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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第二十五幕「僕の愛するこの歌が、君の心に響かない」

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75/105

一席


 ポメロが書き上げた『楽園』は、期せずしてこの世界の誰の耳にも馴染みのない、未知の鼓動を刻んでいました。

 

 それは後世にサンバと呼ばれることになる、情熱と祝祭のうねりを内包しています。


 アイドルの総合ステージを目の当たりにしたポメロは、痛感していました。


(メロディだけじゃ足りない。この『楽園』を完成させるには、聴く者の血を沸かせ、肉を踊らせる、圧倒的なリズムが必要だ……!)


 ノリを牽引する絶対的な柱。それがあれば、誰もが現実の重力を忘れて跳ねることができます。


 ポメロは意を決して、音楽の都に留まりながら、音楽そのものにはこれっぽっちも情熱を傾けていない、唯一の知り合いに頭を下げました。


「……ヤだけど。メンドーだし」


 デッカ先輩。


 天性のリズムの達人でありながら、音楽を単なる女を口説く道具としか思っていない男は、ポメロの並々ならぬ熱情を、鼻をほじりながらフツーに切って捨てました。


「あのさーポメロちゃん。知ってるだろポメロちゃん。俺ちゃんはハッピーな今日のために生きてんのね? そんな小難しい、新しいジャンルの開拓なんて、肩が凝るような真似出来るワケないじゃんか?」


「お願いします!先輩のあの【ノリ】が必要なんです。七番舞台のアイドルファン全員を躍らせるには先輩の力がないと……!」


「やーなこった。俺ちゃんこれから、馴染みの姉ちゃんとこに、ほどよいリズムを刻みに行くんだよ」


 デッカはひらひらと手を振り、夜の街へ消えていきました。


 ポメロは、遠ざかるサンディブロンドの背中を、ただ立ち尽くして見送るしかありませんでした。

 

 夜風に混じる、腰に下げた小型コンガがツッタカラタタと零れる音。それはポメロが喉から手が出るほど欲している、あの擽るリズムの残響です。


(……一回。まだ一回、断られただけだ)


 ポメロは拳をぎゅっと握りしめ、自分に言い聞かせるように呟きました。


 確かにデッカは底抜けに面倒くさがりで、不真面目な男です。ですが、彼はノリで生きている人でもあるのです。故にノリの化身。

 

 そしてこの『楽園』もまた、ノリを基とした楽曲。


 ノリとノリを合わせればノリノリだ!

 

 一度でもこの曲をデッカに聞いてもらえれば、あのリズムを司る本能が黙っていられるはずがない!


 ──ポメロはそう信じていました。


(明日だ。明日、もう一度ぶつかってみよう。あの人を本気にさせる方法を考えるんだ)


 ポメロは懐の譜面を強く抱え直し、宿への道を歩き出しました。


 『楽園』の門番は手強い。

 

 ですが、その門をこじ開けた先にしか、ポメロの求める景色は広がっていないのです。



───── ♬ ─────



「……まあな。おまえはすげえヤツだよ、ポメロ」


 奏鳴荘へと続く街灯の下。ポメロの何度目かのアタックに、デッカはポケットに手を突っ込んだまま、いつになく低い、地を這うような声で切り出しました。


「上京した時はお情け込みで20点とかつけてやったのにな。そこから食らいつき、しがみ付き、喉を掻き切るようにして想いを振り絞って──。新たな曲を作るたびに、その点数を着実に伸ばしてきた。今はそうだな……75点くらいはあるか? ショウビズに曲を奪われ、【淋しくて震える勢】にはステージを追われ、結構つらい目も見てんのにな。ほんとスゲーよ。ソンケーもんよ」


 デッカは一度言葉を切り、夜の闇を見つめました。


「でもなポメロちゃん、こーゆーフレーズ知ってるか?『僕の大好きなこの歌が、君の心に響かない』。……人にはさ。好みっていうか、自分のスタンスっていうか、譲れない一線ってのがあんのよ。音楽的な主義主張だってそうだ」


 一呼吸。


 重苦しい沈黙が、春の夜風を止めたように二人の間に落ちます。デッカは、いつものおちゃらけた仮面を完全に脱ぎ捨て、らしからぬ真剣な、どこか悲しみを帯びた瞳でポメロの瞳を射抜きました。


「……俺、お前の曲、好きじゃないんだわ」


 ポメロは自分の心臓が、一瞬止まったような気がしました。


 尊敬し、共に『楽園』を創るためのリズムを求めていた男から突きつけられた、全否定よりも残酷な、感性の拒絶。


「お前の努力は認める。才能も、熱意もな。でも、ポメロちゃんのさ、その、削って削って出してくる感じ? アレ重いんだよ俺ちゃんには。リズムが合わねえんだ」


 呆然と立ち尽くすポメロの肩を、デッカは優しくポンと叩きました。その掌の温かさが、かえって冷酷な現実としてポメロの体温を奪っていきます。


 デッカはそれ以上何も語らず、そのまま夜の街の雑踏へと消えていきました。


 宵の口のカーネギーの通りには、いつも通り音楽が洪水のように溢れています。


 ですが、今のポメロの耳には、楽器の音も、喧騒も聞こえません。


 思い返せば……


 ポメロはデッカとよくつるんで飲みに行ったり、ライブをみたり、ナンパにも付き合ったりしたけれど。先輩と後輩として街の生活を楽しんではいたけれど。


 エピタフやエレクトラと違い、ポメロの楽曲では一度も共演したことがありませんでした。奏鳴荘内の音遊び程度の共演も、すべて。


 今、やっと分かりました。


 ずっと避けられていたのです。デッカに。ポメロの音楽を。


 音楽の都カーネギー。街角に歌が溢れる素敵な街。


 「そっか。」



───── ♬ ─────



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