二席
「これ使ってぇ。あはは、楽しいよねー」
間延びした、どこか浮世離れした声を上げながら、ポメロの手に「小型化したボウリングのピン」のような不思議な物体を握らせてきたのは、糸目のお姉さんでした。
「ええと、お姉さん?」
「これね、『シャカシャカ』っていうんだー。私が作ったのー」
場所は七番舞台の関係者控え室。時は『楽園』初演の二時間前のことです。
こんな警備の厳しい場所にいるのですから、舞台の関係者ではあるのでしょう。
「ねーポメロ君、こっちの細いほう握ってー」
女性は馴れ馴れしくもポメロに手を重ねると、シャカシャカなる道具をポメロに握らせます。
シャカ……
その時、シャカシャカの重心が幾分かずれ、陽気な音が鳴りました。
「あ、これ、簡易打楽器ですか? カスタネットとか、そういう」
「あたりだよー」
女性はポメロの手を握ったまま、何度もシャカシャカを上下に振ります。
ン、シャカシャカ、ン、シャカシャカ。
それは『楽園』のBPM。『楽園』のメインリズム。
「……これ、観客席のみんなに持たせれば!」
「ねー? 凄い一体感、生まれるよねー!」
ポメロは想像します。激しく踊れない層や、祭り慣れていない層。恥ずかしさや常識を振り切れず「鑑賞」を決め込む層にも、このシャカシャカを渡せば――
【主客一体】。
ポメロが目指すステージの在り方が、より強く現出するでしょう。
「フォルテちゃんにお願いしてねー。シャカシャカ、お客さんの入場時に貸し出すことにしてもらったんだー。そんで、気に入ったら帰りに買ってもらうの」
「いいですね!」
「だよねー!」
ポメロとお姉さんはハイタッチ!
二人そろってシャカシャカシャカ!
「あーこんなトコにいたんですか。探しましたよ!」
汗みずくのチーフスタッフが、お姉さんを見つけて捲くし立てます。
「もうリハ開始の時間過ぎてるんですから、急いで舞台にお願いします!」
「そーだったー!?」
人呼んで「楽器オタクの極み」。
あるいは「楽器制覇者」。
そして、一番よく知られている二つ名は――
「【ゆるふわユーメ】さん、ホント時間だけは頼みますよ」
「しゅーん」
【六歌仙】が一、演奏のユーメ。
予想外のビッグネームの予想外の出現に、ポメロは驚愕しました。
「……え、ユーメさんだったんですか!? もしかして、今日の演奏に参加されるので?」
「フォルテちゃんにお金、いーっぱいもらったんだー。えへへー」
ポメロは眩暈を覚えました。
ミューチャーの編曲、ユーメの打楽器、そしてフォルテの財力。
『ヤー! 倍プッシュですわー!』
という、林業都市の重税すら厭わないフォルテの鳴き声が聞こえてくるようです。
銭の力で六歌仙を二人もバックバンドに従える……。
もはやこれは一介のアイドルグループの七番舞台デビューなどではなく、カーネギーを揺るがす国家規模の祭りと言っても過言ではありません。
「じゃあね、ポメロくーん」
「暢気に手を振ってないで。急いで急いで!」
チーフに手を引っ張られてなおこっちに手を振るユーメを眺めながら、ポメロの五体に武者震いが走ります。
「やってくれたな、フォルテお嬢様」
───── ♬ ─────
リハーサルが掃け、開演20分前。
カスタネットくらいしすのメンバーには個別の控室が割り当てられています。
その中の一つ、フォルテの部屋。
黄金の衣装に孔雀の羽飾り。
本番のステージ衣装に身を包んだフォルテが、じっと手鏡を見ていました。
ポメロは預かったシャカシャカを握りしめ、彼女の背後に立ちました。
ポメロは気づきます。
フォルテの背中が震えていることに。
『ヤー!』『おーっほっほ!』『銭まくど』『よくってよ』『金ならある!』
フォルテは何時だってゆるぎない自信と共にありました。
笑顔で、堂々と、臆することなく、真っすぐに。
そんなフォルテが、震えている。
ポメロはフォルテにどんな言葉をかけたらいいのかわかりません。
励ます? 落ち着かせる? それとも一人にさせる?
わかりません。
どうすることが、彼女にとっての助けになるのか。
「ポメロ兄さま。わたくし、今になって気づきましたの」
フォルテは手鏡越しにポメロの存在に気づいていたようです。
「お金で買えるのは技術までであって、わたくしの震えまでは止めてくれませんのね」
「……フォルテ。六歌仙が二人も後ろにいるんだよ。無敵だろ」
フォルテは、ゴージャスなアフロディーテ鬘を一度強く振ると、ポメロを振り返りました。
その瞳には、いつもの空回りする自信ではなく、初めて「自分の足で頂に立つ」者の、恐れと覚悟が揺れていました。
「言葉を、くださいまし」
「言葉?」
「お兄様の口から聞きたいのです」
「なにを?」
「わたくしがここに立っている意味を。わたくしに望む在り方を」
フォルテは縋るような瞳でポメロに望みました。
こんなフォルテの姿もまた、ポメロが見たことのないものでした。
見たくないものでした。
思い返してみれば、兆候はあったのです。
『楽園』の未来を彼女に託した時。
らしからぬ真剣な面持ちで受け取りを躊躇し、「自分でよいのか?」と確認を取って来た時。
あの時からもう、フォルテは常のフォルテ性を欠き始めていたのです。
人に期待を寄せられることへの気負い。
責任感。
それは、これまでのフォルテが背負ったことのない重荷であったことに、ポメロは気づきました。
フォルテは何時だって傍若無人で。自己中心で。周りを振り回して。
それでも憎めなくて。それでも離れがたくて。
愛しくはありません。決して。絶対に。
でも、こんなフォルテは、嫌です。
嫌じゃない。ヤです。
思考を転がして沈黙しているポメロを見て、フォルテはますます重圧と不安に押しつぶされそうになります。
揺れる瞳がポメロを見つめています。
言葉を下さい。
おそらく、求めているのはあのときと同じ言葉なのでしょう。
『君は太陽だ』
それは間違いありません。
ですが、今それを言って、フォルテという魂に形を与えてしまえば。
ポメロの価値観による金型で、フォルテを再定義してしまっては。
二度とあの、諦めながらも付き従うことしかできない、フォルテというへんな生き物の芯は、失われてしまうでしょう。
フォルテは見つめています。
ポメロは考え込んでいます。
「本番10分前です!」
楽屋の外でチーフスタッフがタイムリミットを告げました。
「お兄さま、言葉を」
ポメロは決断しました。
フォルテが今望んでいない言葉で、背中を押すことを。
「お祭りは楽しいぞ!」
言葉と共にポメロはシャカシャカを振りかざします。
力いっぱいに。
シャカシャカ、シャカシャカ。
フォルテは目を見開きます。
深呼吸を一つ。
そして、笑いました!
「よくってよ! よくってよ!」
いつものフォルテの物腰で!
その瞳に宿るのは太陽のフレア!
古来、フォルテは太陽だった。
あるがままで太陽なのだ!
「最高にぷりちーだ、フォルテ。行ってこい!」
「バッチコイですわ!」
ポメロが彼女の背中を、シャカシャカを握った手で思い切り叩きました。
客席からは、地響きのような「ヤー!」の合図。
最も熱くて、最も高価で、そして最も楽しい一曲が、日の出と共に訪れます。
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