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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第二十八幕「闇を切り裂け!ストゥペンド!」

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86/105

二席


 四番舞台、流行の最先端。

 

 まばゆい照明と、狂信的なファンガールの歓声が遠くに響く楽屋の奥で、ポメロは「私の王子様」と対峙していました。

  

 肩幅二メートルを体現するかのような威圧感を放ち、豪華なソファーに不遜に踏んぞり返るネオ。


 ポメロは、仕立ての良い上着の襟を正し、無言のままその玉座の前へ立ちました。


 一切の言葉を発さず、ただ答えを寄越せとでも言うような静かな眼差し。その不敵な沈黙に、ネオは鼻で笑い、脚を組み替えました。


「【六歌仙】になる方法だ? よくもまあ、六歌仙の冠を奪い損ねた俺様にそのようなことを尋ねられるモノだ。死ぬか?」


 ネオの声は、舞台の上と同じく完璧に調律された美声でした。

 

 かつて六歌仙・歌唱の冠を継ぐのはネオであると嘯いていた彼にとって、有言実行を達成できなかったこの問いは屈辱に等しいはずです。


 ですが、ポメロはきょとんとした顔のまま、一点の曇りもない瞳でネオを見つめ続けます。その、ある種の無礼なまでの純粋さに、ネオは喉を鳴らしました。


「お前の方が俺様よりもよっぽど傲慢なのではないか?」


 ネオは不愉快そうに口角を上げました。


 ポメロは答えません。

 

 ただ、その沈黙が空気を押し潰すように広がり、豪華な楽屋の空気を支配していきます。

  

 折れたのは、ネオの方でした。

 

 彼は背もたれに深く体重を預け、自らの敗北すらも商品の一部として語り始めました。


「お前であれば、革新か作詞、どちらかを狙うことになるのだろうが」


 王子の瞳が、冷徹な分析者のそれに変わります。

  

 四番舞台で完璧な商品を売り続けてきた彼が辿り着いた、残酷なまでの統計学でした。


「【手数】だな。まあ、リノという例外もあるが」


 リノの名が出た瞬間、ポメロの眉がわずかに動きました。


 魔法のような歌声を持つ彼女だけは、理屈の外にいる。

 

 あるいは政治の内に。

 

 ですが、それ以外の凡夫──例え天才と呼ばれていようとも──が頂へ至るための絶対条件を、ネオは断言しました。


「知る限り、際立った一曲で六歌仙の栄冠を抱いた者はいない。寡作の者も聞かない」


 一発屋に席はない。


 ポメロは、自らがこれまでに紡いできた曲数を脳内で数え上げるように、視線を落としました。


 ネオは自慢げに、しかしどこか忌々しげに、自らに舞い込んだ裏の打診を明かします。


「現に俺がある議員の手の者から、マンモス引退後の歌唱への就任を打診されたのも、ヒット曲を連発してたことが決め手だったようだしな」


 議員の手の者。


 ポメロの瞳が、その影の存在を捉えようと鋭く光りました。

 

 支配者たちは、常に流行の数値を監視し、駒を選定しているのです。


「即時就任とならなかったのは、有識者会議が一枚板ではないからだろう」


 内部分裂。あるいは派閥争い。

 

 巨大な闇の輪郭が、少しずつポメロの脳内で具体性を帯びていきます。


 ネオは最後に、現職の怪物たちの凄まじいワーカホリックぶりを突きつけました。


「まあ、パウにしても年間100作以上を楽壇に送り出してるし、アップルにしても50は下らんと言う。ミューチャーなんかは有名無名あわせると300とか超えるんじゃないか?」


 稼げるトルバドールとなったポメロに、さらなる絶望的な物量の壁が立ちはだかります。


 ポメロは、その膨大な数字を静かに咀嚼しました。


 一言も発さないまま、彼はネオに向かって浅く、けれど確かな敬意を込めて一礼しました。


 手数という武器をいかに成すか。

 

