第154話
週明けの月曜日。
昼の休憩時間となるや否や、凪のサロンでは大自慢大会が開催されていた。
「それがこの短剣でしてよ!」
テーブルの上には一振りの短剣。
いわずもがな、先日のパーティーで授与されたシエラのナイフである。
一見しただけで超一流の加工師によるものだと分かる装飾。そして神の金属とも呼ばれるオリハルコン最大の特徴が、この妖しげに波打つ刀身だ。通常の金属ではありえないそれが、間違いなくオリハルコン製であることを物語っていた。
「はわわ…………これが本物ですかっ!?」
「うわ、すっご…………!」
「綺麗、ホントに動いてるみたい!」
くどいようだがオリハルコンとは、ダンジョン関連の博物館でさえお目にかかれない超々希少な金属だ。それが美しい剣の形をして目の前にあるのだから、莉子と火恋が絶句し見惚れてしまうのも当然の事と言えるだろう。
リーナに関しても同様だ。
オリハルコンを巡る前回の騒動には参加していた彼女だが、怪我をしたルーカスの病院へ付き添った為、直接見る機会を惜しくも逃してしまっている。故に彼女もまたこれが初めてのオリハルコン体験であり、やはり感動と興奮が相まってか、上手く感想が言えず――そもそもレビューが苦手なタイプではあるが――にいる。
「そうでしょう、そうでしょう! よく目に焼き付けるとよいですわ! おーっほっほっほ!」
所有者のシエラは、最早鼻が伸び切って天を衝く勢いである。
お手本のような高笑いは大変にやかましいが、しかし好きなだけ見学させてくれる大サービスぶり。あまつさえ減るものではないからと、触ることすら許可する程。流石は国宝院家の娘というべきか、機嫌の悪いときでさえなければ、一応懐は広めであるらしい。
嵐士自身が『人参』と称していた様に、このご褒美は謂わば探索者としての将来を期待されているに等しい。かの九奈白市長手ずから授与されたということもあり、また一度は手放したオリハルコンが再び手に入った――同一のモノだとは知る由もないが――のだから、シエラの喜びもひとしおだろう。故に普段は落ち着きを好む凪も、今ばかりは水を差すことなく、ただ織羽と共に見守っていた。
「嬉しそうですねぇ。やかましいですねぇ」
「今日くらいはね…………ところでアレ、貴女の仕業なんでしょう?」
「まぁ、はい」
「国宝院に貸しを作りたいなんて話でもないでしょうに、随分とお優しいじゃない」
それは単純な疑問であった。
それほど長い付き合いではないが、しかし織羽がどういった性格をしているのか、凪はその大凡を既に知っている。
飄々として掴みどころがなく、それでいてまぁまぁな愉快犯。故に行動が読みづらく、慇懃な態度でありながらふとした時に堂々と毒を吐く。基本的にはドライなくせに、しかし妙なところで情を見せることもある。
こうして言葉にすれば、ただ芯がないだけのように聞こえる。
しかし実際にはそうではなく、不思議と信念があるように見えるのだ。
凪は思う。
様々な迷彩によって巧妙に隠されてはいるが――――時折見せるこの『情』らしき部分こそが、恐らくは織羽の本質なのではないかと。
随分と迂遠な手を使い、恐らくは相当に手間をかけ、それでもシエラの元へオリハルコンを戻した。何故そうしたのかは分からない。これがそこらの有象無象であれば、理由はそれこそいくらでも思いつく。国宝院へ恩を売りたいだとか、見てくれだけは良いシエラに好意を抱いているだとか。だが織羽は違う。そうまでする理由など微塵もない筈なのだ。
こうした織羽の行動は、これまでにも何度かあった。
『見捨てろ』という言いつけを破り、危険を冒して助けに来た時もそう。
総会襲撃時、凪の望みを叶えるために強敵と戦った時もそう。
直近で言えば、例の窃盗犯二人を手駒にしたこともそうだ。
何にも興味がない。
必要なことしか、興味のあることしかしない。
そんな顔をしておきながら、実際にはひどく甘い。
まるでちぐはぐなのだ。故に凪は思う。
織羽という人間を真に理解する為には、何か根本的な材料が不足している、と。先の問いかけは、そうした織羽の本質を知るためのものだった。
