第152話
凪の婚活パーティー(仮)から明けて翌日。
パーティーの規模自体は大きかったものの、さりとて公的なイベントというわけでもない。
所詮は内々で行われた、金持ちだらけの打ち上げでしかないのだ。世間一般からすれば、どこぞの顔も知らないような金持ち達が集まって、なにやら豪勢に交流していたというだけの話。そんな事は市井の知ったことではないし、知ったところで彼らの生活には何の関係もない。
故に昨夜の一見が大々的なニュースになるようなことはなく、小さなネットニュースとして取り上げられる程度に収まっていた。
あの場で起きたことを知っている者は、昨夜にゲストとして参加していた者達のみ。パニックにならず、状況を冷静に理解出来ていたものとなれば更に数は減る。
範囲は最小限でありながら、しかし疑惑の楔は確かに打ち込まれた。つまり織羽達の仕掛けた『最強スパダリ作戦』は、狙い通りの成果を上げたというわけだ。
「あとは風音様の好感度をどれだけ稼げたか、ですね」
「そればかりは私も予想出来ないわね。あの曲者のお母様が、素直に彼を選ぶかと言われると――――難しいところだわ」
織羽が淹れたお茶に口を付けながら、凪はどこか不安げな声音でそう零した。
さもありなん、それ如何で凪の将来が決まりかねないのだから。
主のそんな様子を横目に、亜音お手製のザッハトルテを切り分ける織羽。
気休めの言葉をかけるのは容易いが、それでどうなるというわけでもない。そもそもそんな気配りなどこのメイドには存在しないのだが。
しかし作戦実行前とは異なり、今の織羽には自信があった。
あの時、あの場で出来るベストを尽くしたという自信が。
振る舞いや言葉遣いにミスはなかった。戦闘に於いても同様に、力の片鱗を見せることは出来た。標的である風音はそこらの素人ではないのだ。水樹の実力はあの一撃で十二分に伝わった筈である。
「これで全然効果ナシだったら笑えますね。わはは」
「全く笑えないわよ。これでもしお母様が、どこの馬の骨とも知れないドラ息子の名前でも挙げようものなら…………」
「いえ、それは流石にないかと。最悪でも飛竜お兄様あたりだと思いますよ」
「ならやっぱり、どこの馬の骨とも知れないドラ息子じゃない」
肩を竦め、大きくため息を溢す凪。
近頃はため息ばかり吐いているような気がすると、自身でも分かってはいるのだが。
「またそんな言い方を…………ワイ兄は凄いんですよ?」
「ワイ…………なんですって? 貴女いつの間に、そこまで飛竜に肩入れするようになったのかしら」
「肩入れという程でもありませんが…………手加減していたとはいえ、ウチの職員のシゴキに耐えたという点は称賛に値します」
「まぁ、探索者としての腕は確かみたいね。私にはどうでもいいことだけれど」
もちろん国宝院飛竜は、凪の言うようなドラ息子では断じてない。
家良し、顔良し、実力良し。現時点で途方もない金持ちだし、将来性も抜群だ。
凪が個人的に苦手としているだけで、世間一般からすれば最高クラスの優良物件である。
しかし何度も言うように、凪は結婚――――というより婚約自体に消極的である。
少なくとも現時点では、相手が誰であろうと婚約するつもりはさらさらないのだ。
つまりこれは相手がどうとかいう問題ではなく、単純に凪自身の問題である。
「ところで、結果は風音様が直接伝えにいらっしゃるのですか?」
「まさか。お母様はもう次の仕事に向かったわ」
「忙しい方ですね。とてもそうは見えませんが…………それでは?」
「また手紙じゃないかしら。きっと今頃飛行機の中で、私の嫌がる文面でも考えているのでしょう」
風音は世界中を飛び回り、九奈白の外交官的役割を担っている。
もちろん彼女だけで全ての渉外を担っているわけではないが、案件の重要度が上がれば上がるほど、彼女が出張ることになる。忙しないことではあるが、あまり一処に長居出来るような立場ではないのだ。そうした背景があるからこそ、先日風音が言っていた『たまの休み』という言葉は、嘘偽りのない彼女の本心だった。娘とじゃれ合ったこの一週間あまりは、確かに風音の心に癒やしを齎した。いっそリフレッシュだけが目的であったのなら、凪とてもう少しまともに応対していただろうに。
ある程度の緊張はしつつも、務めて平静を装う凪。
風音の赤紙が届いてからこれまで、凪は人事を尽くした。預かり知らぬところでは、嵐士や織羽も動いてくれていた。事此処に至り、後は天命を待つのみである。例えるならオーディションの当落通知を待つアイドル候補生、といったところだろうか。
そうしてようやく過ぎ去った、凪にとっての一大イベントを二人で振り返ることしばらく。
一通の手紙を携えた花緒里が、凪の元へとやってきた。
「お嬢様、風音さまよりお手紙が届いていますよ」
「ほら、ね?」
自身の予想が的中したことを、得意気に誇る凪。
やはり母娘ということか、なんだかんだで互いのことは分かっている様子であった。
(やっぱ仲いいじゃんね。いや、言うとぷうぷう膨らみそうだから黙ってるけどさ)
内心でそんな事を考えている織羽には気づかずに、凪がゆっくりと便箋を開封してゆく。
もちろん手でびりびりと破くようなことはせず、高級そうなレターオープナーを使用して。
そうして綺麗に開封すると同時、前回と同様に花の香りがほんのりと溢れ出す。
綺麗に折りたたまれた手紙には、達筆な字で『凪ちゃんへ』と書かれていた。
凪を両脇から挟む形で、花緒里と織羽もずいと身を乗り出し手紙に注目する。
「…………開くわよ」
恐る恐るといった様子で、凪が手にした手紙をゆっくりと開く。
そこにはやはり達筆な筆字でたった一言だけ、こう書かれていた。
凪ちゃんへ。
ママは織羽ちゃんを婚約者として推薦します。
ママより。
風音からの手紙は形式などもきっちりとしているため、基本的には長文になりがちである。故に本題部分を探すのが非常にめんどうだったりする。今回も恐らくはそうであろうと考えていた凪達は、手紙を開くと同時呆気にとられることとなった。いわずもがな、手紙の本文が僅か三行しかなかったからである。
「…………は!?」
「…………え!?」
その文面を目にした瞬間、凪と花緒里は凄まじい勢いで織羽を見つめた。
確かに風音は冗談や悪戯を好むが、しかし今回に限って言えば相応に真面目だった筈なのだ。そう思っていたところにコレなのだから、二人が混乱するのも無理はない。
無論織羽にしてみれば、見つめられたところで何がなにやら。文面も、そこに隠された真意も、風音の考えていることなど何ひとつとして分からない。
目端の利く風音のことだ、昨夜のほんの僅かな時間のうちに、織羽の正体に気付かれたのだろうか。ボロは出していない筈だが、あり得ないとも言い切れない。そんな考えがぐるぐると、織羽の頭を一気に駆け巡る。
しかし、だ。
こうもあからさまに『どういう事なのか』といった目線を向けられれば、どうにもふざけたくなるのが織羽の悪癖だった。
というわけで疑問はひとまず棚上げし、自分自身でもどういう状況なのか分かりはしないが、しかしまぁとりあえず。
「おや…………成程。では不束者ですが、よろしくおねがい――――」
「しないわよッ!」
「そんなー」
そんなー(´・ω・`)