 沈黙の裏側で思考を研ぎ澄ませながら、少年は楽屋を後にしました。



───── ♬ ─────



 相変わらずの探偵のような佇まいでした

  

 鹿撃ち帽を揺らし、虫眼鏡を片手に【六歌仙・作詞】のパウが、ポメロの周囲をぐるぐると回りながら矢継ぎ早に言葉を投げてきます。

  

 ポメロは、高級な喫茶店のテラス席で、パウの差し出した謎の聞き取り調査票を前に、一言も発さず座っていました。

  

 かつての田舎小僧ではありません。

 

 今や業界のチャートに名を連ね、相応の対価を得る一人の表現者として、パウの作詞的解体を無言で受け止めているのです。


「まずは遅ればせながら、『上から10』ランキング入りおめでとうだにぃ。近年トルバドールでランク入りする子がいなかったから、業界では注目されてるにぇ」


 パウは馴れ馴れしくポメロの肩を叩きました。


 その目は、観察対象としての興味を隠しきれていないようでした。


 ポメロは、ランキング入りという輝かしい実績を耳にしても、頬を緩ませることはありませんでした。

 

 沈黙。

 

 ただ、パウの瞳の奥にある技術の正体を探るように、真っ直ぐに見つめ返します。


「いろんな人のインタビューしてるけど、君の名前が結構でてくるにぃ」


 パウは手帳をパラパラと捲りながら、確信に満ちた笑みを浮かべました。

 

 ポメロは、さらなる問いを促します。

 

 問いかけを、パウは要素として瞬時に抽出しました。


「六歌仙になる方法? 作品を沢山作るコツ?」


 パウは虫眼鏡をポメロの鼻先に突きつけました。

  

 きょとんとした少年の眼球が、レンズ越しに大きく歪みます。


「成程にぃ。確かに六歌仙のメンツは皆多作だにぃ。ユメちんも楽器百般が演奏できるから冠抱いてるんだにぇ。ネオちの読み、当たってると思うにぇ」


 ポメロの脳裏に、ネオから突きつけられた手数という言葉が重く響きます。


 ですが、パウの分析はさらにその深淵──表現者の魂の構造へと踏み込んできました。


「……青い顔になるのもわからんではないにぃ。パウさんが紐解くところ、お茶君は自らの内側から湧き出るパトスに従って、魂を削りながら楽曲を生み出してるにぃ。そんなの連発できるわけがないにぇ」


 核心。


 ポメロの指先が、テーブルの上で僅かに震えました。


 衝動に突き動かされ、熱情を看破し、一曲ごとに命を削るように紡ぐ。

 

 それがポメロの武器であり、同時に量産を阻む最大の呪いなのです。


 沈黙する少年の瞳が、救いを求めるように、あるいは解決策を奪い取ろうとするようにパウを射抜きます。


「だから君の稀有な個性を生かしたいなら、六歌仙はあきらめるがいいにぃ。でも、どうしてもあきらめられないのなら……」


 パウはニヤリと笑い、人差し指を立てました。

 

 その言葉は、純粋な表現者としてのポメロを、根底から否定するような劇薬でした。


「作品を【産み落とす】のではなく【生産】する方法を確立するのだにぇ」


 生産。

  

 芸術アートから産業ビジネスへの転換でした。


 ポメロは、その言葉の重みに押し潰されることなく, 無言のまま深く頷きました。


 熱情を制御し、システマチックに音を、言葉を、旋律を構築する。

  

 少年はパウに黙礼すると、既に次の一手──【政治側】の意図を知るであろう人物のもとへと、その足取りを速めました。



 ───── ♬ ─────



 ポメロが最後に辿り着いたのは、いつも渇いた笑いを浮かべ、領主の側近として奔走するシゴデキ女子、ハルモニアのところでした。


 彼女が領主館の門を出てくるのをじっと待ち構え、疲労感を隠せぬ足取りでとぼとぼ出てきたところを、ポメロは捕まえました。


 中小企業の役員並みの年収を得るようになったトルバドール。

 

 その風格を以てしても、ハルモニアの放つブラック企業戦士の悲哀は圧倒的です。


 ポメロは何も言いません。

 

 ただ、そのきょとんとした眼差しに、全財産を賭けたかのような重厚な期待を込めて、彼女の瞳を覗き込みました。


「あややー。よりにもよってこの宮廷楽師めにそれを尋ねられますかー」


 ハルモニアは、一瞬だけ足を止め、枯れた花のような笑みを浮かべました。

 

 ポメロは無言のまま、深々と頭を下げる。その一礼が語っていました。


 〽── ア、藁にも縋る心持ちィー

  

 ベベン!


