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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第三十二幕「しかたなくエチュード」

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99/106

二席


「……で。なんで、あの歌を四番舞台で歌ってるんですか」


 番組の途中、MCの手に負えなくなったフォルテを「急用」という名目でステージから引きずり出したポメロは、楽屋の重い扉を閉めるなり、詰め寄りました。


 目の前には、ゴージャスな金髪縦ロールのヅラを少し曲げたお嬢様と、戦場帰りのような疲弊を見せるホワイトブリム隊の面々がいます。


「だってだってー! ポメロ兄さまが捧げてくれたんですのよ、この歌を! 【歌待ち女子】に憧れたわたくしに、跪いて、殿方としてあんなに情熱的に捧げてくれましたものー! ヤー!」


「……語弊がある。語弊しかないし大変人聞きが悪い」


 ポメロは頭を抱えました。


 かつて、夜の十四番舞台──一夜の夢を求める男女が音で惹かれ合う、あの危うい場所に憧れたフォルテを黙らせるため、そして昨日散々振り回された末に衛兵詰所で調書を取らされた腹いせに、開き直った太鼓持ちソングで褒め殺した経緯があります。


 ああ、思い出してみれば確かに彼女は捧げられた歌に感激したそぶりも見せていました。


 それがまさか、彼女の記憶の中では「新進気鋭のトルバドールが自分に跪いた甘いロマンス」として、一ミリの疑いもなく美化され、挙句の果てにアイドルソングとして昇華されているとは。


 その上、自分の所属するアイドルユニットにそれを流用するとは!


「確かに僕はあの時歌ったよ。でも、あれはあくまで教育的な配慮というか、その後の阿鼻叫喚を収めるための──」


「ヤー!ヤー!(聞きたくないの意)」


 フォルテが丸太を乱舞させてポメロの言葉を遮ります。こうなるともう、彼女の耳には「ヤー!」という自身の咆哮以外の音は届きません。


 うなだれるポメロの肩に、そっと四つの手が置かれました。

 

 ポン、ポン、ポン、ポン。


「チョー共感! あのお嬢を黙らせるには、時に劇薬を処方するしかないっスからね」


「わかりますよー、ポメロさん。言えない事情ってありますよね」


「流石はこの曲の製作者様じゃの。お嬢の太鼓持ちをされたい欲への解像度が、恐怖を感じるほどに高いわ」


「ええ、我々は身近にいて解ってますから……。解ってます」


 ホワイトブリム隊の四人は、まるで死線を何度も越えてきた老兵のような、深い慈愛と諦めに満ちた眼差しでポメロを見つめていました。


「……君たちもか」


 頷く四人。そのホワイトブリムの影に隠れた瞳は、どこか遠くの虚空を見つめるように暗い。


「とはいえ、お嬢があんなんだとしてもっス」


「この歌を私専用のラブソングですわ!って持ち込んでくれたから」


「わっちらも、憧れの四番舞台に立てたんじゃ」


「感謝もしているんですよ。感謝も」


「ヤー!(わたくしも構え)」


「ヤーじゃないが!」


 久しぶりの、脊髄反射のようなやり取り。ポメロは思わず激しくツッコミを入れ、それから肺の中の空気をすべて吐き出すようなため息をつきました。


「ヤー!(ごまんえつ)」


 フォルテがドレスの裾を翻して跳ね回るのを見て、ポメロは観念したように首を振りました。


 「……まあ、いいです。契約とか諸々の細かい話は、後日そちらの事務所とドリーさんを交えて話すとして。勝手に使った件は、不問にします」


 一旦言葉を区切ると、楽屋の空気が緊張で張り詰めました。

 

 ポメロは少しだけ照れくさそうに、癖のある前髪を指で弾き、そこそこ有名人で、楽曲の生みの親で、ついでにちょっと可愛い顔をした彼なりの、苦笑い混じりのポメロスマイルを浮かべました。


 「よくやったよ、フォルテ。楽しいステージ……ステージ? 最高のショーだった。メイドの皆も、楽曲の理解がとても深かったよ。スリッパの快音も、ツッコミのキレも冴えてた。君らに歌って貰えて、本当によかった」


