一席
ゲフィンという神輿を担いでから、数日後。
公園、芝生広場。
あおむけになり、ポメロは空を見上げ、吸い込まれそうな青の中へ意識を溶かして放心していました。
楽しかった。
ただ、その一言に尽きました。
「ほどよい(ほどよい)」
耳の奥に残る、乾いたマリンバの音色。酔漢たちの無遠慮な野次。白タイツの怪人が撒き散らした、救いようのない卑俗な熱狂。おっちゃんずフェスティバル。
それらの記憶をゆっくりと反芻し、ポメロは深いため息をつきました。
そう、本当に楽しかったのです。
格式張った三番舞台でも、冷たい雨に打たれた路地裏でもなく、あの澱のような酒場。
そこで腹がよじれるほど笑い、目尻に涙を溜めて、ただ祭りのグルーヴに身を委ねたあの時間。
女人禁制。
そこにあったのは、男どもの剥き出しの共演でした。そこに見栄はありませんでした。誰が上で、誰が下かという階層も。あいつより上手く弾いてやろうという嫉妬も。何一つ、濁った感情は混じっていませんでした。全き一体感。
あえて誤解を恐れずに言うならば、あれは【無垢】でした。
本来、それはリノの代名詞のはずです。対して昨夜の狂騒は、泥にまみれ、汗にまみれ、下俗な欲望を隠そうともしない、正反対の属性でした。
なのに、ポメロの心には同じ感触が残っているのです。
「楽しかったなあ」
ただ純粋に、それだけを抽出できる場所。
今、ポメロの胸には新たな欲求が渦巻いています。
あの日、リノと別れた瞬間に枯れ果てたと思っていたパトスが、下劣な野菜男のステップによって再び汲み上げられていました。
昨日の楽しさを歌として世に顕したい。自分を救ってくれたあの無垢なる熱狂を、旋律に変えて解き放ちたい。そんな欲求を、抑え込むことができません。
ですがそれは、やってはならないこと。
冷静になればわかることです。表には決して出せない性質の歌だからです。ほどよい箇所に設置された季節のお野菜や、スライムの温度や、そんなものを歌詞にして【ナンバーズ】を目指せるはずもありません。齢15のポメロでも、その位の常識は備わっています。
だが、あの楽しさを、一体感を、なんとか伝えたい……。
「ほどよい」という言葉に込められた、すべてを肯定するようなあのグルーヴを、どうにかして別の形で結晶化できないだろうか。
手段を脳内で模索し、青空に指先で五線譜を描こうとするポメロの視界に、突如として長い影が差しました。
「お、黄昏てんにぇ、お茶の少年」
───── ♬ ─────
「君にインタビューをしに来たんだにぇ」
お姉さんと呼ぶにはいささか抵抗のある──ぶっちゃけポメロの母親よりも年上に見える彼女は、妙にニチャついた口調でポメロの顔を覗き込んでいます。
「インタビュー……ですか」
「そうだにぃ。パウさんはブンヤみたいにねつぞーはせんので安心してにぇ」
「パウさん?」
「そだにぇ」
「……パウさん!?」
二度聞きしたポメロは、驚きのあまり心臓を跳ねさせて飛び起きました。
同名の人間がいないわけではないでしょうが、聞き返しても「あ、あのパウとは違くて」といったリアクションを一切取らず、ニュートラルな態度を崩していないのですから、多分本物でしょう。
パウ。
【六歌仙】が一、作詞の冠を被る者。二つ名に「作家よりも作家」、「ロジックで動くポエット」、あるいは───。
「心理解体探偵……」
「解体ってワードは嫌いなんだにぇ。物騒な感じするもんにぇ。「カード収集者」って自称しても、誰も呼んでくれないんだにぇ……。 あ、でも探偵なのはホントだにぇ。ほら、見てみ見てみ」
彼女は両手を広げてくるりと衣装を見せつけました。インバネスコートにツイードのジャケット。頭に被るは鹿撃ち帽。それはまさしく、近世探偵の一張羅セット。
コスプレだな。うん。シャーロキアンだ。
不惑の年を超えてなお、彼女は臆することなく言い放ちます。
「パウさんは本業探偵なんだにぇ。あんまり知られてないけれどにぃ」
「えーっと……じゃあ、パウさんは僕に探偵として取り調べを?」
「んーにゃ。調査協力の時はそういうにぇ。今日は純粋に副業の話。詩作の話なんにぇ」
わりと有名な話ですが、パウはインタビュー魔であり、人間観察の鬼です。聞き取りや観察で重要ワードをピックし、それをかき混ぜ、組み合わせて詩と成す。彼女はこれを「カードシャッフル手法」と呼びならわしています。
「お茶くんにはなかなかのレアカードが眠ってそうなんだにぇ。例の十三番舞台でお茶を勧めたりとか、『ヤダヤダ』ってダダこねる歌とか面白いよってメルちに聞いたんにぇ」
「メルち……?」
「そそ。十三番のオーナーの女の子にぇ」
「メルダック姐さん!?」
あのヤクザ顔負けなメルダック姐さんを女の子扱い! しかも「ち」付けで呼んでいるあたり、そこが六歌仙の格というものなのでしょう。ポメロは圧倒されるしかありませんでした。
「取材の謝礼は出すにぇ。このくらい」
「村長最高!」
「にょ!?」
「あ、すみません……大金が差し出されると、条件反射で、つい……」
「いきなりレアカード引けたにぇ。なんでそんな条件反射がうまれたのか……すごく気になるけど、まずは可否の確認だにぇ」
「あれだけ貰えるなら、一晩でも付き合います!」
「まぁまぁお茶くん、先走んなにぇ。もう一つのご提案。今お茶くんが寝っ転がってブツブツいってたのって、創作に関する産みの苦しみって読み解いたんだけど、間違いないかにぇ?」
「ええ。ものすごく楽曲にしたい想い……というか、シチュエーション? 強烈な思い出があるんですけど、それを表に出しちゃってもいいものかどうか、迷ってまして」
「なら報酬、第二の提案だにぇ。街で一番と認められた作詞家が、お茶くんのそのお悩みをズバッと解決! おまけにパウさんの作詞教室も同時開催! どうだにぇ、お茶くん。【表現者】なら垂涎の報酬だと思うがにぇ?」
───── ♬ ─────




