第148話
違和感。
常磐や飛竜が戦っているのを横目に、凪は拭えぬ違和感を覚えていた。
(何故、会場内に侵入されるまで誰も気づかなかったの? それに、増援がいつまで経っても来ないのは何故? 警備の者を突破してきたというのなら、それなりの騒ぎが起きて当然の筈)
目の前の混乱に惑わされず、冷静に考えれば分かることだ。
よくよく考えれば、この状況は何から何まで全てがおかしい。
賊がここまで侵入出来たこともそう、敵が異様に強いのもそう。応援が未だに到着しないのもそうだし、責任者である嵐士が何故か動かない――部下に指示を出すフリはしているようだが――事もそうだ。まるでこのパーティーが、この状況を作るために設えられたかのよう。
凪もこのような状況の経験が豊富というわけではないが、それでも先の総会事件に於ける核心部分を経験している。
その少ないながらも濃厚な経験が、現状の怪しさを激しく訴えていた。
恐らくは風音もこの違和感に気づいているのだろう。
状況の推移を見守るばかりで、やはり積極的に動こうとはしていない。
顔に薄っすらと懐疑の色が浮かんでいるところを見るに、風音は何も知らされていなかったということか。
(…………よく見ると、何人かはこの戦いを怪しんでいるように見えるわね)
探索者協会の会長や、探索者経験がある者。
片手で数えられる程ごく僅かな数名ではあるが、彼らもまた下手に動こうとせず様子を窺っている。
そして何よりも――――。
(あれだけの大きな音が鳴ったというのに、外の織羽が未だに何の連絡してこない。そんなことあり得るかしら?)
そう考えた凪は会場の隅に身を隠しつつ、懐からスマホを取り出した。
通話の相手はもちろん、外で待機している筈の織羽である。
有り体に言えば、凪はこの騒動を『織羽と愉快な仲間達』の仕業だと疑っているのだ。
紛れもなく主催者の失態だというのに、フリをするばかりで何故か動かない嵐士。どことなく見覚えのある気がする背格好の、いくらなんでも強すぎる襲撃犯達。当たり前のルールであるが故に気にしていなかったが、しかし今になって考えてみれば、『メイドだから織羽は会場に入れない』というのもどこか綺麗過ぎた気がする。都合がいいと言ってもいい。そして極めつけは、天枷水樹という誰も顔を知らない男の存在だ。
(まさかとは思うけれど…………もしお母様の婚約者探しを邪魔するために、お父様がこれを企てたのだとしたら)
自分に甘い嵐士の事だ。
友人であるという天久隆臣に依頼を持っていったと考えれば、辻褄が合うとまでは言わないが、一応現状についての説明はつく。
凪は確かに、今回のパーティーを阻止しようとしていた。
しかしそれは、他人に迷惑をかけてまでやるべき事ではないと考えている。もしこの予想が外れているのなら、あまりの自意識過剰ぶりに死ぬほど恥ずかしい思いをすることになるだろう。だがもし予想が当たっていたならば、今すぐにでも彼らを止めなければならない。感情面はどうあれ理屈の上では、婚約者を決めなければならないという風音の言い分は決して間違っていないのだから。
スマホからバックトーンが鳴り、そうして都合三度のコールの後。
耳元からは緊張感の欠片もない、いつもの呑気な声が聞こえてきた。
「もしもし。如何なされましたか、お嬢様。まだパーティーの最中なのでは?」
「貴女、今どこで何をしているのかしら?」
「うぇっ? それはー…………あー、そのですねぇ」
やたらと歯切れの悪い織羽の言葉。
それを聞いた凪は、自身の予想を確信へと変えた。
「…………やっぱり、会場内にいるんでしょう? おかしいと思ったわ。何が天枷水樹よ、どうりで話しやすいワケだわ。声まで変えて、随分と手の込んだことをするじゃない」
「はて? 何の話か分かりかねますが…………実は私は今、市内に戻って喫茶店でコーヒーを頂いております」
「…………は?」
「ああいえ、もちろんお嬢様の分も買って帰るつもりでしたよ? いやホントに」
織羽の主張に曰く、歯切れの悪さはサボりを隠していたからだと言う。
もちろん凪も、そんな如何にも嘘っぽい言い訳を信じる訳では無い。
「貴女ね、今更そんなバレバレの嘘を――――」
凪が大きなため息を吐き出し、呆れるように嘘を咎めようとした、その時だった。
今まさに戦いが繰り広げられている会場の中心から、聞こえる筈のない声が聞こえてきた。
「手を貸しましょうか、レディ」
凪が驚きで目を見開く。
彼女の予想――――先程確信に変わったそれによれば、天枷水樹と織羽は同一人物の筈で。
「えっ…………? そんな、だって織羽は今――――」
「もしもし? お嬢様? そっちで何かありました? あれ? もしもーし」
こうして凪もまた大半の招待客と同様、混乱の中へと放り込まれたのであった。
* * *
不敵というには随分と引きつった笑みを浮かべる水樹。
しかし所作は悠然に、余裕たっぷりといった様子で常磐の前へ躍り出る。
「代わりましょうか」
「馬鹿言いなよ、ボンボンは黙って下がってな」
「おっと、これは手厳しい。実際ボンボンなので何も言い返せませんねぇ」
地位や親の権威を傘に着る子息令嬢達を、常磐はこれでもかというほど目にしてきた。
もちろん凪のような例外が居ることも理解しているが、しかし塵を積んで山にしてきた常磐に言わせれば、やはり大半が碌なガキではなかった。日頃からそう考えているが故に、常磐は金持ちの子が嫌いだった。だかそれでも常磐にとって、水樹もまた守るべきゲストの一人である。苦戦しているからといって、では後はお願いしますというわけにはいかない。何より今相対している相手は、世間知らずのボンボンにどうこう出来るような輩ではないのだから。
「とはいえ、これ以上は見過ごせません。楽しいパーティーが台無しだ」
「アンタに何が出来るって? もう一度だけ言うよ、死にたくなかったら下がってな」
思春期の学生にありがちな、所謂『学校テロリスト妄想』であろうか。
いい加減にしてくれと、常磐は心の底から思った。ここまでくれば勘違いも甚だしい。所詮は親の力でのさばることを許されただけの、何も出来ないただのガキンチョが、と。守らなければならないというだけでも大きな負担だと言うのに、頭のおかしな子供に足を引っ張られるなど笑えもしない。
そんな常磐の言葉に続き、敵である筈の大男までもが同意する。
「おう、そこの姉ちゃんの言う通りだぜ。ガキは引っ込んで――――」
そうして鼻で笑うようにそこまで告げ、その次の瞬間。
「では、画面端へご招待しましょう」
「あァ? 何を――――なッ、早」
会場内に響き渡る破砕音、砕ける壁、舞い上がる塵埃。
水樹に顔面を鷲掴みにされ、大男はあっという間に会場の外まで連れ去られてしまった。
「…………嘘だろ?」
常盤はただ、それを呆然と見送ることしか出来なかった。




