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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第二十三幕『げに凄まじきは宮仕え』

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一席


 夜半、謁見の間。


 領主の高座に、男は座していました。


 窓から差し込む月光すら届かぬほどに日は落ち、闇の中に没した冷たく整った大理石の空間。男は肘掛けへ肘を突き、拳で片頬を支えたまま、石像のように動きません。


 その男の背に。


 高座の背もたれの裏、闇の深淵から、一つの気配が立ち上がりました。


 男は焦ることなく、その気配に向かって、低く掠れた声をかけます。


「報告か?」


 ベベン!


 返答は、乾いた三弦の調べでした。


  〽 操るつもりの 糸車ァーー 巻かれ巻かれて 身を縛るゥーー


 女の声で節回すそれは、都々逸です。今やオールドを超えてレガシーと呼ばれる、トルバドールの伝統芸能。


 ベベン!


  〽 情の糸でェ 手繰り寄せェーー ア、業の縛りに 喉を突くゥーー


 洒脱。そして、あまりに痛烈な皮肉。


 伝統派しぐさのいくつかは、このレガシースタイルをルーツに持つのです。


 ベベン!


「わかっておる、わかっておる。そう私を責めてくれるな」


 高座の男、ゲッティング・ビクターはやれやれと言った風情で、背後の見えぬ女に言葉をかけます。


 忠言。皮肉から即座にそれを読み解けるとは、この男の懐は深いです。あるいは、それほどまでに自らの業を自覚している証左でしょうか。


 背後の女──ハルモニアは、一段とおちゃらけ味を加えた声で、闇を撥で弾きました。


「阿呆を飼うのも、楽じゃない」


 ベベン!



───── ♬ ─────



「ヤー! 明日の予定はオルキャンでヨロですわー!」


 フォルテの言動は、いつだって唐突です。


 受けるポメロも、もはや慣れたものでした。


「そ。夕ご飯までには帰っておいで」


 ですがフォルテは従いませんでした。


「夕食はご領主館で頂きますの。マミィにも連絡済みですわ」


 領主の館。リノが連れ去られた、あの巨大な鳥籠。


「リノも一緒に?」


「勿論ですわ! わたくしがリノ様にお会いしたいと「お願い」したから実現したんですの──。ヤー!」


 誇らし気に丸太を掲げるフォルテ。


 身分。資金。バイタリティ。この少女が本気で願って実現出来ないことは、この世にあんまりありません。


 だから通りました。力ずくで通したのです。リノに会いたいと。一番舞台の貴賓席から聞いた歌に、魂を震わせるほど感動したから。


 ですが、リノに会いたいという思いに関しては、さらに数段上の熱量を抱き続けている少年がここにいました。


「……フォルテお嬢様。僭越ながら。このポメロめを。ランキング九位にまで登りつめた新進気鋭のトルバドールめを、どうかお嬢様の従者としてお連れください」


 リノへの思い。初めて会った時の衝撃。心安らぐ日々。突如訪れた、あまりに理不尽な別れ。


 会えない日々。


 ポメロは、彼女に会うために泥臭い努力を続けていました。一番舞台への訪問、出待ち。領主館への訪問、出待ち。その全てが門前払いで、強制退出。


 顔なじみのハルモニアにすら辿り着けず、名もなき警備兵に無機質に突き出され、サインさせられた調書は数知れません。


 万策尽き果てたと思っていました。もうリノには会えないのかと、鋼のようなポメロの心さえも折れかかっていたのです。


 ところが。


 この最大瞬間風速に於いては他の追随を許さぬお嬢様は、いともたやすくハードルを飛び越え──いや、ぶっ倒して突破していたのです。ポメロの預かり知らぬところで。


「どうか」


「良くってよ!」



───── ♬ ─────



「ポメロ君も来るんですか……」


 アラサー独居独身ブラック企業勤めOLが、一人きりの給湯室でこぼすが如くため息をついて。


 迎えの馬車に搭乗していた宮廷楽師ハルモニアは、ポメロからフォルテへと視線を移しました。


「わたくしの従者ですの! ヤー!」


「どうしてもお連れになるので?」


「吐いた唾、飲み込むんじゃねーですもの!」


「どうしても?」


「ヤー! ヤー! ヤー!」


「♪ 泣く子と辺境貴族にゃ 勝てはせぬゥーー」


 ベベン!


 背中が煤けたハルモニアが、観念したようにポメロを馬車に案内します。第一関門、突破。


 ハルモニアさんかわいそう。誰か彼女を温泉に連れてってあげて。


 ポメロは、ハルモニアに邪険にされたことに落ち込むことはありませんでした。むしろ、目の前のフォルテを尊敬の眼差しで見つめていたのです。


 つよい。つよすぎる。


 「ヤー!」だけで全てを押し通しました。自分に向けられたときは「ヤー!」じゃないが! と憤るそれも、障害に相対すると強力な武器、伝家の宝刀となります。


「あー……馬車に乗せちゃいましたよ。リノお嬢様と旧知を接触させるなとお触れが回ってるのに……。でもフォルテ様は子爵令嬢……。お願いを聞かない訳にはいかない……。つらい……」


 ポメロにとって、このアラサー女性は障害です。領主の手先です。だが、この弱り切っている姿を間近で見ると、同情心すら湧いてきます。


「ゴメンね」


 あろうことか、罪悪感すらも。


「あはは……。一回り以上年下に気遣われてしまうとは不覚! ……でも、胃が痛い」


「ではポメロ! わたくしの従者としてハルモニアを気遣って差し上げなさい! わたくしの従者として。わたくしの従者として!」


 よほど気に入ったらしい、その設定。


「畏まりました、お嬢様。……丁度いい曲があるのですよ」


 馬車は進みます。


 ガタゴトと音を立て、しかしキャビンは揺らさずに。


「ハルモニアさん、あなたの為に心を込めて歌います」


 ポメロは膝の上に新しい相棒、漆塗りのギターを乗せました。


「『ここらで一杯、茶が欲しい。』」



───── ♬ ─────



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