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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第三十幕「リンフォとプレッシは壊れた」

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93/106

三席


「──こんなものは許されない」


 一聴したエピタフは、顔を青くして吐き捨てるように言いました。

 

 その震える指先は、ポメロが差し出した譜面の束を硬く握りしめています。


「出来が悪かった?」


 ポメロが拍子抜けしたように尋ねると、エピタフは弾かれたように顔を上げました。


「そんなバカなことがあるものか! 素晴らしい出来だ! 貴様のような山出し作とは思えん軽妙と洒脱。旋律の跳躍、リズムの機微、どれをとっても一級品だ」


「舞台のヤツらのセリフ回しが印象に残っていたからね。それを音に置換してみたんだ」


「だが、何だこの……。楽曲を通底して流れる一定の一音は! コード進行を無視して、曲のテンポを無視して、最初から最後まで延々響き続けるこの不吉の響きは!」


 エピタフの鋭い指摘に、ポメロは淡々と答えました。


「歯車の音を意識したんだよ。舞台装置の。ガチ、ガチ、ガチ、ガチ……。あいつらを掃除しようとする、あの立方体の音さ」


「こんなの、お前の最高傑作じゃないか!」


「なにその、怒りをあらわにした絶賛!?」


 ポメロが身を引くと、エピタフは一歩詰め寄り、その目を覗き込みました。


「表現の倫理に疎いお前を啓蒙してやる。いいか、ポメロ。この曲はタブーを犯している。創作にかかわる者の、最大の禁忌の一つをだ」


「どんな?」


「既に成立している舞台のテーマを外れて、勝手に再構築したり外伝を作ったりすることは、伝統派における絶対的なタブーだ。主観による勝手な救済など、原作への冒涜でしかない」


「僕は別段伝統派ではないんだけど」


 ポメロが肩をすくめると、エピタフの顔はさらに険しさを増しました。


「だが、伝統派にとってそんなことは関係ない。降り注ぐぞ。糾弾の矢が。豪雨の如く。規模縮小の一途を辿っているとはいえ、それでも伝統派は楽壇最大派閥だ。数の論理は強い。お前程度のキャリアと後ろ盾では、論戦に持ち込む前に楽壇から排除されよう」


「ちぇ。じゃあ発表は諦めるか」


「は?」


「だってこの楽曲は自分の怒りや疑問を消化するための楽曲だし、人が聞いて楽しいもんでもないでしょ。第一、『テヌート』を見てない他人には意味がわかんない──お蔵入りだよ。初めてのことじゃないし」


 ポメロが事も無げに譜面を引こうとすると、エピタフの咆哮が部屋に響きました。


「だから貴様は耳音痴と言われるんだ、この耳音痴め!」


「は? はぁ? なんで僕が怒られてるの? エピタフがタブーを犯してるって指摘したんじゃないか」


「だが! この楽曲が! これほどの楽曲が! 世に出ないなど! 僕が許せないんだ!」


「好評価は嬉しいよ。でもどうしろって言うのさ。僕は六歌仙にならないといけないんだから、オール伝統派を向こうに回してる余裕はないよ?」


 エピタフは激しく葛藤するように唇を噛み締め、やがて視線を譜面の「不吉な一音」へと戻しました。


「……知恵を貸そう。解釈による裏筋があるはずだ」



───── ♬ ─────



 ポメロが不条理への怒りを楽曲にした朝、エピタフはまず、策の方向性を示しました。


「『テヌート』からのスピンオフではないという体裁を、こちらで勝手に繕うのだ」


 四角四面の彼にしては珍しい、悪戯をしかけんとする子供のような顔をしてエピタフは笑います。


「面白そう!」


 ポメロも即座に乗りました。


 そこからは、怒涛のブレインストーミングが始まりました。

 

 エピタフの部屋は、後ろめたさがあるが故の熱を孕んだ、秘密の共有場所となります。


 『僕たちのひみつきち』。


 ここは十六歳の、ちょっと身体だけ大きくなってしまった男の子たちの基地と化しました。


「そもそもさ、テヌートを知らない他人には、これって単なる悲劇にしか聞こえなくない?」


「ならば、テヌートとは全く別の話をこちらででっち上げればいい。原典の影を完全に消し去るための、偽装工作としての物語だ」


「でも、それはそれで周知されなければ、やっぱり聞く人には伝わらないんじゃないかな?」


「……僕らも演劇する、という手もあるが」


「そんな経験もツテもないじゃん。無理だよ」


「じゃあ本にするか? 活字の力で外堀を埋める。資金が賄えるならそれもありか」


「対処法本が売れなかったら……? 曲も一緒に埋もれちゃうよ」


 議論の最中は、意見の相違で何度も喧嘩をしました。


 エピタフが強引に編曲を希望しては喧嘩し、出来た曲がポメロの意図とズレていては喧嘩し、それを改良した曲の出来が良すぎて「ポメロの曲らしくない!」と訳のわからない理由でやっぱり喧嘩しました。


