナの街の近くに在る炭鉱で鉱石が横領されている。しかも、その横領に奴隷達が利用されてるんだ。」
「なんてこと…」
鉱石の横領は、正確には第一章と第二章、第五章が関わってくる。
というのも、小説のアンシュルとルナがポロス国から逃げ延びるのにティリーナの炭鉱を利用するのだ。
ティリーナの炭鉱はポロス国の中でも比較的長い歴史を持つ炭鉱で、あちこち掘られているから穴だらけでそのうちの一つが国境付近に繋がっている事をルナが知っていたのだ。
ルナの導きでポロス国を脱出する二人だが、小説のメリンダの猛追に反撃を決意したアンシュルが再び炭鉱を利用してメリンダを討ちに来るまでが第一章。
第二章はメリンダを討ち果たし、再度ポロス国を脱出する為に利用するのだがその際に、ある炭鉱夫と知り合いより安全な道を教えてもらう。
そして、第五章に事件が発覚するのだ。
第五章はアンシュルが国に帰るかどうか悩んでいる真っ最中で、そんな中仲良くなった炭鉱夫から助けを求められる事から始まる。
炭鉱夫は仲間の中に鉱石を不正に横流ししている者が居る事に気づき、報告しようとした所を襲撃され命からがら逃げてきた。
回復魔法を会得していたルナのお陰で一命はとりとめたけれど、このまま帰れば確実に殺されるだろう。
しかし、炭鉱夫は誇りある仕事を汚された事と大切な親友を害された事に憤り、必ず不正を暴いてやると息巻いている。
戦う力もない炭鉱夫を行かせられない、しかし、今炭鉱に戻れば国に見つかってしまう可能性が高い。
どうすると迷うアンシュルに寄り添うルナに、アンシュルは炭鉱夫の代わりに鉱石の横領を白昼の元に晒す決心をするという物語だ。
「小説では、その事件に奴隷達が関与している描写はありませんでした。」
「ああ、だから俺も寝耳に水だった。だがうまい具合に噛みあっていてな、鉱石を発掘・運搬する人的コストを全て奴隷で賄う事で効率が上がり、しかも鉱石と一緒に労働力となる奴隷を売りつけることで利益も上がる。胸糞悪いくらいだ。」
「無駄な脳は良く回るのですね。」
本当に腹立たしが、奴隷を使う分足がつきにくいという利点もあるため合理的といば合理的だ。
それに、上手くすればアンシュルの功績がまた一つ増えることになる。
この世界において鉱石は生活必需品と言える代物だ。
燃やせば燃料になるし、加工すれば日用品から武器、果ては薬にまでなる万能素材。
加えて、ティリーナの鉱石は品質がいいので市場では高値で取引される。
そんな炭鉱で起きた不祥事をアンシュルが解決したとなれば、奴隷商解決の功績と並ぶ偉業だ。
「では、早急に解決するといたしましょうか。」
「ああ。今、アイツを潜入させてるんだが奴さんはどうにも用心深いようでな。中々尻尾をださん。」
「ということは、小説の知識は通用しなかったと?」
「そうだ。というか、小説に出てくる犯人がそもそもいない。」
「!?」
小説に出てくる犯人は北の商人に唆された伯爵だ。
名前は確か、フェロー伯爵。
動機はレイティア子爵家の台頭で領地経営が苦しくなり、領民を飢えさせない為。
本来なら王家が各貴族のバランスを整え、まっとうに領地運営をしている者が被害を受けない様にするのだがその時、王家はアンシュルの件でそれどころではなかった。
つまり、小説のアンシュルが駆け落ちをしなければ防げた事件なのだがここで矛盾が生じる。
小説でフェロー伯爵が悪事に手を染めたのは事件の規模からして第二章の後らへん、今現在は犯行に及ぶ動機がない。
それなのに、事件が発生している。
ここで考えられる可能性は二つ。
「殿下、仮説を申し上げてもよろしいでしょうか。」
「ああ。」
「殿下もご存じの通り、炭鉱事件は第五章から始まります。そして、その犯人であるフェロー伯爵の動機は領地経営の逼迫。しかし今現在、フェロー伯爵領が経営難に陥っているという噂は聞こえてきません。」
「王家にもそんな報告は上がっていない。」
「であるならば、考えられる可能性は二つ。一つは、ここが小説と似ているだけの現実だから。もう一つは、小説での事件が表層だけのものだったから。」
「!」
恰幅のいい貴族の取引を思い出した時、少しだけ疑問に感じた。
