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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第144話

(あら? あらあらあら? まぁまぁまぁ!)


 何やら楽しげ(?)に会話をする娘を遠目に、風音(かざね)は頬を緩ませた。

 もちろん、一般的にはとてもにこやかとは言えない光景だ。だが凪の性格を考えれば、それは破格と言ってもいい反応だった。


(ちゃんとお話出来てるじゃない! お相手はあまり見ない顔だけれど…………一体どちらの方かしら?)


 一部を除き、風音は招待する相手を秘書の五十鈴に任せていた。

 またそれとは別に、当然ながら嵐士が招待した者もいる。主導は風音だが、あくまでも主催としては九奈白家だからだ。故に全ての客を把握してはおらず、凪と親しげ――――とまではいかずとも、それなりに上手くやれている相手が一体誰なのか、顔を見てもピンとこなかった。


「ねぇ五十鈴?」


 とはいえ何も問題はない。秘書とはこういうときのためにいるのだから。

 風音が『ちょいちょい』と可愛らしく指を動かし、傍らに控えた五十鈴へと尋ねる。彼女は優秀な秘書であり、また風音とは実家の頃からの付き合いであるため、多くを語らずとも阿吽の呼吸で察してくれる。そして単刀直入、簡明直截に答えてくれる。


 今回もまたそれを期待していた風音であったが、しかし。


「…………分かりかねます」


「あら?」


 どうやら五十鈴でさえも知らない客であるらしい。


「申し訳ありません、恐らくは旦那様が招待された方かと…………」


「ふぅん、貴女が知らないなんて珍しいこともあるものねぇ。リストには全て目を通しているのでしょう?」


 風音が言うように、招待客のリストはこの五十鈴が管理していた。

 それは嵐士側の招待客を含めたリストであり、つまりは全ての招待客が記載されているものだ。

 完璧秘書の五十鈴は当然、リストの全てを記憶していた。そしてそのどれもが、九奈白家主催のパーティーに招待される程度には格の高い客である。名前を見れば顔まで一致するし、その逆もまた然り。どこの家の子息令嬢だとか、どこの企業のどんな役職の者だとか、それら全てを知っている筈なのだ。だがそんな彼女が、凪と会話している相手については『分からない』と言う。これは非常に珍しい――――というよりも、風音の記憶では初めてのことであった。


「すぐに調べて参ります」


 主の問いに答えられなかったが故か、苦虫を噛み潰したような顔でその場を離れようとする五十鈴。だがそんな彼女へと、同じく風音の傍らで待機していた常磐が待ったをかけた。

 

「ああ、あれは天枷の跡取りらしいぞ」


「…………まさか、あの天枷ですか? というか常磐、何故貴女がそんなことを知っているのですか」


「さっき食いもん取りに行った時、入口のほうで話題になってた」

 

 九奈白風音の護衛を務めるだけあって、常磐の実力はかなりのものだ。気配を消すことなど造作もない。

 どうやら五十鈴も知らぬうちに場を離れ、ふらふらと食料を漁っていたらしい。手にした皿の上には大量の料理が盛られ、マナーなんぞ知ったことかと言わんばかりに口へ運んでいる。護衛のくせに離れるなと文句のひとつも言いたい五十鈴だったが、自身が知らぬ情報を持ち帰られただけに、あまり強くも言えなかった。


 そんな常磐曰く、凪が会話をしている相手は天枷家の跡取りだという。

 天枷といえば色々な意味で有名な家だ。そんな名前がリストにあれば当然、五十鈴が気付かない筈もない。

 はて一体どういうことかと訝しむ五十鈴の隣で、しかし風音だけは、得心がいったとばかりに頷いていた。


「ふうん…………そっかそっかぁ」


「風音様?」


「うふふ。でもまぁそうね、凪ちゃんが気に入った相手なら…………別に誰だっていいわぁ」

 

 遠くに見える、まるで邪魔者を追い払うかのような凪の手振り、そしてその場を離れていく天枷家の跡取りとやら。

 風音は『気に入った』などと言うが、しかし五十鈴がここから見る限りでは、ただ凪が面倒そうに相手をあしらっているようにしか見えなかった。


(気に入って………らっしゃるんですかね、あれは)


 先の招待リストの事と併せ、静かに思案を始める五十鈴。

 その横で、暇だからと好き勝手に飯を食う相方。


「おい、この肉美味いぞ。流石は金持ちだよなぁ、毎日パーティーやればいいのに」


 ぶん殴ってやろうかと思う五十鈴であった。


 