 それでも、二人はこの秘密基地に必ず戻ってきました。

 

 まるで、あの舞台の上のリンフォルツァンドとプレッシオーネの如く。


 周囲から見れば騒がしくて、ひどく滑稽に。

 

 けれど二人は、互いの才能を研磨剤にして、一振りの鋭い剣を打つように作品を練り上げていきます。


 そして──



───── ♬ ─────



「なんと芳醇な諧謔味か。まるで熟成され過ぎたワインを味わっているかのよう!」


「飲み下せぬと言えば、通底するコントラバスの音。常に一定。常に一音。あれが楽曲に集中させない。一体、意図はなんであろう?」


「やー、ワンフレーズでままならぬ運命を示唆するこの作為! 確信犯ですよ、彼はただ物じゃありませんね」


 【知的音楽探求サロン】


 知的好奇心を音楽に向けた紳士淑女が、楽曲を読み解く楽しみの妙味を味わい、活発に意見を交換させています。

 

 そこには、伝統派が押しつける正解への畏怖はなく、ただ純粋に未知の音を解釈しようとするインテリジェンスな興奮に満ちていました。


「こちらの絵本を読まれますと、込められた謎のおおよそはわかりますわ。一読してから楽曲を聞きなおすと、また新たな発見もあるかと」


「まあお上手ね。一冊買わせていただきますわ!」


「では某も頼みます」


 絵本売りの巧みな口上に釣られ、また客がその絵本を手に取ります。


 『リンフォとプレッシは壊れた』。


 先ほど演奏された楽曲と、全く同じタイトルの絵本です。


 描かれているのは、ブリキのお城から密命を帯びて旅立った、ぬいぐるみのリンフォと人形のプレッシの物語です。

 

 主人のためにと健気に、あるいは狡猾に、広大な世界を駆け巡る二人の不思議な旅路。そして、物語の都合という巨大な歯車に噛み潰されるような、抗いようのない末路。


 デッカのツテを辿り、場末の似顔絵絵師に挿絵を依頼しました。

 

 文章はエレクトラの知己で、八番舞台の片隅で孤独に朗読を続けていた女性に依頼しました。


 そうして完成したのが、この【演奏会場で絵本も売る】という、前代未聞の物販スタイルでした。


 興行主の管理する【ナンバーズ】のステージでは、既成概念やショウビズの既得権益が邪魔をして到底実現できぬこの試みを、二人はニッチな客層が集うマイナーズのサロンや、小金持ちのパーティー会場などでゲリラ的に展開しました。


 上演一ヶ月。諸費用込みではやや赤字です。

 

 ですが、この奇妙な流行が飽きられるまでには、まだ数ヶ月の猶予があるでしょう。最終的には、小銭稼ぎくらいの仕事にはなるはずです。


 物販卓の裏側、薄暗い影の中で、ポメロとエピタフは静かに腕を交わします。


 伝統派という巨人を出し抜き、自らの怒りを知的遊戯へと塗り替えて世に放った勝利です。


 確かな成長の手応えと、何より、衝突を繰り返しながらも確かに楽しかった合作の熱が、二人の掌から伝わってきます。


「悪くないな、ポメロ。こういう解釈の遊びも」


「エピタフが意外と商売人だって分かったのが、一番の収穫だよ」


 二人は小さく笑い合い、また次の客を迎えるために、背筋を伸ばして表へと顔を出しました。



───── ♬ ─────



  ─── 俺は大渦に呑まれて壊れたんじゃなかったのかい?


  ─── 俺が狼に腹の綿を引きちぎられても

      壊れなかったんだもの。

      お前だって壊れねぇさ。


  ─── なあ、俺たちがお城まで戻ったらどうなるんかね?


  ─── まあ戻れねえだろ。


  ─── そうだな。たどり着けねえよな。


  ─── ならしかたねえな。メシ食おうぜ?


  ─── 腹の綿のないおまえと、体中にヒビが入った俺がかい?


  ─── 大丈夫だろ。

      その時がくるまでなら、なんだってできらあ。


  ─── そうだな。考えてもしょうがねえ。

      あったかいシチューでもいただこうぜ!




  (絵本 リンフォとプレッシは壊れた より)

  


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