二席
まあ、悶着は有りました。というか、悶着しかなかったのです。
生活に必要な一揃えは、その日のうちに一先ず揃いました。「一番いいの」という注文を真に受けなければの話ですが、買い出しに駆り出された面々は、適当な商店で適当な品を選び、お嬢様の銭を適当に消費しました。しかし、
「良くってよ、良くってよ! 流石はカーネギー。いいものが揃ってますわー。ヤー!」
当の本人がテキトーに揃えた粗末な品々に気づかず、満面の笑みで丸太を振っているので、それでいいのでしょう。俺によし、お前によし。三方よしの精神です。
懸案だったポメロへの弟子入りの件は、今のところ沙汰止みになっていました。というのも、フォルテは田舎を飛び出した本来の目的を、都会の物珍しさと煌びやかさに目を奪われて、すっかり忘れていたのです。
「ポメロ、弟子入りの件はどうなったんだい?」
ドリーの問いに、ポメロは遠い目で答えます。
「あっちからアクションを起こさないうちは、こっちからは触れません」
「……賢明だね」
そういうことになりました。
で、鮮烈なお引越しから数日が経過したわけですが、件の生き物はどうなっているのかというと。
「おーーーっほっほっほ! おーーーっほっほっほ!」
未だバイタリティは尽きず! むしろ尽きかけているのは、引率を任された先輩たちの心身の方でした。
奏鳴荘の恒例行事、新人の社会見学。本日はエレクトラが担当でした。
「宜しくお願いしましてよ、エレクトラお姉様!」
「ええ、こちらこそよろしくね、フォルテちゃん」
元気に挨拶するフォルテに対し、最近ようやく愉悦趣味が抜けてきたエレクトラは、後輩の素直な態度を好意的に受け止め、二人で八番舞台へと向かったのです。
そして、三時間ほど経過した結果がこちらです。
「ムリぃ! もうムリなのぉ!」
奏鳴荘の食堂で、あの泰然自若としたエレクトラが幼児退行を起こし、食卓に突っ伏して足をバタバタさせています。リノの再来でしょうか。バタバタが止まらないので、ポメロが仕方なく尋ねます。
「……何かありましたか?」
「何かしか無かったわ!」
───── ♬ ─────
「まあっ! 凄いオヒゲですこと! ちょっとじょりじょりさせてもらってもよろしいかしら?」
「フォルテちゃん、その方は興行主よ、失礼をしてはダメ……っ!」
「あら! なんでこのレディには、のどぼとけがあるんですの? わたくしドびっくりですわ?」
「フォルテちゃん、そこまで。ヤメて。本当にお願いだから」
「それに、そのストッキングから、まるで麦の新芽のようにぷつぷつと生えているおけけ! ヤー! ぷりちーですわ! わたくしもその、ぷちぷちしたストッキングが履きたいですのー! 同じのを買ってきてくれ! 金ならある!」
「それ自前! 自分の毛だから! ああああああっ!」
───── ♬ ─────
……はっ! と我に返ったエレクトラの脳裏には、興行主の額にぴくぴくと浮かび上がった血管の太さが焼き付いていました。
「ふふっ……これで興行主に嫌われたら、どうしましょう……」
「ヤー! ヤー!」
「ヤーじゃないが!」
ポメロの突っ込みも虚しく、食堂にはフォルテの咆哮が響きます。
「無残……」
「ヤー!(よくわかってない)」
そんな暴走が、昨日はエピタフの、一昨日はデッカの胃壁を削っていました。
「もーやだー、お部屋かえるぅ……」
ポメロが肩を貸し、エレクトラは本日の営業を終了しました。文字通り、魂が抜け落ちた背中を見送ってから、ポメロは明日の予定を思い出します。
「明日、頑張れよ。……いや、頑張らなくていいから。無事に帰ってこい」
エピタフの切実なエールに、ポメロは乾いた笑いを返します。
「……祈っててよ」
明日はついに、ポメロがホストを務める日です。
「ヤー!」
「ヤーじゃないが!」
───── ♬ ─────
今日は【輪になって踊ろう会】の日です。
フォルテと子供は親和性が高い(≒同程度の知能)との読みから、ポメロはこの場所を社会見学先に選んでいました。
「今日はね、新しいお姉ちゃんが遊びにきてくれたの。みんな輪の中に入れて、踊り方を教えてあげてね?」
「ジコショウカイ、シテ!」
デオン妻の優しいアナウンスを受け、フォーク姉がフォルテに自己紹介を促します。子供たちはそわそわと、ちょっと綺麗で可愛い服を着ているお姉ちゃんに興味津々です。皆、おりこうさんに挨拶を待っていました。
「フォルテちゃんぷりちー♪」
簡潔な鳴き声……もとい挨拶。
