一席
「わたくし、思い出したんですの! アイドルになるためにここへ来たことを!」
フォルテが奏鳴荘の食堂で唐突に叫んだ。その手には、極彩色のリボンが巻き付けられた愛用の丸太が握られています。
「アイドル! エネルギッシュなフォルテにはぴったりだね!」
太鼓持ちモード発動。
フォルテが突拍子もないことを言い出したら初手はこれに限るのです。
「おーーーーっほっほっほ! ご覧になって? 「ヤー!」に宿るこの輝きを! ヤー!ヤー!ヤー! すでに七番舞台の陰の支配者……アップル様とコンタクトが取れましたの。わたくしを直接アッピールしに参りますので、従者のポメロ兄さまも随行ヨロですわ!」
ヤーの意味はよくわからんが、とにかく凄い自信だ!
「従者設定、まだ生きてたんだ……」
ポメロは溜息をつき、三つ編みの先をいじります。
「めんどくせーな、もー」「あの時従者やったのはリノに会う手段として利用しただけなんだよ」の想いを綺麗な言葉でラッピングしてフォルテに伝えようと考えた彼でしたが、またしても彼女んの言葉の中に聞き捨てならない要素を発見し、思わず反芻してしまいました。
「ん…… アップル? 【六歌仙】の?」
かつてポメロが楽壇デビューしたばかりの頃、生活費を稼ぐためにいくつものバンドにヘルプメンバーとして参加する中で、バンドを跨いで持ち回され、再生産されていた恋愛ソングの【金型】たち。
ポメロは終わりなき再生産サイクルを【閉じた円環】と喝破し、絶縁と自らのルーツの宣言を歌い上げた『恋とか恋とかそんなのばっか』にて世に問いました。
結果、一部界隈にポメロの名が知れるも、歌詞に謳われる閉じた円環を理解しないは愚か、タイトルに引きずられて恋愛ソングそのものを否定されたと憤り、アンチ化した恋愛至上主義リスナー【淋しくて震える勢】に鶏卵爆撃されるという結末を迎えるに至った。
その、因縁渦巻く『淋しくて震える』というフレーズの作者が、アップル女史なのです。
【六歌仙・革新】の冠を戴く女。そのサクセスロードの、おそらくは大いなる一歩となったのが、二十年前の年間ランキング一位ポップス、『淋しくて震える』。
かつてヘルプ先のバンドリーダー、いつでもグラサンのアコニキはバーボンを胃に流し込みながらこう呟きました。
『どうなんかね? こんだけしゃぶられ続けてる現状。どう思ってるんかね?』
苦み走った彼の呟きは今なおポメロの胃の中で、昇華できぬまま転がっています。
――知りたい。
同じ創作者の端くれとして、普遍的金型となったフレーズに込められた意味を。金型に落とし込まれてデッドコピー品が出回り続けているという現状をどう見ているのかを。
「ではお嬢様。少々身だしなみを整える時間を頂戴できますかな?」
「よくってよ、よくってよ!」
二時間後、ポメロはお嬢様に付き従い、熱狂の渦巻く巨大パレスへと足を踏み入れた。
───── ? ─────
【六歌仙】革新のアップル。
人呼んで「ニューウェーブの旗手」「七番舞台の影の支配者」「ザ・ヒットメーカー」。
二十年前、新進気鋭のトルバドールとして世に放った『淋しくて震える』は、並みいる実力派の楽曲を力でねじ伏せ、ダブルスコアで年間チャート一位を獲得しました。
その後いくつかの名曲を残したのち、アップルはプロデュース業へと転身。
楽曲や歌唱のみならず、ステージの隅々にまで工夫を凝らし、オーディエンスに「楽しい」を提供することに精力を傾ける、世界最初の総合演出家となりました。
派手な衣装を纏い、背中まで届く黒髪にはキューティクルの天使の輪が輝いています。
しかし、彼女の最たる特徴は真っ赤に塗りたくった大きな唇でしょう。唇自体は分厚くもないのですが、如何せん横に広い――つまりはカエル口なのです。
マネキンにこの唇だけが取り付けられていても、アップルであると認識できるトレードマーク。もちろん狙ってやっています。
その巨人が今、底抜けに明るい笑みを浮かべながらも、目の前の初対面の小娘に、文字通り翻弄されていました。
「以上! わたくしのアイドルアッピールを終わらせて頂きますわ! ヤー!」
アップルは、フォルテの渾身のアピールを目の当たりにして、大きな口を開けたまま深く頭を抱えました。
丸太て。
アイドルを目指すと言って、何故その場でカンナを掛け、角材を生成し始めるのでしょうか。
にこやかに、しかしその内側では冷徹に、彼女が積み上げてきた「勝利の方程式」に組み込めぬ異物を弾き出します。
せめて大道芸としてなら、あるいは。
ですが相手は貴族令嬢、しかもあのエルプフィル領主の愛娘。さらには父親がこの爆弾娘をこよなく愛しているという情報までが、彼女の脳内データベースにはインプットされていました。
「あー…….うん、フォルテちゃんは、とっても元気だね♪」
奇しくもポメロと同じ結論に至ったアップルの乾いた笑いに、フォルテが目を輝かせました。
「では、明日からはセンターデヴューですわね!」
「「は?」」
アップルとポメロの声が重なりました。二人は同時に顔を見合わせると、たまらず部屋の隅へと移動し、小声で緊急作戦タイムを開始しました。
