三席
「会場のハルモニアさーん?」
「はーい」
男性MCが無線越しに声をかけると、第一番舞台のモニターに映し出されたアラサーの宮廷楽師は、明るい笑顔で手を振り返しました。
メイクの違いなのでしょうか、いつもは背中が丸まり気味なハルモニアとは違い、どこか溌溂とした「都の女性」に見えます。
「えー、ハルモニアさんはリノ様の代理人ですとか」
「おしい、ちょっと違いますね。私は代理人ではなく代弁人なんですよー」
「聞き慣れない言葉ですね、代弁人」
「実はですねー。リノお嬢様は音楽の女神に愛され過ぎてしまいまして」
「ふむふむ」
「極上の歌の才能を与えられた代わりに、言葉を奪われてしまっているんですよ…… つらい」
ハルモニアの悲しげな声。そこには、実感の湧くような生々しい辛みがこもっていました。
「そんなことが……」
「ですので私が彼女の代わりにですね、お話や返答をしようと思いまして。これが代弁人なんです」
「確かに、お言葉が奪われておいでならやむなしですね…… おいたわしい」
リノが画面に映ります。
きょとんとした表情、無垢な瞳。MCの言うおいたわしさが加速するような、守るべき弱々しさを湛えていました。
「さて、時間も限られていることですし、音楽の方行っちゃいましょう! まずは三位ですね、『ねこねここねこ』とありますが?」
「ええ、猫の持つ可愛らしさを表現した曲ですね。ストーリー性はありません。ただリノお嬢様の心に棲む猫の親子の可愛さに、身悶えしてください」
「ランキングではなかなか見ない素朴なテーマですね。では歌って頂きましょう。六歌仙・歌唱。ビクター家の箱入りプリンセス・リノ様で、『ねこねここねこ』」
画面向こうのリノはハルモニアに身を寄せ、指さされた位置に立ち、指示された方向に向かって胸を広げました。
記憶にあるより少し大人びた表情で、彼女は歌い出します。あの日の情景を。
「ふとったねこがいる……」
モニターを見守っていたボーカル専門の女性、ソニーが衝撃を受けています。
「なんという芳醇なイメージ!」
「私も頭の中で猫飼いたーい!」
リノの歌を知らぬ者たちは、その洗礼を浴びて驚愕しました。
しかし、リノの歌を、あの奏鳴荘での魔法を体験したことがある者たちは違いました。
「見た見た前見た、この猫。すっげーぶさいく」
「あれ、今日はあんまりねこかわいくない?」
誰もが高評価ではあります。しかし、その感想は二分されていました。
「アイツの実力はこんなもんじゃねーはずだが……」
ネオの呟きに、ポメロが答えます。
「たぶん、モニター越しだからです。リノの想いが、すーっと入ってこないのは」
一番舞台のカメラが切り替わり、現地のオーディエンスの反応を映しました。
彼らは陶酔の表情を浮かべています。ねこはかわいい。こねこはもっと。その情景が、彼らの脳内には確かに送り込まれているのです。
ネオが頷きます。
すぐさまカメラはリノへと切り替わりました。最後に可愛く「にゃーお」と鳴いて、第三位の発表は終わりました。
───── ♬ ─────
「ものすごい抒情の世界でした。確かに今、自分はねこと共にあったんです。これが新六歌仙の実力……」
MCも言葉を失い絶句! 三番舞台のオーディエンスも絶句!
歌詞の無いスキャットとハミングでのみ構成された、余りにも精緻な詩情の世界。
「これは聴く歌ではない。体験する歌だ!」
言葉を見つけたMCに、ソニー女史ほか数名が強く頷きます。ネオはつまらなそうな無頼顔を崩しません。
「さて、いつまでも衝撃体験の余韻に浸って居たくはありますが、次の曲いってみますか」
「そうですね。でも二位と一位はタイトルコールだけにして、あえて解説を控えてもいいですか?」
「なるほど! せっかくの体験する曲なので、説明は無粋と。面白い。言葉を超えるイメージの力、見せて頂きましょう」
「では第二位もリノ様で、『このまちだいすき!』」
ポメロの知らない歌です。
タイトルからは確かにリノの息吹を感じます。感じぬではありませんが……。
あちらのリノが歌い出します。軽快で快活なメロディ。じわりと浮かび出す情景。街角。奏鳴荘。
ポメロは泣きたくなりました。リノの想いがまだここにあることに。
情景はあります。
ですが……その想いが、モニター越しには伝わりません。
ぽかぽか。ふわふわ。くすくす。ぷんぷん。
ポメロが愛した、あのリノの想いだけが伝わりません。
情景は移ろいます。弾む視線。リノがスキップしているのでしょう。パン屋。路地裏。公園。思い出の場所。
リノと過ごした思い出ではない場所。お嬢様になってから行ったのでしょう。視点は馬車からのものに移り、様々な街の景色を映しました。大商店。メジャーズ舞台。都大路。
「そうかよ」
悔しそうなネオの声。視点は空へ。
「なにがです?」
ポメロがネオに問います。
始めは街の中心点だった視界が、どんどん上昇していきます。やがて街の前景。時間が経過します。街に灯りが灯ります。そして朝日が昇りました。
「皆、笑顔だろ?」
確かに、画面の中の人々は、幸せを感じる笑顔でした。
「楽しい歌が溢れてただろ?」
ずっと音楽が鳴っていました。音楽の都カーネギー。喜び溢れる皆の街。僕の街。
「あいつの魔法がモニターで遮断されててよかったな」
朝を迎えた空に旗がはためきます。ビクターの紋章。領主の証。
「きっと一番舞台の連中は『カーネギー万歳!』『ビクター家万歳!』って叫んでるぜ」
リノが笑顔で領主館の門を潜ります。領主が。夫人が。アンドレックが。両手を広げてリノを迎え入れました。家族で抱き合う。輪になって踊る。
ああ、気持ちが伝わらなくとも言いたいことは伝わってきます。リノは確かにこの街を愛している。領主家族を愛している。
「プロパガンダだよ」
ネオが透明なテーブルを乱暴に蹴りました。
ドカ!
黒いソファーに腰掛けていたランカー達が慄き、離れてゆきます。
ですが、ポメロの気持ちは、恐れを覚えたランカー達の側ではなく、ネオの側にありました。
ポス。
物に当たり慣れてはいないポメロの蹴りは、大した音も出ませんでした。
第一位『だいじなおしごと』は、もっとひどいものでした。労働賛歌。もう説明もしたくありません。職務放棄してごめんなさい。
リノはきっと、働くひとに「ありがとう」と感謝したのでしょう。「すごいなー」と感心したのでしょう。
とても純真。
ですが。
彼女の純真が、街を汚してゆきます。




