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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第151話

「つまりお母様の企て――――私の婚約者探しを阻止するためにやった、と」


「はひ…………めそめそ」

 

 猿回しの猿よろしく、車内で正座説教を受ける織羽(おりは)

 正面に座る凪がドレス姿のままで足を組んでいるため、いろいろと見えそうではある。


「発案者は?」


「凪パ…………旦那様ですぅ」

 

 最早隠しきれないと悟ったのか、問われるままに洗いざらい全てを吐き出す。

 実際パーティー自体は既に乗り切っているため、凪にバレたところで今更問題はないのだが。


 今回織羽(おりは)達が講じた作戦とは、言ってしまえばよくある『ヤンキーけしかけマッチポンプ作戦』だ。

 気になる相手に対して協力者(チンピラ)をけしかけ、ピンチを救って好印象を与えるという例のアレである。これによって、天枷水樹を婚約者として擁立するのが目的だ。もちろん規模もコストも、そして参加した面子も、よく聞く例とは比較にならないものではあったが。


(成程…………一見バカみたいな話だけれど、意外と考えられているわ。想定外のゲストと突然過ぎる授与式で意識を散らし、その上で襲撃者を投入。たとえ一連の流れに違和感を覚えたとしても、襲撃犯の高すぎる実力がその違和感を隠してしまう。演者に心当たりがないと情報が足りず、お母様や五十鈴さんでは絶対に核心には至れないよう出来ている。仮に私が途中で気付いたとしても、()()()である以上その場では声を上げ難い…………お父様の考えそうな事だわ)


 凪の想像通り、作戦の成否は闖入者がどれだけ強いかにかかっていた。

 そもそもの話、あの場には常磐や飛竜を始めとする実力者が多数居た。そんな会場を襲撃するとなれば相応の――――否、ピンチを演出するには圧倒的な強さが不可欠だ。あっさり制圧されてしまうような実力では話にならないし、もっと言えば苦戦すら許されない。闖入者が強ければ強いほど襲撃の真実味は増し、ひいては水樹(おりは)が割って入った際の演出具合にも影響する。

 

 常磐を相手に余裕で立ち回れる者など、用意しようと思って出来るものではない。つまりは襲撃者が強ければ強いほど、演技と見破れられる確率が下がるということだ。如何に鋭い風音といえども、よもやこんな茶番のためだけに一桁を二人も投入しているとは考えないだろうから。


「まぁ、大体の話は理解したわ。それで…………」


 凪が今回の作戦、その全貌を聞いた上で気になる点があるとすれば。

 

「その、見せてしまってもよかったの?」


「めそめそ…………え? 何がです?」


水樹(あなた)の実力よ…………というか、そのウソ泣きをいい加減止めなさい! 何が『めそめそ』よ、目ぇカラッカラじゃないの!」


 凪に咎められた途端ぱたりと演技をやめ、何事も無かったかのように顔を上げる織羽(おりは)

 ただ口で『めそめそ』と言うばかりで表情など一切変わっていない、最早ウソ泣きと呼ぶことすらも烏滸がましい大根演技であった。

 

「ああ、もちろん大丈夫ですよ。あれは私ではなく、天枷水樹(あまかせみずき)のやったことですので」


「…………?」


「もしかしてお嬢様…………私が本当に天枷家の人間だとか思ってません?」

 

 あっけらかんと言う織羽(おりは)の言葉、その意味が凪にはいまひとつ理解出来なかった。

 

 今回の一件によって、少なくとも天枷水樹の顔と実力は各方面に広まるだろう。或いは正体不明の一位、その正体は天枷家の跡取りだった――――などという噂話に発展しても、なんら不思議ではない。というより実際に、パーティーに参加したゲスト達の間では既にそう言った話も出ている。今回水樹(おりは)はそれだけの活躍を見せた。見せてしまった。

 