どうしてアンシュルが国に戻っただけで取引がご破算になったのか。
あの時、アンシュルは王族と貴族の内乱を納めるのに精一杯で他に気を回す余裕なんてなかったし、そう描写もされていた。
にも拘らずただ国に戻っただけ、しかも与り知らぬ所で国を破滅させかねない取引を頓挫させられた。
それはつまり、全く関係のないと思われていた場所が実は繋がっていて芋づる式に駆逐されたということだ。
「あの取引に繋がっていると?」
「確証はありません。ですが、確実にどこか別の場所に繋がっていると思います。」
前は考えるだけで恐怖していた、ここがクレッセント・ドロップに酷似しているだけの異世界という可能性。
その答えは未だ出ないものの、この事件から少し違うのではないかと思えた。
クレッセント・ドロップはロマンス小説であり作者が書き記した道筋をなぞるしかできない、予定調和が約束された世界。
だがここは紛れもない現実、始まりは予定調和だったとしても小さなきっかけで簡単に予定不調和が生み出される。
アンシュルが奴隷商の調査に乗り出した時点で流れが変わっていたのだとしたら…
「厄介だな。」
「ええ。」
そう、かなり厄介だ。
小説の知識を使えば使う程、未来はめちゃくちゃに変わっていく。
もっと言えば、私とアンシュルが転生者と言うだけで既に未来は変わっているかもしれないのに何も変えずに自分が知る未来へ到達しようとするのは、水の上を荒立てずに走れと言われているのと同義。
つまり、いずれ小説の知識を使った未来予測もできなくなるかもしれない。
(今のうちに打てるだけの手を打って、少しでも身動きしやすい環境に整えておいた方が良さそうね。そのためには…)
「殿下。」
「なんだ。」
「鉱石の横領ですが、私が赴きましょう。」
「本気か?!」
「ええ。少し、考えがありますわ。」
*
「あそこがティリーナね。」
「活気がありますね。」
馬車に揺られて数時間、見えてきたのはレンガ造りの美しい街。
遠目から見ても行きかう人々は豊かそうで、この地の領主が真面目に領地経営をしている事が分かる。
ティリーナはオートクチュール公爵領から少し離れた場所に位置し、まだ潔白なフェロー伯爵が統治している。
今はまだ美しいティリーナが衰退していく原因は、物価高騰。
アンシュルの駆け落ちを発端とした王家と貴族の内乱で、経済が荒れた所に安価で品揃え豊富を強みにするレイティア子爵家が運営するレイティア商会に取引先を奪われたのだ。
レイティア商会は低品質だが安く多くという方針国内向に販売しており逆にティリーナは品質重視で他国向けに販売していた、物価が高騰しなければ早々敵対する関係ではなかった。
(フェロー伯爵がいい人だったこともあって、アレは悲しすぎる事件だったなぁ。それに原因であるアンシュルにヘイトが集まっていたっけ。)
「お嬢様?」
「なんでもないわ、どんな人なのか楽しみね。」
「おお!」
到着したのはティリーナの中でも特に活気づいてる工業区画。
あちらこちらで何かを作る音が聞こえ、熱気が目に見えるかのようだ。
前世で精神が病む前は良く物作りをしていた影響か、こういう光景を見ると心が躍る。
叶うならずっと見ていたい程だが、それはまたの機会にしよう。
「ところでお嬢様、お目当ての工房はどちらなのですか?」
「風見鶏の看板があるところよ。」
「あ、あそこですね。」
レイが指差したところには他の工房よりも少し大きな工房があり、そこには確かに風見鶏の看板があった。
予想していたよりも立派な佇まいに少し緊張するが、ここまで来てしまったのだから覚悟を決めるしかない。
「ごめん下さい、親方さんはいらっしゃるかしら?」
「あ゛?」
足を踏み入れた工房には、見事な髭をした無骨そうな男がいた。
出来るだけ丁寧に声をかけたつもりだが、体格のいい無骨な男はこちらを睨みつけながら不機嫌そうに声を上げる。
(あー、そういうタイプね。)
早々にめんどくさそうな気配がした。
読んでいただきありがとうございました!
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