一席
「七番舞台公演が決まりましたわ!」
バコォォォォォン!!
もはや恒例行事となった、丸太によるドアの強制開錠。
新春の穏やかな空気を切り裂いてポメロの自室に飛び込んできたのは、相変わらずの暴走お嬢様、フォルテでした。
「カスタネットくらいしす」──通称【カスいっす】。
歌わないセンターという前代未聞のスタイルで一躍時代の寵児となった彼女たちが、ついに事務所管理の地下ステージ、通称「箱」を飛び出し、アイドル激戦区の中枢であるメジャーズ舞台、七番舞台への進出を決めたのです。
……まあ、彼女たちは既にその上の格である四番舞台に何度も立ち、週間ランキング最高6位という、並の七番舞台アイドルが一生かかっても届かないような高みにホップステップジャンプで到達してしまっているのですが。
それでも、彼女たちにとって「七番」は特別な意味を持つ聖地なのです。
「ご主人、ありがとうっス! 七番に立つことをずっと夢見てたんス!」
「しかし、七番はアイドルの魔境。一筋縄ではいかないでしょうね」
「なので、わっちらからのお願いじゃ。新曲を……新曲を恵んでたも?」
「ご主人様……お慕い申しております」
最後の一人、お淑やかな態度を崩さないメイドの目が、明らかに本気でした。
控えめな言葉とは裏腹に、その瞳の奥には獲物を狙う野獣のような眼光が宿っています。
「金ならある! おかわりもいいぞ!」
フォルテが差し出す銭袋は、相変わらずパンパンに膨らんでいます。
これだけの資金力があれば、名のある作曲家に依頼することも容易でしょうが、彼女たちが頼るのは常にこのご主人様でした。
「楽曲の提供はするよ。でも──」
ポメロはふと、考え込みました。
「憂いを帯びたご主人様も素敵ですわ……」
「ダメですの! ポメロ兄さまはわたくしに歌を捧げてくださいましたの! わたくしだけにですわ!」
「え、マジっスか? マジでご主人様狙い?」
「はー、一番色恋から遠そうなお主がのぉ」
姦しい女子たちの喧騒。
しかしポメロは、デッカの教えである「女子どものコイバナに割って入るは愚の骨頂」という鉄則を忠実に守り、黙考を続けます。
「……何か、問題でもありますか?」
一人冷静なブリム隊のメンバーが、ポメロの表情を窺いながら問いかけました。
「……ちょっとね、思い当たる曲があるんだけど」
ポメロの胸には、忘れ得ぬ【決別と敬意】の記憶が、痛みと共に蘇っていました。
七番舞台。
かつて【六歌仙・革新】のアップルがプロデュースするステージのあまりの楽しさに、彼女に覚えていた反発心を、敬意に変えたあの日。
自分もあの【裏表無き楽しさ】を創造したいと思い、日常の【ケ】に対する【ハレ】という熱情を看破して作曲した『楽園』。
完成に至るの最後ピースとして、同宿のデッカが持つパーカッショニストとしての【くすぐる】技術を求め、彼に「お前の曲は好きじゃない」と、感性による拒絶を受けたことでお蔵入りになっていた『楽園』。
(カスいっすに託したら、どうだ?)
彼女たちはポメロ提供の楽曲で、スターダムを駆け上がってきた存在。
『元気が有ってたいへんよろしい』は、彼女たちが所属するアイドルクランが手配した編曲家と演奏家によって、アコギ一本編成のトルバドールソングから立派なアイドルソングへと変貌を遂げていました。
『しかたなくエチュード』など、手癖で楽曲を作るための習作で、伝統派ルール縛りという慣れない形式だったものを、ランキング6位という結果にまで昇華させた人気と存在感。
(『楽園』は、元々七番舞台で披露することを考えていた作品だ)
ホワイトブリム隊。歌唱もダンスも未だ拙い。
フォルテに至っては歌わないセンターだ。
だが、今最も勢いのあるアイドルグループで――
(もっとも【ハレ】の日に相応しい)
決意を込めた眦で、ポメロはタイトルを口にしました。
「『楽園』っていうんだ」
ポメロは一度差し出しそうになった楽譜を、あえて自分の手元へと引き戻しました。
その仕草に、騒いでいたフォルテたちがぴたりと静まります。
ポメロの瞳は、これまでにないほど真剣に五人を見つめていました。
「この曲は、僕にとっても勝負曲になる。……ここには僕から見た『七番舞台とは何か』という答えが詰まっているんだ。ハレの日、楽しく踊る」
ブリム隊の四人が、その言葉の重みに息を呑みました。
「ただそれだけ。だからこそ、君たちに託したい」
カスいっすはしばらく黙考。
そして、ブリム隊が一人ずつ、決意を表明してゆきます。
「ご主人様の覚悟、受け取りましたっス」
「一音たりとも、無駄にはしませんわ」
「わっちの喉、この曲に捧げるでありんす」