 凪が懸念しているのはそこだ。

 確かに天枷は一般に広く知られている名前ではないが、国内外問わずダンジョン産業関連の有力者であれば誰もが知っている名前だ。如何に顔を知られていない一族といっても、だからといって簡単に()()()()()が出来るような一族ではない。もし織羽(おりは)が天枷水樹という他人になりすましただけだというのなら、今後天枷家からどのような抗議がくるか分かったものではない。当然今回の件に加担――というより首謀者だ――した九奈白家との関係も悪化することだろう。


 これは少し考えれば分かる事だ。

 そんなことすら分からない嵐士ではないし、織羽(おりは)やその所属組織も当然理解している筈。

 であればこそ、織羽(おりは)が天枷家の人間という点だけは真実なのだと、彼の過去を知らない凪はそう考えていた。もしそうなら織羽(おりは)の出自や過去、その他諸々が謎に包まれている理由にも説明がつく、と。


 だが、しかし――――。


「そもそもの話ですが、天枷家なんて家はこの世界に存在しません」


「…………なんですって?」


「いえ、これだと少し語弊がありますね。存在はしているが、実体は無い――――というのが正しいでしょうか」


「ちょ、ちょっと待ちなさい。貴女一体何を言って…………」


 珍しく混乱を隠せない凪。

 そんな彼女の制止も待たず、織羽(おりは)は淡々と事実だけを告げた。


「世間一般に言う天枷家とは、実は迷宮情報調査室(うち)が作った架空の家なんですよ」


 


       * * *




 天枷家。

 言わずと知れたダンジョン研究機関『ARIS』の元締めである。

 九奈白や国宝院と同じく、歴史がそれほど長い家ではない。加えて、元々は探索者協会のいち役員程度のポジションであった。

 しかし十数年前からダンジョン研究分野に手を出し、そこから急激に発展した家である。特にここ数年の成長具合は凄まじく、勢いだけで言えば九奈白・国宝院両家に匹敵する程だ。


 しかしてその実態は『迷宮情報調査室第三課』。

 人員は十名に満たない、ごく小規模な研究者達の集まりである。

 当然ながら、所属する研究者は一人残らず超がつくほどの天才達。そして全員、当たり前のように頭のネジが何本か飛んでいる。そんな彼らの主義主張を取りまとめ、()へと円滑に伝えるため作り出された架空の組織。それが『天枷家』なのだ。

 

 彼らの役割は主にみっつ。

 ダンジョン素材の新たな活用法模索。

 ダンジョン素材を利用した武器・兵器の開発。

 ダンジョン内にて発見された様々な事象の研究・解析。

 

 これは『ARIS』で行われているものとほぼ同様の内容である。

 つまり『ARIS』とは、三課の研究者達の指示で動く手足、或いは声を拡大するためのスピーカーでしかない、という事だ。

 人員が少ないが故にただ指示を出すだけで、彼ら研究者達が『ARIS』に直接顔を出すことはない。故に研究所の職員ですら、ごくごく一部を除いて誰も顔を見たことがない。


 一課や二課の使用する武器を作っているのも、もちろん三課(ARIS)である。

 織羽(おりは)のオリハル箒もクロアの戦鎚も、もちろん彼らの仕業だ。そして彼らに研究用の素材を大量に提供しているのが、他でもない織羽(おりは)である。天枷家の急成長も、どこぞの一位様が希少素材をぽんぽんと提供している所為。織羽(おりは)がセーフハウスで武器を大量保管出来ているのも彼らのおかげ。

 

 『天枷家』という表に出ない研究者の集団があり、その下に『ARIS』という表向きの研究機関が存在する。

 これが天枷家の真実。世間で言うところの天枷家とは、つまるところはただの記号でしかない。そんな都合のいい名前を今回織羽(おりは)が使わせてもらっただけ、というわけだ。


「流石に驚いたわね…………貴女の順位と正体を聞いたあの時の、その次くらいに信じられない話だわ」


「これもちょっとしたサプライズですかね」


 ほとほと疲れた、とばかりに眉間を揉みほぐす凪。

 ある意味、この国の裏側を聞かされたようなものなのだから当然だ。

 