凍りつき、困惑する子供たちに、ポメロが光速のインターセプトを仕掛けます。
「フォルテさんです! 遠い街から音楽の勉強に来ました。みんな、なかよくしてね!」
ポメロの通訳で子供たちの困惑が解けました。
「フォルテさんカワイイ」
「なあなあ、『ぷりちー』ってなんだ?」
わらわら寄っていく子供たち。デオン夫はほっと安堵のため息をつきました。
ですが、カッチンコッチンと非人間的なメトロノームの動きを続けているハーモ兄を、見逃す生き物ではありませんでした。
「ヤー! 不思議な動きですこと?」
食いついてしまいました。
「凄い体幹ですわ!」
意外と本質を見ています。
曇りなき観察の目で真剣に見つめられ、ハーモ兄はたじたじです。
「俺も前から気になってたんだ」
「俺気づいたんだけど、倒れる方の膝がちょっと曲がるよな」
子供たちも気になっていたのです。
ですが、誰も触れないから口には出さなかった暗黙のタブーを、フォルテが無邪気に粉砕しました。
「オドロ? オドロ?」
いつもならフォーク姉のたわわな胸元を見てデレーっとしているマセガキッズたちも、今はハーモ兄のメトロノーム・ムーヴの解析に夢中でした。ぷかぷかぷー! とアコーディオンの楽しい音色が響いても、誰一人誘われません。
「……(たすけて)」
「そんな目で助けを請わないでください、ハーモ兄さん」
子供にたかられたハーモ兄の動きが早くなります。緊張か、あるいは恐慌のせいでしょう。ですが子供たちはそのスピードアップに歓声を上げます。
「「「うぉぉおおおおお!」」」
「「よくってよ! よくってよ!」」
誰だ、今フォルテの真似をした悪い子は。
「オドロ! オドロ!」
フォーク姉のなりふり構わぬ懇願。セクシーな格好の割に、精神年齢の幼さが露呈していました。
<───── しばらくおまちください ─────>
狂乱は去り、ようやくダンスが進みました。
広場の端では、次に会場を使う予定の「体操のおにいさんズ」がイライラしながらこちらを指さしています。メトロノーム・ムーヴの解析に十分が無為に(子供とフォルテにとっては充実した時間ですが)消費されたせいで、ケツカッチンの予定が狂っているのです。
ですが「五曲の縛り」は、四曲での途中降板を許しません。女神様が見ています。
お兄さんたちの正しき苛立ちを背中に感じ、演奏とダンスが進みます。
プレッシャーに弱かったデオン翁が時折演奏を間違え、スネてしまったフォーク姉は踊るどころか、お誕生日席で抗議の体育座りを決め込んでいました。
流石の子供たちも罪悪感を感じているらしく、笑い声のない、粛々としたダンスが続きます。
そして終了二分前。あとは撤収して解散、となるはずでした。
「おーーーっほっほっほ!」
だったのに。
「よくってよ、よくってよ!」
この生き物は、最後の最後でやってくれました。
「お子様の皆さま、今日はわたくしにダンスを教えてくださってブチ感謝ですわ! お礼に……」
フォルテの手が腰の銭袋に伸びます。
「あっ! ちょまっ!」
ポメロの制止は間に合いませんでした。
「そーれ、銭まくど! 銭まくど!」
ぱあっと振り上げられた手のひらから、金貨の数々が太陽の光を乱反射して舞い踊ります。
「おかね?」
「きらきらしてる」
「金貨だ!」
ケツカッチンオーバーだったステージの予定は全体大幅遅延確定!
「金貨かよ!」
「マジで!?」
「イラついてる場合じゃねえ!」
体操のおにいさんズまでもが銭拾いに参戦。広場は一瞬で混沌の渦に叩き落とされました。
「ヤー! ヤー!」
見回りの衛兵のタッグが、こちらを指さして足早に近づいてくるのが見えます。
「ヤーじゃないが!!」
───── ♬ ─────
「……ポメロくんさあ」
「はい」
「困るんだよね、こういうの」
「はい」
「君が公園ライブで市民の憩いに貢献していることは知ってるよ?」
「ありがとうございます」
「でもさ、こういうことをされると考えちゃうよね」
「あの」
「出入り禁止とかさ」
「すみません、ごめんなさい、よく言い聞かせますから!」
「……エピタフ君、いるよね」
「はい」
「おととい彼がさ、おんなじこといってたよ。あのお嬢様の件で」
「……」
「言い聞かせられてないよね」
「……はい」
「君、本当に言い聞かせられるの?」
「……努力はします」
「まあ、相手はお貴族様だ。我ら庶民では押さえられないこともある」
「ご理解感謝です」
「逮捕や罰金はないよ」
「助かります」
「でも調書にはサインしてね」
「……はい」
───── ♬ ─────




