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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第149話

「ちょっ、テメッ――――使()()()()()()なゴルァ!?」


「あったり前だコラァ! 折角の機会だし、思う存分ボッコボコにしてやんよ!」


「上等だオラ、今日こそ格の違いってモンを分からせてやるぜクソガキィ!」


 会場外に飛び出した途端、待ってましたと言わんばかりに口汚く罵り合う二人。

 結構な勢いで壁に叩きつけられたというのに、覆面大男――――隆臣にはまるでダメージが入っていない様子であった。


 隆臣が体勢を崩しつつも、しかし鋭い蹴り上げを放つ。

 彼は第一線を退いた今なお、五位――少し前に四位が空席になったため、自動的にひとつ繰り上がった――の席を守り続けている筋金入りの武闘派だ。その速度ときたら、常磐と戦っていた時のような、やる気のない攻撃とは比べ物にもならない。加えて技能(スキル)浸透(ペネトレイト)』の効果により、隆臣は相手の防御を簡単に貫いてしまう。それが接近戦に於いてどれほど凶悪な力であるかなど、敢えて説明する必要もないだろう。


 もちろん水樹――――否、織羽(おりは)とて負けてはいない。

 隆臣の攻撃を受けるという事が何を意味するのか、部下であり殆ど家族同然の存在でもある織羽(おりは)は、それをよく理解している。もちろん馬鹿正直に受けたりはせず、下方から迫る蹴り上げに対して、身体を捻ることで回避する。

 

「危なっ!」


「ちッ、避けやがったか」


 忌々しげな舌打ちをひとつ、隆臣が吐き捨てる。

 如何に一撃必殺の凶悪な攻撃とて、当たらなければ意味がない。

 

 この攻撃を当てるというだけの簡単な行為が、対織羽(おりは)戦に於いてはどれほど難しいことか。隆臣もまたそれをよく理解しているが故に、可能な限り初撃は入れておきたかった。しかし結果は空振り。双方共に有効打が入ることはなく、少しの距離を置き対峙することとなった。


「今ので寝てりゃあよかったのに、可愛げのねぇやつだぜ」


「あんなハエが止まりそうな攻撃、決まるワケないでしょ。実戦から離れ過ぎて、身体が鈍ってるんじゃないの?」

 

「あ? 女装で女学園に潜り込んで楽しんでる変態に言われたくねーよ、バーカ」


「お? トラブル続きで全然楽じゃないんだよ、アーホ」


 売り言葉に買い言葉、仲がいいのやら悪いのやら。

 この二人のやりとりは普段からこんな感じだ。もちろんじゃれ合いの延長でしかないが、しかしそれを行うのが『一位』と『五位』なのだから始末に終えない。その度に仲裁するハメになるのだから、(ひそか)の心労は推して知るべしである。


 パーティー会場から離れ、夜の駐車場に佇む二人。

 ゲストの車両は地下のVIP専用駐車場に停められており、この屋外第一駐車場は現在無人である。つまり常磐や飛竜といった者達が駆けつけるまでの数分間は、他の一切を気にする必要がない、謂わばボーナスタイムである。つまり普段はセーブしているじゃれ合いを、この数分間に限り思い切りやれるということだ。


 実は今回の作戦会議を行った際、二人ともが『これ、このタイミングで遊べるんじゃね?』と考えていた。

 もちろん口に出せば(ひそか)に禁止される為、互いに目線で意思疎通を図るのみに留めた。しかして今、二人の企みは結実したというわけだ。

 

「あっ」


「ん?」


 不意に織羽(おりは)が、隆臣の後方を指差す。

 釣られて背後を振り向いたその次の瞬間には、織羽(おりは)の靴先が隆臣の眼前へと迫っていた。

 身体を大きくひねり、どうにか回避に成功する隆臣。


「うおおお! コイツ汚ぇ!」


「戦いに汚いも何もないんだよなぁ」


 あまりにも古典的なその戦略は、成程確かに姑息と言えるだろう。

 しかし二人は探索者――元が付くが――であり、魔物を相手に命がけで戦うのが仕事だ。断じて格闘家やスポーツマンではない。


 探索者にとっての戦いとはすなわち生きる術そのものであり、使えるものは全て使うのが鉄則だ。言葉の通じない魔物を相手に卑怯だなんだと、そんな事を論じて何になるというのか。逃げることは恥ずべきことではなく、奇襲や待ち伏せ、囲い込んでの多対一などは当たり前。魔物を相手にそうしない事は、むしろ怠慢ですらある。要するに探索者とは、世界で最も()()()な職業なのだ。


 とはいえそんな探索者といえど、ここまで露骨な戦法を取ることはほぼない。

 これは織羽(おりは)と隆臣の関係性あっての『何でもあり』であり、仮に相手が隆臣でなければ、織羽(おりは)もこのような手段を取ることはない。というよりも、当たり前だがこんな手段は他では通用しない。どこまでいっても、これはただのじゃれ合いでしかないのだ。