 

       * * *




 天枷水樹(あまかせみずき)こと織羽(おりは)と別れてからしばらく。

 国宝院兄妹と再び合流した凪は、もう帰ろうかと考え始めていた。

 

「じゃ、私は帰るから」


「まだ一時間程度しか経っていませんわよ?」


「分かっているくせに…………私は最初から来たくなかったの、むしろ長居した方だわ」

 

 会場入りしてからこちら、もはや数え切れないほどの挨拶――本人の体感であり、実際には十数組程度である――を捌いてきた。九奈白家の者として最低限の義務は果たした筈だ、という判断である。想定していた母、風音からの接触がほとんど無かった事だけは不気味であったが――――そもそも事前に用意していた策は全て空振り、婚約者選びの決定権などもはや凪には無いのだから、これ以上ここにいる理由はない。


「それに、織羽(おりは)も退屈しているでしょうし」


「少し前から気になってはいましたけど、貴女にしては随分と入れ込んでいますわね」


「別に。従者に気を配るなんて当然の事だわ」


 ライバルの口から出た信じられない言葉に、シエラは目を丸くした。

 しれっと、なんでもない事のようにそう言い放った凪だが、果たして半年ほど前の凪自身が聞けば一体どう思うのやら。

 そんなシエラとは対照的に、兄の飛竜はさもありなんとばかりに首肯する。


「あれほど可憐なメイドが仕えてくれているんだ、気を配るのは当然だとも」


 織羽(おりは)の姿でも思い出しているのだろうか。

 しみじみと語る飛竜の顔は、こころなしか赤くなっているような気がした。

 

「普通に気持ち悪いわね…………貴女の兄はどこまで本気で言っているのかしら?」


「割と本気だと思いますわよ。お兄様はこう見えて、恋愛巧者ではありませんもの。女性に嘘がつけるほど器用でもありませんわ」


 などと三人で、愚にもつかない話をしていた時だった。

 ステージとなっている会場の最奥から、凪にとってはひどく聞き慣れた、父の声が聞こえてきた。


「皆様、本日はお越しいただき恐悦至極」


 瞬間、ぴたりと談笑の声が止む。


「おや。もっと盛り上がってもらえると思ったのだがね。野次とか、ね」


 そこらの居酒屋で行われているパーティーではないのだ、合いの手や野次が飛ぶはずもない。

 仮にそうでなくとも、九奈白家の当主に野次を飛ばせる者など、世界を探してもそうは居ないのだが。

 

「さて、本題に入ろう。皆も既にお気づきの事であろうが、先の総会襲撃事件を始めとし、近頃は犯罪行為が増加傾向にある。それでもなおこの街の治安が保たれているのは、偏に市民や治安維持部隊(ガーデン)、そして探索者諸君の活躍によるところが大きいと私は考えている。そんな中、先般にも市内でとある事件が発生した」


 低くよく通る声が、会場の中をゆっくりと流れてゆく。


 「あぁ、既に事件は解決済みゆえ安心してほしい。ともあれ、その事件で活躍をした者には何か報いたいと思ってね――――というわけで、ささやかながら授与式を行いたいと思う。まぁ、早い話が()()のようなものだな。暇なら見ていってくれたまえ。なにせ()()()()だ、つまり君たちは証人というわけだね」


 天下の九奈白嵐士にそう言われ、『暇じゃないんで帰ります』などと言える者がこの場にいる筈もなく。

 誰もがその場に釘付けとなり、会場内はある種の緊張感に包まれた。それが何を意味するのかといえば――――。


(くっ…………今動けば悪目立ちするわね)

 

 そう、凪が帰るに帰れなくなったのだ。

 凪の現在位置は会場の丁度真ん中あたり、その壁際だ。

 誰もが動きを止める中、そんな場所から入口まで向かえばそれだけで目立ってしまう。


 まさか声をかけてくる者は居ないだろうが、しかし凪は兎に角目立ちたくない。

 加えて父である嵐士が話している最中に退出するなど、どんな噂が立つか分かったものではない。それは凪にとっても本意ではなかった。

 そうして身動きが取れなくなった凪は、仕方なく壇上に目を向ける。凪はその時、一瞬だが嵐士と目が合ったように感じた。

 

「ふむ、どうやら暇人ばかりらしい。ならば早速始めよう――――国宝院シエラ嬢、ステージへ上がってもらえるだろうか」


「…………へっ? 私ですの?」


投稿先の確認、ヨシ!(片足を上げながら

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