もちろんこのクセ者メイドのことだ。真面目な答えが返ってくるとは思っていない。しかしそれでも、知りたいと思ってしまった。思うようになってしまっていた。総会襲撃事件の最後に、少しだけ交わした話――――その先を。
「努力は報われて欲しいじゃないですか」
そんな凪の思いが伝わった、というわけでもないであろうに。
しかし返ってきた答えは、意外にもまともなものであった。
「どれだけ頑張っても、どうにもならない事ってやっぱりあるんですよ。もちろん探索者に限らず、そんなのは当たり前のことなんですけど」
「…………まぁ、それはそうね」
「でも、それって結構しんどいんですよ。本当に、何もかもがどうでもよくなってしまうくらい。だからもし私に出来ることがあるのなら、少しでも力になりたい――――そう思うんです。もちろん世界中の全てを、なんてことを言うつもりはありませんが。理由はそれだけです」
いつもの顔色、いつもの声音。
しかし織羽のその言葉には、何か不思議な重みがあった。
「少し前まではただの惰性、義務感でしかなかったんですけど――――今はちょっと違うんです。ちなみにですが、お嬢様のおかげなんですよ?」
「…………私? 何もしてないわよ?」
「はい。でもこの先は秘密です」
「…………妙に意味深な事を言っておきながら、それはないんじゃないかしら?」
世にも珍しい織羽のデレタイム、この機を逃せば次はいつになるやら分かったものではない。
故にここぞとばかりに話の先を聞き出そうとする凪であったが、しかし。
「駄目です、まだ好感度が足りません」
「…………はぁ」
織羽ルートに入るには、どうやら今しばらくの好感度稼ぎが必要らしかった。
* * *
「あっ」
その日の帰り。
凪を車内にエスコートした織羽が、ふと何かを思い出したかのように自身の懐を弄り始めた。
「…………何をしているのかしら?」
「いえ、そういえばお嬢様にプレゼントがあったのを思い出しまして」
「プレゼント? 何よ急に、少し怖いわね…………」
相手は名にし負うクセメイドである。
何しろこのメイドときたら、誕生日プレゼントと称してクソみたいな下着を贈ってきたのだから。これまでの言動を思えば、プレゼントという言葉をそのまま受け取るわけにはいかない。
そうして身構える凪の眼前へ、漸く見つけたらしい小さな箱を差し出す織羽。
そこに入っていたものは――――。
「…………ネックレス?」
仄かに揺らめく特殊金属――――どう見てもオリハルコンで作られた、小さなネックレスであった。おまけに通常は紅く揺らめくところが、どういうわけか蒼く揺らめいている。
「言ったじゃないですか、努力は報われて欲しいと。あの日一番の功労者は間違いなくお嬢様でした。ですからこれは、私からのちょっとしたご褒美です」
そう言って僅かに微笑んで見せる織羽。
ちなみに当初は指輪を用意しようとしていたのだが、密から『非常に面白そうですが、止めたほうがいいでしょう』と言われた為、尤も収まりが良いであろう現在の形となっている。もちろん織羽にそういった意図はなかったが、世間体を考えての提言である。閑話休題。
「見ての通り素材はオリハルコンです。高いですよー」
ともあれ織羽が用意したものとしては、これが初となるまともなプレゼントだ。高ければなんでもよいと思っているあたりが実に織羽らしい。しかし不意を突かれたということもあり、呆気にとられ、渡されるがまま素直にネックレスを受け取る凪。
「あ…………りが、とう?」
驚きと戸惑い、そこに僅かな照れが入り混じった、なんとも複雑なお礼。
しかし『目は口ほどに物を言う』とは良く言ったもので、夕日に照らされたその瞳は、明らかな喜びの色を浮かべていた。
「まぁ…………折角もらったものだし、大事にするわ」
とはいえ、凪が取り乱したのは一瞬のこと。
次の瞬間にはすっかり、つんと澄ましたいつもの顔に戻っていた。
「どういたしまして。もちろん発信機付きです」
「台無しよ、馬鹿」
やはりオチを付けずにはいられない、なんともこの二人らしい一日であった。




