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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第三十七幕「テルミン」

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二席

 

「聞いて聞いてー。おもしろい音が鳴るんだよー」

 

 昼下がりのカーネギー中央公園。

 

 ユーメは集まってきた子供たちの前で、空中を撫でるように手を動かしました。

 

 ヒュィィィ~。

 

 不思議な電子音が響くたび、子供たちは目を輝かせて歓声を上げます。

 

 ですが、その興味は長続きしませんでした。

 

「ねえ、お姉ちゃん。それ、ド、レ、ミ、できないじゃーん!」

 

「えっとねー、このへんがドでー、このへんがレかなー」

 

「えー、難しいよ! 笛の方がすぐ鳴るもん!」

 

 一人の子供が面白がってテルミンを震わせました。

 

「お~ば~け~だ~ぞ~~~」

 

「わはは、本当だ! こわーい! おばけの音だ!」

 

 子供たちは蜘蛛の子を散らすように、笑いながら走り去っていきました。

 

 楽器の楽しさよりも、正解の音が出ないもどかしさと、音の不安定さが想起させる幽霊のイメージが勝ったのです。

 

 テルミンの持つ実体のない音の揺らぎは、無垢な彼らにとって未知の恐怖に近いものだったのかもしれません。

 

「しょぼーん」

 

「次いきましょう」

 

 ポメロはお尻に促します。



─── ♬ ───



 次に訪れたのは十一番舞台。

 

 そこは楽器の限界に挑む変態技巧派楽師たちが、血の滲むような修練の成果を競い合う場所です。


 一ミリの運指の狂いも許さぬ難曲を、機械の如き正確さで弾きこなす彼らなら、空中という指標のない場所で音を掴み取るテルミンの、その超絶的な難易度と希少性に、演奏家としての魂を震わせてくれるのではないか。

 

 ポメロとユーメはそう期待していました。

 

 のですが。

 

「音階が見えない楽器は、ただのノイズ発生器だ」

 

 一人が冷淡に言い放つと、隣の男も腕を組んで頷きました。

 

「我々は鍛え抜かれた技術で音を制御することに価値を置く。制御不能な不確定要素を垂れ流すのは、ただの甘えだ」

 

「楽器側が奏者の意図を拒絶している。演奏ではなく、ただ箱のご機嫌を伺っているようにしか見えんよ」

 

 追い打ちをかけるような三点目の批判に、ユーメの肩が震えます。

 

 最後の一人は、少しだけ憐れむような目を向けました。


 たぶんこいつも、ユーメの豊穣にやられたんでしょう。

 

「確かに、理論上の可能性は感じるがね──。一生を捧げても、これを完璧に使いこなせる気はしないよ。あまりに非効率だ」

 

 変態技術者の精一杯の気遣いを背に、二人は十一番舞台を後にします。

 

「がくーん」

 

「次いきましょう」

 

 ポメロはお尻に促します。



─── ♬ ───



 最後に訪れたのは、かつてポメロが『リンフォとプレッシは壊れた』を発表し、好評を博した【知的音楽探求サロン】です。

 

 彼らは既存の価値観に縛られず、新しい試みを知的遊戯として楽しむ柔軟さを持っていました。

 

 理屈で音を解釈する彼らなら、テルミンの実体のない音に数学的な新境地や物理的な神秘を見出し、面白がってくれるのではないか。

 

 そんな一縷の望みを抱いての訪問でしたが。

 

「玩具としてなら優秀なのではないですかな?」

 

「音階がルールとして存在していないなら、読み解きなどできませんわ」

 

「寧ろ雷神ライデン様がこのような装置を世にお顕しになった理由の考察をですな──」

 

「秩序なき音の羅列は、我々の知性を刺激しません」

 

 ここでもダメでした。どこへ行っても、音階の不在を欠点として突きつけられます。


「次行きましょー」


「打ち止めです」


「そんなー」


 ポメロはお尻に促せませんでした。



─── ♬ ───



「……うぅー。音階、出せるのに」

 

 悔しさに頬を膨らませたユーメが、道端で箱を広げます。

 

「んっ、んっ!」

 

 気合を入れ、かがみこんでテルミンを奏でます。

 

 その際、無防備に突き出された彼女の豊かなお尻がポメロの脛に当たっていますが、そんな些細なことは演奏に必死な彼女は気づきません。

 

 ポメロも脛に当たる感触を味わうのに必死でした。

 

 しねばいいのに。

 

 確かに、彼女の指先は空中で正確な位置を捉え、音階通りの音を紡いでいました。

 

 ですが、音と音が移る瞬間──ドからレへと跳ねる時、どうしてもその間にある無限の周波数が漏れ出してしまうのです。

 

 グリッサンドの如く、ドとレの間を埋める不純な音が、糸を引くように繋がってしまいます。

 

 既存の楽曲からすれば、それは旋律を汚す邪魔な音でした。

 

 伝統派からすれば、それは調和を乱す忌むべきノイズに他ならないのでしょう。

 

 「やっぱり無理なのかなー。この子を広めることなんて」

 

 ふ、と演奏を止め、ユーメは沈んだ声で呟きました。

 

 夕暮れの光の中で、彼女の大きくて水っぽいお尻がたぷんと寂しげに揺れます。

 

「ごめんねポメロ君。変なことにつき合わせちゃって。依頼はキャンセ──」

 

「ユーメさん」

 

 遮るように、ポメロが言いました。

 

 ポメロは発情の奥に彼は別の熱情──創作の種の萌芽を感じていました。

 

 それはテルミンに直結していると直感したのです。

 

 この楽器をより追求すべきだと思いました。


「まだ諦めることはないです」

 

 【表現者】の欲求は、ポメロの種の欲求すらねじ伏せます。

 

 それがポメロの背負った業であり、才能でありました。

 

「……もしよければ、今晩、そのテルミンを僕に預けてくれませんか」

 

「え? ポメロくんが?」

 

「はい。……触りながら、一晩じっくり検討してみたいんです。みんなが欠点だと言ったその揺らぎの中に、何かがある気がして」

 

 ユーメは少し驚いたように糸目を丸めましたが、すぐに柔らかく微笑んで箱を差し出しました。

  

「……わかった。よろしくね、【ジャンル横断者】」



─── ♬ ───




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