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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第二十幕『だいじなおしごと』

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61/106

一席


 冬の夜、冷気が石畳を這い、吐き出す息が白く濁るメインストリートの片隅。

 

 ビジネス街の玄関口という、昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったその辻に、場違いなほどの熱量を帯びた一人の少年が立っていました。


 ポメロです。

 

 漆塗りの新しい相棒を抱えた彼は、いつもの公園の陽だまりではなく、凍てつく夜の闇をあえて選んでいました。


 なぜでしょうか?


 彼には、日中の穏やかな光の下では歌いきれぬ楽曲が溜まっていたからです。魂を込め、熱情を殺め、剥き出しの業を注ぎ込んだ、あまりに刺激の強い歌たち。


 それらは、安らぎを求める老人には劇薬に過ぎず、無垢な子供には刺激が強すぎました。だからこそ、ポメロは今、その歌に相応しい戦場ステージに立っています。


 ♪── 泣きわめいてくれ、ののしってくれ、

 ♪── そのナイフを俺の胸に突き立ててくれ!


 激しいリリックが、漆塗りのギターが奏でる哀愁のメロディーと交錯します。反発し合う熱と冷気が火花を散らし、そこには言いようのないセンチメンタリズムが立ち昇りました。


「ガキのくせにわかったような歌をよう……嫌いじゃないぜ」


「ほう…… 実にブルージー」


「ウチの嫁さんに聞かせたら機嫌悪くしそうな歌詞だがな」


 ビジネスという名の戦いを終え、重い足取りで帰途につく男たちが、一人、また一人と足を止めます。

 

 恋愛という名の甘い記号に、あるいは【淋しくて震える】という使い古された円環に辟易としていた男たちが、ポメロの放つ不器用で傲慢な真実に目を剥きました。


 足は止まり、気づけばその数は百を超えていました。


「収まらないわ…… 絶頂の波がぁっ……!」


 舞台脇では、アシンメトリーに切り揃えられたオレンジ髪の女、メルダックが、狂おしそうに身悶えしていました。今日のポメロが用意したセットリストがあまりに問題曲揃いだったからです。


 ・俺で塗れ!

 ・恋とか恋とかそんなのばっか

 ・ムカつくあいつの歌(Cパートカット)

 ・ここらで一杯、茶が欲しい。

 ・バイバイ。


 恋歌の主流に身を置く【淋しくて震える】勢が見れば、即座に腐った生卵が飛んでくるような、既存の価値観への挑発でした。


 ですが、戦い終えた男たちには。


 戦い疲れた男たちには。


 そして、己の野心に熾火を灯し続ける男たちには。

 

 その叫びが、その哀愁が、その独善が、何よりも深く突き刺さりました。


 ここには十三番舞台のような理性を焼き殺す狂乱はありません。

 九番舞台のような、数式を称える整然とした喝采もありません。

 

 ですが、そこには確かな共感と、重々しい理解がありました。

 

 これまでポメロを知らなかった層の心に、彼がこれまで出す場所を失っていた曲たちが、見事なまでにマッチしたのです。


 力強く頷き、明日への闘志を燃やす者。

 

 かつて自分が切り捨てた「バイバイ」の記憶に、苦い追憶を重ねる者。

 

 ポメロという主の色に、己の魂を塗り替えられることを許容した客たち。


 メルダックが繋ぎをつけたメインストリートでのファーストライブは、冬の寒さを忘却させるほどの大成功を収めました。


「村長最高!」


 ポメロの絶叫が、夜のビジネス街にこだまします。

 

 その声は、かつてリノと見上げた空よりも、少しだけ鋭く、そして遠くまで響いていきました。



───── ♬ ─────



 年の瀬! 白髭の老人ファット・ポッサムがあいたたドンドンドンする夜!


 ポメロはビジネス街の玄関口で今夜も歌っていました。


 常連と化した男たちが馴染んだサビに野太く唱和! きよしこのよるに戦い抜いた精鋭たち!


「そうだよ。男はこういうギラギラを失っちゃならねえんだよ!」


「やー、ワンフレーズでずぎゅんと胸に火を灯すこの熱意! 確信犯ですよ、彼はただ物じゃありませんね」


 今日もライブは大盛況!


「はーいポメロちゃん、戦う男にキくライブ、お疲れ!」


 手応えを感じているポメロに歩み寄る薄笑いの男! 冬に似つかぬ暖色系のジャケットに腰巻カーディガン! あからさまに業界人!


