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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第153話

 市外の空港へと向かう車内にて。

 九条五十鈴(くじょういすず)が、隣に座る風音へと問いかけた。

 

「風音様、結局誰を選ばれたんです?」


「んー? うふふ、誰だと思う?」

 

 風音は悪戯っぽく笑い、もったいぶるようにそう答えた。 

 五十鈴は九条家の分家の生まれであるがゆえ、凪とは血の繋がりはない。

 しかし自らが幼い頃より付き従う、謂わばほとんど姉妹の様な相手(かざね)の娘なのだ。自分の娘とまでは言わずとも、やはり家族のように大切な存在だと思っていた。そんな五十鈴にとっても大切な存在である、凪のお相手を選ぼうというのだ。風音が下手な相手を選ぶとは思えないが、さりとて気にならないはずもなかった。


「あの場に居た者から選ぶのであれば――――やはり国宝院飛竜か天枷水樹の二人でしょう。どちらも個人の資質や能力、家柄ともに問題はありません。加えて容姿も優れていますし、お嬢様との釣り合いを考えれば、他には居ないかと。容姿も優れていますし」


 妙に熱のこもった言葉でそう答える五十鈴。

 語る内容は尤もなものであったが、妙に早口な点だけが風音は気になった。

 

「あら、二度も言うほど顔が気に入ったの? 相変わらずの面食いねぇ」


「お嬢様の容姿を考えれば、隣に立つ者にも相応のものが求められるでしょう。私のタイプである事は否定しませんが」


 ちなみに五十鈴は未婚である。

 しかしそれはそれとして、五十鈴の弁は間違っていない。

 

 表向きはどうあれ、昨夜のイベントはお見合いパーティーとそう大差がないのだ。であればこそ時間をかけて親密になる等といった、一般的な恋愛とは根本からして性質が異なる。一、二時間というほんの僅かな時間、互いに取り繕った表面――凪は普段通りであったが――だけを見て、それで一体相手の何が分かるというのか。となればもう、紙の上でも分かるような情報と、パッと見で分かる容姿くらいしか選考基準がない。


 その点、五十鈴が挙げた二人は申し分がない。

 家柄は言うまでもなく、個人の能力についてもだ。

 唯一、懸念があるとすれば――――。


「…………まぁ、二人とも跡取りだというのが非常にネックとなりますね」


 そう、両者共に各家の跡取りであるという点。

 九奈白家への婿入りという前提がある以上、この点をクリアすることは相当に難しい。

 まして天枷水樹などは家族構成からして全く分からないのだ。跡取りなどと呼ばれてはいるが、果たしてそれが本当なのかどうなのかもわからない。そういう意味では逆に、立場がはっきりと判明している飛竜よりまだ可能性はあるとも言えるだろうが。


「ですがまぁ、どちらがより条件をクリアしやすいかを考えれば答えは自明です。風音様が選んだ相手は――――天枷水樹ですね?」


「違うわよぉ?」


「やはりそうですか。では急いで天枷家の情報を――――え?」


 ほとんど択一であった、間違えようのない答え。

 そんな五十鈴の解答はしかし外れで。そうとなれば、残る選択肢はひとつだけ。


「で、では国宝院飛竜の方……?」


「違うわよぉ?」


「成程。確かに障害は大きいですが、凪様に相応しい相手となると――――え?」


 が、やはりこれも外れ。

 いよいよ訳が分からなくなった五十鈴は、頭の上に疑問符をいくつも浮かべる。

 その様子を見た風音は、悪戯が成功したとばかりに笑う。常から顔の崩れない五十鈴の、珍しくも混乱した姿が楽しいのだろう。


「私が選んだのはぁ――――なんと織羽(おりは)ちゃんでーす!」


「…………は?」


 そんな五十鈴の混乱は、正解を聞いた後も変わることがなかった。それどころか、むしろ混乱はますばかりである。確かに、風音が突拍子もないことを言い出すなど今に始まったことではない。しかし今回ばかりは状況が違う。風音がわざわざ帰国し、色々と理由をつけ、一週間近くも共に生活をしたことからも分かるように、今回の婚約者選びはかなり真面目な話なのだ。なにしろ娘の将来に関わる重要な案件だ、流石の風音もふざけたりはしないだろうと、五十鈴はそう思っていた。