「あ、そういや今ので思い出したんだが」


「うん?」


「お前この間――――死ねオラァ!」


 隆臣が勢いよく地面を踏み抜けば、まるで地割れでも起きたかのようにアスファルトが砕け、爆散する。

 彼の技能(スキル)の前では、舗装された道路でさえも()()()に利用出来てしまう。

 しかし織羽(おりは)も予想していたのか、無数に飛来する礫をひょいひょいと躱して見せる。


「二番煎じお疲れ様でーす」


「っぜぇ!」


「ていうか、あんまり壊すとまた(ひそか)さんに怒られるよ」


「あ、やべ」


 指摘を受け、慌てて地面を確認する隆臣。

 そう言う織羽(おりは)こそ、つい先程ド派手に壁を破壊したばかりなのだが。


「隙ありぃ!」


 その一瞬を突いて、織羽(おりは)が鋭い回し蹴りを放つ。

 よほど(ひそか)に怒られたくなかったのか、隆臣の反応が僅かに遅れを見せる。

 この二人ほどのレベルになれば、ほんの僅かな遅れが命取りに繋がる。まともに腹で受けてしまい、その場で膝をつく隆臣。


「ぐぉおおお、コイツマジで蹴りやがったな…………」


「ふふん、これで格付けは済――――」


 と、勝利宣言をしようとした織羽(おりは)の腹部に凄まじい衝撃が襲いかかる。

 それは蹲った体勢からの、なりふり構わぬ飛び込み頭突きであった。


「がはっ! ちょっ、頭突きは無いでしょ……」


「戦いに汚いも何もないんだよなぁ」


 まるで子供のケンカだ。

 『一位』と『五位』の戦いはいよいよ泥沼化し、とても()()だとは思えない様相を呈していた。

 そうして二人仲良く悶絶していたところで、ついに仲裁役が姿を見せる。


「はぁ…………何をやってるんですか二人とも」


「あっはははは! 馬鹿じゃないの二人とも! ね、(ひそか)姐さん。言った通りだったでしょ?」


 覆面を脱ぎつつ、乱れた髪を整えて。

 二人の様子を確認し、呆れて何も言えなくなった(ひそか)が大きな大きなため息を零した。

 一方、背が高い方の覆面女――――千里(せんり)は大喜びである。どうせこうなっているであろうことなど、彼女にはお見通しであったらしい。


「違うんですよ。そこのゴリラが僕を亡き者にしようと、姑息な手を使ったんです」


「違うんだよ。この変態メイド野郎が卑怯な手を使いやがってよ。そこまでして勝ちたいかね?」


「あ?」


「お?」


 ここぞとばかりに、醜い責任の擦り付け合いを繰り広げる二人。

 しかし(ひそか)は取り合わず、手を叩いて話を進めた。


「はいはい、説教は後でしますから。もうあまり時間がありませんので手短に行きますよ。室長と我々はすぐに撤収、織羽(おりは)は会場に戻って下さい」


「はーい」


「はーい」


 意外にも聞き分けの良かった二人が、(ひそか)に促されるままいそいそと支度を進める。

 会場に戻らなければならない織羽(おりは)としては、まるで衣服が汚れていないのも怪しい。そういう意味では丁度良かったのかも知れない。先のじゃれ合いにも、多少の意味はあったということだ。


「そういえば(ひそか)さん、お嬢様の方は大丈夫でした?」

 

「ええ、我ながら上手く誤魔化せたと思いますよ。あの混乱具合ならば、天枷水樹(あまかせみずき)の正体には気づいていないでしょう」

 

「なら良かった。お嬢様は相当鋭いですからねぇ…………」

 

 今回の作戦のキモは、凪に天枷水樹の正体がバレないようにする事だった。

 否、厳密に言えば凪にバレる事自体は構わない。しかし凪が水樹の正体に気づいてしまい、その態度の変化から、『これは茶番である』と風音に見抜かれてしまう事だけは防がなければならなかった。もしそうなれば、天枷水樹は凪の婚約者候補から外されてしまうだろう。


 敵を騙すには味方から、というわけだ。

 故にアリバイ作りのため、ひとつ策を講じた。織羽(おりは)との通話中に天枷水樹が表に出ることで、二人が同一人物ではないと信じ込ませる。この作戦を成立させるために必要だったのが、他でもない(ひそか)技能(スキル)音葉(おとのは)』だったというわけである。


 『音葉』とは文字通り音を操る能力であり、ひいては音を統べるといっても過言ではない能力だ。

 声を変えたり、離れた場所から音を出したり、或いは音を消したり増幅することも。およそ音に関することであれば基本的に出来ないことはないと言っていい。

 なおケイの『静寂(サイレント)』とは、原理や消音に至るまでのプロセスが異なるため、単純な上位互換とは一概には言えない。ざっくり言えば『音葉(おとのは)』は物理現象を操る能力であるのに対し、『静寂(サイレント)』は概念的なものであるという違いがある。応用力という意味では前者に軍配が上がるが、こと消音に限って言えば後者の方がより強力だ。閑話休題。


 ただ声を真似るだけであれば、それこそ機械音声などでも出来る。

 しかし織羽(おりは)の持つ独特な雰囲気を演じるとなれば、付き合いの長い(ひそか)にしか出来ない事だ。加えてあの鋭い少女の問いかけにリアルタイムで答えるとなると、流石に機会音声では難しい。実は天枷水樹形態時の声も、この技能(スキル)によって変化させていたりする。なお千里(せんり)に関してはただの賑やかし、楽しそうだからという理由だけでの参加である。


「まぁそのあたりの話は追々。とにかく織羽(おりは)、今は配置に戻って下さい」


「はーい」


 会場の方へ視線を向ければ、宵闇の中に小さく、常磐と飛竜のものらしき人影が見えた。

 そうして歩き出した織羽(おりは)の背中へ、千里(せんり)が声をかける。


「あ、オリ!」


「うん?」


「お土産よろしく! もうお腹空いちゃってさあ…………実は昨晩警察の取り調べ室で、カツ丼食べたきりなんだよねぇ」


「もう銃持ち歩くのやめなよ」

 

 相変わらずの生活を送っているらしく、織羽(おりは)は呆れる他なかった。


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