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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第二十幕『だいじなおしごと』

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63/105

三席


「会場のハルモニアさーん?」


「はーい」


 男性MCが無線越しに声をかけると、第一番舞台のモニターに映し出されたアラサーの宮廷楽師は、明るい笑顔で手を振り返しました。


 メイクの違いなのでしょうか、いつもは背中が丸まり気味なハルモニアとは違い、どこか溌溂とした「都の女性」に見えます。


「えー、ハルモニアさんはリノ様の代理人ですとか」


「おしい、ちょっと違いますね。私は代理人ではなく代弁人だいべんにんなんですよー」


「聞き慣れない言葉ですね、代弁人」


「実はですねー。リノお嬢様は音楽の女神に愛され過ぎてしまいまして」


「ふむふむ」


「極上の歌の才能を与えられた代わりに、言葉を奪われてしまっているんですよ…… つらい」


 ハルモニアの悲しげな声。そこには、実感の湧くような生々しい辛みがこもっていました。


「そんなことが……」


「ですので私が彼女の代わりにですね、お話や返答をしようと思いまして。これが代弁人なんです」


「確かに、お言葉が奪われておいでならやむなしですね…… おいたわしい」


 リノが画面に映ります。

 

 きょとんとした表情、無垢な瞳。MCの言うおいたわしさが加速するような、守るべき弱々しさを湛えていました。


「さて、時間も限られていることですし、音楽の方行っちゃいましょう! まずは三位ですね、『ねこねここねこ』とありますが?」


「ええ、猫の持つ可愛らしさを表現した曲ですね。ストーリー性はありません。ただリノお嬢様の心に棲む猫の親子の可愛さに、身悶えしてください」


「ランキングではなかなか見ない素朴なテーマですね。では歌って頂きましょう。六歌仙・歌唱。ビクター家の箱入りプリンセス・リノ様で、『ねこねここねこ』」


 画面向こうのリノはハルモニアに身を寄せ、指さされた位置に立ち、指示された方向に向かって胸を広げました。

 

 記憶にあるより少し大人びた表情で、彼女は歌い出します。あの日の情景を。


「ふとったねこがいる……」


 モニターを見守っていたボーカル専門の女性、ソニーが衝撃を受けています。


「なんという芳醇なイメージ!」


「私も頭の中で猫飼いたーい!」


 リノの歌を知らぬ者たちは、その洗礼を浴びて驚愕しました。

 しかし、リノの歌を、あの奏鳴荘での魔法を体験したことがある者たちは違いました。


「見た見た前見た、この猫。すっげーぶさいく」


「あれ、今日はあんまりねこかわいくない?」


 誰もが高評価ではあります。しかし、その感想は二分されていました。


「アイツの実力はこんなもんじゃねーはずだが……」


 ネオの呟きに、ポメロが答えます。


「たぶん、モニター越しだからです。リノの想いが、すーっと入ってこないのは」


 一番舞台のカメラが切り替わり、現地のオーディエンスの反応を映しました。


 彼らは陶酔の表情を浮かべています。ねこはかわいい。こねこはもっと。その情景が、彼らの脳内には確かに送り込まれているのです。


 ネオが頷きます。


 すぐさまカメラはリノへと切り替わりました。最後に可愛く「にゃーお」と鳴いて、第三位の発表は終わりました。



───── ♬ ─────



「ものすごい抒情の世界でした。確かに今、自分はねこと共にあったんです。これが新六歌仙の実力……」


 MCも言葉を失い絶句! 三番舞台のオーディエンスも絶句!


 歌詞の無いスキャットとハミングでのみ構成された、余りにも精緻な詩情の世界。


「これは聴く歌ではない。体験する歌だ!」


 言葉を見つけたMCに、ソニー女史ほか数名が強く頷きます。ネオはつまらなそうな無頼顔を崩しません。


「さて、いつまでも衝撃体験の余韻に浸って居たくはありますが、次の曲いってみますか」


「そうですね。でも二位と一位はタイトルコールだけにして、あえて解説を控えてもいいですか?」


「なるほど! せっかくの体験する曲なので、説明は無粋と。面白い。言葉を超えるイメージの力、見せて頂きましょう」


「では第二位もリノ様で、『このまちだいすき!』」


 ポメロの知らない歌です。


 タイトルからは確かにリノの息吹を感じます。感じぬではありませんが……。

 

 あちらのリノが歌い出します。軽快で快活なメロディ。じわりと浮かび出す情景。街角。奏鳴荘。

 

 ポメロは泣きたくなりました。リノの想いがまだここにあることに。


 情景はあります。


 ですが……その想いが、モニター越しには伝わりません。

 

 ぽかぽか。ふわふわ。くすくす。ぷんぷん。


 ポメロが愛した、あのリノの想いだけが伝わりません。

 

 情景は移ろいます。弾む視線。リノがスキップしているのでしょう。パン屋。路地裏。公園。思い出の場所。

 

 リノと過ごした思い出ではない場所。お嬢様になってから行ったのでしょう。視点は馬車からのものに移り、様々な街の景色を映しました。大商店。メジャーズ舞台。都大路。


「そうかよ」


 悔しそうなネオの声。視点は空へ。


「なにがです?」


 ポメロがネオに問います。

 

 始めは街の中心点だった視界が、どんどん上昇していきます。やがて街の前景。時間が経過します。街に灯りが灯ります。そして朝日が昇りました。


「皆、笑顔だろ?」


 確かに、画面の中の人々は、幸せを感じる笑顔でした。


「楽しい歌が溢れてただろ?」


 ずっと音楽が鳴っていました。音楽の都カーネギー。喜び溢れる皆の街。僕の街。


「あいつの魔法がモニターで遮断されててよかったな」


 朝を迎えた空に旗がはためきます。ビクターの紋章。領主の証。


「きっと一番舞台の連中は『カーネギー万歳!』『ビクター家万歳!』って叫んでるぜ」


 リノが笑顔で領主館の門を潜ります。領主が。夫人が。アンドレックが。両手を広げてリノを迎え入れました。家族で抱き合う。輪になって踊る。

 

 ああ、気持ちが伝わらなくとも言いたいことは伝わってきます。リノは確かにこの街を愛している。領主家族を愛している。


「プロパガンダだよ」


 ネオが透明なテーブルを乱暴に蹴りました。

 

 ドカ!

 

 黒いソファーに腰掛けていたランカー達が慄き、離れてゆきます。


 ですが、ポメロの気持ちは、恐れを覚えたランカー達の側ではなく、ネオの側にありました。


 ポス。


 物に当たり慣れてはいないポメロの蹴りは、大した音も出ませんでした。


 第一位『だいじなおしごと』は、もっとひどいものでした。労働賛歌。もう説明もしたくありません。職務放棄してごめんなさい。


 リノはきっと、働くひとに「ありがとう」と感謝したのでしょう。「すごいなー」と感心したのでしょう。


 とても純真。

 

 ですが。


 彼女の純真が、街を汚してゆきます。

 

 


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