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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第二十幕『だいじなおしごと』

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二席


「ふっざけんじゃねーーーーっ!」


 パリン! ガラガラ! ドシャ!

 

 破砕音、崩壊音、落下音の癇癪三重奏!


 ネオの楽屋を訪ねようとノックの手を伸ばした格好で、ポメロの動きがぴたりと静止しました。


「……帰りましょう」


 回れ右!


「ダメだね」


 メルダックがガッシリと肩を掴んで、強制的に戻れ右!


「でもでもだって。ネオさん、すっごい怒ってて……」


「知らんよ」


 ダメです! この女、修羅場に慣れすぎて感覚が麻痺しています!


「ここは勝負の一手だろ。アータから風切り羽の一本をむしり取ったヤツだ。逃げんな! 負けんな! 立ち向かえ!」


 熱い声援ですが、ちょっと待ってください。これは新入りが先輩に行う楽屋挨拶のはずです。決して勝負などではありません。


 カチャ。

 

 内側から静かに扉が開きました。


「ア?」


「ひっ!」


 扉を開けた新卒リクルートスーツのような眼鏡っ子が、鬼瓦と目が合って腰を抜かします! 第一種接近遭遇事故!


「どうした」


「邪魔するよ」


 ポメロの首根っこをひっつかんで、メルダックはネオの楽屋へと土足で押し入りました。


「なんだ下郎。なに勝手に俺様のテリトリーに入ってきてるんだ。死ぬか?」


「勝手じゃねえよ。新入りから先輩への挨拶回りだ。アータんとこのねーちゃんが招き入れたから入ってきたんだ。ア? そうだろ?」


 メルダックの「そうだろ」は、発音上は疑問符であれども圧力的には感嘆符!


 眼鏡っ子はガクガクと震えながら激しく頷きます。


「ちっ、しゃーねーな」


 ネオ、意外と物分かりが良い!


「アンタ、メルダックだったか? 十三番舞台の」


「よく知ってるじゃないか」


「こんな業界に身を置いてるんだ。興行主くれぇは知ってるぜ。だが……」


 ネオの射貫くような詰問の視線がポメロに突き刺さりました。ポメロは即座に目を逸らします!


「その小動物には、見覚えねーな」


 格付け終了!


「何言ってんだい。アータの恩人だよ」


「恩人…… ああ、貴様がポメロか」


「は、はい!」


「『ひみつきち』、良い歌だったぜ。ありがとよ」


 ……悪い人ではありません!


「睨まないでください睨まないでください……」


 祈るように繰り返しながらティーを淹れる眼鏡っ子──ネオのマネージャー。


「ア? アーシはこれが素だよ! オ? 勝手にビビんじゃねえよ!」


「ひぃい!」


 もう何を言ってもダメそうでした。


「あの歌は俺の表現とファン層を広げてくれた。感謝してやる」


 不遜! 傲岸! ですが、やはり悪い人ではありません。


「感謝、ありがとうございます」


 言っていることがおかしいとポメロも思いましたが、空気を読むとこの言葉以外に選択肢はありませんでした。


「ご、ごめんなさいごめんなさい」


 マネージャーの震える手が、ティーをカップの外にこぼします!


「ちっ、このグズが」


 ネオの不機嫌そうな舌打ち。マネージャーはますます恐縮し、縮こまりました。……やっぱり嫌な奴なのでしょうか?


「そこをどけ」


 ネオはマネージャーからティーポットをひったくるように取り上げると、まさかの主自らお客人へティーサービス!

 

 ……やはり、悪い人ではありませんでした。


「ところでアータ。さっきは何を怒っていたの?」


 メルダックは、床に散らばった割れたグラスやひっくり返った椅子に目をやりながら問いかけました。


「出来レースだ」


 ネオの整った顔に苦渋の表情が浮かびます。それ以上に、隠しきれない大人の男の色気が醸し出されました。


「はう」


 マネージャーの顔が真っ赤に染まります。


「政治がショウビズに手をつっこんできやがった」


 剣呑な話です。ポメロは聞きたくありません。


 権力に負け、あの日リノとの別れを「おめでとう」と叫んで受け入れるしかなかった自分。


 知っても無駄です。目を背けましょう。


「つづけて」


 そう願っていましたが、メルダックは続きを御所望でした。

 

(これ、もう僕いなくてもいいんじゃないかな……)


 ポメロは内心でそう思いながら、自ら挨拶の品として持ち込んだ羊羹をはむはむと口に運びました。


「俺は本来、一位を取るはずだった。新曲『面白ぇ女』を引っ提げてな。カーネギー・タイムズのランキング担当からもそう話が入っていたんだ。だが、蓋を開けたら──」


「……新六歌仙が、上位を独占していたのね」


「そうだ」


 ガン! ネオは忌々しげに机に乗せた足を叩きつけます。


「「ひぃい!」」


 二匹の小動物ポメロとマネージャーは、その迫力に等しく怯えました。


「リノ…… アイツの歌はすげぇよ。次の六歌仙、歌唱の座が最も近いと言われていた俺様だが、あの歌を聴いちゃ、向こうを張る気も起きやしねぇ。ああ、あいつは六歌仙に相応しい…… だが!」