「それで、ですね…………風音様はご自身がそうであるように、『いざという時、お嬢様を守れる相手』に好印象を抱く筈だと旦那様が。つまりあの場では、ある程度の実力を見せる必要があったわけです。これが存外丁度良かったので、『婚約者』と『一位』を『架空の存在(あまかせみずき)』に押し付けちゃおうと」


 織羽(おりは)の順位は秘匿事項であり、バレると本業の方に支障が出る。

 これまではただ黙っていれば隠し通せていたが、しかし近頃はなんだかんだと戦う機会が増えつつある。当然戦えば戦うほど、織羽(おりは)の正体を隠すのは難しくなる。ダンジョン内や国外であればいざ知らず、九奈白市内でそう何度も戦っていてはバレる確率が上がるばかり。


 故に先手を打つ形で、分かりやすい『偽物』を作り上げてしまおうと考えたのだ。

 正体不明であった天枷の跡取りが、実はとんでもない実力者だった。

 そして『一位』もまた長らく正体不明である。なんとまぁ、如何にも怪しい話ではないか。


 人間とは思い込みの激しい生き物で、一度()()()()()()と思ってしまうと、その疑念を払拭するのは中々に難しい。つまりは『一位かもしれない者(あまかせみずき)』が別に存在することで、『真の一位(おりは)』がある程度動きやすくなる――――と、まぁそういうわけである。

 

 どれだけ一位の正体を探ろうとも、『架空の存在(あまかせみずき)』へと誘導され。

 作戦通りに凪の婚約者として選ばれたなら、それもまた『架空の存在(あまかせみずき)』。当然婚約など成立せず、今回の風音襲撃をやり過ごすことが出来る。随分とまぁ便利な存在を生み出したものである。

 

 名付けて『一石二鳥の最強スパダリ作戦』。

 もちろん作戦名は星輝姫(てぃあら)の発案である。

 

 この策をもっと前に実行していれば、ケイとハルも『もしや一位なのでは』などとは思わなかったことだろう。まぁ彼らが勘違いをした相手は、織羽(おりは)ではなくクロアであったが――――どちらにしても同じ事だ。つまりこれは、正体を隠しながら任務に就く二人を守るための策だとも言える。


「いくら知り合い(おとうさま)の頼みだからといって、まさかあの天久隆臣が出張ってくるなんて――――そう思っていたのだけれど、納得したわ。貴女達の都合もあったわけね」


「まぁ、こっちは()()()なんですけどね。本命はお嬢様の婚活阻止でした」

 

「別に婚活はしてないけれど…………そうね、なんというか、その…………何も知らなかった私が、今更こんな事を言うのは少しおかしいのかもしれないけれど」


 先程までの説教モードから打って変わり、何やらもじもじとし始める凪。

 照れを隠すかのように視線は明後日の方向へ、間違っても織羽(おりは)の方を見たりはしない。

 凪とはもうそれなりの付き合いである織羽(おりは)だ。この後の展開など、最早簡単に読めるというもの。


(――――デレの気配!)


 メイド服のスカートへおもむろに手を伸ばし、自身のスマホを取り出す織羽(おりは)

 流れるような動作でカメラを起動、動画モードへ切り替え、バレないようにこっそり凪へ向ける。


「…………その、ありがとう。色々と言いたいこともあるけれど、私の為にしてくれたのでしょう? 正直に言うとまだ整理がついていないのだけれど…………でも、天枷水樹の中身が貴女で良かったと――――」


 凪がちらりと、薄目の横目という器用な事をしながら織羽(おりは)の様子を窺う。

 そうして正座をしている織羽(おりは)の隣、スマホのカメラと目が合った。


「ちょっ、なッ――――!? 貴女、人が真面目に話をして…………クビよ!」

 

「旦那様に送信、っと」


「このッ! 待ちなさい、消しなさいッ!」


「はーい。そろそろ帰らないと、花緒里(かおり)さん達が心配しますからねー」


 帰り道の凪は、過去最大級の機嫌の悪さだったという。

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