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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第十幕「恋とか恋とかそんなのばっか」

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28/58

三席


 結局、あの馴れ馴れしい風船道化師の率いるガールズバンドのヘルプを引き受けることになったポメロ。バンド名は仮称して【風船ロリポ】。


 どうせ付き合いの短いヘルプ相手。特徴だけ捉えた仮名称で十分でしょう。


 ここは中規模な地下アイドルのハコ(ライブハウス)の楽屋。


 バンドメンバー全員で一部屋。


 甘い少女の臭い漂ってむせる。


 そう。少女4人。

 

 もうおわかりですね?


「……なんで、こうなったんだろう」


 そこにいたのは、赤茶色の三つ編みをリボンで結い直し、フリルが何層にも重なったキュロットスカートを穿いたポメロの【少女】姿でした。


 上半身は大胆なヘソ出しルック。薄い腹筋のラインが覗くそこには、キラキラとしたラメが塗りたくられています。


 なぜこんな屈辱的なヘルプを受けたのか。あの少女の肉付きの良いふとももに押し切られたからではありません。


 嘘つきました。ごめんなさい。


 だいたい、近くで見れば彼女の身体つきは、ポメロの理想からは程遠いものでした。


 ふとももは太くてもお尻が引き締まってるなんて!


 ホントがっかりだ。看板詐欺だ。


 ポメロは内心で、自分にしか分からない勝手な落胆を吐き捨てます。


「わー! ポメちゃん最高! マジで女の子じゃん!」


「ポメちゃんって呼ばないでください」


「ポメラ最高!」


「勝手に女性名をつけないでください」


「んもーポメラはわがままだなー」


「おねえちゃんがほっぺたツンツンしてあげるね!」


「お前公式年齢14歳だろ。年を考えろ」


「アイドルは永遠の14歳だもーん!」


 三人寄れば姦しい。彼女らはポメロの背中をバシバシと叩き、色とりどりの風船の束を彼の手首に結びつけます。

 

 いざ幕が上がると、そこは野郎どもの野太い歓声が渦巻く混沌の空間でした。


 ♪―― ちゅっちゅしちゃうぞ♪


「「チュッチュチュッチュ!!」」


 ♪―― ジェリービーンズの両想いー♪


「「イェイ! イェイ! イェイ!!」」


 ウインク一つで会場が揺れます。


 ポメロは学びました。【きゃるーん】という、女装して野郎どもの声援を浴びなければ獲得できなかった、しかし確実に空間を支配する恐るべき概念を。


 故郷の麦畑で歌っていた頃には想像もつきませんでした。音楽の新しい形。

 

 これを一生の糧にすることはないでしょうけど、表現の幅という点では、確かに毒のような劇薬でした。


 しかし、そんな狂乱の最中でも、ポメロの心は急速に冷めていきます。


 弾いているコードは、またしてもC、F、Gの繰り返し。


 そして歌われる主題は──


 ♪―― 淋しくて震えるー


 また、これです。

 

 サクセスバンドでも、アコギ3でも、その後のどの現場でも。


 歌詞の綴り方こそジェリービーンズだの両想いだのと飾り立ててはいますが、根底にあるのは同じ、工夫なき「恋の歌」の再生産。


(みんな、同じことを歌ってる……。言葉を、感情を、記号みたいに入れ替えてるだけじゃないか)


 ポメロの指は正確にオブリガートを刻みます。だが、その瞳には虚無が宿り始めていました。

 

「アイドルはね? 恋愛禁止でーす!」


 ステージの最後、少女が叫ぶと、会場のボルテージは最高潮に達しました。


 恋愛禁止を謳いながら、恋愛の夢を切り売りする矛盾。そんな不気味な均衡の上に、この熱狂は成り立っています。


 結局、この現場に打ち上げはありませんでした。


 衣装を脱ぎ捨て、いつもの古びた服に着替えたポメロは、鏡に付いたラメを乱暴に拭い取ります。


「お疲れ、ポメラ! また絶対呼ぶからね!」


「ポメロ! ……次は、ズボンでお願いします」


 風船の割れるような音を背中に聞きながら、ポメロは重い足取りで地下のハコを後にしました。

 

 懐にはまた少し銅貨が増えましたが、心の中の不服は、重く澱んだまま消えることはありませんでした。



───── ♬ ─────



 ♪―― 淋しくて震える~


 ヘルプ成功!


「サクセス」

「サクセス」



───── ♬ ─────



 ♪―― 淋しくて震える~


 ヘルプ成功!


「アイドルは」

「恋愛禁止でーす」



───── ♬ ─────



 ♪―― 淋しくて震える~


 ヘルプ成功!


「アコギな夜」

「哭きのアルペジオ」



───── ♬ ─────



 出会いから2月近くも経った頃、ポメロは再び、あの地下のパブで【アコギ3】のアコニキと向かい合っていました。

 

 テーブルの上には、相変わらず気の抜けたビールと、ポメロのための温い果実水。


 ヘルプの報酬として受け取った銅貨の重みは、確かにポメロの生活を支えていましたが、それと引き換えに、彼の中の何かが摩耗し、砂のように零れ落ちていく感覚がありました。


「あの……アコニキさん」


「どうした」


「歌詞についての疑問、あるんですけど」


「ああ、君は創アリアリの子だったな。それで?」


 ポメロは少しだけ言い淀み、それから口を開きました。


「【淋しくて震える】ってサビの曲、あるじゃないですか」


「ああ、うちでもわりあい人気あるな」


「サクセスさんとこでも、ロリポさんとこでも……同じフレーズが出てくるんです」


「そうか」


「なんでですかね?」


 色眼鏡の兄貴は、少しだけ考えてから肩をすくめました。


「さあな。使いやすいんだろ」


「使いやすい……」


「淋しいって言やあ、だいたい通じる。便利な言葉だ」


 ポメロは、コップの縁を指でなぞります。


「でも……」


 言いかけて、言葉が続きません。


 同じに聞こえる理由を説明された気はしましたが、納得したわけでもありませんでした。


「まあ、そういうのは持ち回りだ。美味いとこ皆で切り分けてるんだよ」


「切り分けて」


「あー、なんて言ったかな。【響界のスキャナー】の先月号で……ああ、【共通言語】つってたな、確か」


 ポメロの頭の中で、さっきまでのステージがぼんやりと浮かびます。


 愛してる。両想い。君だけを見てる。片思い。


 そして──淋しくて震える。


「……でな」


 アコニキが、思い出したように付け足しました。


「あのフレーズ、最初に言い出したやつがいるはずなんだよな」


 ポメロは、少しだけ顔を上げます。


「誰かは知らねえけど。どうなんかね? こんだけしゃぶられ続けてる現状。どう思ってるんかね? きっと俺なら――」


 それだけ言って、アコニキはジョッキを傾けました。


 話は、そこで終わりのようでした。


 ポメロも、何も言いませんでした。


 ただ。


 さっきまで頭に浮かんでいたはずのステージの光景が、少しだけぼやけて。


 代わりに、よく分からない何かが、引っかかったまま残りました。


「……僕の歌、どうなるんでしょうね」


「さあな」


 アコニキは軽く笑います。


「考えすぎんな。弾いてりゃそのうち分かる」


 ポメロは小さく頷いて、果実水を飲み干しました。


 分かったような、分からないような。


 胸の奥に、うまく言葉にならない違和感だけが残ります。


「なんかわかったら、俺にも教えてくれよ」


 地下のパブの外では、今日もまた。


 淋しくて震える誰かの歌が、どこかで鳴っていました。



───── ♬ ─────



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