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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第二十一幕「目を閉じて私を見て」

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一席


 ナムナムちーん! ポクポクちーん!


 葬祭場に読経ソングと木魚ビートが響き渡ります。


 黒白の垂れ幕を潜ると精緻な穏やかな木目を生かした白木の箱。華美な装飾を削ぎ落されたその箱は、それゆえに素材の良さを自ずから浮き彫りにさせます。


 鼻につかぬ作為。現れるは減算の美!


「このお棺は生前から指定していたみたいよ」


「最後まで風流なお方ですね」


 弔問客は故人に好意的。正しい意味でしめやかに葬儀は進行します。臨席するは100人を超えていました。


 その最後尾にエレクトラとチーママの姿がありました。ブラッシャーベールに包まれた彼女らの表情は解りません。ですが醸しだす哀悼の念は隠せませんでした。


 しかし漏れ出でるのはそれだけではありませんでした。背徳の色香。不謹慎が背徳感を高ぶらせ、ベール越し浮かび上がるエレクトラの美貌をより深めます。


 あけっぴろげなマッパより透けたベビードールの方がいやらしいの理論!


 故人を偲ぶ為の会合ですが、この一角に漂うのは欲情の空気感! 罰当たり!


「今日は一段と……あんた、凄いね」


 チーママも引いています。


「狙ってやっているわけじゃないのよ。ただ……きっと。私という存在に喪服というドレスがマッチしすぎたのでしょうね」


 常の含み笑いはありません。不謹慎だからです。エレクトラは真摯に故人を葬送しています。邪なのは色気に当てられた男どもでした。


 そこに、勇気を持って不謹慎を糾弾する老人が現れました!


「散れ! お前ら! 深海の歌姫に嫌らしい目線を向けるんぢゃない!」


 男達は反省します!


だが。


「それは儂だけの特権ぢゃ!」


 独占欲でした!


「……」


「あらあら銭ゲバの翁、おこんばんわ。いつもの御贔屓、感謝しておりますわ」


 チーママが顔をしかめたエレクトラを背にかばって大人の社交辞令を放ちます!


 この年甲斐もない独占欲を発揮したのは銭ゲバ翁!


 小さな工房を爪に火を灯すような節約を経て大きくし、強引な値切りと勿体ない根性で事業を広げ、ついにはブラック労働でやりがい搾取しながら富豪へと昇りつめたグレーゾーン成金の雄!


 自嘲どころか誇りを持って自ら名乗るは【銭ゲバ翁】!


 決して人に奢ることはありません。注文するのは最安値のワインと季節のおつまみセットのみ! おひねりを渡したこともありません。ですが3日と開けずノフラージェに通い詰める太客!


「ですがここはオーナーとの最後の別れの場。翁も今日は心静かに彼の遺徳を偲んで頂けませんか?」


 チーママの窘めなど馬耳東風です! 銭ゲバ翁は胸を張って受け答えます。


「別れの場? 違うなチーママよ。今日は門出の日ぢゃ」


「……確かに死出の旅路などとは申しますけれど」


「違うな、新生ノフラージェの門出ぢゃ。たった今、遺族からノフラージェの一切を買い取った」


 エレクトラを見ながら銭ゲバ翁は満面の笑みを浮かべます。爬虫類のような舌なめずりをして!


「今日から儂が支配者ぢゃ」



───── ♬ ─────



「のう、エレクトラちゃんよ」


 ノフラージェ、支配人室。

 

 応接室をかねたそこには体が沈み込むような人をダメにしかねない二人掛けのソファーが一対テーブルをはさんでおかれており、そのソファーにエレクトラと銭ゲバ翁は二人並んで掛けていました。


 エレクトラはソファーの端に。銭ゲバ翁はお互いの太ももを密着させる距離で。二人掛けのソファーの一人分が空いてしまっています。


 二人きりの室内。アブない。

 この空間は何をとは言わないがとにかく良くない!


「儂がな、ノフラージェに通っておったのは、お主の歌を聞くためぢゃ」


 翁は遠い目をしながらもエレクトラの膝付近をさすっています。……喪服の膝を!


「お主の歌に儂は救われたんぢゃ。銭ばかり追うて家族を持てん買った。銭ばかりを追うて友たちは去って行った。ふと振り返れば残ったのは銭ばかり。胸に産まれた空虚。この渇きを潤してくれたのはエレクトラちゃんの歌ぢゃ。歌だけぢゃった」


 勝利者の孤独を述懐する翁の手の動きは止まりません。徐々に膝から太ももへとその指先が伸びます。


 エレクトラは僅かに身を捩り、不快感を言外に伝えますが、指の旅路は終わりません。


「ぢゃから儂はノフラージェを買った。後継者がここを潰すかもしれん。エレクトラちゃんを解雇するかもしれん。その可能性を無くすためにの」


 翁が語る言葉はホワイトナイトのそれ。文化の保護者のそれ。ですが指先は太ももを這います! エレクトラの額にじっとりとした汗の球が浮いているにもかかわらず。


「のう、エレクトラちゃんよ。儂は頑張ったぢゃろ? お主を見事に守ったぢゃろ?」


 指は内腿へ。鳥肌立つ肌理の意味を勘違いして。


「だから……解るぢゃろ?」


 翁は反対の手でエレクトラの顎を捉え、翁へとその麗しい顔を向けさせます。顎を上げ、伏せた瞳に自分の顔を強制的に映しこませました。


「儂をもっと救ってくれ。儂の渇きをもっと潤してくれ。ステージよりもっと近く……このソファーよりももっと近く……歌よりももっと近くで、儂の孤独を忘れさせてくれ」


 エレクトラは無言。


「……わかるぢゃろ?」



───── ♬ ─────




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