二席
パウ探偵事務所、作詞室。
そこにはホワイトボードと水性ペン、そして膨大な付箋にもなる単語帳が整然と並べられていました。これが今からお茶くんの悩みを解決してくれるツールだにぇ、とパウは単語帳を指先で弾きます。
「パウさんの読みが当たっていれば、こっちの報酬はインタビューと並列で行えるにょ。タイパも良くてウィンウィン! 俺によーし、お前によーし!」
ポメロが選んだのは、お悩み解決でした。トップ・オブ・トップの作詞教室にも興味はありましたが、自分の手法が十五にして既に確立しているのを自覚しているポメロには、興味以上の関心は持てません。でも。
『ほどよい!(ほどよい!)』
あの夜と同じ神輿に、自分が表舞台で乗れるというのなら。ポメロは心の村長に頭を下げることに、一点のためらいもありませんでした。
「まー、お茶くんの来歴とか交友関係とかもほじくり返したいところだけどにぇ。まずは君の問題解決を探ろうかにぇ」
カードシャッフル技法とは、要は極まった三題噺とブレインストーミング手法の融合。ポメロは「ふむふむ」と頷きながらその様子を注視します。
インタビュー対象が口にした、あらゆる言葉を単語帳に一枚一語で書きつける。単語が重複しても構わない。いや、むしろ重複した方がいい。あとで確認したときに、同じ単語が多いほど、それは本人にとって印象的な単語となり、作詞時の重要度が増すのです。
「居酒屋」「小皿」「ほどよい」「マリンバ」「ほどよい」「解放感」「一体感」……。
パウはポメロが話す内容に耳を傾けながら、恐ろしい速度で単語を書きなぐっていきます。
二百枚綴りの単語帳、一冊終了! おかわり!
まだポメロは、昨日の思い出、デッカの登場から踊り始めまでしか語っていないというのに!
「そこ深堀りして」
「女性は本当に居なかった? 調理台やお会計にも?」
「ほかに見えたものは?」
短いながらもポメロへの相槌は適切。聞き流している感は微塵もありません。手は単語帳を、めくり、記し、めくり、記しの反復横跳び持久戦!
さらに二百枚綴り単語帳、終了! おかわり!
途中でコーヒーを差し出してきたマネージャー兼助手の恰幅の良い中年男も、パウの目配せ一つで緊急参戦しました。パウから書き終えた単語帳を受け取るや、凄まじい手際で仕分けを開始します。
「助手くん、エモ要素つよつよでの集計たのんだにゃ」
「任せたまえ」
パウの指示は、既に問題の方向性を掴んでいることの表れでしょうか。
ポメロは熱を帯びたまま、語り続けます。
「それで、僕もギターを抱えて『ギ両刀ノリノリ!』と……」
パウのペンが走ります。
「ギター出す」「ギ両刀」「ノリノリ」。
「『ノリノリ』とはなんにゃ? メン募用圧縮言語にはないはずにゃ」
「勢いで、つい」
パウは記します。「勢い」「ノリノリ」。
そしてペンを止めずに、重ねて問いました。
「でも、その単語を選んだ理由はあるはずにゃ」
「僕、メン募する時、『創アリアリ』を主張してまして」
創アリアリとは、「創作に関しては作詞作曲両方やれます」の意。創両刀も可。
パウは記します。「メン募」「創アリアリ」。
「そのアリアリって響きが頭にあって、ノリノリが、つい。その場のノリで」
「その場のノリなんにぇ」
パウの手が加速します。
「反復」「響き」「連想」「その場のノリ」「雰囲気に飲まれる」「ノリノリ!」
ホワイトボードに叩きつけられるように貼られた「ノリノリ!」の付箋には、力強いエクスラメーションマークが添えられました。
「助手くん、ノリノリをSR登録!」
「任せたまえ」
パウはノリノリで羽根ペンを回しました。
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そうして90分余りが過ぎ。
パウが出してきたものは、ポメロがおっちゃんずフェスティバルに対して抱いた楽しさを、キーカードとして読み解いた4つのフラグメンツでした。