「いや、無理なんだけど。アタシでは扱いきれないわ、あの子」
「でしょうね」
「そこは従者の役目を果たしてよ!」
「従者としては、主人の希望を極力叶えたいとは常々思っているのですが……」
「わかるでしょ──? アタシのスポンサー、あの子のお父様……エルプフィル領主と密接に関わってる企業があるの。ちょっとだって不評は買えないわ。察して、ポメロ君!」
「……僕をご存じで?」
「そりゃ、ランキングに上がるような新人はチェックするでしょ。それに『僕たちのひみつきち』。あの仕組みは面白かったわ。パウやネオも君のこと買ってるみたいだし、興味は持つわよ」
アップルは値踏みするような視線を投げました。ポメロはそれを真正面から受け止め、交渉を持ちかけます。
「……アップルさん。僕がフォルテをどうにか納得させたら、一度、僕とお話しする時間を貰えませんか?」
「パウの薫陶を受けてるんだっけ。あんなにしつこいのは嫌よ?」
「……わかりました」
ポメロは覚悟を決め、フォルテに向き直ると、滑らかな口車を回しました。
「お嬢様。アップルさん門下のアイドルになるには、一年以上の楽壇経験と、ランキング十位以内に入る実績が必要不可欠なのです。それが都会の……アップル様の鉄の掟なのです」
「わかりましたわ!」
素直! 角材を抱えたまま、フォルテは潔く引き下がりました。
散らばったカンナの削り屑は、アップルが掃除しました。
───── ♬ ─────
「こないだは助かったわ。ありがとう」
静まり返った楽屋で、音楽界の女王──あるいは気紛れな妖精のように君臨する巨匠が、一人の少年に向かって潔く頭を下げました。傍から見れば、歴史が動くような光景です。
「……フォルテは無敵なので」
ポメロは短く応えました。あの暴走する「お嬢様」をどうにかこうにか転がせるのは今のところ、この従者をおいて他にいません。
実家にいた頃はどうしてたんですかね?
「さて、約束通りリハの時間まで君の話を聞いてあげる。高いのよぉ、アタシの時間単価って」
「フォルテに時間割いたのに」
「あの子は銭まいてくれたから……」
「ああ」
納得です。アップルにとって、時間は金であり、金は舞台を作り上げるための燃料なのです。いくらあっても困る事なんてありません。
自身の黒髪を指で弄ぶアップルに、ポメロは本題の前提へと、会話を進めます。
「あの、僕の動向をチェックしていただいてたとか」
「大雑把にはね。一応、この時間を持つ前に予習はしといたわ。」
「『恋とか恋とかそんなのばっか』……ご存じですか?」
「あー……」
アップルは、手のひらで両目を覆い、天井を仰ぎました。
「あれ、アタシにも向いてるわよね。批判」
「まあ……そうなのかな? 【閉じた円環】の内にいるのだとすれば、そうかも」
「ていうか、仕掛けた側の一角」
「なんて?」
ポメロが問い返すより早く、アップルは愉快そうに笑いました。
「君が『恋とか』で喝破したその循環システムね。アタシも回し始めた一人なの。懐かしいわねえ。あの頃は新聞記者とか伝統派とかに、しょっちゅう同じことで批判されてたわ」
衝撃がポメロを貫きました。
自ら発見し、誇りを胸に歌い上げてきた円環の正体。それは、すでに二十年前に使い古された批判の対象に過ぎませんでした。
周回遅れも甚だしい事実を突きつけられ、ポメロは「うー」と恥ずかしさに赤面し、唸るしかありません。
「あっはっは! 恥じるな、胸を張れ若造! あれを独力で発掘したなら、それは君の才能だ。大事にするのよ」
敵の親玉と思しき人物からの、意外なエール。
ですが、屈辱は感じません。
アップルの毒っ気を感じさせないあまりに明け透けな物言いには、裏の意図が感じられなかったからです。
「続けて」
アップルの無機質な笑顔に促され、ポメロは意を決して本題を切り出しました。
「僕がその構造に気づいた契機は……世の中の恋愛主題の歌に溢れている『淋しくて震える』というフレーズへの違和感で。そのフレーズを二十年前、世に送り出したのは、アップルさんの歌のタイトルだと知りました」
「わー、懐かしいわね。あの頃はホント、世の中の仕組みをなーんにも知らない小娘でさ。才能を鼻にかけて。ヤな奴だったわよ、実際」
「……で、その『淋しくて震える』というタイトルや音楽表現、生まれたきっかけなどを教えて欲しいんです。込めていた……想いも」
アップルは再び手で目を覆い、「うーん」と長く唸りました。
「どうしても聞きたい?」
「はい」
「多分、聞いちゃったら夢を壊すわよ?」
「はい」
「そっかー……。じゃあ、しょうがないわね」
アップルはポメロに向き直りました。
ですが、その瞳に熱は宿っていません。前回のフォルテ襲撃時も含め、何度も視線は交差したはずなのに、彼女の瞳からは何一つ伝わってこないのです。
「ないわよ」
「え?」
「タイトルに込められた想いなんて、ない」
「え……?」
「当時さ、若者たちに流行っていた曲が二曲あってね。『さみしくてさみしくて』ってのと、『夜に震える』っての。だからね、くっつけちゃったんだ。淋しくて、プラス、震える」
――勝手にシンドバッドの法則!
「そんな……」
「ホントよ」