 男はひきつれた若者に顎をしゃくりました。

 

「お疲れさまでしたポメロさん! お荷物お持ちさせてください!」

 

 声を上げてポメロのエレギターやバッグを手渡すように促します!


「あの…… どちらさまで?」


「お初になるね。ボク、こういう者。シクヨロ、ポメロちゃん」


 馴れ馴れしい!


 ポメロは差し出された名刺を受け取ります。そこにはこう記されていました。


『四番舞台:ザ・上から10 責任者次席補佐』


 四番舞台──それは流行の最前線。新聞社と協力した独自の流行楽曲ランキングを発表し、毎週一度、ランカーを招いてステージを行っています。それが存在意義!


 華々しい舞台!


 おそらく多くのサクセスを夢見る若者たちは、この舞台に立つことを、より高いランクを得ることを、目標としていることでしょう。


 その企画の使いが今!


「ほら、こいつに荷物持たせちゃって。温かいトコで話そ。こら、お前いつまでポメロちゃんに重い物持たせてるんだ! ……やーメンゴメンゴ。このアホが気のまわらないヤツでゴメンね」


「申し訳ないっす! お荷物持たせて欲しいっす!」


「や、まずは要件から」


「え、ポメロちゃんトボケてる? ははっ、ナイスジョーク」


「ははっス」


 かみ合わぬ!


「そんな、四番舞台の看板背負ってる人間が楽壇に出向く用事なんて一つしかないじゃない!」


「そうっス」


「もしかして」


「そう、そのもしかしてだよポメロちゃん。明後日の『上から10』にランクイン!」



───── ♬ ─────



「キョドってんじゃないわよっ!」


 メルダックの鋭い叱責が、四番舞台の豪華な廊下に響き渡りました。


「でもでもだって」


「いきなりこんなキラキラしい舞台に立つことになって緊張するのはわかるけど…… アータは実力を見せつけてここまでのし上がってきたんだ。タマを袋に落とせ!(励ましの言葉)」


 四番舞台──いや、シングルナンバーズの勝手が解らぬポメロを危惧して、自称ファン第一号のメルダックがお供に名乗り出ていました。

 

 彼女は鬼も恐れる地獄の十三番舞台興行主! ピアスとタトゥーに塗れた女傑!


 その強面ぶりに、馴れ馴れしく寄ってくる業界のハイエナどもをシャットアウトする様は、正に鬼瓦の如き頼もしさでした。


 案内された楽屋は完全個室。その広さは、奏鳴荘の二階全室を合わせたよりも広い! 


 これこそがシングルナンバーズ。音楽界の上澄み中の上澄みが享受する特権でした。


「本番まで二時間近く…… 僕は、何をすればいいんでしょう?」


「まあ、ここではアータは新参だし、単にキャリアも足りてない。他のランカーの楽屋にあいさつ回りの一手だね」


 他のランカー。

 

 ポメロは机に置いてある本日の進行表をチェックしました。片面印刷! 驚くほど贅沢な紙の使い方です。


 二ページめくると、そこには今週のランキング表が躍っていました。


 ・10位:僕たちのひみつきち/ネオ

 ・09位:バイバイ。/ポメロ

 ・08位:ドリームランナー/三連符スキッパーズ

 ・07位:お嬢様の朗読会/ソニー

 ・06位:そんな僕らの青い春/おたま♪とーん

 ・05位:管弦四重奏 イ=ハ6/伝統派3番カルテット

 ・04位:面白れぇ女/ネオ

 ・03位:ねこねここねこ/リノ

 ・02位:このまちだいすき!/リノ

 ・01位:だいじなおしごと/リノ


 仰天!

 

 なんとメダル圏内は、新たなる【六歌仙】、歌唱のリノが独占していました。


「リノ……」


 名前を目にした瞬間、彼女と過ごした日々の思い出が、ポメロの胸を切なく締め付けます。そして、抑えきれない期待が心を走り出させました。


「行きましょう、メルダックさん! リノの楽屋へ!」


「いないわよ」


「え?」


「六歌仙は一番舞台以外では歌わないの。格の問題ね」


「そんなー」


 天に昇るような歓喜から、奈落への失望。


 ポメロは力なくうなだれました。



───── ♬ ─────




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