「……お慕いする方の期待に、全力でお応えします」
それぞれが静かな覚悟を口にする中。
一人だけ、フォルテが固まっていました。
「……わたくしたちで本当に、よろしいんですの?」
いつもの高慢さも無鉄砲さも鳴りを潜め、零れ落ちそうなほど真剣な眼差しがポメロを射抜きます。
「君は馬鹿な生き物で、なにかにつけて『ヤー!』って鳴くし、欲しいものがあれば銭を撒くし、気に入らなければダダをこねる。本当に困った奴だ。……ヤーじゃねえが」
フォルテが、図星を突かれたように小さくうつむきました。
「でも──」
ポメロがフォルテの肩を、力強く叩きました。
「君は太陽だ」
フォルテの目が見開かれます。
「この曲の上空には、中心には、太陽が必要だ。……君が必要なんだ。受け取って、フォルテ」
差し出された楽譜を、フォルテは震える手で受け取り、大切な宝物のように胸に抱き締めました。
そのまま静かに目を閉じ、ポメロの言葉を反芻するように深く、深く噛み締めて──。
「おーーーーっほっほっほ!!」
突き抜けるような高笑い! いつもの「わたくし様」が帰ってきました。
「確かに託されましたわポメロ兄さま! あなたのこの歌に懸ける情熱を!」
頷くポメロ。
しかし、続く言葉は予想の斜め上をいっていました。
「そして──わたくしに向けられた愛を!!」
「なんて?」
「よくってよ、よくってよ! その愛、このフォルテが全身全霊で受け止めて差し上げますわ!」
「よかないよ! よかないよ!」
必死に否定するポメロの肩を、ブリム隊の四人が無言で、優しく「肩ポン」していきます。
「おーーーーっほっほっほ!!」
───── ♬ ─────
「なんだこの変則的な、それでいて細かく左右に腰を振りたくなるリズムは……。よくやった、ポメロ!」
数日後、早朝。
奏鳴荘に乗り込んで、ポメロを叩き起こしたのは、スコアを抱えて鼻息を荒くした【編曲】の六歌仙、ミューチャーでした。
「ミ、ミューチャーさん!? なんでここに!?」
以前の『僕たちのひみつきち』騒動の折に、ポメロとミューチャーは面識を持っていました。
ミューチャーにとって面白い挑戦となった曲なので、偏屈なこの男にしてはポメロの好感度が結構高いのです。
「なんでじゃないぜ! 七番舞台のクランから白金貨で横っ面を叩くような額の編曲依頼が舞い込んできてな。見てみればお前の書いた原曲じゃないか」
ミューチャーは万年寝不足の真っ赤な目を興奮でさらに血走らせて、ポメロの肩を強くゆすります。
「驚いたよ、お前の中にこんなオリジナルなリズムが眠っていたなんて!」
「待って待って」
「それにキャッチーなメロディもいい。俺が編曲についてズバッと絞り込めないで、あれもやりたいこれもやりたいなんて悩むなんて、六歌仙に成り上がってから初めての経験だぜ。やー、初心を思い出すなあ」
「ゆれるゆれる」
事の発端は、数日前の『カスタネットくらいしす』の楽屋でした。
『こんな最高にヤー! な曲…… 最高にヤー! な編曲をつけねばポメロ兄さまに無作法というもの! ここは切り札の切り時ですわ!』
外ハネ髪を揺らして叫ぶフォルテに、他四人の「太鼓持ち」なブリム隊が拳を突き上げて呼応しました。
『我らが成金お嬢様!』
『宵越しのゼニなど!』
『持つが無粋じゃ!』
『そーれみなさん!』
『『『『『銭撒くどぉ! 銭撒くどぉ!!』』』』』
『おおーーーーっほっほ!』
林業都市の富を惜しみなく注ぎ込み、彼女たちが買い叩いたのは、あろうことかカーネギー最高峰の編曲技術を持つ六歌仙その人だったのです。
「お前の書いた『楽園』のメロディラインに、俺が最新の音楽理論でポリリズム(多重リズム)をコーティングした。……いや、正直に言おう。お前のその理屈じゃない突進力を形にするのは、俺にとっても最高の挑戦だったぜ!」
ミューチャーは手近なテーブルを、メイン打楽器ラインの裏打ちで叩きながら、恍惚とした表情を浮かべます。
「そこまで評価してもらえるとは」
「ポメロ。お前は自分を感性の人だと思っているかもしれないが、この曲には大衆を狂わせる恐ろしいほどの数学的熱狂も潜んでいる。……これは七番舞台の歴史を塗り替えるぞ」
ポメロは、かつてデッカというラテンリズムに必須な先輩の協力を得られずにお蔵入りしていた曲が、フォルテの成金パワーとミューチャーの超絶技巧によって、誰も見たことのない黄金の楽園へと変貌したことに、ただただ言葉を失いました。
「本番では一緒に見ようぜ。アップルの牙城で、アップル以上の盛り上がりが生まれるところをよ!」
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