第157話
時は少し遡り。
凪の所属する迷宮情報学科もまた、秋麗祭に向けて出し物決めを行っていた。
迷宮情報学科は各学年に二クラスずつ存在し、ダンジョンそのものや探索者達と密接に関わる学科ということもあってか、基本的に上流階級のお嬢様が在籍することは極めて稀である。使う側というより、どちらかと言えば使われる側寄りの学科であると、そう思われているからだ。
もちろんこれはただのイメージであり、実際にはそのようなことはない。
これから先の世界情勢を考えるのであれば、むしろ学生のうちにこそ学んでおくべき授業ばかりである。つまり現在この学科に在籍している生徒達は、既に自身の将来を見据えている者達ばかりということだ。下らない見栄や因習、高いプライドを持つ七光り系お嬢様であればあるほど、迷宮情報学科を軽く見る傾向にある。
さりとて、金持ちばかりが集うこの白凪学園ではそれが普通なのだ。
九奈白凪と国宝院シエラという二大お嬢様が同時に存在――クラスは別だが――している、現在の一年生が異常なだけである。
また迷宮情報学科はその性質上、比較的賑やかなクラスである場合がほとんどだ。
当然、秋麗祭のようなイベントにも乗り気な者が多い。惜しむらくは他の学科クラスと比べ、資金的な余裕があまりないことだろうか。
クラスの大半を上位令嬢で占める他学科では、追加の予算がぽんぽんと湧いて出る。しかし前述の通り、迷宮情報科は上位令嬢の絶対数が他学科と比べて少ない。故に予算の時点で差がついてしまい、結果的にクラスの出し物も見劣りがちなのだ。やる気が人一倍あろうとも、資金がなければどうにもならない。成程確かに、秋麗祭は社会の縮図である。
しかしそれはこれまでの話。
何度も言うが、今年の一年は異常である。馬鹿デカい金庫がふたつ、それぞれのクラスに存在しているのだから。
「というわけで、まずはクラスの出し物を決めなければなりません。案がある方は遠慮なくどうぞ」
担任である八神環の言葉を皮切りに、お嬢様方は近くのクラスメイト達と相談を始める。
普段は淑女たるべしと大人しくしている彼女らも、やはり年頃の少女なのだ。こうしたイベントでは年相応に盛り上がってしまう。そんなクラスメイト達の様子を上段から観察しつつ、彼女ら同様、拳を握って気合を入れる者がここにも一人。数日前から珍しくテンションの高い、九奈白家所属メイドの織羽さんである。
メイドである織羽には、この案出しに口を挟む権利などない。
故に凪を焚き付けるしか、この話し合いに参加する方法がないのだが――――。
「お嬢様、バンバン案を出していきましょう」
「お断りよ。私が追加で予算を出すのは構わないけれど、それを盾に発言権を得るみたいで嫌だもの」
が、主によって一蹴されてしまう。
そう、九奈白凪はこういう性格である。
持ち前の圧倒的ツンにより、思考がややネガティブで捻くれ気味なのだ。誰もそんなことは言っていない、思っていないのに、しかしどうしても気にしてしまう。気が回ってしまう。聡明で思慮深いが故の客観視。これは凪の長所であり、同時に数少ない欠点のひとつでもある。
もちろん近頃は成長も見せており、参加すること自体には割と積極的である。
先の発言も、言い換えれば『公平な立場でありたい』というだけの事だ。だがいちいちそんな七面倒なことを考えて、人付き合いをしている十六歳など居るだろうか。いや居ない。こういう部分が対人弱者たる所以でもあるのだが――――ともあれ孤高の存在からは、今しばらく脱却出来そうになかった。
と、これが凪の考えである。
一方、クラスメイト側の考えは違う。
彼女らの思いを代弁するのであれば、『どうして九奈白さんは何も意見を言ってくれないんだろう』といったところか。
有り体に言って、凪はクラスメイト達から非常に頼りにされているのだ。
これは凪が『九奈白家の人間だから』というワケではない。
単純な凪個人への信頼、或いは期待である。
言うまでもないことだが、九奈白凪という少女は周囲から特別視されている。これは入学時点から既にそうであった。
そこに加え、これまでの様々な言動も後押ししている。このクラスには、先のダンジョン実習に参加した者が何人か在籍している。護衛の探索者や引率の八神教諭ですら動揺し、誰もが動けなかったあの時。しかし凪だけは毅然とした態度で指示を出し、全員を安全な場所まで導いて見せた。もちろん先導したのは別の者だが、あの場を切り抜けられたのは間違いなく凪の力によるところが大きい。少なくともクラスメイト達にはそう見えたし、事実そう――バカ強いメイドの助けはあったものの――である。
そうした様々な出来事が積み重なり、凪は知らずのうちに圧倒的カリスマ性を手にしていたのだ。
自分に厳しく、気高く、美しく。寡黙で近づきがたいオーラを纏ってはいるが、逆にそれがカッコいい。おまけに経営者としての実績もあるときている。同学年、同クラスにそんな超人お嬢様が存在しているとなれば、クラスメイト達が頼りにしてしまうのも当然のことであろう。まぁクールでカッコいいオーラとやらは、実際にはただのコミュ障オーラでしかないのだが。
クラスメイト達は相談をしつつも、しかし裏では誰もが凪の言葉を待っているのだ。
他方、コミュ障令嬢は皆の邪魔をするまいと、ただじっと見の構えを取っている。
こうして膠着状態が完成したというわけだ。
このデッドロック状態を打開出来る唯一の存在こそが、凪のメイドである織羽だ。
凪に負けず劣らずの銀髪美人、ミスなどは一切なく、ただ淡々と完璧に仕事をこなすミステリアスなメイド。常に表情を崩さず、主人である凪からも一目置かれている存在。少なくともクラスメイト達から見た織羽とは、そういった存在であった。
が、しかし――――。
「え、何ですかこの空気。妙な緊張感がありますね」
「そうかしら…………? 私にはわからないわね」
「うーん、気の所為かもです」
悲しいかな。
その唯一の存在とやらもまた、凪同様に対人弱者であった。
他人の気持ち云々という点に関してのみ言えば、或いは凪より鈍感かもしれない。
こうして結局、クラスの出し物が時間内に決まることは無かった。
案出しは次回に持ち越され、各自何かしらの候補を考えてくるようにという課題が八神教諭より言い渡された。
「ふぅー…………いやぁ、これが文化祭の緊張感ですか。初めて経験しましたが、これは中々に手強いですね」
「ええ、そうね。上手くいくと、そう思っていたのだけれど…………」
まるで一仕事を終えたように息を吐き出すポンコツメイドと、どうやら謎の自信だけはあったらしいポンコツ令嬢。
そんな二人のコミュ雑魚が席を立つ、丁度その時だった。教室のスピーカーから呼び出しの放送が入った。一般的な学園であれば、こうした放送は日常茶飯事であろう。しかし白凪学園に於いてはその校風から、こうした放送は中々に珍しいものだったりする。
恐らくは教員の緊急呼び出しであろうと、特に気にすることもなくそのまま席を立つ二人。
しかしそんな二人の予想に反し、その放送内容は――――。
――――生徒会長の九条だ。一年の九奈白凪君、今から生徒会室まで来て欲しい。可及的速やかに頼むよ。
繰り返しのない、ただ一度の呼びかけだった。
「…………」
「おっほ」
それを聞いた瞬間、凪の顔は露骨に歪んだ。
それを聞いた瞬間、織羽の顔は露骨に綻んだ。




