第145話
つい先日、凪もなし崩し的に巻き込まれたオリハルコン騒動。
その事件を早期解決へと導いた功績を称え、主導となった者に褒章を与える。
嵐士のスピーチを要約すれば、概ねこのような内容であった。
もちろん事件のあれやこれやについては、凪が秘密裏に処理をした。
その甲斐もあってか、大きなニュースになるような事はなかった。しかし紛れもなく九奈白市内で起こった事件だ。首こそ突っ込んではこなかったものの、嵐士の耳に入っていない筈がない。加えてこの会場に居るのは支配層の者ばかりだ、概要くらいは耳にしている者も多いことだろう。
この街の犯罪率が低い理由としては、やはり治安維持部隊の存在が挙げられる。
しかしそれとは別に、『探索者が大量に生息しているから』という面も確かにあるのだ。
無論、私人逮捕を良しとしている訳では無い。
が、犯罪への抑止力として効果がある事は疑いようがない。
事実、小さな犯罪行為や暴力沙汰が起こった際などは治安維持部隊の到着よりも早く、一般通過探索者によって鎮圧されている場合も多い。そうした小さな騒ぎであれば珍しいことでもなく、いちいち褒章を与えるなどということはしない。
しかし先のオリハルコン騒動のように、大きな犯罪組織が絡んでいた場合ではそうもいかない。
まして今回の相手は、ほとんど誰にも感知されていなかった相手である。それを人知れず捕縛したとなれば、褒章のひとつも出さねばなるまい。
とまぁ、つまりはそういうことだ。
規模こそ違えど『コンビニ店員が特殊詐欺を未然に防ぎ、それに対して感謝状等が贈られる』といった感覚に近いだろうか。
それで言うならば、第一功は紛れもなく凪であろう。
しかし事件自体の概要がそれほど詳しくは知られていない上、表立っては何もしていない。そんな凪に嵐士が褒章を与えるなどと言い出せば、果たして周囲にどんな印象を与えるだろうか。であればこそ、事件解決の表の立役者であるシエラが選ばれたというわけだ。もちろん消去法というわけではなく、ちゃんとシエラを評価してのことである。
「こうして話すのは久しぶりのような気がするな」
「ご無沙汰しておりますわ」
そうして壇上に上がったシエラは、珍しく緊張した様子であった。
「今日の主役は君だ、堂々としていたまえよ」
「嵐士おじさま…………この顔ぶれでは、なかなかそうもいきませんわ」
凪とシエラが幼馴染的な関係なのだ、もちろん嵐士とも面識がある。
気安い関係とは断じて言えないが、シエラにとって嵐士は遠い親戚のおじさんくらいの感覚であった。
「ふむ、そういうものかね…………まぁ国宝院の娘だ、いずれ慣れる。ではこれをキミに」
「ありがとう存じますわ」
そう言って嵐士が手渡したのは、金属製の短剣であった。
ナイフというには少し刀身が長く、剣というには少し短い。鞘はもちろんのこと、刀身にまで施された細やかな意匠を見れば、それが相当に価値のあるものだと一目で分かる。そして何よりも、神々しいまでの光沢を放つその素材に目をひかれる。じんわりと温かい、まるで小さな太陽のような輝き。国宝院の娘として、シエラはこれまで数々の高級素材を目にしてきた。そんな彼女でさえ、これほどまでに美しい武器は見たことがなかった。
「おじさま、これは一体…………?」
「実はその短剣を用意したのは私ではなくてね。ARISにいる知り合いから預かっていたのだ、キミに渡して欲しいと」
「…………ARISって、まさかあのARISですの!?」
「ああ。ちなみに素材はオリハルコンだそうだ。短剣として加工されたのは恐らく世界初、とのことだよ」
瞬間、会場内にどよめきが起こる。
いわずもがな、オリハルコンとは世界で最も価値の高いダンジョン素材のひとつだ。基本的には研究素材として扱われ、個人で所有しているものは世界を見渡してもほんの一握り。その希少価値故に、武具として加工されたなどという話は誰も聞いたことがなかった。先程嵐士が『証人』と言ったのは、つまりこういう意味であったらしい。
シエラにとってこれは、まさに晴天の霹靂であった。
一度は手にしておきながら、しかし自ら手放した事は記憶に新しい。あの場では強がってみせたシエラであったが、家に戻ってからは随分と消沈していたのだ。それが何の因果か、思いもよらぬ形で再びその手に戻ってきた。これを喜ばずにいられるほど、シエラは枯れてはいなかった。
「こ、こんな…………っ! 本当によろしいんですの!?」
「無論だとも」
なんでもないことのように、淡々と告げる嵐士。
何を隠そうこのオリハルコンは、先日シエラが手放した例のオリハルコンと同一のものであった。
織羽は『上に回した』と凪に説明していたが、あれは正確ではない。
苦労して手に入れた希少アイテムなのだから、法的に問題がない以上はシエラが持つべきだと織羽は考えた。探索者がボウズで終わることなどままある話だが、それでも苦労や努力は最大限報われるべきであると。しかしプライドの高いシエラは、ただ返しただけでは素直に受け取ってはくれないだろう。というより、彼女は実際に手放した。
そのプライドと、清廉であろうとする姿勢に敬意を評し、織羽は手を回した。
必要な手続きを行い、しっかりと承認を得た上で加工。そうして今、短剣としてここに。
無論、そんな事情などシエラは知る由もない。
今目の前にある短剣が、いつぞやのオリハルコンで作られたものであることすらも知らない。
だがそれでいい。そうでなければ、彼女は受け取ろうとはしないであろうから。
「あっ、ありがとうございますわ……ッ! 私、これからも精一杯頑張りますわ!」
「ああ。キミの兄と共に、この先のダンジョン産業を担う一翼となってくれれば私も嬉しい」
周囲からは祝福の拍手。涙ぐむシエラ、仏頂面の嵐士。
見目麗しい少女が泣いて喜んでいるのだから、もう少しどうにかなりそうなものだが。
なおこの授与式には、他にも『皆も彼女を見習い、より一層励むように』といった意味が含まれている。
そんなメッセージがどれほど会場に伝わったのかは定かではないが、ともあれ、ある種のサプライズは無事終了した。
そうしてシエラが拍手に応えるよう手を振りつつ、ステージを降りようとして――――。
次の瞬間、凄まじい轟音と強風が会場内に飛び込んだ。恐らくは爆破音であろう。そして同時に、激しい揺れがパーティー会場を襲う。もうもうと上がる煙、吹き飛ばされたテーブル。入口付近はひどい有様であった。授与式のおかげで、客が全員前の方へと集まっていたのが幸いしたと言える。
突然の事に戸惑い、恐怖に包まれる招待客達。
中にはまだ若い子息令嬢も多かったためか、悲鳴と動揺で混沌とする会場内。
そんな中、まるでマイクを通しているかのような、不自然なまでに大きな声が響き渡った。
「クククッ! いやはや皆様、お楽しみのところ申し訳ねぇなァ!」
誰もが声のする方へと視線を向ける。
声の出どころは会場入口、もうもうと立ち込める煙の中からであった。
「そのオリハルコン――――悪ィが、俺達が貰っていくぜ」
そんな如何にもな台詞とともに、覆面で顔を隠した怪しすぎる三人組が会場内に乱入した。
一体何者なんだ……!?