「でもさ、事の本質はエロでもFワードでもないと、パウさんは聞き取ったのにぇ。キーワードは、『一体感』『熱狂』『抑圧からの解放』、そして……『秘密の共有』」
ホワイトボードに並んだ膨大な単語の海を指差し、彼女はニヤリと不敵に笑います。
「やっちゃダメだからこそ楽しいことって往々にしてあるわけだにぇ? 子供のイタズラだって相手のびっくりした顔が見たくてやるわけだし、浮気だってその背徳感をエッセンスに燃え上がるもんだって話はよく聞くにぇ。だからさ、お茶の少年は四つのキーワードを元にバックグラウンドを再構築すればいいわけなんにぇ。何か他の体験と重ねてもよし。……あー書けそう。『お嬢様の朗読会』で一本いけそう!」
パウはノリノリで手帳を広げますが、ふと、その動きを止めました。
「……でも。これはお茶の少年の『気づき』なんだにぇ。少年がギブしなければ書くのはやめよう、筋は通さんとにぇ」
彼女はぐい、と身を乗り出して、ポメロの顔を至近距離で覗き込みました。
「で、少年。この売れっ子作詞家にきちょーな時間を使わせて、なんか方向性は浮かんだかにゃ? フレーズは? タイトルなら、何か思いついたんじゃないかにゃ?」
ポメロは、ホワイトボードに並ぶ無数の単語の破片──自分があの夜感じた、名付けようのなかった熱狂の残骸──をじっと見つめ、力強く頷きました。
「タイトルなら、思いつきました」
「え、どんなん? パウさんに教えるにぃ? ほら、この愛らしい左耳にそっと囁いてみるといいにぇ?」
パウが茶目っ気たっぷりに耳を寄せてくる中、ポメロは、あのアパートの屋根裏で、あるいは汚泥のような酒場で感じた、あの「居場所」の名を静かに告げました。
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「『僕たちのひみつきち』」
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この新曲は、公園に遊びに来る子供たちにバカ受けしました。子供の手を引くお父さんたちにもヤヤ受け。日向ぼっこのお爺さんたちにもまた。
反面、女性受けはしませんでした。「男っていつまでも子供ねー」と上から目線を注がれる始末。
公園でのライブ。最前列には男の子たちが陣取っています。
これは自らの熱情から湧き出た曲ではありません。そこまでずうずうしくはなれませんでした。あれはゲフィンおじさんの情熱であり、酔客たちが磨き上げたもの。
その熱気の御余りを、周りに広めたくて。あの神輿の上から、あの祭りを作る側の人になりたくて。
【主客一体】。僕の楽しいことを、みんなで共有したくて。
これは盗作でしょうか?
違うと言い切れます。曲も歌詞も、パフォーマンスも演奏も、ゲフィンおじさんを何一つ参考にしていません。してたまるか。
ポメロが表現したかったのは、そして実際に表現しているのは、あの仲間内だけで余人を交えずに、あまりよくない肴で盛り上がる、あの空気感そのものなのですから。
『僕たちのひみつきち』では歌います。
あの公園の奥、あの打ち捨てられた道具小屋。僕たちしか知らない。合言葉を言え。持ち寄ったのはお菓子。食べ過ぎちゃいけないとお母さんは怒るけれど、お母さんはここにはいない。
僕たちだけの場所。僕たちだけのおもちゃ。
演奏が終わり、ポメロは一礼しました。
すると、最前列の男の子にぐいと手を引かれます。
「ポメロも、俺たちの秘密基地に連れてってやるぜ!」
「いいのかい? 僕みたいな大人を入れて」
ポメロが苦笑交じりに尋ねると、少年は当然だと言わんばかりに胸を張りました。
「でも、しょーがねーじゃん。お前、知ってんだもん。だから歌ったんだろ? ──『僕たちのひみつきち』」
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