 常の三弦のスラッシュで場を整えると、彼女は開き直ったようにポメロに向き直りました。

 

 かつてポメロを、リノに対する危険因子として監視し、また彼に六歌仙を目指すきっかけを与えた責任。

 

 墜ちる巨星マンモスと瞳の会話を交わし、ポメロとリノの庇護者となる事を命じられた。

 

 その因果を、彼女は受け入れたようです。


「ようございましょう。私がその目的を与えたような物。語れる範囲で、ア、語って聞かせましょう!」


 彼女の声が、お抱え楽師としての公的な響きを帯びます。


 ポメロは息を呑み、沈黙をさらに深めました。

  

 ここが、支配の核心でした。


「六歌仙はまず、議員の推薦を以て議会が開かれます。ここで過半数を頷かせれば、見事六歌仙の冠被被推薦者のモノとなるのですね」


 ポメロの脳裏で、これまでの情報の断片が繋がり始めます。


 どこかの議員に自分を選ばせる。その一歩が、冠への唯一の門でした。


 ハルモニアは、さらに楽壇の絶対的な構造を明かしました。


「議員は十三人に議長が一人。この議長は代々ビクター家当主が担っております、ご領主のことですね。この議長の存在だけはどの時代でも明らかにされております」


 議長。領主。リノの父となった男です。


 ポメロは、無言のまま自らの胸元を握りしめました。六歌仙になることは、リノと対等になること。

 

その審判の席に、彼女の養父が座っているのです。


「議員の推薦をどう得ればよいかと? 議員の身元を探るのは禁じられているのにどうすれば、と?」


 ポメロの眉間に、鋭い縦皺が刻まれます。

 

 声にならぬ矛盾の問い。

 

 見えぬ者に、どうやって存在を知らしめればいいのでしょうか。

  

 ハルモニアは、唇の端を吊り上げ、内緒話をするように声を潜めました。


「あややー。厳しいところを突かれますなァ。ただ、ま、この一介のお抱え楽師に言わせて頂けるのなら」


 ハルモニアの瞳が、一瞬だけ諜報部トップとしての射抜くような光を宿しました。


「もう既に1票……ことによっては2票、支持を得られているのではないかな、と」


 衝撃。


 ポメロは目を見開き、一歩後退しました。

 

 一言も発さずとも、そのきょとんとした顔が驚愕に染まります。


 誰が。どこで。いつ。


 ハルモニアは、それ以上は語らぬとばかりに、大袈裟に肩をすくめました。


「ま、どれもこれも道化のたわ言。励ましの一種と思ってくだされば」


 ポメロの沈黙は、もはや困惑ではなく、新たな確信へと変わりつつありました。

 

 既に、自分を推薦しようとしている影の支配者がいます。

 

 ならば、やるべきことは一つです。


「……そうなんですよー。道化役もやらされてるんです! 一人五役! 頑張れば頑張るほど増える労働。根が真面目なばっかりに……つらい」


 消え入るような彼女の嘆きを背に、ポメロは走り出しました。


 ポメロ君、自分の用事が終わったからってすぐに立ち去らないで。


 もっとハルモニアさんを労わってあげて?

  

 エピタフ。

 マンモス。

 メルダック。

 ネオ。

 パウ。

 ハルモニア。


 六人の言葉を腹に収め、沈黙を貫いた少年の内で、ついに【熱情】が臨界点を超えようとしていました。



───── ♬ ─────



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