「「「「ヤッター!!」」」」


「おーーーっほっほっほ!」


 ホワイトブリム隊から、元気いっぱいの歓声が上がりました。

 

 崇拝や崇敬といった重苦しいものではなく、憧れの有名人に褒められ、ちょっとカワイイ系ボーイな作者に認められたことへの、純粋にミーハーで明るい喜びです。

 

 彼女たちにとって、それは今日一日の疲れを吹き飛ばす最高のご褒美だったようです。


 後日、ドリーを介した正式な楽曲使用権の譲渡が行われ、カスタネットくらいしすの知名度は爆発的に上昇しました。

 

 「あのお嬢様を誰が制御できるのか」という一点で話題を呼び、なんと二週連続でランキング9位を獲得するという大金星を挙げます。


 すべては順風満帆でした。

 

 ポメロも「これでフォルテも落ち着くだろう」と、ようやく安眠を手に入れたつもりでいた、その時でした。


「ポメロ兄さまー! ブチ大変ですのー!」


 奏鳴荘の廊下を、聞き覚えのある不吉な爆走音が、次なる騒動──という名の核爆弾を引っ提げて近づいてきました。



───── ♬ ─────



「ことの発端はっスね、『元気』が当たりすぎたことなんス」


 ポメロの自室に雪崩れ込んできたのは、嵐のようなフォルテと、その後ろで申し訳なさそうに、けれど必死な顔をしたホワイトブリム隊の面々でした。

 

 彼女たちはポメロを取り囲むと、代わる代わる事情を吐き出し始めます。


「事務所専属の作曲家と契約更改することになったのですが……」


「わっちらが売れとることを理由に金額をゴネてのぅ。まあ条件闘争の範疇ではあったのじゃが」


「当家のお嬢様が、ええ、ならば結構ですわ、と。高らかに啖呵を切られまして……」


 ホワイトブリム隊の流れるような説明に、ポメロはこめかみを押さえました。

 

 想像がつきます。お嬢様の「上から目線」が、プライドの高い専門家の逆鱗に触れたのでしょう。


「済んだことはしゃーねーですの! 切り替えていこう!」


「それは戦犯が言っていいセリフじゃない」


「なんでウチら次回曲、白紙になっちゃったんスよ。このままじゃ次がないんス」


「波に乗り始めたばかりなのに、このまま消えるのは嫌ですわ!」


「旬を逃すわけにはいかんじゃろ? 鉄は熱いうちに打て、というやつじゃ」


「ですのでお願いします、旦那様」


「「「「どうか楽曲をお恵み下さい!」」」」


 一堂、声を揃えての深々とした土下座に、ポメロはたじろぎました。


「金ならある! おかわりもいいぞ!」


「少しは悪びれろ」


「ヤー!」


 元気な返事に脱力しながらも、ポメロの胸中には複雑な思いが去来します。

 

 心情的には、この崖っぷちのアイドルグループ『カスいっす(公式略称)』を応援したくもありますし、何よりこの過酷な労働環境で踏ん張るブリム隊への深いシンパシー(同情)がありました。


「……期限は?」


「なるはやですわ!」


 フォルテが臆面もなく言い放ちます。

 

 ブリム隊から詳しく聞き取るところによると、状況はかなり深刻なようです。

 

 作曲家との交渉が決裂したことで制作スケジュールが大幅に遅延しました。

 

 後に控えている作詞家や編曲家、振付師たちも「いい加減にしろ」と辟易しているといいます。

  

 彼女たちが所属するアイドルクランは弱小で金払いも悪いため、一刻も早く曲を提示しなければ、クリエイターたちが一斉に手を引きかねない、まさに空中分解寸前の状態でした。


「事情は分かったけど……」


 ポメロは思考を巡らせます。


 最近はテイチクの熱心な指導(という名のスパルタ)のおかげで、作曲の手数は飛躍的に増えていました。

 

 かつてのように、魂を削るような熱情が湧き上がるのを待たずとも、技術的な「手癖」で曲の形を作ることは可能になっています。

  

 クオリティに関しては推して知るべしといったところですが、六歌仙という頂を目指すなら、多産であること、そして複数のジャンルで爪痕を残すことは避けて通れない道です。


(もしこれが、自分にとっての転換点になるのだとしたら──)


