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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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155/185

第155話

「ねぇ」


 でろっと濁る瞳で頬杖を突き、心底機嫌が悪いといった様子で低い声を出す。

 本日のクロアはいつにもまして、それはもう非常に怒っていた。

 

 放たれているのは紛れもなく殺気。

 それも前職が前職だけに、彼女の放つ()()はそこらの凡百のものとはわけが違う。直接向けられようものなら、人によっては恐怖で失禁してしまうやも知れない。戦闘を生業としていない一般人ですらはっきり感じ取れる、そういったレベルの殺気だ。


 しかしそんな殺気が向かう先もまた、やはりそこらの凡百ではない。

 冷たく刺す氷のような気配もなんのその、織羽(おりは)はちくちくと裁縫に勤しんでいた。


「なんでしょう?」


「なんか、あのゴリラと遊んだって聞いたんだケド?」


 ぎくり、と織羽(おりは)の肩が僅かに震える。

 まるで恋人に浮気がバレ、それを問い詰められているかのように。

 

 クロアが詰めているのは、先日の『スパダリ作戦』での一幕についてだ。

 凪の婚約者候補として擁立するために、架空の人物『天枷水樹(あまかせみずき)』の活躍を見せる必要があった。その過程で織羽(おりは)と隆臣は、僅かな時間ながらもいつものじゃれ合いを展開した。とはいえ隆臣扮する襲撃犯を会場外に吹き飛ばした時点で、『分かる者には分かるよう、実力を見せる』という目的は達している。確かに、その後のじゃれ合いは全く必要のないものであった。


「聞いてないんだケド」


「…………」


「別にボクでもよかったよね、その役」


「…………」


 つまりクロアはこう言っているのだ。

 何故自分を差し置いて、隆臣と手合わせをしているのか、と。


 何故と問われれば、織羽(おりは)としては『ただのついで』としか言いようがない。

 隆臣とじゃれ合う事などいつものことで、作戦中にちょっと時間が出来たから、という程度の話だ。


 しかしクロアからすれば、到底納得出来る話ではない。

 襲撃犯役に必要な条件はひとつ、『会場内に居る探索者を圧倒する事』のみである。顔など覆面なり仮面なりで如何様にも隠せるし、声だって(ひそか)が現場に来る以上はどうとでもなる。探索者であることなど一目瞭然なのだから、体格や性別などは問題にもならない。おまけに素のガラの悪さは隆臣と同等かそれ以上。強いて言えば凪にバレる確率が少し高くなるくらいか。とはいえ確かに、隆臣ではなくクロアでも問題なく作戦は実行出来たであろう。

 

 であれば、だ。

 ()()()()は自分の方が先だった筈だ、と。

 つまりクロアはそう言っているのだ。


 クロアが迷宮情報調査室のメンバーとして、半ば強制的に加入してからしばらく。

 彼女の興味など、つまるところは織羽(おりは)と戦うことに終始している。元より戦闘狂で、極論戦う事以外には興味のない彼女だ。総会襲撃事件にまつわる様々な任務もそう。日頃の学園生活に於ける織羽(おりは)のサポートもそう。興味のないそれら全ての事柄に我慢しているのは、偏に織羽(おりは)と戦うためでしかない。


 だというのに、だ。

 今回の作戦について、クロアは何も聞かされていなかった。気づけば全ては終わっていて、折角の好機はいつの間にやら掌から溢れ落ちていた。如何に仕事上の話とはいえ、これで納得しろという方が難しい。少なくとも彼女に言わせれば。


「ボクはさぁ」


「はい」


「別にあのまま終わっても良かったんだよ。割と満足してたしね」


「はぁ」


「でもさぁ、まだキミと遊べるって聞いたから、今こうしてるワケ。分かるよね?」


「ほぅ」


 クロアの言葉はひどく抽象的で、傍から聞いただけでは何を話しているのかも分からないような、そんな曖昧な内容だった。しかし全てを知っている織羽(おりは)には、その言葉の意味が全て分かる。そしてもちろん、彼女が何が言いたいのかも。

 

死人(ゾンビ)の前にお肉ぶら下げて、しっかりこき使っておいて、それで()()はないんじゃない?」


「…………いやぁホント、酷いヤツもいるもんですねぇ」


「テメェに言ってんだよ」


「押忍」


 のらりくらりと適当な返事をする織羽(おりは)に対し、流石に口調が荒れ始めるクロア。

 これがマジギレの兆候だということを、織羽(おりは)は既に知っている。普段は無気力気味でふらふらと気ままに動くクロアだが、しかし一皮向けばその下には、狂犬じみた野生が眠っているということを。


「はぁ…………分かりました、分かりましたよ! やればいいんでしょう、やれば!」


 事此処に足り、もはや戦いが避けられない事を悟る織羽(おりは)

 どの道どこかでガス抜きは必要だったのだ。ならばこのあたりで一度処理しておくのも悪くない、と。


(ひそか)さんに言って、迷宮情報調査室(うち)の地下を使わせてもらいます。それでいいですか?」


 渋々といった織羽(おりは)のその言葉に、クロアの表情がぱっと華やぐ。

 静かな怒気をたっぷりと湛えていた先程までの能面から、誰が見ても分かるほどの上機嫌へと色を変えて。


「いいよぉ♡」




       * * *




 数日後。

 授業中にふと、凪がこう言った。

 

織羽(おりは)、貴女怪我してるわよ?」


「えっ、ホントですか?」


「気づいていなかったの? ほら、ここ」


 凪が指差す先――――織羽(おりは)の頬には確かに、小さな切り傷のようなものがあった。織羽(おりは)が気づいていなかったのも無理はない。血が出ているというわけではなく、小さな薄いスジが一本走っているといった、ほんのかすり傷程度の怪我だった。


「そういえば左腕にも、何日か前から包帯を巻いていたわね」


「う、目敏いですね」


「仕事に支障はなさそうだったから、特に気にしていなかったのだけれど…………()()のほうかしら?」


「ええ、まぁそんなトコです」


 少し意外そうな顔をする凪。

 この失礼なメイドは、こう見えてバカみたいに強いのだ。白凪館に来てから今日まで、怪我らしい怪我をしているところなど、凪はほとんど見たことがなかった。それこそ総会襲撃事件の際、あの如何わしい魔女との戦いで手傷を負ったくらいだろうか。


「大丈夫なの?」


「ええ。見ての通りただの掠り傷ですから、問題ありませんよ」


 一応の心配はしてみるものの、しかしけろりとした織羽(おりは)の顔を見るに、本当に問題はないのだろう。

 そう判断した凪は、この件についての追求をやめることにした。なにぶん授業中でもあったし、なにより『大丈夫』と言っている相手を過剰に心配するのは、それはそれで迷惑になることがあると凪は知っているからだ。


 そこで話題を切り替えるため、凪は近頃見ないある人物についての話を振ってみた。


「そういえばあの子――――クロアもここ数日見ないわね」


「えっ、ああ…………そうですね。彼女はもうしばらくお休みのようですよ。理由は知りませんけれど。あはは」


「ふぅん…………」


 なんとなく、本当になんとなくでしかないが――――この話題についても、やはり凪は追求しないことにした。

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