第146話
ここまでの一連の流れを見て、九奈白風音は眉を潜めた。
確かに、今回のパーティーは風音が主導で開催されたものである。
しかし精々が招待客を選んだ程度で、場を整えるのは嵐士に任せていた。普段から海外を飛び回っている自分よりも、嵐士の方が国内事情には通じているからだ。これは九奈白夫婦にとってはごく当たり前、普段通りの役割分担だった。故に黙って成り行きを見守っていたのだが――――。
(…………これは何なのかしらぁ?)
つい先程から、らしくない出来事が立て続けに起こっている。
最初に違和感を感じたのは、天枷家の跡取りが姿を現したと聞いた時。これまで一度も表に出たことのない一族の跡取りが、今回に限って一体何故顔を出したのか。
こうした有力者を集めたパーティーなど、探せば割と頻繁にどこかしらで開催されている。
顔見せの機会など、これまでにも無数にあった筈だ。中には九奈白家の人間が出席しているパーティーもあったし、国宝院だってそうだ。今回のパーティーでしか会えないなどといった相手は基本的に存在せず、だからこそ意図が分からない。少なくとも、単純な挨拶などという理由ではないだろう。
五十鈴が把握していなかったという点も怪しい。
それが意味するところは、嵐士がこっそりねじ込んだという事。
仮に以前から知り合いだったというのなら、堂々と招待リストに載せればいいだけなのに。
(パパがそうしなかったのは、何か他に理由があるから……? うーん、流石に情報が足りないわぁ)
ともあれ、天枷水樹が凪とそれなりに上手くやれていたのは事実である。
故に風音は追求をせず、ただ『凪ちゃんと気が合いそうだと判断して、パパが呼んだ相手』と思うことにしたのだ。
かと思えば今度は授与式ときたものだ。
これも意味がわからない。風音に言わせれば今更以外の何ものでもない。
おまけに褒章として用意されていたのは、まさかまさかの緋緋色金製の短剣である。如何に九奈白家といえどオリハルコンは所有しておらず――もちろん費用が理由ではない――、仮に手に入ったとしても右から左にというわけにはいかない。そんな激レアアイテムをポンとくれてやるなど、流石に異常だとしか思えない。
この何か匂うふたつの出来事が、風音にはとても無関係だとは思えなかった。
(…………持ち込んだのは天枷かしらぁ? だって本当にあのARISなら、オリハルコンのひとつやふたつ隠し持っていてもおかしくはないものねぇ?)
現状で風音が持ち得る少ない情報を、形になるようどうにか繋ぎ合わせてみる。
天枷家の跡取りとやらが今回に限って顔を見せた理由、それがあの短剣にあるというのなら。
(うーん…………まぁ、一応の筋は通っているかしらぁ? 何故そうまでしてシエラちゃんに、という疑問を除けばだけど)
最もそれらしい形に話を整えてみても、やはり疑問は残る。
疑問を残した上で、いよいよ目の前のコレである。
(このタイミングで襲撃? つまりオリハルコンの情報が漏れていたということかしら? パパが仕切っているパーティーで、私ですら知らなかったのに?)