 それがどうだ。

 織羽(おりは)といえば、白凪館に務める凪の専属メイドである。

 もちろん織羽(おりは)についての情報は、五十鈴も細かく調べ上げていた。否、織羽(おりは)だけではない。白凪館に住まうメイド全員分、つまりは亜音(あのん)椿姫(つばき)のこともしっかりと把握している。そうして集めた情報によれば、織羽(おりは)というメイドは確か――――。


「…………女性では?」


 そう。

 メイドなのだから当たり前ではあるが、生物学上の女である筈なのだ。


「遅れてるわねぇ。そんなこと、今どき大した問題じゃないわよぉ?」


「いえ、そういう問題ではなく」


 あっけらかんと言い放つ風音であったが、この件に関しての問題はそこではない。

 多様性だなんだという話は今どうでもいい。婚約者を選ぶということは、必然的に跡継ぎの問題が絡んでくるということだ。無論、それが分かっていない風音ではあるまい。九奈白家の娘として生まれた以上、それはどうしたって避けられない話なのだから。であればこそ、先の言葉の意味するところは――――。


「…………成程。つまりは今しばらくの猶予を与えるということですね? 当初おっしゃっていたように、凪様のお尻を叩いただけというわけですか」

 

 メイドの名前を手紙に(したた)めたことを、『もう少しだけ待ってあげる』という意味なのだと、五十鈴はそう解釈した。

 これならば風音の望み――――つまりは凪が自由恋愛の末に相手を見つける、という願いにもそぐう。なんということはない、いつものちょっとした冗句というやつだ。しかしこうして『いつまでも相手を見つけないようなら、こっちで選んでしまうわよ』というポーズを見せることで、凪をある程度焚きつけることは出来ただろう。あのへそ曲がりな娘の尻を叩く方法としては、成程確かに効果的なのかもしれない。


「うふふ、どうかしらねー?」


 互いの事など、それこそ好みのタイプまで知っている二人。

 しかしどうやら風音は今回の件に関して、五十鈴にも全てを話すつもりはないらしい。

 こうなった風音は梃子でも真面目に答えてくれないという事を、五十鈴は良く知っている。故に肩を竦め、それ以上の追求をやめた。


(しばらく帰らないうちに、とっても面白い事になってたわねぇ。織羽(おりは)ちゃんの正体も気になるし、あの天枷水樹という子も気になるわぁ)


 風音は織羽(おりは)イコール天枷水樹という真実にたどり着いているワケでは無かった。

 しかし両者ともに、隠し事をしているということだけは見抜いていた。そして先の一幕がその中心にいるのが、恐らくは自分の娘であるということまで。

 無論隠し事など誰しもが少なからず持っているものだが、風音が考えているのはそういう意味ではない。あの気難しい凪の傍にいて、わずか数ヶ月で信頼を勝ち取ることに成功した新人メイド。いまだかつて誰も姿を見たことがなかったというのに、凪の婚約者を探すという目的の上で開かれたパーティーにだけは現れた、どうにも()()()()()()()御曹司。ひとつであれば偶然でも、ふたつ続けば怪しむには十分だった。


(こうなってくると…………織羽(おりは)ちゃんが()()()()()()()()ことにも、何か意味がありそうよねぇ? まさか同一人物だったり…………なぁんてね。それなら話は簡単なのだけれど、流石にねぇ?)

 

 うっすらと、隣にいる五十鈴にさえ分からない程度に微笑む風音。

 そうして何かを決意するかのように、今後の予定について高らかに宣言した。


「よぉーっし! ぱぱっとお仕事終わらせて、また凪ちゃんのところに遊びにいくわよぉ!」


 が、前科者の発言が素直に聞き入れられるはずもなく。


「駄目です」


「そんなぁ」


 風音が再び白凪館を訪れるのは、しばらく先の話になりそうであった。

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