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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第150話

 『あと一歩のところで、犯人には逃げられてしまった』

 敵を追った水樹がそう発言したことにより一先ず騒ぎは終息し、残すは後始末のみとなっていた。

 ゲストたちへの説明や荒れた会場の処理、犯人の追跡など、そんなものは主催である嵐士の仕事だ。

 会場では九奈白夫妻と天枷水樹、そして国宝院兄妹や常磐などが集まって何やら話をしていた様子だが――――当然そんなものに付き合ってはいられないと、凪は早々に会場を後にした。


 ほんの二、三時間のパーティーだったにも関わらず、なんともまぁ色々なことが起き過ぎた。

 自身の読みがことごとく外れたことにより、さしもの凪も未だ混乱状態。故に考えをまとめる時間が欲しかった。


天枷水樹(あまかせみずき)織羽(おりは)ではなかった。それなら、あの強さは一体何? あんな人間がそう何人も居るものなの?)


 探索者と接する機会は多く、また知識としてはしっかりと頭に入っている。

 しかし一見しただけで探索者の強さが分かるほど、凪は人間を辞めてはいない。


 もちろん、天枷水樹が凄まじい強さを持っているということくらいは分かる。

 だが具体的にどのレベル、順位にすればどの程度の強さなのか、その判断が出来ないのだ。


(二桁の常磐さんを軽くあしらうような相手――――を、軽くあしらう程の圧倒的実力。それってもう一桁なんじゃないの?)


 天枷水樹の強さは一桁クラス、どれだけ低く見積もっても二桁最上位。

 あの場で起きた出来事を順番に並べれば、やはりそうとしか思えない。しかし現在一桁の席に座っている者は、一人を除いて全員顔も名前も割れている。そしてその一人にしても、凪は既に見知っている。織羽(おりは)と水樹が同一人物なのであれば全ての事象に説明がつく。が、しかしその可能性は先の通話によって否定されている。あの二人は別人、そこは間違いない。


(つまり、天枷水樹は所謂『野良』の探索者ということ? でも…………いえ。確かにあの天枷家なら、未確認ダンジョンのひとつくらい隠し持っているかも)


 謎の多い天枷の事だ。

 政府に隠れて、あるいは政府からこっそり許可を得て、ダンジョンの管理をしていてもおかしくはない。それこそ『研究用』などと宣えば、案外すんなりと許可が出るのやも。少なくとも一般に公開されているダンジョンでは、記録を残さずにというのは不可能だ。野良の探索者、それも圧倒的強者などそうポンポンと湧いて出てくるものではない。


(…………駄目ね、情報不足だわ。どれだけ可能性を考慮しても、結局は憶測の域を出ない。肝心な部分にぽっかり穴が空いているわ)


 ああでもないこうでもないと黙考しつつ、会場の入口で車を待つ凪。

 つい先程織羽(おりは)から連絡があり、既にKCCへと戻ってきているとのことであった。市内の喫茶店から戻ってきたことを考えれば、むしろ早すぎるくらいの到着である。KCC周辺は一般車通行止めとなっているため、確かに道は空いていたであろうが――――随分とまぁ飛ばしたらしい。


 そうして待つこと二、三分ほど。

 無駄に偉そうな見慣れた高級車が、凪の目の前に停車した。


「すみませんお嬢様、お待たせ致しました」


「別に構わな――――えっ?」


 いそいそと運転席から降りてきたメイドをみた途端、凪の顔がなにやら訝しげな表情へと変わる。そうして数秒ほど思案し、次いで何かを察したかのように口の端をひくりとさせた。織羽(おりは)が手に珈琲店の袋をぶら提げていたからではない。もちろん、ほんの数分程度待たされたからというわけでもない。そういうわけではないが、しかしとにかく顔面を硬直させた。


 そんな凪の様子には気づかなかったようで、いつものように素早くドアを開け、乗車をエスコートする織羽(おりは)。凪は目を閉じ黙ったまま、眉根を寄せて機嫌悪そうにするばかりである。剣呑な雰囲気を纏ったまま、とりあえずといった様子で車に乗り込む凪。ドアが閉まり織羽(おりは)が運転席に戻っても尚、凪はムスっとしたままであった。


「…………」


「お嬢様、もしかして怒ってます? ご安心を、ちゃんとお嬢様の分も買ってありますよ」


「…………」


「もしかして私が淹れたお茶でなければ飲めない、みたいなヤツですか? 光栄ですがちょっと重いですよ?」


 織羽(おりは)が何を言っても、凪は腕を組んだまま、足を組んだまま。

 まるでどこぞの暴君のようなポーズで、ただただ目を閉じている。そうして漸く、たった一言だけを粛々と告げた。


織羽(おりは)


「はい」


「貴女、あの天枷の人間だったの?」


「…………はい?」


 一体何を言っているのか、という顔で小首を傾げる織羽(おりは)

 アリバイは完璧で、格好もいつものメイド服に着替えている。確かに大急ぎで着替えたが、僅かな乱れもない。メイドは主を写す鏡、それは織羽(おりは)が敬愛する先生の教えだ。身だしなみには日頃から気をつけているし、凪のメイドとして恥ずかしくないよう常に整えている。バレるはずがないのだ。


 故に織羽(おりは)は、()()をかけられているのだと考えた。

 (ひそか)のなりすましによって一度は否定された織羽(おりは)イコール天枷水樹説。しかし凪があの場面で連絡してきたということは、間違いなく疑われてはいたのだ。これはその延長、つまりは確認作業だ。自身の読みが本当に間違っていたのか、カマをかけることで確定させようとしている。凪の先の問いかけ、その真意は恐らくそんなところであろう、と。


「質問の意味がわかりかねます。その…………あまかせ? というのは一体何の話でしょう」


「ふぅん…………あくまで()()を切るつもりなのね」


「いえ、シラもなにも…………お嬢様に嘘なんてつきませんよ」


「へぇ…………今の言葉に嘘はないわね?」


「もちろんですとも」


 ちらりと、凪が姿勢を変えぬままに織羽(おりは)へ視線を送る。

 一方織羽(おりは)は自信満々、いつもと何も変わらぬ真顔で真っ向から対抗する。


「じゃあ聞くけれど――――()()()()()()()()()のかしら?」

 

 そう言われた織羽(おりは)はゆっくりと、無言で自身の身体に視線を落とす。

 そこには確かに、あるべきはずのものが無かった。凪と別れた時には確実にあったものが。

 

「…………そ、痩身エステに行ってきました」


 織羽(おりは)が男装したのは迷宮情報調査室の車内。

 そしてメイド服へ着替え直したのはこの車内。なんということはない。出陣前に星輝姫(てぃあら)と小競り合いをした所為で、そのままあちらの車内に忘れて来てしまったというわけだ。当然ながら『痩せました』などという苦し過ぎる言い訳が、この聡明な少女に通用するはずもなく。


「…………ははーん、トリックですね?」

 

「はいはいトリックトリック。正座、説明」


「は、はひ…………」


 織羽(おりは)が女装生活をするようになって大凡八ヶ月、ここにきて初めての凡ミスであった。

ヒューッ!

正体がバレててよかったぜぇー!

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