きな臭いと思っていた矢先、更にきな臭い要素が上乗せされたのだ。
総会襲撃事件があの程度の被害で済んだのは、他でもない嵐士の優れた能力あってのことだ。嵐士自身が設定した場で、そこらの盗人に情報戦で出し抜かれるなどあり得ない。
違和感に違和感が重なった時、それはついに不信感へと変わる。しかし不信感の正体は未だ知れず、ただ不気味さだけが残り風音を取り巻いていた。
(…………でもまぁ、まずは目先のことからね)
そうして思考を切り上げた風音は、改めて闖入者たちを観察する。
覆面を被っているため顔は確認出来ないが、少なくとも焦りや緊張といったものは感じられない。今回のようなテロじみた行為は、犯人側にも多大なストレスを与えるものだ。しかし彼らは無駄に力が入っているということもなく、一見した限りでは自然体だ。この時点で、覆面の三人が相当な手練であると分かる。
(たったの三人で襲撃しただけあって、かなり強いわねぇ…………特に先頭の男。ただ無造作に立っているだけに見えて、実際はまるで隙がないわぁ)
入口から乱入してきたということは、恐らく正面突破でここまで来たのだろう。
つまり警備の者は軒並み打倒されたことになる。爆発から数秒経っているというのに、未だこの場に誰も飛び込んでこないのがよい証拠だ。無論警備には手練を配置し、数も相当数居た筈なのだ――――それらを三人で突破せしめたということは、恐らく三人ともが二桁クラスの実力を保持している。風音は犯人たちを一瞥し、ひとまずそう判断した。
パーティー参加者の中にも戦闘経験者は多いが、流石にこのレベルの相手となると厳しい。
そうでなくとも、イレギュラーが発生したからといって、ゲストに戦わせるわけには当然いかない。
「常磐」
「ウイッス」
風音が名前を呼べば、待ってましたと言わんばかりの返事。
九奈白風音専属の二人のお付き、その片割れ。東堂常磐がずいと前に出た。
常磐は九奈白家に所属する護衛として、最上位の強さを誇っている。
探索者としての序列は47位。いつぞや凪を攫った実行犯のひとり、陸逸とほぼ同レベルだ。もちろん文句無しのトップクラス探索者であり、現役を退いて久しい風音を含めても、この会場に居る者の中では最強と言って差し支えないだろう。少なくとも、彼女以上の適役はこの場に居ない。
「貴女ひとりで大丈夫かしらぁ?」
「どうだろ? やってみなきゃ分かんねッスね。いや、やっぱ三人同時はキツいかも」
口ではキツいなどと言っておきながら、獰猛な笑みを隠しきれない常磐。
風音が自分の護衛を選ぶにあたり、重要視したのは一点のみ。対人戦に強いかどうか、ただそれだけだった。そして常磐は風音の眼鏡に適った。二桁にまで上り詰める者など、所詮ある種の変態でしかない。彼女もその例に漏れず、戦いのスリルを楽しむタイプの異常者だ。その戦闘力は当然凄まじく、対多数の戦いですら彼女はまるで苦にしない。こと対人戦に限って言えば全盛期の風音をも越えているかもしれない。
そんな彼女が『厳しいかも』というのなら、この三人は間違いなく難敵だ。
さてどうしたものかと風音が悩み始めたとき、颯爽と脇から躍り出る者が居た。
「ならば私も助太刀しよう! 国宝院が誇る麒麟児、この飛竜が!」
如何にもかませの様な台詞だが、これで飛竜はちゃんと強い。
国内に於けるダンジョン探索のトップ、国宝院家の次期当主だ。当然鍛え上げているし、才能も抜群。妹であるシエラも『期待の新人』などと言われているが、飛竜の場合は既に実績を多数挙げている。もちろん常磐ほどではないが経験豊富で、少なくともこの場に於いては、常磐と共闘が出来る者は彼を除いて他に居ないだろう。
「対人戦はイケるのかい、坊っちゃん」
国宝院の跡取りに対してあまりにもな言い様だが、探索者であれば日常茶飯事だ。
たとえるなら運動部が試合中、後輩だ先輩だなどと下らない事に囚われないのと同じ事。命を賭けた戦いの途中で、いちいち敬称を付けて読んだり敬語をつかったり、そんなことをしていては連携に穴が空く。戦場では正確性と速度が重視されるが故、名前の呼び捨てなどごく当たり前に行われている。それをよく分かっているからこそ、飛竜もまるで気にしていない。
「無論だ。舐めないでもらいたいものだね。それにここでの活躍が彼女の耳に入れば、きっといい印象を――――」
「うん?」
「いや、気にしないでくれ。独り言さ」
彼の脳内は、下心と打算が満載のお花畑状態であったが。
年明け早々に怪我しました(全治二週間