 再び足をダン! 小動物どもは「「ひぃ!」」。


「六歌仙は権威ゆえに特別。こんな一般人気のランキングになんて入ってきちゃいけねぇんだ!」


「確かに、そういう棲み分けはあるわね」


 メルダックの冷静な肯定でした。


「マンモスは人気があれどもランキングからは除外されてた。歌劇のみならず歌謡曲も発表してたのにね。アーシもこの順位、違和感が…… いえ、作為があるわね」


「言ってみろ、女。その作為とやらを」


「二つ。一つは領主の子供の世間への顔出し。もう一つは……」


「続けろ。じらすのは俺様の特権だ」


「確信が持てないの。彼女の歌を聴いてから、お話ししましょ」


「ま、いいさ」


「リノはここにいないんじゃないんですか?」


 ポメロの問いに、ビビり仲間のマネージャーが答えます。


「今回は特別に一番台でのステージも中継するんですよ、番組内で」


 ライデン様の不思議なパワーで音楽に限ってはライブ中継も可能だ!


 こうして、波乱に満ちたネオへの挨拶は終わりました。



───── ♬ ─────



 そうして幾つかの楽屋を回り。

 そうして立ちリハを無事に終え。

 さらにはポメロの出番も無事に終わりました。


 無事に、です。

 

 決して会心の演奏ではありませんし、オーディエンスの心をキャッチしたという実感も持てませんでした。

 

 余りに煌びやかすぎるセットや有名な司会、豪華なメンツ。そしてリノの存在と政治の介入という不穏なワード。


 ありていに言って、ポメロは音楽に集中できていませんでした。


 出番の終わったアーティスト達と黒革の椅子に並んで座り、ポメロはネオの歌唱を聴いていました。

 

 五位の「伝統派三番カルテット」は都合が合わずに休場。伝統派ではよくある事です。ランキングの中ほどに、必ず伝統派の曲がねじ込まれるのもまた、よくある事。


 暗黙のお約束。音楽界の忖度です。


 ですが、それはあくまで音楽界の内側の話です。政治はその外側にあります。


 ネオの舞台は佳境を迎えていました。

 

 彼を目的に高倍率のチケット争奪戦を勝ち抜いたファンガール共が、黄色い悲鳴を通り越して絶叫に至っています。


 ネオがサビメロに移行しました。


 ♪── つまんねぇことばかり言いやがって。

 ♪── 俺をまったく恐れずに。

 ♪── 叱り飛ばすとはナメてくれたな


 ネオが観客席に腕を伸ばし、人差し指を突き出します。その先には、ファンガールの一人。ラッキーガールに選ばれた彼女は、両の拳を口元に寄せ、何事かを呟いていました。


「え、私? どうしようどうしよう」


 唇の動きがそう語っていました。


 ♪── そうさお前は、お前はそうさ


 バーン。

 

 効果音とともにネオが腕を軽く振り上げ、エア射撃を放ちました。


「あひィッ」


 撃ち抜かれたラッキーガールの吐息。ネオはトドメの舌打ちをひとつ。


 ♪── 面白れぇ女。


 ラッキーガールは至福のうちにノックダウン!


 担架で運ばれ医務室へ!


 キャー! という黄色い悲鳴は、もはやスズメバチの集団攻撃時のバズ音より凶悪な響きとなって会場を震わせます。


「第四位はネオさんの『面白ぇ女』でした!」


 女性MCの楽曲紹介。名物の男性MCが、インタビューをせんとマイクを手にネオへ近づきますが。


「俺様は今日機嫌悪ぃんだよ。どけ」


 MCを威圧して退かせるという暴挙!


 MCはひきつった笑みで、何事かを必死にオーディエンスへアピールしています。


「お疲れ様です」


「おう」


 舞台袖に戻ってきたネオは、ポメロの隣にいたバンドマンに「どけ」と命じると、どっかりと腰を下ろしました。両腕をソファーの背もたれに広げ、両足を大きく開きます。


 おお、見よ! その長い足が交わる中心点を! 皮のズボンの上からも分かる重厚感。セクシーです。あまりにも不遜セクシー。


 スパダリの代名詞。肩幅二メートル!


 ネオは、ちんまりと身を縮めるポメロに一度だけ顔を向けました。そして、すぐさま点灯した特設モニターに向き直ります。


「始まるぜ」


「はい」



───── ♬ ─────




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