「おーっほっほっほ! これですわ! これがいいですわ!」


 不意に、フォルテが歓喜の声を上げました。

 

 見れば、彼女はポメロの文机の脇に無造作に置かれた箱を漁り、一枚のスコアを聖剣のように頭上に掲げています。


「それ、その箱に入ってたやつ?」


「ですの!」


 そこは、ポメロが日々の訓練の中で生産し、そのまま投げ入れていた習作たちの墓場でした。

 

 フォルテが引き当てたのは、タイトルに『しかたなくエチュード』と書かれた譜面です。

 

 それはエピタフからたまには王道のルールを守れと口出しされ、伝統派の厳格な作法に則って、ポメロが「しかたなく」筆を走らせた、本人にとってはあまりやる気の感じられない習作でした。


「それ、ただの練習曲エチュードだよ?」


「ピーンときましたわ! これしかない! これがわたくしたちを導く福音ですわ!」


 「ヤー!」と共に突き出されたのは、丸太でも角材でもありません。ずっしりと重みのある、本物の金貨でした。


「村長最高!」


 実質的な時給が金貨一枚という、破格の売買が成立した瞬間でした。


「ひゃっほう! ポメロ兄さま、話が早くて助かりますわー!」



───── ♬ ─────



「大変ですのー! 作詞家が失恋して淋しくて震えてしまいましたのー! 金ならある!」


「村長最高!」



───── ♬ ─────



「大変ですのー! 編曲家が借金こさえて逃げやがりましたのー! 金ならある!」


「エピタフ行けるか?」


「誰に物を言っている?」



───── ♬ ─────



「大変ですのー! 振付師がレッスン中に腰をやってしまいましたのー! 金ならある!」


「フォーク姉、どうにかお願いできませんか?」


「オドロ! オドロ!」



───── ♬ ─────



「大変ですのー! スポンサー野郎とガチ喧嘩してしまいましたのー! 金ならある!」


「じゃあセルフスポンサーやれば?」


「その手がありましたわ!」



───── ♬ ─────



「以上第七位、ポメロさんの新曲で、『この木はたぶんあの木だろ』でした!」


 女性MCのアウトロ紹介が、心地よく耳を撫でていきます。

 

 カントリースタイルのトルバドールとして、ギター一本で弾き語り終えたポメロの五体を、確かな充足感が覆っていました。


 四番舞台、【ザ・上から10(テン)】。新曲にてランク7位です。


(……よくやった、僕)


 この曲は、テイチク式作曲法を身に着けた免許皆伝──は言い過ぎにしても、中目録程度の出来栄えを誇る自信作でした。

 

 公園の木漏れ日から着想を拾い、あえて手癖で書き殴った後、無駄な贅肉を削ぎ落としてフレーズを絞り込んだ。歌唱パート、わずか8小節です。


 「秒で綴れ!」つまりは1分未満の楽曲こそ本懐です。

 

 師匠の理不尽な課題を完璧以上にこなし、そこに「木漏れ日に喚起される思い出」という情緒的な歌詞も見事にまとめ上げました。


『畜生! 合格だよ文句あっかべらんめえ!』


 あの厳しいテイチクから、初めて文句なしの合格をもらった曲でした。

 

 ランキング7位という数字は、単なる人気ではなく、自分の技術が世間に認められた証でした。

 

 確かな成長を実感しながら、ポメロは舞台袖の「例のソファー」へと向かいます。


 そこには、相変わらず偉そうに二人分の席を占拠して不遜セクシーを晒しているネオが座っていました。ポメロはその隣に、臆することなく腰を下ろします。


「ネオさん、今日はお早いご登場だったようで」


「殺すぞ」


 物騒な言葉とは裏腹に、ネオの目は僅かに笑っていました。


「一皮剥けたか?」


「……修行中の身ですから」


 ポメロは、矜持を込めてそう答えました。

 

 心の中で(やったよテイチク師匠!)と叫びながら、深い感慨に浸ります。


 そんな静かな余韻を切り裂くように、男性MCが6位の発表に入りました。


「さて、今回も初登場の曲ですね。一度見たら忘れられぬインパクト! またまたあの主従がやってきましたよ! 『しかたなくエチュード』! カスタネットくらいしすのみなさんです!」




「……なんて?」



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